冷徹と噂の堅物騎士団長、恩返しのつもりが彼氏面で騎士団の運用規定になりました(副団長の胃が先に限界)

星乃和花

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第6話 簡単な手当のはずが、騎士団が“甘え”を覚える(事務室、診療所化)

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 その日から、私の机の引き出しには菓子が備蓄されるようになった。

 備蓄されるだけなら、まだいい。
 問題は――その存在が、騎士団内で“公然の事実”になったことだ。

「姉さん、疲れてますよね? 甘味、必要ですよね?」
「必要って言葉、流行ってるの?」
「団長が言ってました!」

 団長が言うと、流行る。
 やめて。

 そして、もう一つ。

 私の事務室は、なぜか“診療所”になりつつあった。

 午前、書類整理。
 午後、来客対応。
 そして――合間に、団員たちの“手当”。

 ……手当と言っても、私は治療師じゃない。
 消毒して、絆創膏貼って、包帯巻く程度だ。

 なのに。

 扉が開いて、団員が入ってくる。

「姉さん……」
「どうしたの?」
「……心が……擦りむけました」
「帰って!!!」

 私は反射で叫んでしまった。

 団員は真顔で言った。
「今日の訓練で、団長に『動きが甘い』って言われました。甘いのは菓子だけでいいのに……」
「うまいこと言ってる場合じゃない!」

 別の団員が、腕を押さえて入ってくる。
「姉さん、見てください……」
「怪我?」
「……紙で切りました」
「また紙!? 紙が強すぎる!」

 さらに別の団員が、足を引きずるふりで入ってくる。
「姉さん……俺、もうだめかもしれません……」
「怪我なの!?」
「団長が姉さんの引き出しに菓子を入れてるの見て、尊死しました……」
「尊死って言うな!!」

 ――おかしい。
 怪我の種類が、増えている。

 副団長が、机の向こうで呻く。
「姉さん……それ、全員“甘え”です」
「甘えって、怪我で?」
「怪我のふりで寄ってきてるんです」
「寄ってこなくていい! 仕事が進まない!」

 団員たちが口々に言う。
「姉さん、優しいから……」
「姉さんが絆創膏貼ると、治る気がするんです」
「心も!」
「心は貼れない!」

 私は頭を抱えた。
 優しさは仕事になるけど、ここまで来ると――違う。

 その時。

 事務室の空気が、すっと締まった。

 団長が入ってきたのだ。

 団員たちが一瞬で背筋を伸ばす。
 伸ばすけど、なぜか“叱られる犬”の顔をしている。
 私は思わず言ってしまった。

「団長……みんなが……」
「把握している」
 団長は淡々と言った。
「ここが診療所になっている」
「診療所って認めちゃった……」

 団長の視線が、団員たちに向く。

 団員たちが固まる。

「君たち」
 団長の声は低い。
「怪我の程度は?」
「軽症です!」
「心が……」
「心は対象外だ」

 対象外、って。

 団長は続ける。
「彼女は、事務担当だ」
「でも姉さん、手当もしてくれて……」
「“してくれる”から“させる”な」

 団長の言葉が、いつもより少しだけ強い。
 私は息を飲んだ。

 団長が私の方を見る。
「君は断れない」
「……」
「断れないなら、俺が仕組みを変える」

 仕組み。
 嫌な予感が、すでにする。

 副団長がすぐに言った。
「団長、お願いします。変な仕組みだけは――」
「講習会を開く」
「……講習会?」
 副団長の顔が一瞬だけ希望に輝いた。
「まともですか? 団長、まともですか?」
「包帯の巻き方講習会だ」
「まとも!!」

 副団長が心底ほっとした顔をした、その次の瞬間。

 団長が無表情で言った。

「全員参加。義務」

「義務!?」
 副団長の顔が崩れ落ちた。
「いや、そこは任意で……」
「任意ではない」
「任意って言葉、知ってます?」
「知っている」
「知っててこれ!?」
「統率のためだ」

 団員たちがざわつく。
「包帯講習会……!」
「俺、包帯巻きたい!」
「姉さんに頼らずに済む!」
「姉さん、助かる!」
「……助かるのはいいけど、なんでそんなにテンション上がるの」

