王都祭の企画屋さん、事故るたびに恋が進む!?

星乃和花

文字の大きさ
12 / 14

11話:監査官、嫉妬する(自覚なし)

しおりを挟む
拍手の翌日は、王都が“祭りの翌日の顔”をしていた。

紙吹雪の残り。提灯の余韻。昨日の噂の尾ひれ。「最高コンビ!」の声が、まだ街の空気に薄く残っている。

にこにこ企画堂も、少しだけ静かだった。

……静かなのに、落ち着かない。

レオンは監査官席で、報告書の下書きを整えていた。

『全域ランタン網の連鎖トラブル発生。指揮により収束。人的被害なし。軽微な物損あり。再発防止:オーナーによる勝手な拡張禁止。』

書類はいつも通り冷たい。いつも通りでないのは――店の前に、見慣れない人影が増えていることだった。

「失礼します、にこにこ企画堂さんはこちらで?」
「ミアさんにお会いしたくて」
「昨日の指揮、見事でした。協賛の件で……」

協賛。

その単語が、レオンの耳にひっかかった。

ミアは、店先でぺこぺこと頭を下げている。笑顔で、相手の話を聞いている。目がきらきらしている。今日は事故じゃなく、評価で。

商店街の組合長。屋台連合の代表。酒場の主人。布屋の女将。花屋の若旦那。なぜか宝飾店。

そして――やたらと身なりのいい男たち。

「ミアさん、うちの店の宣伝もぜひ」
「君の“星灯の道”は、王都の新しい文化になるよ」
「いやあ、君みたいな若い才能が必要だ。うちの支援を――」

支援。協賛。褒め言葉。

昨日の拍手が、今日の“寄ってくる”に変わっている。

レオンは、ペン先が止まるのを感じた。

(仕事だ。これは仕事。監査官の仕事は、危険が増える前に止めることだ)

そう思った瞬間、胸の奥に別の音が混ざる。

――うるさい。

レオンは机の上の書類を整えすぎるくらい整えた。

 *ーーー*

昼過ぎ。

ミアがようやく店内に戻ってきた。

手には名刺の束。紙袋。試作品の布。甘い焼き菓子の差し入れ。全部が“好意”だ。

「監査官さん! すごいんです! 協賛が……!」
「……気をつけろ」
「え?」
「うまい話は危険だ」

正論だ。監査官らしい。完璧なツッコミ。

……なのに、ミアの目からきらきらが少し消えた。

「……はい。気をつけます」

ミアはそれでも笑おうとしたが、笑いが少しだけ薄い。

その薄さに気づいて、レオンの苛立ちが増した。

(なぜ俺が苛立つ)

協賛者の一人が、店の扉から顔を出した。

「ミアさん、今夜、会食の件――」
ミアが慌てて手を振る。

「あっ、それは、まだ……」
男が笑う。
「遠慮しなくていい。君の才能には、相応の――」

その瞬間、レオンの口が勝手に動いた。

「監査の観点から言えば、不透明な会食は避けた方がいい」
場が、一瞬凍る。

男が眉を上げる。
「……監査官さん、でしたか」
「はい」
「あなたが口を出す筋合いは?」
「あります。店が暴走すると王都が終わるので」

正論で殴った。殴り方が硬い。

男は鼻で笑い、肩をすくめた。

「まあ、真面目な方だ。ミアさん、また」

男は去った。

ミアは、扉の方を見たまま、しばらく動かなかった。

レオンは、胸の奥がざらついた。

(……刺さった。言い方が刺さった)

でも、止めるべきだった。危ない。そうだ。危ないから。

そう言い訳しながら、レオンはペンを持ち直した。

だが、ミアがぽつりと言った。

「……監査官さん」
「何だ」
「今日、ツッコミが……痛いです」
「……そうか」

そうか、しか言えない自分が腹立たしい。

ミアは名刺の束を机に置き、指で整えながら、声を小さくする。

「わたし、あの夜のこと、すごく嬉しかったんです。怒られて、でも差し入れしてくれて……監査官さんが“遠くならない”って言ってくれて」
「……」
「だから、今日、ちょっと、怖い」

