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第3話 恋愛アプローチ情報その1「褒めるは毎時」(地獄)
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翌朝。
私は“嫌な予感”で目が覚めた。
嫌な予感は、たいてい当たる。
騎士団の事務室に入った瞬間、団員たちが妙にそわそわしていた。
副団長は、すでに机に顔を伏せている。
「……おはようございます」
私が言うと、
「姉さん! 今日は来ます! 来ますよ!」
「何が……?」
「団長の“アプローチ”です!」
「アプローチを予告しないで!」
団員が真剣な顔で頷く。
「昨日、団長が紙を見てました。“彼氏面:基本姿勢”の次の紙です」
「次の紙……?」
私は嫌な予感を抱えたまま、自分の机に向かった。
そこに――もうある。
机の端に、小さな紙片。
『恋愛アプローチ情報①:褒めるは毎時(効果:高)』
字が、団長の字だ。
きっちりしてて、無駄がない。
無駄がないのに、内容が無駄に怖い。
「副団長……これ……」
私が紙片を持って振り返ると、副団長が顔を上げ、死んだ目で言った。
「姉さん、今日は……覚悟してください」
「何の覚悟!?」
「褒め殺し」
「殺さないで!」
その時、扉が開いた。
空気が、すっと整う。
整うのに、心がざわつく。
――団長だ。
団長はいつも通りの無表情で、事務室に入ってきた。
そして、私の机の斜め後ろに立った。
“監督席”である。
「おはようございます、団長」
「おはよう」
私は平静を装い、書類を手に取った。
「今日の回覧は――」
「君は、声の出し方が安定している」
……え?
「回覧の説明が簡潔だ。無駄がない」
「……ありがとうございます?」
「評価:高」
評価!?
団員たちが「来た!」と息を飲んだ。
副団長が「やっぱり……」と肩を落とした。
私は書類をめくる。
「あと、こちらは備品申請の――」
「ページのめくり方が丁寧だ」
「え」
「角が揃っている。美しい」
「美しい!?」
何が? 私が? 書類が?
どっちでも困る。
団長は淡々と続ける。
「事務能力が高い」
「能力……」
「騎士団に必要だ」
「必要……」
必要、という言葉は、団長の口癖に近い。
でも、それを“褒め”として浴びせられると、妙に心臓が落ち着かない。
……いや、落ち着かないのは心臓だけじゃない。
周囲がざわついている。
「団長、姉さんを評価してる……!」
「これが噂のアプローチ……!」
「仕事の面談みたい……!」
面談。
まさにそれだ。
副団長が低い声で言った。
「団長、それ、褒め方が“人事評価”なんですよ」
「問題か」
「恋愛アプローチです!」
「恋愛でも、評価は必要だ」
「要らないです!!!」
団長は私の方を見る。
「君は褒められると、戸惑って笑う」
「……え」
「それが可愛い」
「……っ」
――今、可愛いって言った?
言った。
言ったけど、声色が面談のままなのが余計に破壊力ある。
団員たちが「うわー!」と身もだえした。
副団長が机を叩いた。
「団長! そこで突然“可愛い”を差し込むの、ズルいです!」
「ズルくない」
「ズルいです!! 心臓に悪い!!」
「副団長が死んでる……」
「副団長、がんばって……」
私は赤くなったまま、必死に書類に視線を戻した。
「えっと……では、訓練場の使用許可は――」
「君は切り替えが早い」
「切り替え……」
「仕事に集中する姿勢、優秀」
「優秀……」
褒めが止まらない。
毎時どころか毎秒だ。
息継ぎがない。
私は耐えられず、そっと言った。
「団長……あの……そんなに褒めなくても……」
「褒める必要がある」
「必要!?」
「効果が高い」
――効果。
効果って言った。
副団長が呻いた。
「やっぱり第三王子だ……“効果”って言葉がもう……」
団員が嬉しそうに言う。
「団長、ちゃんと検証してる!」
「検証しなくていい!」
その時、扉が勢いよく開いた。
「おはよー! 今日の騎士団、空気が甘いね!」
――来た。
第三王子が、にこにこと入ってきた。
さすがに今日は“空気が甘い”と言われると困る。
甘いというより、面談が多いだけだ。
「団長、やってる?」
「やっている」
「いいねえ。褒めは毎時、守ってる?」
「守っている」
「守るな!」
王子は私を見て、楽しそうに笑った。
「事務さん、どう? 褒められてる?」
「えっと……褒められては……います」
「でしょ。団長、真面目だからね。褒め方が“評価”になるんだよ」
「その通りだ」
「その通りじゃないです!」
副団長が王子に詰め寄る。
「殿下、団長に何教えたんですか」
「え? “褒めるは毎時”って言っただけ」
「それだけでこの惨状です!」
「惨状って言うなよ、可愛いじゃん。見て、事務さんの耳」
私は思わず耳を押さえた。
熱い。終わってる。
王子は団長に肩を組もうとして、団長の圧で止まった。
止まったのに王子は平気で言う。
「団長、褒めるのはいいけど、相手が困ってたら“休憩”を入れるんだよ」
