3 / 22
第2話 彼氏面が標準装備すぎて、受付が混乱する
しおりを挟む
その日の午前中、私は“休憩:必須(団長監督)”という赤字の勤務表を、三回見直した。
三回見ても、消えない。
現実だった。
「……監督って、何」
思わず声に出したら、
「監督だ」
背後から返ってきた。
――いる。
騎士団長が、いる。
なぜ、事務室に常駐しているんだろう。
騎士団長って、もっとこう、遠くにいて、重い扉の向こうで戦略とか……。
でも今、団長は私の机の斜め後ろに立ち、腕を組んで無言で見守っている。
見守る、というより、監視に近い。
「団長、あの……お仕事は……」
「片付けた」
「午前中の?」
「片付けた」
「全部?」
「全部」
嘘だ。
副団長が、机の向こうで死んだ目をしている。
「……団長、今日は事務室に来る予定、入ってませんでしたよね」
「今、入れた」
「入れるな!」
団長は無表情で、私の机の端に小さな紙片を置いた。
『彼氏面:基本姿勢』
・常に隣
・相手の健康を最優先
・周囲へ「こちらは自分の大切な人」と伝える
・困らせない(重要)
……何これ。
「団長、これ……」
「確認のためだ」
「確認って……」
「実行する前に、要点を整理した」
真面目……!
真面目すぎて、恐い!
副団長が紙片を覗き込んで、深く息を吸った。
「団長、その紙……どこから」
「情報だ」
「情報の出どころ!」
「……言えない」
「言えない!?」
団長が“言えない”なんて言うの、初めて聞いた。
副団長が嫌そうに目を細める。
「まさか……第三王子ですか」
「……」
「うわ、無言で肯定するのやめてください」
第三王子。
この城で一番軽やかに火をつけて、一番手際よく消火もできる、手慣れた爆走からかい要因。
団長がそんな人から“恋愛マニュアル”を受け取ったら――
最悪の化学反応が起こる。
「姉さん、お茶入れますね!」
「姉さん、回覧運びますね!」
「姉さん、書類の角、整えますね!」
団員たちが今日も元気に雪崩れ込んできた。
私が「ありがとう」と言うより先に、団長が低く言った。
「そこまでだ」
団員たちがピタッと止まる。
止まるけど、止まり方が“わんぱくが先生に見つかった時”だ。
「姉さんは今、休憩時間だ」
団長が勤務表を指差す。
「必須」
「団長監督……!」
団員が目を輝かせた。
「団長、姉さんを甘やかしてる!」
「甘やかしてない」
「甘やかしてます! すごいです! 尊いです!」
「尊い、という言葉は撤回しろ」
撤回できるものなの? 尊さって。
私は慌てて言った。
「だ、大丈夫です。まだ仕事が――」
「大丈夫ではない」
団長が即答した。
即答が早い。
反射で私の大丈夫を否定してくる。
「君は“できる”と言って“無理”をする」
「……」
「無理をしてから、笑う」
「……笑ってないです」
「笑っている。困った顔で」
……見てたんだ。
そんなところ。
心臓が、変なところで跳ねる。
甘いというより、焦る。
副団長が咳払いをして、わざとらしく話を戻した。
「団長、今日は来客対応あります。受付、忙しくなりますよ」
「承知している」
「なら、事務室から……」
「同行する」
――来た。
嫌な予感、確定。
副団長の声が裏返った。
「団長、受付に“同行”って何ですか! 騎士団長ですよ!?」
「騎士団長でも、彼氏面はできる」
「できなくていい!」
私の胃が、きゅっと縮む。
受付って、外部の人が来る場所だ。
噂、目線、誤解、いろいろ。
団長が“彼氏面”を受付で発揮したら――
騎士団が終わる。
***
受付は、すでに行列だった。
「備品の追加申請で……」
「訓練場の使用許可を……」
「隊員の配置変更の書類を……」
