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第4話 恋愛アプローチ情報その2「飲み物は安心感」(団長専用儀式、そして列ができる)
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その日の午後。
私は学んだ。
騎士団長は、“褒める”だけでは終わらない。
終わらないというか、次の情報をすぐ拾ってくる。
事務室に戻った私の机の端には、また小さな紙片が置かれていた。
『恋愛アプローチ情報②:飲み物は安心感(効果:高)』
・温度は重要
・相手の好みを把握
・「君のため」を自然に
……効果が高いって、なに。
研究なの? 恋って。
副団長が紙を覗き込み、ゆっくり顔を上げた。
「姉さん……午後は、お茶が……死にます」
「お茶が!?」
「“お茶出し”が“儀式”になります」
「儀式!? お茶だよ!?」
その直後。
団長が、当然の顔で言った。
「茶を淹れる」
「……え?」
私は聞き返した。聞き返したけど、私が悪いみたいな空気になった。
団長が、茶器の棚の前に立っている。
いつもは私が使う、いつもの茶器。
なのに団長が触るだけで“作戦会議”に見える。
「団長、それは……私の仕事です」
「君の休憩:必須」
「いま!?」
「いま」
「さっき休憩したばっかりです!」
「休憩は、回数があっていい」
「そんな制度、ないです!」
団員たちがわちゃわちゃと寄ってくる。
「団長が茶を淹れる!」
「初めて見ます!」
「姉さんのため!? 尊い!」
「尊いは撤回しろ!!」
副団長が反射で叫んだ。
団長は、棚から茶葉の缶を取り出し、私に言う。
「好みは?」
「えっと……苦すぎないのが……」
「承知した」
「承知しないで、普通に仕事して……!」
団長が手際よく湯を沸かし始めた。
……手際がいいのがまた困る。
騎士団長の手際がいいのは当然なのに、事務室で発揮されると世界が歪む。
副団長が静かに言った。
「団長、熱湯の扱いに慣れてるの、今すごく腹立ちますね」
「なぜだ」
「なんででしょうね」
団長は茶器を温め、茶葉の量を測る。
真剣すぎる。
人が怪我した時と同じ顔だ。
「……団長」
私は小声で言った。
「そこまでしなくても……」
「必要だ」
即答。
「安心感」
「安心感って……お茶で!?」
「飲み物は安心感(効果:高)」
「括弧まで言わなくていいです!」
団員が感動して手を握りしめた。
「団長、姉さんの安心感を研究してる……!」
「研究してない」
「してます! 書いてある!」
副団長が額を押さえた。
「誰だ……“括弧:効果:高”って書き方を団長に教えたのは……」
私は聞こえないふりをした。
聞こえないふりをしたけど、答えは一つしかない気がする。
――第三王子。
湯気が上がり、茶の香りが広がる。
団長が湯呑を二つ置いた。
二つ?
団員たちが身を乗り出す。
「姉さんと団長の分……?」
「二人分……?」
「え、もう夫婦……?」
「夫婦って言うな!!」
副団長のツッコミが、今日も冴えている。
団長は淡々と言った。
「君の分と、俺の分だ」
「団長も飲むんですか」
「確認する」
「確認……」
「温度」
「温度の確認……」
「味」
「味の確認……」
私は思わず言ってしまった。
「……団長、毒見役みたいです」
「危険は排除する」
「毒が入る予定ないです!」
団長は一口飲んで、眉ひとつ動かさず頷いた。
「適温。苦味は控えめ。香りは落ち着く」
「……プロのコメント」
「君に適している」
そう言って、私の前に湯呑を置く。
私は両手で受け取り、そっと口をつけた。
……美味しい。
悔しいけど、美味しい。
「おいしいです」
私は素直に言った。
団長がほんの少しだけ頷く。
「よし」
「監督口調!」
副団長が叫んだ。
その瞬間。
「姉さん! お茶、おいしいですか!?」
「団長が淹れたお茶、飲みたいです!」
「飲みたい!」
「飲みたい!!」
――列。
団員たちが、事務室の前に列を作り始めた。
なぜ、騎士団で“お茶の列”が。
「えっ、待って、みんな……」
