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第5話 恋愛アプローチ情報その3「差し入れは胃袋を掴め」(騎士団、菓子で統率される)
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朝。
事務室の扉を開けた私は、まず、目を疑った。
机が――埋まっている。
箱。
箱。
箱。
上品な包装紙、金の箔押し、王都の高級店の紋章。
そして、なぜか“騎士団宛て”の札が全部についている。
「……なにこれ」
呟いた瞬間、団員が駆け込んできた。
「姉さん!! 大変です!!」
「うん、見ればわかる……」
「団長が差し入れを!! 差し入れを“制度化”しました!!」
「制度化しないで!!」
副団長が、机の向こうで白目になりそうな顔をしている。
「姉さん……これ、数えました」
「数えたの……?」
「箱が、二十六」
「二十六!?」
騎士団は大きい。
でも、差し入れの箱が二十六って、何かの軍需物資だ。
私は恐る恐る、いちばん手前の箱を開けた。
中身は――菓子。
小さくて可愛い焼き菓子が、宝石みたいに並んでいる。
別の箱にはチョコ。
別の箱にはジャム。
別の箱には――なぜか蜂蜜。
……蜂蜜は何。
箱の隅に、紙片が一枚。
『恋愛アプローチ情報③:差し入れは胃袋を掴め(効果:高)』
・量は多め(印象が残る)
・質は良い(誠意)
・共有は好感度(ただし例外あり)
最後の“ただし例外あり”が、怖い。
なにが例外なの。
副団長が呻く。
「姉さん……団長、最後の一行、絶対読んでません」
「読んでてこの量なら、もっと怖いよ……!」
その時、事務室の空気がすっと整う。
団長が入ってきた。
団長はいつも通り無表情で、いつも通り私の斜め後ろに立つ。
監督席。定着しつつあるのが怖い。
「おはようございます、団長」
「おはよう」
私は箱の山を指差した。
「……団長、これは」
「差し入れだ」
「見ればわかります」
「必要だ」
「必要の基準が崩壊してます!」
団長は淡々と言う。
「君がいつも、皆に配っている」
「配ってません! お茶は淹れますけど!」
「同じだ」
「同じじゃないです!」
団長は箱を一つ持ち上げ、机の端に置き直す。
箱の置き方まで無駄がない。
ムカつくほど丁寧。
「騎士団全体の士気にも良い」
「士気!? 菓子で!?」
「菓子は士気に直結する」
団員たちが一斉に頷いた。
「直結します!!」
「訓練より直結します!!」
「直結しすぎだよ!」
副団長が低い声で言った。
「団長、これは“恩返し”の範囲を超えてます」
「超えていない」
「超えてます。国庫が心配です」
「私費だ」
「なお悪いです!!」
団長が平然と私を見る。
「君が心配する必要はない」
「心配します! だって……」
私は言いかけて、止まった。
――だって、私のせいみたいになるから。
団長は、それを見抜いたみたいに言う。
「君のせいではない」
「……」
「俺がしたいから、した」
さも当たり前に。
胸の奥がちょっとだけ、きゅっとなる。
甘さが来そうで怖いから、私はすぐ話題を戻した。
「……でも、こんなに配ったら混乱します」
「混乱はしない」
「します!」
その瞬間。
廊下から、どどどどっ、と足音。
事務室の扉が開く。
「差し入れぇぇぇ!!」
「団長の差し入れだ!!」
「並べ!! 整列だ!!」
――整列。
団員たちが、箱の前に“訓練より綺麗な列”を作った。
「君たち、いつもその集中力を訓練で出せ」
副団長がツッコむ。
「なんで菓子で統率が取れるんだよ!」
団員が真顔で答えた。
「副団長、甘味は正義です」
「正義じゃない!」
団長は列を一瞥し、淡々と言う。
「一人一個」
「やったぁ!」
「二個は?」
「却下」
「三個は?」
「却下」
「姉さんの分、僕が――」
「却下」
「団長、却下が早い!」
団長の却下はいつも早い。
仕事も早いけど、却下も早い。
私は配給係みたいになりながら、箱を開けた。
「はい、順番にね。押さないで……」
「姉さん、優しい!」
「姉さん、天使!」
「天使に菓子を献上します!」
「献上しないで!」
混乱している。
すごく混乱している。
そして、その混乱に――油を注ぐ声。
「うわ、なにこの列。祭り?」
第三王子が、にこにこと入ってきた。
「殿下……」
副団長がうんざりした顔で言う。
「これ、あなたの仕業ですか」
「え? 違うよ。今回は団長の自主研究」