私は机に座り、いつものように対応を始めた。
いつものように――のはずだった。
団長が、私の椅子の真横に、当たり前の顔で立っている。
立っているだけならまだいい。
“当たり前の顔”が問題だ。
来客の視線が、団長に吸い寄せられる。
そして、私と団長の距離に吸い寄せられる。
「……え、団長……?」
「……なぜここに」
「……もしかして、護衛……?」
ざわざわ。
副団長が、受付の端で頭を抱えている。
団員たちは列の後ろでニヤニヤしている。
やめて。
「次の方、どうぞ」
私は平静を装って言う。
中年の男性が書類を差し出した。
「備品の追加申請です。ええと……こちら、事務担当の方に……」
「俺が受け取る」
団長が言った。
「だ、団長!?」
私は咄嗟に止めた。
「えっと、それは……私の担当です」
「君の手を止めさせないためだ」
「手は止められます!」
男性が、書類を持ったまま固まっている。
空気が、すごく、妙。
団長は真顔で続けた。
「彼女は今、業務中だ。要点を言え」
「は、はい……備品の……追加で……」
「理由」
「え、ええと……その……」
「簡潔に」
団長の圧で、男性が小さくなる。
私は慌てて割って入った。
「すみません! 団長は……その……見学です!」
「見学ではない」
「見学です!」
「彼氏面だ」
「言わないでください!!」
言ってしまった。
大声で。
受付が、しん……となった。
全員が私を見た。
私の顔が熱くなる。
終わった。
副団長が、遠くで天を仰いだ。
団員たちが、後ろで「姉さん、ナイス!」と親指を立てている。
ナイスじゃない。
団長だけが、冷静に言った。
「嘘をついた」
「団長、今は嘘でもいいんです」
「嘘は良くない」
「今だけは良いんです!」
その時。
受付の扉が開いて、場の空気がさらに変わった。
「おやおや、今日の騎士団はにぎやかだね」
軽い声。
でも、存在感は軽くない。
第三王子が、にこにこと入ってきた。
――最悪。
「団長、何してるの?」
王子は目を輝かせた。
「もしかして、例の“彼氏面”?」
「……」
団長が黙る。
黙り方が、肯定。
王子が満足そうに頷いた。
「いいね、ちゃんと実践してる。えらい」
「褒めるな!」
副団長が走ってきて、王子に低い声で言った。
「殿下、団長に何教えたんですか」
「教えた? いやだな、ただの助言だよ」
「助言の内容が国を揺らしてます」
「揺れてる? じゃあ、支えるね」
王子はさらっと受付の列に向き直り、にこやかに言った。
「みなさま、ご迷惑をおかけしました。団長はね、最近“恩返し”に熱心で」
……恩返し。
王子はそこだけ本当のことを混ぜてくるから、余計にややこしい。
「誤解が生まれないよう、整理しましょう。団長は受付を混乱させるために来たわけではありません」
「混乱は起きている」
団長が真顔で指摘する。
「起きてるね。でも大丈夫。後始末も恩返しの一部だよ」
王子は、来客に向かって美しい微笑みを向けた。
「今日は“騎士団の事務担当を守る強化週間”ということで。――あ、怖がらないで。守り方がちょっと不器用なだけ」
列の緊張が、すっと解けた。
さすが、後始末が上手い。
悔しい。
副団長が呟く。
「……殿下、最初から後始末する気で燃やしましたよね」
「えへ」
えへ、じゃない。
王子は、私に小さくウインクした。
「大丈夫? 怖くない?」
「……えっと、怖いというより……恥ずかしいです」
「だよね。じゃあ、団長に“困らせない(重要)”って書いた本人として、補足しよう」
王子は団長に近づき、囁くように言った。
「“彼氏面”はね、相手が恥ずかしがったら、一歩引くのも大事だよ」
「理解した」
「理解、早いねえ」