私が止めるより早く、団員たちは勢いよく言った。
「姉さんのお茶って、いつも落ち着くんです!」
「団長が淹れるなら、さらに落ち着きます!」
「落ち着きたいです! 訓練より落ち着きたいです!」
訓練を頑張って。
副団長が列を見て顔を引きつらせた。
「……やめろ。騎士団の事務室を、茶屋にするな」
「茶屋……」
団員が目を輝かせた。
「茶屋、いいですね!」
「よくない!!」
団長が列を一瞥し、低く言った。
「却下」
団員たちが、ピタッと止まる。
止まるのに、目がキラキラしてるのが怖い。
「だが」
団長が続けた。
「君たちが落ち着きたい気持ちは、理解する」
「団長……!」
「理解してくれる……!」
「尊い……!」
「尊い撤回しろ!!」
副団長の声が枯れてきた。
団長は真顔で結論を出した。
「だが、今日はおしまい」
「えー!?」
「彼女の分だけだ」
「えっ、姉さんだけ!?」
「団長、独占……!」
「独占って言うな!!」
私は慌てて手を振った。
「ちょ、ちょっと……私は、みんなにも――」
「君は優しすぎる」
団長が即答した。
「だから、俺が止める」
止める、という言葉が、今日二回目に胸に刺さる。
副団長がぼそっと言った。
「姉さん、団長は“優しすぎる人”を見つけると、囲うんですよ」
「囲う……?」
「囲う」
団長が重ねた。
「危険だから」
「危険って……私が!?」
「君の優しさは危険だ」
意味がわからないのに、なぜか否定しきれない。
私は湯呑を握り直した。
その時、事務室の扉が軽快に開いた。
「へえ、いい香り。ここ、茶屋になったの?」
第三王子が、にこにこと顔を出した。
――来た。
来たけど、来る気がしてた。すごく。
王子は列を見て笑う。
「なにこれ。団員たち、茶で整列してる。かわいいね」
「殿下、原因はあなたです」
副団長が即答した。
「団長に変なアプローチ情報を流すの、やめてください」
「変じゃないよ。恋ってさ、安心感だよ?」
「だからって“効果:高”とか付けるなって言ってるんです!!」
王子が肩をすくめ、団長を見る。
「団長、ちゃんと“君のため”を自然に言えた?」
「言っていない」
「え、じゃあ今言ってみて」
「今?」
「今」
王子が楽しそうに笑う。
副団長が「やめろ」と小声で言う。
団員たちが息を飲む。
私は……逃げたい。
団長が、私を見る。
そして、淡々と言った。
「君のためだ」
……言った。
言ったのに、声がいつも通りで。
いつも通りなのに、胸の奥が、少しだけ熱くなった。
団員たちが「うわあ!」と叫びそうになって、団長の圧で飲み込む。
副団長が静かに机に額を打ちつけた。
王子が満足そうに頷いた。
「うん、いいね。自然。……顔が硬いけど」
「硬くない」
「硬いよ」
「硬くない」
「硬い」
団長と王子が、子どもみたいな言い合いを始める。
騎士団長の威厳が揺らぐ。
私は湯呑を持ったまま、思わず笑ってしまった。
戸惑ったように笑うと、団長が一瞬だけ黙る。
そして、低い声で言った。
「……その顔は、良い」
「その顔って……」
「今の」
「今のって……笑ってる顔?」
「そうだ」
「……」
甘い言葉ではないのに、心の奥にすっと入ってくる。
褒められるのが苦手な私でも、なぜか、受け取ってしまう。
王子がニヤニヤして言った。
「ほら、事務さん。団長、ちゃんと“好きな顔”を言えた」
「殿下! 好きって言ってないです!」
「言ってないけど、言ってるのと同じだよ」
「同じじゃないです!」
「同じ」
団長が肯定する。
副団長が顔を上げ、疲れ切った声で言う。
「……姉さん、団長の恩返し、もう“お茶”の段階まで来ました」
「段階って何……」
「次はたぶん、座席です」
「座席……?」
「隣、固定」
「固定!?」
団員たちが一斉に言った。
「固定、いいですね!」
「よくない!!」
私は笑いながら、湯呑を置いた。
熱いお茶のはずなのに、胸の奥の方が、もっと熱い。
……でも、これは言わない。
まだ、言えない。
事務室は今日もわちゃわちゃで、
騎士団長は今日も当たり前の顔で彼氏面をして、
第三王子は今日も楽しそうに火をつけて、