「自主研究って言うな!」
王子は箱の山を見て、目を輝かせた。
「団長、やるじゃん。差し入れは胃袋を掴め。基本だよ」
「基本なんですね……」
私は小さく呟いた。
王子が私に近づき、囁くみたいに言う。
「事務さん、これ、どう思う?」
「えっと……ありがたいですけど……多いです」
「だよねえ。団長、“多いほど誠意”って極端に走るから」
「……極端」
「まあ、団長らしいよね。真面目だから」
王子は肩をすくめ、団長を見る。
「団長、例外、読んだ?」
「例外?」
「ほら、紙の最後」
「……」
団長が一瞬、固まった。
副団長がピンと来て叫ぶ。
「団長、読んでないですね!?」
「読んでいない」
即答する。
王子が楽しそうに言った。
「例外ってね、“本命には全体配給じゃなくて個別が効く”ってことだよ」
「……」
団長の無表情が、ほんのわずかに“固く”なる。
副団長が額を押さえる。
「殿下、余計なこと言わないでください」
「え、でも大事じゃん」
「大事じゃないです!! 大惨事です!!」
遅かった。
団員の一人が、箱を抱えて叫んだ。
「団長! 俺、もう一個いいですか!」
「却下」
「姉さんの分、俺が――」
「却下」
団員がしょんぼりする。
そのしょんぼりが、私の心をちょっと刺す。
「えっと……みんな頑張ってるし、余ってたら――」
私が言いかけた瞬間。
「余らせない」
団長が即答した。
「え?」
「余った分は――」
団長が、箱を一つ持ち上げる。
そして。
私の机の引き出しを、当然のように開けた。
「団長!? 私の引き出し!」
「保管場所だ」
「勝手に決めないでください!」
団長は引き出しの中に、綺麗に箱を収めていく。
収め方が軍隊。
「君の分だ」
「えっ、でもこれ、騎士団宛てって札が……」
「上書きした」
「上書きって、札がっ……」
団員たちがザワザワし始める。
「え、姉さんの引き出しに……?」
「姉さんの分、確保……?」
「団長、独占……?」
「独占って言うな!!」
副団長が叫ぶ。今日何回目だ。
王子が、満足げに頷いた。
「うん、個別。例外、実践できたね」
「殿下!!」
副団長が王子を睨む。
「火をつけるなって言ったでしょう!!」
「つけてないよ。団長が勝手に燃えた」
勝手に燃えた、って言い方。
団長は無表情のまま、私に言う。
「君が配るのは負担だ」
「だからって……引き出しに菓子を備蓄するのは……」
「備蓄は安心だ」
「戦時じゃないです!」
団長は淡々と続ける。
「疲れたら食べろ」
「疲れてなくても食べそうです」
「食べてもいい」
「……団長、それ、甘やかしです」
「甘やかしていない」
「甘やかしてます」
「必要だ」
「また必要!」
団員が突然、目を輝かせた。
「じゃあ! 姉さんが疲れてるかどうか、俺たちが判断します!」
「判断しないで!」
「姉さん、顔色が――」
「普通です!」
「普通でも疲れてる時あります!」
「あるけど! あるけど、それを君たちが言うと怖い!」
副団長が列を押し返しながら叫ぶ。
「戻れ! 訓練に戻れ! 甘味の列を解散しろ!」
「副団長、鬼!」
「鬼でいい!! これ以上、騎士団を菓子で統率したくない!!」
王子が楽しそうに言った。
「副団長、鬼って言われるの、慣れてるでしょ?」
「慣れたくて慣れてるわけじゃない!!」
私は、引き出しに整然と詰められた箱を見た。
――私の机に、私のための菓子が備蓄されている。
おかしい。
完全におかしい。
なのに。
胸の奥の、少しだけ柔らかい場所が、
くすぐられるように温かくなるのがわかった。
私は小さく言った。
「……団長。ありがとうございます。でも……」
「でも?」
「……こんなにされると、私、返せなくなります」
「返す必要はない」
「え」
「恩返しは、俺が勝手にする」
「……勝手に」
「君が“受け取る”だけでいい」
淡々とした声。
それなのに、言葉だけは――妙に、優しい。
私は思わず、戸惑って笑ってしまった。
「……受け取るの、難しいです」
「練習だ」
「練習!?」
「君は、上達が早い」
「また評価!」
「褒めだ」
副団長が遠くで呻いた。
「……姉さん、胃が痛いの、俺だけじゃなくなってきましたね」
「えっ」
「いや、こっちの話です」
団員たちが最後の菓子を受け取り、訓練場へ戻っていく。
列が解散して、事務室に少しだけ静けさが戻った。
私は引き出しをそっと閉めた。
中にあるのは菓子のはずなのに、
胸の奥に残ったのは、別の甘さだった。
……でも、これはまだ、言わない。