団長が私の方を見る。
そして――本当に、一歩、引いた。
距離が、少しだけ開く。
たったそれだけで、呼吸が楽になる。
……さっきまで、息が詰まっていたんだ。
自分でも気づかなかった。
団長は淡々と言った。
「君が恥ずかしいなら、控える」
「……はい」
「だが、守るのは控えない」
「……はい?」
控えるのはそこじゃないんですか。
王子が楽しそうに肩を揺らした。
「団長、今の言い方、重い。最高」
「最高ではない!!」
副団長が叫ぶ。
受付がまたわちゃわちゃになりかけたところで、王子が手を叩いた。
「はいはい、みなさん。受付業務、続けましょう。団長は――」
「俺はここにいる」
「いるんだ」
「いる」
「うん、いるんだ……」
王子が私に目配せする。
――“ごめん、でもおもしろい”。
私は、もう笑うしかなかった。
戸惑ったように笑うと、団長の視線が少しだけ柔らかくなる気がした。
それを見た副団長が、ぽつりと言う。
「……姉さん、その笑い方、団長に効きすぎなんですよ」
「え?」
「いや、こっちの話です。胃が痛いだけです」
胃が痛い理由が増えている。
受付の列が落ち着き、王子が去り際に私へ小さな声で言った。
「ねえ、事務さん。団長の“恩返し”、嫌じゃない?」
「……嫌、ではないです」
「うん。じゃあ、ちょっとずつ慣れようね。団長は加減を知らないから」
「殿下、本人に言ってください」
「言ったら楽しくないじゃん」
「楽しくしないでください!」
王子が去る。
副団長が崩れ落ちる。
団員たちが「姉さん、お疲れさま!」と差し入れ(なぜか飴)を置いていく。
私は机に戻って、深呼吸した。
団長が、隣に“立たずに”少し後ろで見守っている。
さっきより、距離がある。
でも――ちゃんと、いる。
私は小さく言った。
「……団長。さっき、一歩引いてくれて……ありがとうございました」
「当然だ」
団長は当たり前の顔で言う。
「君が困るのは、本意ではない」
「……」
甘い言葉じゃない。
優しい言葉でも、たぶん本人はそう思ってない。
でも、それがなぜか――胸の奥に、ちゃんと残る。
「……休憩、取ります」
私は自分で言った。
言えたことが、少しだけ嬉しかった。
団長が、ほんのわずかに頷いた。
「よし」
「よし、って……」
「監督だ」
「監督、やめてください」
「……検討する」
検討!?
副団長が遠くで呻いた。
「もうやだ……この職場……」
私は、笑ってしまった。
――騎士団長の恩返しは、今日も方向性が怪しい。
でも、一歩引いてくれたことだけは。
私の中で、ちゃんと“本物”として残った。
三回見ても、消えない。
現実だった。
「……監督って、何」
思わず声に出したら、
「監督だ」
背後から返ってきた。
――いる。
騎士団長が、いる。
なぜ、事務室に常駐しているんだろう。
騎士団長って、もっとこう、遠くにいて、重い扉の向こうで戦略とか……。
でも今、団長は私の机の斜め後ろに立ち、腕を組んで無言で見守っている。
見守る、というより、監視に近い。
「団長、あの……お仕事は……」
「片付けた」
「午前中の?」
「片付けた」
「全部?」
「全部」
嘘だ。
副団長が、机の向こうで死んだ目をしている。
「……団長、今日は事務室に来る予定、入ってませんでしたよね」
「今、入れた」
「入れるな!」
団長は無表情で、私の机の端に小さな紙片を置いた。
『彼氏面:基本姿勢』
・常に隣
・相手の健康を最優先
・周囲へ「こちらは自分の大切な人」と伝える
・困らせない(重要)
……何これ。
「団長、これ……」
「確認のためだ」
「確認って……」
「実行する前に、要点を整理した」
真面目……!
真面目すぎて、恐い!
