『星花アパルトマンの新婚予告』 — ちゃんとじゃなく、いっしょに。—

星乃和花

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第11話 言い直しの抱擁

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収穫祭の朝。
屋根裏の窓から差し込む光が、星花の瓶の水面でゆらりと揺れた。
黒板のいちばん上には、昨夜の字がまだ新しい。

言い直しの余白
・助けてを先に
・四拍=抱擁版、積極運用
・“うちには来なくていい日”は存在しない

セイランはチョークを置いて、わたしの手首に指先でトン。
目で“間”。
小声で「おかえり」。
——朝の短縮三拍。胸の奥で、薄桃が一枚、静かに返事をする。

「開店、一輪前。正午に星の処方、ね」

「うん。言い直しカードはレジ横に」

透明の札立てに角丸の言い直しカード(試作)が立つ。
『最初の言葉:助けて』の文字が、今日の空気の拍になる。



午前。
祭り目当ての人で店はすぐいっぱいになる。
会計と包材はわたし、調合と説明はセイラン。
飴カサとミント眼鏡は常に稼働、HELP札はカウンター手前。
わたしの胸で半分だけ喜ぶが効いていて、花は薄桃が一枚ずつで止まる。

「番号札六番の方~」

セイランの声に、わずかな照れ青が混じる。
呼ばれた青年が「セイラン先生」と言いかけて、黒板の『言い直しの余白』を読み、にやっと笑って「セイランさん」と言い直した。
彼の三拍(いる→見る→言う)が、嫉妬の青を砂糖霧へ。
——見せる嫉妬は可愛い。今日も、うち基準で正しい。

「午前ログ」

・飴:5粒(うちへんな嬉しさ2)
・花:薄桃3(半分だけ喜ぶ有効)
・風:0
・言い直しカード:掲示→**“助けて”の来店1**(口頭で)



正午、星の処方。
星花スタンドに小瓶の水を半分、三五呼吸を入れて——

“キリ”

薄青の一輪がひらく。
空気の間が整い、落ちきれず浮いていた花びらが散歩の速さへ。
わたしは花色ノートを開いて読み上げ、「怖さ分担宣言」を短く置く。
通りの音が、やわらかい。
鍵は、今日も働いている。

配達口から、郵便配達の女性が風船便を差し出す。
丸封筒に、大家さんの印。
『新居・入居準備完了 明日以降いつでも』
胸がどき、薄桃が一枚。
セイランは目で“間”をくれて、背中に軽くおかえりを置いた。
抱擁版は、後で。
——後で、ちゃんと抱きしめる。
(抱擁版0→+1の矢印が胸のどこかで光る)



午後の山。
祭りの行列が近くを通り、太鼓の拍が店内のリズムを速くする。
カウンターの端で、瓶の蓋がコロンと音を立てた。
わたしの指がHELP札に触れる——

「助けて」

今日は声で言えた。
札じゃなく、声で。
セイランは即答で「いる」と言い、
「三分、裏へ」と言い直しカードを指差す。
お客さまに「三分だけ席を外します」と告げると、列の人は黒板の『言い直しの余白』を見て、うなずいた。
王都は、こういうのにやさしい。

裏の小部屋。
針も瓶もない、抱擁が安全な場所。

トン(いる)
トン(ここ)
間(見る。昨日の影に、ちゃんと光が差すのを確認する)
——そして、ギュ。

抱擁版の四拍。
三五呼吸が胸の間を往復して、拍が合う。
抱かれた瞬間、胸の奥でかちりと音がして、——

“はらり”

床に落ちた花びらは、一枚だけ。
本当に、一枚だけ。
薄桃の、まるい端。
わたしは自分の手でそれを拾い、
「二人の棚」に並べる光景を思い浮かべる。

「ただいま」

「おかえり」

言いながら、半分こ飴を割る。
冷たさが、太鼓の速さを暮らしの速さに戻す。

「——戻ろう」

「戻ろう」

三分。うち基準で十分。



夕方、店じまい。
飴カサを拭き、ミント眼鏡を箱へ戻し、言い直しカードを札立てから外す。
屋根裏に上がる階段で、セイランが肩越しに言った。

「棚、つくろう」

「棚?」

「二人の棚。“上書き”じゃなくて“並べて置く”棚。
 失言も、言い直しも、花びら一枚も、半分こ飴の包みも——
 ぜんぶ可視化**して、ふたりの歴史にする」

胸が、うんと鳴った。
わたしはうなずいて、階段をもう一段。
屋根裏の丸机の横、窓と黒板の間の白い壁に、
セイランは短い板を三段、角丸の金具で留めた。
上段には星花の瓶、中段には小瓶とカード、下段にはちいさな箱。

「名前、どうしよう」

「余白棚は?」

「いい。じゃあ正式名『二人の余白棚』、通称『棚』」

わたしは「棚」の中段に、さっきの薄桃を一枚、
ちいさな透明の封筒に入れて貼った。
横に、言葉を書き添える。

『言い直しの抱擁(収穫祭の午後) 一枚で落ち着く』

下段の箱に、半分こ飴の包み紙を一枚。
もう一枚の箱には、小さな紙切れで**『“来なくていい日”は、うちにはない』。
紙は昨夜の言い直しカード**の切れ端。

「上書きじゃなくて、並べて置く……好き」

言うと、セイランの星屑が白まじりにやさしく濃くなった。
青は静かに短く、白は長く。
観測ログに、こっそり新傾向と書ける。



夜。
収穫祭の灯りが遠くでまだ瞬いている。
窓を少しだけ開けて、風を一枚。
わたしは紙飛行機を折り、棚の中段にそっと挿した。

『上書きじゃなくて、保存。
 怖さも嬉しさも、ふたりの単位で。』

紙は星花の影で小さく光り、届きましたの合図。

「一輪の言葉、決めよう」

セイランが瓶の星花を見て言う。
(今日は正午に一度使っている。召喚はできない。だから、名づけで灯りを足す)

「今日の花言葉(うち基準)……『抱きしめる間』」

「明日は?」

「『鍵をふたつ、朝をひとつ』」

未来の文を口にすると、胸の奥で鍵穴がかすかに鳴った。

セイランは一輪ログを開く。
わたしは半分こ飴を割り、冷たさをひとくちだけ。

一輪ログ(11日目)
題:言い直しの抱擁(収穫祭)
昼:星の処方=安定(花びら落下の“間”整う)/新居OK通知
午後:助けて(声)→裏で抱擁版四拍→花=一枚
設置:二人の余白棚(上:星花/中:花びら・カード/下:包み・メモ)
言葉:“上書きしない、並べて置く”/“うちには来なくていい日、存在しない”
嫉妬:表明→三拍→砂糖霧維持
結果:花—薄桃計4(抱擁時1)/飴—へんな嬉しさ4/風—0
花言葉:抱きしめる間
所感:“正しい”の前に“そば”。 “そば”を保存できる棚を持った。

「単位は?」

「ふたり」

声が重なると、棚の上の星花がふわりと頷いた。
窓の外、祭りの最終便の歌が遠くを渡る。
二本の鍵は、明日の朝を待っている。
抱きしめる間が、鍵穴のまわりをすでにあたためていた。
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