レオンは黙った。

怖い。

その言葉が、胸に落ちる。

ミアは続けた。

「……嫌いになりました?」

レオンのペンが、止まった。

監査官としての脳が、答えを作ろうとする。

『嫌いではない。業務上の判断だ。リスク管理だ』

そんな文言。

公文書みたいな慰め。

――違う。

今、ミアが欲しいのは、それじゃない。

レオンは息を吸って、初めて“仕事以外”の言葉を探した。

探して、出てきたのは、短いのだった。

「嫌いじゃない」

ミアが瞬きをする。

「……ほんと?」
「ほんとだ」

レオンは視線を逸らしたまま、続けた。

「お前を褒める奴が増えるのは……いいことだ」
「……」
「でも、ああいう奴らは、褒め方が軽い」
「軽い?」
「才能を褒めて、都合よく動かそうとする。……それが腹立つ」

腹立つ。

レオンは言ってしまってから、気づいた。

腹立つのは、そいつらに対してだ。

……本当に?

胸の奥が、きゅ、と縮む。

ミアが小さく笑った。

「監査官さん、怒ってくれたんですね。わたしのために」
「……監査のためだ」
「今のは監査じゃないです」

ミアの言葉が鋭い。優しい鋭さ。

レオンは、苦し紛れに言った。

「……刺さり気味だったのは悪かった」

ミアが首を振る。

「いいです。刺さっても。だって、ちゃんと見てくれてるって分かるから」

そう言われると、余計に苦しい。

レオンは机の引き出しから、昨日もらった焼き菓子の余りを出して、ミアの前に置いた。

「……食うか」

ミアの目が丸くなる。

「慰めが、お菓子……」
「文句あるか」
「ないです」

ミアがくすっと笑い、包みを開ける。

甘い匂いが広がる。

その匂いの中で、レオンはぽつりと言った。

「……俺は、嫌いになってない」
「うん」
「……たぶん、逆だ」
「え?」
「いや、言うな」

言いかけて、止めた。

自覚のない嫉妬は、自覚した瞬間に“仕事”ではなくなる。

レオンはそれが怖かった。

ミアは焼き菓子を一口食べて、ふわっと笑う。

「監査官さん」
「何だ」
「ツッコミがまた痛くなったら……また、夜に差し入れしてください」
「……毎回やると思うな」
「やる顔してます」
「してない」

ミアは笑っている。

レオンの胸のざらつきが、少しだけ溶けた。

……それでも。

店の外から、また声がする。

「ミアさん! 協賛の件で――」

ミアが立ち上がる。

レオンは思わず、彼女の手首を掴みそうになって――やめた。

代わりに、短く言う。

「行け」
「はい。でも……」

ミアは扉の前で振り返り、少しだけ照れた顔をした。

「嫌いじゃないって、もう一回言って」
レオンは、ため息をついて、視線を逸らしたまま言った。

「……嫌いじゃない」
「うん!」

ミアはそれを胸にしまうみたいに頷いて、外へ出た。

レオンは一人になった店内で、書類の余白を見つめる。

監査官は、余白に感情を書けない。

でも今日は、余白がやけにうるさかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました

ミズメ
恋愛
 感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。  これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。  とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?  重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。 ○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます

笑わない妻を娶りました

mios
恋愛
伯爵家嫡男であるスタン・タイロンは、伯爵家を継ぐ際に妻を娶ることにした。 同じ伯爵位で、友人であるオリバー・クレンズの従姉妹で笑わないことから氷の女神とも呼ばれているミスティア・ドゥーラ嬢。 彼女は美しく、スタンは一目惚れをし、トントン拍子に婚約・結婚することになったのだが。

【完結・コミカライズ進行中】もらい事故で婚約破棄されました

櫻野くるみ
恋愛
夜会で突如始まった婚約破棄宣言。 集まっていた人々が戸惑う中、伯爵令嬢のシャルロットは——現場にいなかった。 婚約破棄されているのが数少ない友人のエレナだと知らされ、会場へ急いで戻るシャルロット。 しかし、彼女がホールへ足を踏み入れると、そこで待っていたのは盛大な『もらい事故』だった……。 前世の記憶を持っている為、それまで大人しく生きてきた令嬢が、もらい事故で婚約破棄されたことですべてが馬鹿馬鹿しくなり、隠居覚悟でやり返したら幸せを掴んだお話です。 全5話で完結しました。 楽しんでいただけたら嬉しいです。 小説家になろう様にも投稿しています。

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

処理中です...