副団長が紙片を覗き込んで、深く息を吸った。
「団長、その紙……どこから」
「情報だ」
「情報の出どころ!」
「……言えない」
「言えない!?」
団長が“言えない”なんて言うの、初めて聞いた。
副団長が嫌そうに目を細める。
「まさか……第三王子ですか」
「……」
「うわ、無言で肯定するのやめてください」
第三王子。
この城で一番軽やかに火をつけて、一番手際よく消火もできる、手慣れた爆走からかい要因。
団長がそんな人から“恋愛マニュアル”を受け取ったら――
最悪の化学反応が起こる。
「姉さん、お茶入れますね!」
「姉さん、回覧運びますね!」
「姉さん、書類の角、整えますね!」
団員たちが今日も元気に雪崩れ込んできた。
私が「ありがとう」と言うより先に、団長が低く言った。
「そこまでだ」
団員たちがピタッと止まる。
止まるけど、止まり方が“わんぱくが先生に見つかった時”だ。
「姉さんは今、休憩時間だ」
団長が勤務表を指差す。
「必須」
「団長監督……!」
団員が目を輝かせた。
「団長、姉さんを甘やかしてる!」
「甘やかしてない」
「甘やかしてます! すごいです! 尊いです!」
「尊い、という言葉は撤回しろ」
撤回できるものなの? 尊さって。
私は慌てて言った。
「だ、大丈夫です。まだ仕事が――」
「大丈夫ではない」
団長が即答した。
即答が早い。
反射で私の大丈夫を否定してくる。
「君は“できる”と言って“無理”をする」
「……」
「無理をしてから、笑う」
「……笑ってないです」
「笑っている。困った顔で」
……見てたんだ。
そんなところ。
心臓が、変なところで跳ねる。
甘いというより、焦る。
副団長が咳払いをして、わざとらしく話を戻した。
「団長、今日は来客対応あります。受付、忙しくなりますよ」
「承知している」
「なら、事務室から……」
「同行する」
――来た。
嫌な予感、確定。
副団長の声が裏返った。
「団長、受付に“同行”って何ですか! 騎士団長ですよ!?」
「騎士団長でも、彼氏面はできる」
「できなくていい!」
私の胃が、きゅっと縮む。
受付って、外部の人が来る場所だ。
噂、目線、誤解、いろいろ。
団長が“彼氏面”を受付で発揮したら――
騎士団が終わる。
***
受付は、すでに行列だった。
「備品の追加申請で……」
「訓練場の使用許可を……」
「隊員の配置変更の書類を……」
私は机に座り、いつものように対応を始めた。
いつものように――のはずだった。
団長が、私の椅子の真横に、当たり前の顔で立っている。
立っているだけならまだいい。
“当たり前の顔”が問題だ。
来客の視線が、団長に吸い寄せられる。
そして、私と団長の距離に吸い寄せられる。
「……え、団長……?」
「……なぜここに」
「……もしかして、護衛……?」
ざわざわ。
副団長が、受付の端で頭を抱えている。
団員たちは列の後ろでニヤニヤしている。
やめて。
「次の方、どうぞ」
私は平静を装って言う。
中年の男性が書類を差し出した。
「備品の追加申請です。ええと……こちら、事務担当の方に……」
「俺が受け取る」
団長が言った。
「だ、団長!?」
私は咄嗟に止めた。
「えっと、それは……私の担当です」
「君の手を止めさせないためだ」
「手は止められます!」
男性が、書類を持ったまま固まっている。
空気が、すごく、妙。
団長は真顔で続けた。
「彼女は今、業務中だ。要点を言え」
「は、はい……備品の……追加で……」
「理由」
「え、ええと……その……」
「簡潔に」
団長の圧で、男性が小さくなる。
私は慌てて割って入った。
「すみません! 団長は……その……見学です!」
「見学ではない」
「見学です!」
「彼氏面だ」
「言わないでください!!」
言ってしまった。
大声で。
受付が、しん……となった。
全員が私を見た。
私の顔が熱くなる。
終わった。
副団長が、遠くで天を仰いだ。
団員たちが、後ろで「姉さん、ナイス!」と親指を立てている。
ナイスじゃない。
団長だけが、冷静に言った。
「嘘をついた」
「団長、今は嘘でもいいんです」
「嘘は良くない」
「今だけは良いんです!」
その時。
受付の扉が開いて、場の空気がさらに変わった。