「休憩:必須」
「それはもう入れてるんだ」
「監督も必須」
「監督は……余計だね」
「検討する」
検討されてる。
私はそっと息を吐いて言った。
「団長、あの……仕事、しにくいです」
「……」
団長が一瞬、黙った。
空気が、少しだけ変わる。
団長はすぐに言った。
「すまない。困らせない(重要)だったな」
「団長、括弧まで言わなくていいです」
「重要だ」
「重要……」
団長は少し距離を取った。
その一歩で、私は呼吸が戻った。
――ちゃんと、加減できるんだ。
王子が満足そうに頷く。
「ほら、進歩。団長、偉い」
「褒めるな」
「え、褒めは毎時でしょ?」
「……対象を選ぶ」
団員たちがザワッとした。
「対象!?」
「え、姉さんだけ!?」
「団長、独占……!」
「独占って言うな!」
副団長が即ツッコむ。
「団長、今の発言はさらに噂が増えます」
「増えていい」
「よくない!!!」
私は机に向かって、書類を整え直した。
心臓がまだ落ち着かない。
でも、落ち着かない理由は、恥ずかしさだけじゃない。
団長が、背後から低い声で言った。
「君は、言うべきことを言えるようになっている」
「……え」
「昨日より、今日の方が良い」
「……それ、また評価ですか」
「褒めだ」
淡々とした声。
なのに、不思議と胸が温かくなる。
……甘さ、そこに入れるの、ずるい。
私は戸惑って笑ってしまった。
「……ありがとうございます」
「当然だ」
「当然って……」
「君は、価値がある」
――一瞬、言葉が止まった。
団員たちが息を止めた。
副団長が固まった。
王子だけが、にやにやしている。
私の胸の奥が、きゅっとなる。
甘いというより、痛い。嬉しい痛さ。
団長は、いつも通りの顔で言い足した。
「だから、休憩を取れ」
「結局そこですか」
「そこだ」
副団長が机に突っ伏した。
「もうやだ……この職場……」
団員たちが一斉に言う。
「副団長、がんばって!」
「副団長、尊い!」
「尊い撤回しろ!」
私は笑って、やっと椅子から立った。
「……じゃあ、休憩、取ります」
「よし」
「監督は?」
「……距離は取る」
団長がほんの少しだけ、後ろに下がる。
それだけで私は、少しだけ安心した。
――褒めは毎時。
でも、加減も少しずつ。
たぶん、騎士団長の恩返しは、今日も方向性が怪しいまま進む。
だけど。
“昨日より今日が良い”って言われたのが、なぜか、心に残った。
私は“嫌な予感”で目が覚めた。
嫌な予感は、たいてい当たる。
騎士団の事務室に入った瞬間、団員たちが妙にそわそわしていた。
副団長は、すでに机に顔を伏せている。
「……おはようございます」
私が言うと、
「姉さん! 今日は来ます! 来ますよ!」
「何が……?」
「団長の“アプローチ”です!」
「アプローチを予告しないで!」
団員が真剣な顔で頷く。
「昨日、団長が紙を見てました。“彼氏面:基本姿勢”の次の紙です」
「次の紙……?」
私は嫌な予感を抱えたまま、自分の机に向かった。
そこに――もうある。
机の端に、小さな紙片。
『恋愛アプローチ情報①:褒めるは毎時(効果:高)』
字が、団長の字だ。
きっちりしてて、無駄がない。
無駄がないのに、内容が無駄に怖い。
「副団長……これ……」
私が紙片を持って振り返ると、副団長が顔を上げ、死んだ目で言った。
「姉さん、今日は……覚悟してください」
「何の覚悟!?」
「褒め殺し」
「殺さないで!」
その時、扉が開いた。
空気が、すっと整う。
整うのに、心がざわつく。
――団長だ。
団長はいつも通りの無表情で、事務室に入ってきた。
そして、私の机の斜め後ろに立った。
“監督席”である。
「おはようございます、団長」
「おはよう」
私は平静を装い、書類を手に取った。
「今日の回覧は――」
「君は、声の出し方が安定している」
……え?
「回覧の説明が簡潔だ。無駄がない」
「……ありがとうございます?」
「評価:高」
評価!?
団員たちが「来た!」と息を飲んだ。
副団長が「やっぱり……」と肩を落とした。
私は書類をめくる。
「あと、こちらは備品申請の――」
「ページのめくり方が丁寧だ」
「え」
「角が揃っている。美しい」
「美しい!?」
何が? 私が? 書類が?
どっちでも困る。
団長は淡々と続ける。
「事務能力が高い」
「能力……」
「騎士団に必要だ」
「必要……」
必要、という言葉は、団長の口癖に近い。
でも、それを“褒め”として浴びせられると、妙に心臓が落ち着かない。
……いや、落ち着かないのは心臓だけじゃない。
周囲がざわついている。
「団長、姉さんを評価してる……!」
「これが噂のアプローチ……!」
「仕事の面談みたい……!」
面談。
まさにそれだ。
副団長が低い声で言った。
「団長、それ、褒め方が“人事評価”なんですよ」
「問題か」
「恋愛アプローチです!」
「恋愛でも、評価は必要だ」
「要らないです!!!」
団長は私の方を見る。
「君は褒められると、戸惑って笑う」
「……え」
「それが可愛い」
「……っ」
――今、可愛いって言った?