騎士団長の恩返しは、今日も方向性が怪しい。
そして私は今日も、それを少しずつ受け取ってしまう。
悔しい。
事務室の扉を開けた私は、まず、目を疑った。
机が――埋まっている。
箱。
箱。
箱。
上品な包装紙、金の箔押し、王都の高級店の紋章。
そして、なぜか“騎士団宛て”の札が全部についている。
「……なにこれ」
呟いた瞬間、団員が駆け込んできた。
「姉さん!! 大変です!!」
「うん、見ればわかる……」
「団長が差し入れを!! 差し入れを“制度化”しました!!」
「制度化しないで!!」
副団長が、机の向こうで白目になりそうな顔をしている。
「姉さん……これ、数えました」
「数えたの……?」
「箱が、二十六」
「二十六!?」
騎士団は大きい。
でも、差し入れの箱が二十六って、何かの軍需物資だ。
私は恐る恐る、いちばん手前の箱を開けた。
中身は――菓子。
小さくて可愛い焼き菓子が、宝石みたいに並んでいる。
別の箱にはチョコ。
別の箱にはジャム。
別の箱には――なぜか蜂蜜。
……蜂蜜は何。
箱の隅に、紙片が一枚。
『恋愛アプローチ情報③:差し入れは胃袋を掴め(効果:高)』
・量は多め(印象が残る)
・質は良い(誠意)
・共有は好感度(ただし例外あり)
最後の“ただし例外あり”が、怖い。
なにが例外なの。
副団長が呻く。
「姉さん……団長、最後の一行、絶対読んでません」
「読んでてこの量なら、もっと怖いよ……!」
その時、事務室の空気がすっと整う。
団長が入ってきた。
団長はいつも通り無表情で、いつも通り私の斜め後ろに立つ。
監督席。定着しつつあるのが怖い。
「おはようございます、団長」
「おはよう」
私は箱の山を指差した。
「……団長、これは」
「差し入れだ」
「見ればわかります」
「必要だ」
「必要の基準が崩壊してます!」
団長は淡々と言う。
「君がいつも、皆に配っている」
「配ってません! お茶は淹れますけど!」
「同じだ」
「同じじゃないです!」
団長は箱を一つ持ち上げ、机の端に置き直す。
箱の置き方まで無駄がない。
ムカつくほど丁寧。
「騎士団全体の士気にも良い」
「士気!? 菓子で!?」
「菓子は士気に直結する」
団員たちが一斉に頷いた。
「直結します!!」
「訓練より直結します!!」
「直結しすぎだよ!」
副団長が低い声で言った。
「団長、これは“恩返し”の範囲を超えてます」
「超えていない」
「超えてます。国庫が心配です」
「私費だ」
「なお悪いです!!」
団長が平然と私を見る。
「君が心配する必要はない」
「心配します! だって……」
私は言いかけて、止まった。
――だって、私のせいみたいになるから。
団長は、それを見抜いたみたいに言う。
「君のせいではない」
「……」
「俺がしたいから、した」
さも当たり前に。
胸の奥がちょっとだけ、きゅっとなる。
甘さが来そうで怖いから、私はすぐ話題を戻した。
「……でも、こんなに配ったら混乱します」
「混乱はしない」
「します!」
その瞬間。
廊下から、どどどどっ、と足音。
事務室の扉が開く。
「差し入れぇぇぇ!!」
「団長の差し入れだ!!」
「並べ!! 整列だ!!」
――整列。
団員たちが、箱の前に“訓練より綺麗な列”を作った。
「君たち、いつもその集中力を訓練で出せ」
副団長がツッコむ。
「なんで菓子で統率が取れるんだよ!」
団員が真顔で答えた。
「副団長、甘味は正義です」
「正義じゃない!」
団長は列を一瞥し、淡々と言う。
「一人一個」
「やったぁ!」
「二個は?」
「却下」
「三個は?」
「却下」
「姉さんの分、僕が――」
「却下」
「団長、却下が早い!」
団長の却下はいつも早い。
仕事も早いけど、却下も早い。
私は配給係みたいになりながら、箱を開けた。
「はい、順番にね。押さないで……」
「姉さん、優しい!」
「姉さん、天使!」
「天使に菓子を献上します!」
「献上しないで!」
混乱している。
すごく混乱している。
そして、その混乱に――油を注ぐ声。
「うわ、なにこの列。祭り?」
第三王子が、にこにこと入ってきた。
「殿下……」
副団長がうんざりした顔で言う。
「これ、あなたの仕業ですか」
「え? 違うよ。今回は団長の自主研究」
「自主研究って言うな!」
王子は箱の山を見て、目を輝かせた。
「団長、やるじゃん。差し入れは胃袋を掴め。基本だよ」
「基本なんですね……」
私は小さく呟いた。
王子が私に近づき、囁くみたいに言う。