「おやおや、今日の騎士団はにぎやかだね」
軽い声。
でも、存在感は軽くない。
第三王子が、にこにこと入ってきた。
――最悪。
「団長、何してるの?」
王子は目を輝かせた。
「もしかして、例の“彼氏面”?」
「……」
団長が黙る。
黙り方が、肯定。
王子が満足そうに頷いた。
「いいね、ちゃんと実践してる。えらい」
「褒めるな!」
副団長が走ってきて、王子に低い声で言った。
「殿下、団長に何教えたんですか」
「教えた? いやだな、ただの助言だよ」
「助言の内容が国を揺らしてます」
「揺れてる? じゃあ、支えるね」
王子はさらっと受付の列に向き直り、にこやかに言った。
「みなさま、ご迷惑をおかけしました。団長はね、最近“恩返し”に熱心で」
……恩返し。
王子はそこだけ本当のことを混ぜてくるから、余計にややこしい。
「誤解が生まれないよう、整理しましょう。団長は受付を混乱させるために来たわけではありません」
「混乱は起きている」
団長が真顔で指摘する。
「起きてるね。でも大丈夫。後始末も恩返しの一部だよ」
王子は、来客に向かって美しい微笑みを向けた。
「今日は“騎士団の事務担当を守る強化週間”ということで。――あ、怖がらないで。守り方がちょっと不器用なだけ」
列の緊張が、すっと解けた。
さすが、後始末が上手い。
悔しい。
副団長が呟く。
「……殿下、最初から後始末する気で燃やしましたよね」
「えへ」
えへ、じゃない。
王子は、私に小さくウインクした。
「大丈夫? 怖くない?」
「……えっと、怖いというより……恥ずかしいです」
「だよね。じゃあ、団長に“困らせない(重要)”って書いた本人として、補足しよう」
王子は団長に近づき、囁くように言った。
「“彼氏面”はね、相手が恥ずかしがったら、一歩引くのも大事だよ」
「理解した」
「理解、早いねえ」
団長が私の方を見る。
そして――本当に、一歩、引いた。
距離が、少しだけ開く。
たったそれだけで、呼吸が楽になる。
……さっきまで、息が詰まっていたんだ。
自分でも気づかなかった。
団長は淡々と言った。
「君が恥ずかしいなら、控える」
「……はい」
「だが、守るのは控えない」
「……はい?」
控えるのはそこじゃないんですか。
王子が楽しそうに肩を揺らした。
「団長、今の言い方、重い。最高」
「最高ではない!!」
副団長が叫ぶ。
受付がまたわちゃわちゃになりかけたところで、王子が手を叩いた。
「はいはい、みなさん。受付業務、続けましょう。団長は――」
「俺はここにいる」
「いるんだ」
「いる」
「うん、いるんだ……」
王子が私に目配せする。
――“ごめん、でもおもしろい”。
私は、もう笑うしかなかった。
戸惑ったように笑うと、団長の視線が少しだけ柔らかくなる気がした。
それを見た副団長が、ぽつりと言う。
「……姉さん、その笑い方、団長に効きすぎなんですよ」
「え?」
「いや、こっちの話です。胃が痛いだけです」
胃が痛い理由が増えている。
受付の列が落ち着き、王子が去り際に私へ小さな声で言った。
「ねえ、事務さん。団長の“恩返し”、嫌じゃない?」
「……嫌、ではないです」
「うん。じゃあ、ちょっとずつ慣れようね。団長は加減を知らないから」
「殿下、本人に言ってください」
「言ったら楽しくないじゃん」
「楽しくしないでください!」
王子が去る。
副団長が崩れ落ちる。
団員たちが「姉さん、お疲れさま!」と差し入れ(なぜか飴)を置いていく。
私は机に戻って、深呼吸した。
団長が、隣に“立たずに”少し後ろで見守っている。
さっきより、距離がある。
でも――ちゃんと、いる。
私は小さく言った。
「……団長。さっき、一歩引いてくれて……ありがとうございました」
「当然だ」
団長は当たり前の顔で言う。
「君が困るのは、本意ではない」
「……」
甘い言葉じゃない。
優しい言葉でも、たぶん本人はそう思ってない。
でも、それがなぜか――胸の奥に、ちゃんと残る。
「……休憩、取ります」
私は自分で言った。
言えたことが、少しだけ嬉しかった。
団長が、ほんのわずかに頷いた。
「よし」
「よし、って……」
「監督だ」
「監督、やめてください」
「……検討する」
検討!?
