冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花

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後日談(新婚編 第2話) 式の準備が騎士団主導で暴走する回(※団長の規律が崩壊していく)

朝。
騎士団の掲示板に、見慣れない紙が貼られていた。

【騎士団主導・結婚式準備会議(第一回)】
議題:会場/招待客/誓いの言葉/花/菓子塔の高さ
備考:団長の意見は“照れ”として扱う

セシルは、その備考を読んで、静かに紙を剥がそうとした。
剥がそうとして――剥がせなかった。

なぜなら、紙の端が“剣の柄”でしっかり留められていたからだ。
物理的に強い。

「……誰だ」

背後から、にやにやした声がした。

「俺です!」

ブラムだった。誇らしげだ。

セシルは胃を押さえた。

「やめろ」

「やめません!これは騎士団の使命です!」

「騎士団の使命は治安維持だ」

「団長の幸福も治安です!」

セシルは一瞬、反論を失った。

(……論理が雑なのに強い)



会議室――という名の訓練場の隅。

机が並べられ、椅子が並び、なぜか花瓶が並び、なぜかリボンが並び、
なぜか“ドレス屋の招待状”が束になっている。

セシルが入口で止まった。

(……王都の商人、全部繋がってるな?)

すでに団員が勢揃いしていた。
その中に、場違いに落ち着いて座っている人物がいる。

――ヴァルド。
無表情。腕組み。
だが、目だけが死んでいない。
“戦場”に入った目だ。

フィオナも呼ばれていた。
今日は騎士団の詰所側で紅茶係として待機――のはずが、
すでに花の色見本を渡されて困っている。

「えっと……ピンクと白が可愛いです!」

その一言で会議室が爆発した。

「ピンク!!決定!!」

「白!!純潔!!」

「団長、やりましたね!!」

ヴァルドが低く言う。

「決定していない」

ブラムが即答する。

「決定です!」

セシルが胃を押さえながら言った。

「団長、ここは戦場です」

「知っている」



ブラムが司会席に立ち、木槌を叩いた(どこから持ってきた)。

「それでは!結婚式準備会議を開始します!」

ヴァルドが即座に言う。

「誰が許可した」

「騎士団です!」

「許可の主体が曖昧だ」

「愛は曖昧です!」



第一議題:会場。

ブラムが胸を張る。

「会場は、騎士団訓練場で!」

ヴァルドが即答する。

「却下」

「なぜですか!」

「砂が舞う」

「舞いますね!」

「花嫁のドレスに砂がつく」

ブラムがしゅんとして言った。

「じゃあ、屋敷の庭で!」

フィオナが目を輝かせる。

「庭、好きです!」

会議室がまた爆発する。

「庭!!決定!!」

「団長の屋敷の庭!!」

「警備動線、任せろ!!」

ヴァルドが低く言う。

「警備動線の話が早い」



第二議題:誓いの言葉。

ブラムが紙束を掲げる。

「団長語を誓いにします!」

ヴァルドが眉間を深くする。

「やめろ」

「団長語は国宝です!」

「国宝ではない」

フィオナが不思議そうに言う。

「団長語って?」

ブラムが嬉々として読み上げる。

「例:『危ないから、ここにいろ』!」

騎士たちが頷く。

「泣ける」

「誓いだ」

「抱きしめ命令だ」

ヴァルドが低く言う。

「それは命令だ。誓いではない」

ブラムが即答する。

「じゃあ誓いはこうです! 『危ないから、ここにいてくれ(頼みだ)』!」

フィオナが赤くなる。

「……それ、好きです……」

会議室が、静かに崩れ落ちた。

「奥方様が好きと言った……」

「決定……」

「団長、勝利……」

セシルが胃を押さえながら呟く。

「団長、敗北です」

ヴァルドが低く返す。

「勝つ」

「何に」

「……」

答えられない。