「事務さん、これ、どう思う?」
「えっと……ありがたいですけど……多いです」
「だよねえ。団長、“多いほど誠意”って極端に走るから」
「……極端」
「まあ、団長らしいよね。真面目だから」
王子は肩をすくめ、団長を見る。
「団長、例外、読んだ?」
「例外?」
「ほら、紙の最後」
「……」
団長が一瞬、固まった。
副団長がピンと来て叫ぶ。
「団長、読んでないですね!?」
「読んでいない」
即答する。
王子が楽しそうに言った。
「例外ってね、“本命には全体配給じゃなくて個別が効く”ってことだよ」
「……」
団長の無表情が、ほんのわずかに“固く”なる。
副団長が額を押さえる。
「殿下、余計なこと言わないでください」
「え、でも大事じゃん」
「大事じゃないです!! 大惨事です!!」
遅かった。
団員の一人が、箱を抱えて叫んだ。
「団長! 俺、もう一個いいですか!」
「却下」
「姉さんの分、俺が――」
「却下」
団員がしょんぼりする。
そのしょんぼりが、私の心をちょっと刺す。
「えっと……みんな頑張ってるし、余ってたら――」
私が言いかけた瞬間。
「余らせない」
団長が即答した。
「え?」
「余った分は――」
団長が、箱を一つ持ち上げる。
そして。
私の机の引き出しを、当然のように開けた。
「団長!? 私の引き出し!」
「保管場所だ」
「勝手に決めないでください!」
団長は引き出しの中に、綺麗に箱を収めていく。
収め方が軍隊。
「君の分だ」
「えっ、でもこれ、騎士団宛てって札が……」
「上書きした」
「上書きって、札がっ……」
団員たちがザワザワし始める。
「え、姉さんの引き出しに……?」
「姉さんの分、確保……?」
「団長、独占……?」
「独占って言うな!!」
副団長が叫ぶ。今日何回目だ。
王子が、満足げに頷いた。
「うん、個別。例外、実践できたね」
「殿下!!」
副団長が王子を睨む。
「火をつけるなって言ったでしょう!!」
「つけてないよ。団長が勝手に燃えた」
勝手に燃えた、って言い方。
団長は無表情のまま、私に言う。
「君が配るのは負担だ」
「だからって……引き出しに菓子を備蓄するのは……」
「備蓄は安心だ」
「戦時じゃないです!」
団長は淡々と続ける。
「疲れたら食べろ」
「疲れてなくても食べそうです」
「食べてもいい」
「……団長、それ、甘やかしです」
「甘やかしていない」
「甘やかしてます」
「必要だ」
「また必要!」
団員が突然、目を輝かせた。
「じゃあ! 姉さんが疲れてるかどうか、俺たちが判断します!」
「判断しないで!」
「姉さん、顔色が――」
「普通です!」
「普通でも疲れてる時あります!」
「あるけど! あるけど、それを君たちが言うと怖い!」
副団長が列を押し返しながら叫ぶ。
「戻れ! 訓練に戻れ! 甘味の列を解散しろ!」
「副団長、鬼!」
「鬼でいい!! これ以上、騎士団を菓子で統率したくない!!」
王子が楽しそうに言った。
「副団長、鬼って言われるの、慣れてるでしょ?」
「慣れたくて慣れてるわけじゃない!!」
私は、引き出しに整然と詰められた箱を見た。
――私の机に、私のための菓子が備蓄されている。
おかしい。
完全におかしい。
なのに。
胸の奥の、少しだけ柔らかい場所が、
くすぐられるように温かくなるのがわかった。
私は小さく言った。
「……団長。ありがとうございます。でも……」
「でも?」
「……こんなにされると、私、返せなくなります」
「返す必要はない」
「え」
「恩返しは、俺が勝手にする」
「……勝手に」
「君が“受け取る”だけでいい」
淡々とした声。
それなのに、言葉だけは――妙に、優しい。
私は思わず、戸惑って笑ってしまった。
「……受け取るの、難しいです」
「練習だ」
「練習!?」
「君は、上達が早い」
「また評価!」
「褒めだ」
副団長が遠くで呻いた。
「……姉さん、胃が痛いの、俺だけじゃなくなってきましたね」
「えっ」
「いや、こっちの話です」
団員たちが最後の菓子を受け取り、訓練場へ戻っていく。
列が解散して、事務室に少しだけ静けさが戻った。
私は引き出しをそっと閉めた。
中にあるのは菓子のはずなのに、
胸の奥に残ったのは、別の甘さだった。
……でも、これはまだ、言わない。
騎士団長の恩返しは、今日も方向性が怪しい。
そして私は今日も、それを少しずつ受け取ってしまう。
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