副団長は今日も胃が死んでいる。
平和だ。
平和すぎて、たぶん、私はそのうち慣れてしまう。
――それが少しだけ、怖い。
私は学んだ。
騎士団長は、“褒める”だけでは終わらない。
終わらないというか、次の情報をすぐ拾ってくる。
事務室に戻った私の机の端には、また小さな紙片が置かれていた。
『恋愛アプローチ情報②:飲み物は安心感(効果:高)』
・温度は重要
・相手の好みを把握
・「君のため」を自然に
……効果が高いって、なに。
研究なの? 恋って。
副団長が紙を覗き込み、ゆっくり顔を上げた。
「姉さん……午後は、お茶が……死にます」
「お茶が!?」
「“お茶出し”が“儀式”になります」
「儀式!? お茶だよ!?」
その直後。
団長が、当然の顔で言った。
「茶を淹れる」
「……え?」
私は聞き返した。聞き返したけど、私が悪いみたいな空気になった。
団長が、茶器の棚の前に立っている。
いつもは私が使う、いつもの茶器。
なのに団長が触るだけで“作戦会議”に見える。
「団長、それは……私の仕事です」
「君の休憩:必須」
「いま!?」
「いま」
「さっき休憩したばっかりです!」
「休憩は、回数があっていい」
「そんな制度、ないです!」
団員たちがわちゃわちゃと寄ってくる。
「団長が茶を淹れる!」
「初めて見ます!」
「姉さんのため!? 尊い!」
「尊いは撤回しろ!!」
副団長が反射で叫んだ。
団長は、棚から茶葉の缶を取り出し、私に言う。
「好みは?」
「えっと……苦すぎないのが……」
「承知した」
「承知しないで、普通に仕事して……!」
団長が手際よく湯を沸かし始めた。
……手際がいいのがまた困る。
騎士団長の手際がいいのは当然なのに、事務室で発揮されると世界が歪む。
副団長が静かに言った。
「団長、熱湯の扱いに慣れてるの、今すごく腹立ちますね」
「なぜだ」
「なんででしょうね」
団長は茶器を温め、茶葉の量を測る。
真剣すぎる。
人が怪我した時と同じ顔だ。
「……団長」
私は小声で言った。
「そこまでしなくても……」
「必要だ」
即答。
「安心感」
「安心感って……お茶で!?」
「飲み物は安心感(効果:高)」
「括弧まで言わなくていいです!」
団員が感動して手を握りしめた。
「団長、姉さんの安心感を研究してる……!」
「研究してない」
「してます! 書いてある!」
副団長が額を押さえた。
「誰だ……“括弧:効果:高”って書き方を団長に教えたのは……」
私は聞こえないふりをした。
聞こえないふりをしたけど、答えは一つしかない気がする。
――第三王子。
湯気が上がり、茶の香りが広がる。
団長が湯呑を二つ置いた。
二つ?
団員たちが身を乗り出す。
「姉さんと団長の分……?」
「二人分……?」
「え、もう夫婦……?」
「夫婦って言うな!!」
副団長のツッコミが、今日も冴えている。
団長は淡々と言った。
「君の分と、俺の分だ」
「団長も飲むんですか」
「確認する」
「確認……」
「温度」
「温度の確認……」
「味」
「味の確認……」
私は思わず言ってしまった。
「……団長、毒見役みたいです」
「危険は排除する」
「毒が入る予定ないです!」
団長は一口飲んで、眉ひとつ動かさず頷いた。
「適温。苦味は控えめ。香りは落ち着く」
「……プロのコメント」
「君に適している」
そう言って、私の前に湯呑を置く。
私は両手で受け取り、そっと口をつけた。
……美味しい。
悔しいけど、美味しい。
「おいしいです」
私は素直に言った。
団長がほんの少しだけ頷く。
「よし」
「監督口調!」
副団長が叫んだ。
その瞬間。
「姉さん! お茶、おいしいですか!?」
「団長が淹れたお茶、飲みたいです!」
「飲みたい!」
「飲みたい!!」
――列。
団員たちが、事務室の前に列を作り始めた。
なぜ、騎士団で“お茶の列”が。
「えっ、待って、みんな……」
私が止めるより早く、団員たちは勢いよく言った。
「姉さんのお茶って、いつも落ち着くんです!」
「団長が淹れるなら、さらに落ち着きます!」
「落ち着きたいです! 訓練より落ち着きたいです!」
訓練を頑張って。