第三議題:ドレス。

ここで、ドレス屋の女主人がなぜか入ってくる。
誰が入れた。
答え:騎士団だ。

「奥方様~!試着会のご案内です~!」

フィオナがわたわたする。

「えっ、えっ……!」

ヴァルドが立ち上がった。

「許可していない」

女主人がにっこりする。

「団長様、もう“特別枠”ですから!」

ヴァルドが詰まる。

特別枠――その言葉は、団長に刺さる。
刺さるが、否定できない。
否定すると胸が痛い。

フィオナが小さく言う。

「団長さん、嫌ですか……?」

ヴァルドは即答できなかった。
嫌じゃない。
嫌じゃないどころか、想像した瞬間に喉が乾く。

セシルが、咳払いひとつ。

「団長。ここで拒否すると、奥方様が不安になります」

ヴァルドが低く言う。

「……分かっている」

そして、最硬派の顔で、最不器用な言葉を選ぶ。

「……必要なものは、用意する」

フィオナがぱっと笑う。

「施設の備品ですか?」

ヴァルドが詰まる。

セシルが小声で翻訳する。

「(訳:花嫁衣装も指輪も全部)」

ヴァルドが低く言う。

「黙れ」



第四議題:指輪。

ブラムが手を挙げる。

「団長の剣の柄と同じ模様がいい!」

「騎士団章を刻むべき!」

「いや、奥方様の好きな花を!」

全員が言い合う。
セシルは胃を押さえた。

「どれも重い」

フィオナが、そっと言う。

「えっと……」

全員が静かになる。
奥方様の一言は、会議の決定打だ。

フィオナは、頬を赤くして言った。

「……団長さんの手が、あったかいから。それが思い出になるのが、いいです」

会議室が沈黙した。

次の瞬間、騎士たちが一斉に机を叩いた。

「決定!!!!」

「“手があったかい指輪”!!」

「どうやって形にする!?」

セシルが低く言う。

「形にするな」

ブラムが泣きそうな顔で言う。

「副官、無理です!(叶えてあげたい)」



そして、最大の暴走が起こる。

ブラムが最後の議題を読み上げた。

「最終議題:抱きしめ命令の正式文言(永久指名版)」

ヴァルドが低く言う。

「議題にするな」

「議題です!」

「議題ではない」

「議題です!」

フィオナがぽそっと言った。

「抱きしめ命令って……公式なんですか?」

騎士たちが一斉に頷く。

「公認です!」

「伝統です!」

「団長の文化です!」

ヴァルドの眉間が深くなる。

「文化ではない」

セシルが静かに補足する。

「(訳:恥ずかしい)」

ヴァルドが低く言う。

「黙れ」



会議が終わる頃、机の上には決定事項が山のように積まれていた。
• 会場:屋敷の庭
• 誓い:『ここにいてくれ。命令ではない。頼みだ』
• ドレス:特別枠(強制)
• 指輪:あったかい手の思い出(概念)
• 抱きしめ命令:永久指名(文言未定)

セシルは、紙の山を見て悟った。

(これは……もう止まらない)

ヴァルドが、静かに息を吐く。

「……規律が崩れる」

フィオナが、そっとヴァルドの袖を掴んだ。

「団長さん、大丈夫です。私、嬉しいです」

ヴァルドの胸が、ぎゅっと鳴った。

そして、外で待機していた騎士たちが、歓声を上げる。

「団長!式、成功です!」

「まだしてない!!」

「気持ちはしました!」

「してない!!」

セシルが淡々と締めた。

「……以上。騎士団主導の式準備は、今後も暴走します」

ブラムが泣きながら叫ぶ。

「翻訳係、忙しい!!」

ヴァルドが低く言う。

「……解散」

誰も解散しない。

フィオナが笑って言った。

「団長さん。帰りましょう。“ここにいてくれ”の場所へ」

ヴァルドは、返事の代わりに小さく言った。

「……ああ」

その“ああ”が、今日いちばん柔らかかった。

(つづく)
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