 団長が淡々と言う。
「そして、ここに“受付”を設置する」
「受付?」
「怪我の申告を記録する」
「……記録?」
「軽症者は自力で対処」
「……」

 副団長が青ざめた。
「団長、それ、診療所の制度です」
「そうだ」
「診療所にする気じゃないですか!!」
「診療所にはしない」
「もうなってます!!」

 私は慌てて言った。
「団長、そんなにしなくても……私、ちゃんと――」
「ちゃんと、やりすぎる」
 団長が即答した。

 即答が、痛いほど刺さる。
 私は言葉を詰まらせた。

 団長は淡々と続ける。
「君が“役に立つ”ことで自分を保つのは、危険だ」
「……え」

 危険、また。

 でも――否定しきれない。
 私は目を逸らした。

 団長は視線を外さず言う。
「君が倒れたら、俺が困る」
「……団長が?」
「騎士団が困る」
「どっちですか」
「両方だ」

 両方。
 淡々と言われると、余計に胸が変な音を立てる。

 その時、扉が軽快に開いた。

「おー、いいねえ! 騎士団、ついに“診療所化”した?」

 第三王子が、にこにこと入ってきた。

 副団長が即座に言う。
「殿下、今、火をつけないでください」
「つけないよ。今日は消火に来た」
「信用ならない!」

 王子は机の周りを見て、団員たちの様子を観察する。
「うんうん、みんな姉さんに甘えてるね」
「甘えてません!」
 団員たちが一斉に否定する。
「俺たちは……怪我して……」
「紙で!」
「心が!」
「心は対象外だって言っただろ」

 団長の低い声で、団員たちがしゅんとする。
 しゅんとする姿が、わんぱくだ。

 王子が楽しそうに言った。
「団長、ここで一言。『俺の大切な人を働かせすぎるな』って言ってみ?」
「言わない」
「え、昨日“君のためだ”言ったじゃん」
「それとは違う」
「違わないよ」
「違う」

 子どもみたいな言い合いが始まる。

 副団長が頭を抱える。
「殿下、やめてください。団長が変な方向に真面目なんです」
「真面目なの、いいじゃん。可愛いじゃん」
「可愛いを付けるな!」

 王子は私に目を向け、ふっと真面目な顔をした。
「事務さん、手当、しんどくない?」
「……しんどい、というより……断れないです」
「うん。断れない人、放っておくとね、倒れるんだよ」
「殿下……」
「だから団長、必死なんだよ。方向性は変だけど」

 方向性は変。
 そこは、同意する。

 団長が咳払いをして、団員たちに言った。
「講習会は午後。各自、包帯を持参」
「持参!?」
 副団長が叫ぶ。
「騎士団で包帯を持参させるんですか!?」
「支給する」
「支給するなら持参じゃない!」

 団員たちがなぜか盛り上がる。
「包帯支給!」
「団長、太っ腹!」
「姉さん、もう安心!」
「安心の方向性が!」

 私は思わず笑ってしまった。
 戸惑ったように笑うと、団長がちらっとこちらを見る。
 そして、低い声で言った。

「今の顔、良い」

「またそれ……」
「君が笑うと、場が落ち着く」
「それ、私じゃなくて団長が落ち着いてません?」
「否定しない」

 否定しない!?

 副団長が机に突っ伏した。
「……団長が認めた……終わった……」

 王子が満足そうに頷く。
「うんうん、いいねえ。団長、ちゃんと自覚しよう」
「自覚は必要ない」
「必要だよ。効果:高」
「その言い方をするな」

 団長が珍しく嫌そうな顔をした。
 ほんの一瞬だけ。
 でもその一瞬で、王子が勝った顔をする。

 私は胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じて、慌てて打ち消すみたいに机の上を整えた。

 整えながら、気づく。

 団長が“仕組みを変える”と言ったのは、
 私を困らせるためじゃない。
 私を、守るためだ。

 守る方法が、やっぱり変だけど。

 午後の講習会で、騎士団が包帯まみれになりそうな予感を抱きながら、
 私は小さく息を吐いた。

 ――今日も騎士団は、平和だ。

 平和すぎて、ちょっとだけ泣きたくなるくらい。
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