副団長が遠くで呻いた。
「もうやだ……この職場……」
私は、笑ってしまった。
――騎士団長の恩返しは、今日も方向性が怪しい。
でも、一歩引いてくれたことだけは。
私の中で、ちゃんと“本物”として残った。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
追放聖女の薬草店~光らない無能と言われた私の治癒力は、最強騎士団長の呪いにだけ効くようです。辺境で始める溺愛スローライフ~
黒崎隼人
恋愛
「君の力だけが、俺を救ってくれる」
派手な光を放つ魔法が使えず、「光らない無能」として国を追放された聖女エリナ。
彼女は辺境の村で廃屋を買い取り、念願だった薬草店をオープンする。
相棒の精霊獣ポポと共にスローライフを始めたある嵐の夜、店の前に倒れていたのは、国の最強騎士団長ゼフィルだった。
「黒竜の呪い」に侵され、あらゆる魔法を受け付けない彼の体。
しかし、エリナの持つ「細胞そのものを活性化させる」地味な治癒力だけが、彼の呪いを解く唯一の鍵で……!?
無能扱いされた聖女と、余命わずかの最強騎士。
二人が辺境で紡ぐ、温かくて幸せな再生と溺愛の物語。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
完結·異世界転生したらアザラシ? でした〜白いモフモフでイケメン騎士たちに拾われましたが、前世の知識で医療チートしています〜
禅
恋愛
ネットでアザラシを見ることが癒しだった主人公。
だが、気が付くと知らない場所で、自分がアザラシになっていた。
自分が誰か分からず、記憶が曖昧な中、個性的なイケメン騎士たちに拾われる。
しかし、騎士たちは冬の女神の愛おし子を探している最中で……
※小説家になろう、Nolaノベルにも投稿しています
※完結まで毎日投稿します
義姉の身代わりで変態侯爵に嫁ぐはずが囚われました〜助けた人は騎士団長で溺愛してきます〜
涙乃(るの)
恋愛
「お姉さまが死んだ……?」
「なくなったというのがきこえなかったのか!お前は耳までグズだな!」
母が亡くなり、後妻としてやってきたメアリー夫人と連れ子のステラによって、執拗に嫌がらせをされて育ったルーナ。
ある日ハワード伯爵は、もうすぐ50になる嗜虐趣味のあるイエール侯爵にステラの身代わりにルーナを嫁がせようとしていた。
結婚が嫌で逃亡したステラのことを誤魔化すように、なくなったと伝えるようにと強要して。
足枷をされていて逃げることのできないルーナは、嫁ぐことを決意する。
最後の日に行き倒れている老人を助けたのだが、その人物はじつは……。
不遇なルーナが溺愛さるまで
ゆるっとサクッとショートストーリー
ムーンライトノベルズ様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる