氷の参謀、うっかり拾った天使に勝てない——おやつと陽だまりで国が回る恋。

星乃和花

文字の大きさ
12 / 14

第11話 最短の和平、最長の恋

 布告の日。
 王都広場に立てられた掲示板には、冷たい紙に三行だけが整って貼られている。

 ひとつ、積替え枠は刺さらない順で恒常運用。
 ふたつ、沿岸検査は“薄く延ばす+交代二回+書付けの昼回し”。
 みっつ、温度休を法定化、詰所と搬入路に猫舌温と蜂蜜塩を配備(港湾派協賛)。

 読み上げが終わるころには、広場の空気はもう刃を忘れていた。
 “板式誘導”の看板が角度を作り、人の流れは自然に曲がる。詰所からは低い湯気が立ち、猫舌温の器が静かに往復する。

「覚えやすいな」
 ディルク侯が掲示の前で肩を落とす。
「覚えやすさは必要性です」とアークトは端的に返す。隣でソラナが、首札を指で弾いて小さく頷いた。

 王女の短い式辞が終わり、人々が散り始めたとき、ひとつだけ“固体の手続き”が残った。
 文印局の机上に、新職名の紙が置かれる。

 ——作戦室付園芸官(正)/温度調律主任。

「“主任”、ですか」
「所掌の明確化だ」アークトは淡々と言い、葉の印を襟章に変えた小さな銀を示した。「首札は日常用。儀礼と会議は、この襟章で」

「素敵……いや、かわ——素敵です」

 王女が署名をすませ、ディルク侯が費用だけ負担の覚え書きに雑に印を押す。
 ヨナスは欄外に「猫舌温・器配備増」の走り書き。式典課は“酒代三割削減”の項目に微妙な顔をしているが、誰も助けない。国が笑うほうがいい。



 午後。最後の確認会議。
 会議は短く終わり、机上の紙だけが白さを保つ。
 ソラナは器を重ね、いつもの癖でアークトのこめかみの位置へ指を置くだけ。

「参謀。今日も、第0順が効きましたね」
「ああ。——君の“主任”任命に、異論はない」

 彼女の目が灯る。返事は簡単だ。「はい」

 その時、広場から一瞬だけざわめきが上がった。布告を読み違えた商人が、配備表の“二粒制限”を三粒と勘違いしたらしい。
 詰所の係が器用に笑い、板の角度で列を整理し、猫舌温の湯気が一段下がる。
 ——誰も彼らを叱らない。温度が先に働いた。

「構造は自走する」アークトがつぶやく。
「うん。かわいく描いた欄、みんな読んでくれてます」
「必要だ。覚えられる」

 ヨナスが申し訳なさそうな顔で一歩出る。「参謀、式典課から“祝杯の酒代、二割にできませんか”と泣きが」
「二割五分。譲歩だ。かわいく描く欄に“お水も大事”を追記しろ」
「はいはい」



 夕刻。政務棟の屋上。
 温室の端に、新しく小さな机がひとつ。斜めから陽が当たり、木目に葉の影が落ちる。
 ソラナが手のひらを置く。「ひなたのデスク。主任の特権です」
「誰の特権だ」
「二人の、です」

 彼女の両手が伸びる。むにっ。
 宣誓よりやさしい、業務後の整顔。

「——難しい顔、禁止です。今日は、とくに」
「従う」

 アークトは彼女の手をやわらかく外し、距離が壁にならない角度で近づく。
 抱擁はキス未満——のはずだった。光が木目で跳ね、温室の葉が二人の影を切り取り、ほんの短いキスが、その間に置かれた。

 音にならない驚きが二人に走って、すぐ、笑いに溶ける。
「……主任の職務に、追記が要るか」
「“参謀の表情管理、業務外含む”。かわいく描いておきます」

 彼は視線を落とし、胸の帳尻に一行を刻む。
 「勝利は最短で、恋は最長で」——宣誓済、実行中。
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

旅は道連れ、世は情け?と言われて訳あり伯爵家の子息のパートナーになりました

さこの
恋愛
両親を亡くし、遺品整理のため王都を訪れたブランシュ。 手放すはずだったアンティークをきっかけに、ひょんなことから伯爵家の跡取り・ユーゴと出会う。 無愛想で口が悪く、女性に冷たいその男は、なぜかブランシュの世話を焼き、面倒事にも付き合ってくれる。 王都ではかつて「親友に婚約者を奪われ、失恋して姿を消した男」と噂されていたユーゴ。 だがその噂は、誰かの悪意によって作られた嘘だった。 過去の誤解。すれ違い。 そして少しずつ見えてくる、本当の彼の姿。 気づけばブランシュは思ってしまう。 ――この人は、優しすぎて損をしている。 面倒くさがりな伯爵子息と、無自覚な令嬢の、 すれ違いだらけの甘め異世界ラブコメディ

成功条件は、まさかの婚約破棄!?