言った。
言ったけど、声色が面談のままなのが余計に破壊力ある。
団員たちが「うわー!」と身もだえした。
副団長が机を叩いた。
「団長! そこで突然“可愛い”を差し込むの、ズルいです!」
「ズルくない」
「ズルいです!! 心臓に悪い!!」
「副団長が死んでる……」
「副団長、がんばって……」
私は赤くなったまま、必死に書類に視線を戻した。
「えっと……では、訓練場の使用許可は――」
「君は切り替えが早い」
「切り替え……」
「仕事に集中する姿勢、優秀」
「優秀……」
褒めが止まらない。
毎時どころか毎秒だ。
息継ぎがない。
私は耐えられず、そっと言った。
「団長……あの……そんなに褒めなくても……」
「褒める必要がある」
「必要!?」
「効果が高い」
――効果。
効果って言った。
副団長が呻いた。
「やっぱり第三王子だ……“効果”って言葉がもう……」
団員が嬉しそうに言う。
「団長、ちゃんと検証してる!」
「検証しなくていい!」
その時、扉が勢いよく開いた。
「おはよー! 今日の騎士団、空気が甘いね!」
――来た。
第三王子が、にこにこと入ってきた。
さすがに今日は“空気が甘い”と言われると困る。
甘いというより、面談が多いだけだ。
「団長、やってる?」
「やっている」
「いいねえ。褒めは毎時、守ってる?」
「守っている」
「守るな!」
王子は私を見て、楽しそうに笑った。
「事務さん、どう? 褒められてる?」
「えっと……褒められては……います」
「でしょ。団長、真面目だからね。褒め方が“評価”になるんだよ」
「その通りだ」
「その通りじゃないです!」
副団長が王子に詰め寄る。
「殿下、団長に何教えたんですか」
「え? “褒めるは毎時”って言っただけ」
「それだけでこの惨状です!」
「惨状って言うなよ、可愛いじゃん。見て、事務さんの耳」
私は思わず耳を押さえた。
熱い。終わってる。
王子は団長に肩を組もうとして、団長の圧で止まった。
止まったのに王子は平気で言う。
「団長、褒めるのはいいけど、相手が困ってたら“休憩”を入れるんだよ」
「休憩:必須」
「それはもう入れてるんだ」
「監督も必須」
「監督は……余計だね」
「検討する」
検討されてる。
私はそっと息を吐いて言った。
「団長、あの……仕事、しにくいです」
「……」
団長が一瞬、黙った。
空気が、少しだけ変わる。
団長はすぐに言った。
「すまない。困らせない(重要)だったな」
「団長、括弧まで言わなくていいです」
「重要だ」
「重要……」
団長は少し距離を取った。
その一歩で、私は呼吸が戻った。
――ちゃんと、加減できるんだ。
王子が満足そうに頷く。
「ほら、進歩。団長、偉い」
「褒めるな」
「え、褒めは毎時でしょ?」
「……対象を選ぶ」
団員たちがザワッとした。
「対象!?」
「え、姉さんだけ!?」
「団長、独占……!」
「独占って言うな!」
副団長が即ツッコむ。
「団長、今の発言はさらに噂が増えます」
「増えていい」
「よくない!!!」
私は机に向かって、書類を整え直した。
心臓がまだ落ち着かない。
でも、落ち着かない理由は、恥ずかしさだけじゃない。
団長が、背後から低い声で言った。
「君は、言うべきことを言えるようになっている」
「……え」
「昨日より、今日の方が良い」
「……それ、また評価ですか」
「褒めだ」
淡々とした声。
なのに、不思議と胸が温かくなる。
……甘さ、そこに入れるの、ずるい。
私は戸惑って笑ってしまった。
「……ありがとうございます」
「当然だ」
「当然って……」
「君は、価値がある」
――一瞬、言葉が止まった。
団員たちが息を止めた。
副団長が固まった。
王子だけが、にやにやしている。
私の胸の奥が、きゅっとなる。
甘いというより、痛い。嬉しい痛さ。
団長は、いつも通りの顔で言い足した。
「だから、休憩を取れ」
「結局そこですか」
「そこだ」
副団長が机に突っ伏した。
「もうやだ……この職場……」
団員たちが一斉に言う。
「副団長、がんばって!」
「副団長、尊い!」
「尊い撤回しろ!」
私は笑って、やっと椅子から立った。
「……じゃあ、休憩、取ります」
「よし」
「監督は?」
「……距離は取る」
団長がほんの少しだけ、後ろに下がる。
それだけで私は、少しだけ安心した。
――褒めは毎時。
でも、加減も少しずつ。
たぶん、騎士団長の恩返しは、今日も方向性が怪しいまま進む。
だけど。
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