副団長が列を見て顔を引きつらせた。
「……やめろ。騎士団の事務室を、茶屋にするな」
「茶屋……」
団員が目を輝かせた。
「茶屋、いいですね!」
「よくない!!」
団長が列を一瞥し、低く言った。
「却下」
団員たちが、ピタッと止まる。
止まるのに、目がキラキラしてるのが怖い。
「だが」
団長が続けた。
「君たちが落ち着きたい気持ちは、理解する」
「団長……!」
「理解してくれる……!」
「尊い……!」
「尊い撤回しろ!!」
副団長の声が枯れてきた。
団長は真顔で結論を出した。
「だが、今日はおしまい」
「えー!?」
「彼女の分だけだ」
「えっ、姉さんだけ!?」
「団長、独占……!」
「独占って言うな!!」
私は慌てて手を振った。
「ちょ、ちょっと……私は、みんなにも――」
「君は優しすぎる」
団長が即答した。
「だから、俺が止める」
止める、という言葉が、今日二回目に胸に刺さる。
副団長がぼそっと言った。
「姉さん、団長は“優しすぎる人”を見つけると、囲うんですよ」
「囲う……?」
「囲う」
団長が重ねた。
「危険だから」
「危険って……私が!?」
「君の優しさは危険だ」
意味がわからないのに、なぜか否定しきれない。
私は湯呑を握り直した。
その時、事務室の扉が軽快に開いた。
「へえ、いい香り。ここ、茶屋になったの?」
第三王子が、にこにこと顔を出した。
――来た。
来たけど、来る気がしてた。すごく。
王子は列を見て笑う。
「なにこれ。団員たち、茶で整列してる。かわいいね」
「殿下、原因はあなたです」
副団長が即答した。
「団長に変なアプローチ情報を流すの、やめてください」
「変じゃないよ。恋ってさ、安心感だよ?」
「だからって“効果:高”とか付けるなって言ってるんです!!」
王子が肩をすくめ、団長を見る。
「団長、ちゃんと“君のため”を自然に言えた?」
「言っていない」
「え、じゃあ今言ってみて」
「今?」
「今」
王子が楽しそうに笑う。
副団長が「やめろ」と小声で言う。
団員たちが息を飲む。
私は……逃げたい。
団長が、私を見る。
そして、淡々と言った。
「君のためだ」
……言った。
言ったのに、声がいつも通りで。
いつも通りなのに、胸の奥が、少しだけ熱くなった。
団員たちが「うわあ!」と叫びそうになって、団長の圧で飲み込む。
副団長が静かに机に額を打ちつけた。
王子が満足そうに頷いた。
「うん、いいね。自然。……顔が硬いけど」
「硬くない」
「硬いよ」
「硬くない」
「硬い」
団長と王子が、子どもみたいな言い合いを始める。
騎士団長の威厳が揺らぐ。
私は湯呑を持ったまま、思わず笑ってしまった。
戸惑ったように笑うと、団長が一瞬だけ黙る。
そして、低い声で言った。
「……その顔は、良い」
「その顔って……」
「今の」
「今のって……笑ってる顔?」
「そうだ」
「……」
甘い言葉ではないのに、心の奥にすっと入ってくる。
褒められるのが苦手な私でも、なぜか、受け取ってしまう。
王子がニヤニヤして言った。
「ほら、事務さん。団長、ちゃんと“好きな顔”を言えた」
「殿下! 好きって言ってないです!」
「言ってないけど、言ってるのと同じだよ」
「同じじゃないです!」
「同じ」
団長が肯定する。
副団長が顔を上げ、疲れ切った声で言う。
「……姉さん、団長の恩返し、もう“お茶”の段階まで来ました」
「段階って何……」
「次はたぶん、座席です」
「座席……?」
「隣、固定」
「固定!?」
団員たちが一斉に言った。
「固定、いいですね!」
「よくない!!」
私は笑いながら、湯呑を置いた。
熱いお茶のはずなのに、胸の奥の方が、もっと熱い。
……でも、これは言わない。
まだ、言えない。
事務室は今日もわちゃわちゃで、
騎士団長は今日も当たり前の顔で彼氏面をして、
第三王子は今日も楽しそうに火をつけて、
副団長は今日も胃が死んでいる。
平和だ。
平和すぎて、たぶん、私はそのうち慣れてしまう。
――それが少しだけ、怖い。
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