たぬきち25番
恋愛
「アリエッタ、あなたとの婚約を破棄する……」 王太子のアルベルト殿下は、そう告げた。 王妃教育に懸命に取り組んでいたアリエッタだったが、 それを聞いた彼女は……? ※他サイト様にも公開始めました!

無臭の公爵様は香りの令嬢を手放さない~契約婚約のはずが、私の香りで極甘に覚醒しました!?~

黒崎隼人
恋愛
前世で香水の研究員だった記憶を持つ見習い調香師のリリアーナ。 彼女の持つ特別な能力は、眠ると「運命の相手の香り」を夢で予知できること。 ある日、王命によってクロフォード公爵エリオットの元へ派遣される。 彼はあらゆる香りを拒絶する特異体質で、常に無表情な「鉄仮面公爵」として恐れられていた。 しかも、彼自身からは何の匂いもしない「無臭」だった。 リリアーナの作る自然な香りだけがエリオットの痛みを和らげることが判明し、二人は体質改善のための「偽りの契約婚約」を結ぶことに。 一緒に過ごすうち、冷徹だと思っていたエリオットの不器用な優しさに触れ、リリアーナは少しずつ心を開いていく。 そして、彼女の調合した「解毒の香り」が、公爵の体に隠された恐ろしい呪いと陰謀を解き明かし――!? 匂いを感じない公爵が、やがて愛しい人の香りに目覚め、極上の溺愛を見せる。 香りに導かれた二人が紡ぐ、甘く切ない異世界ラブファンタジー!

婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました

おりあ
恋愛
 アーデルベルト伯爵家の令嬢セリナは、王太子レオニスの婚約者として静かに、慎ましく、その務めを果たそうとしていた。 だが、感情を上手に伝えられない性格は誤解を生み、社交界で人気の令嬢リーナに心を奪われた王太子は、ある日一方的に婚約を破棄する。  失意のなかでも感情をあらわにすることなく、セリナは婚約を受け入れ、王都を離れ故郷へ戻る。そこで彼女は、自身の分析力や実務能力を買われ、辺境の行政視察に加わる機会を得る。  赴任先の北方の地で、若き領主アレイスターと出会ったセリナ。言葉で丁寧に思いを伝え、誠実に接する彼に少しずつ心を開いていく。 そして静かに、しかし確かに才能を発揮するセリナの姿は、やがて辺境を支える柱となっていく。  一方、王太子レオニスとリーナの婚約生活には次第に綻びが生じ、セリナの名は再び王都でも囁かれるようになる。  静かで無表情だと思われた令嬢は、実は誰よりも他者に寄り添う力を持っていた。 これは、「声なき優しさ」が、真に理解され、尊ばれていく物語。

ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。 のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。 けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。 ※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。

地味令嬢の私が婚約破棄された結果、なぜか最強王子に溺愛されてます

白米
恋愛
侯爵家の三女・ミレイアは、控えめで目立たない“地味令嬢”。 特に取り柄もなく、華やかな社交界ではいつも壁の花。だが幼いころに交わされた約束で、彼女は王弟・レオンハルト殿下との婚約者となっていた。 だがある日、突然の婚約破棄通告――。 「やはり君とは釣り合わない」 そう言い放ったのは、表向きには完璧な王弟殿下。そしてその横には、社交界の華と呼ばれる公爵令嬢の姿が。 悲しみも怒りも感じる間もなく、あっさりと手放されたミレイア。 しかしその瞬間を見ていたのが、王家随一の武闘派にして“最強”と噂される第一王子・ユリウスだった。 「……くだらん。お前を手放すなんて、あいつは見る目がないな」 「よければ、俺が貰ってやろうか?」 冗談かと思いきや、なぜか本気のご様子!? 次の日には「俺の婚約者として紹介する」と言われ、さらには 「笑った顔が見たい」「他の男の前で泣くな」 ――溺愛モードが止まらない!