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第12話 鍵をふたつ、朝をひとつ
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引っ越しの朝。
屋根裏の窓辺で、二本の鍵が明るく鳴った。
今日でここを卒業。
丸机には最後の遠足セット——飴カサ、ミント眼鏡、携帯花ほうき、突風ピン、HELP札、言い直しカード、それから丁寧に包んだ二人の余白棚(分解済)。
星花の瓶は水を半分。一日一回の魔法は、新居の扉のために取っておく。
「三五呼吸。吸う三、吐く五」
「うん」
四拍合図の形だけ合わせて、
トン(いる)
トン(ここ)
間(見る)
——“ギュ”は、扉の前まで、とっておく。
*
大家さんが見送ってくれる階段を降り、
王都の石畳を、二人用ちりとりと段ボールと一緒に歩く。
職人市の面々が「おめでとう!」と手を振り、ドゥースのミレーユさんが花畳クッキーを袋ごと押しつけ、布屋のおじさんが意味もなく突風ピンを一本くれた(記念らしい)。
郵便配達の女性は、玄関宛の風船便をにぎって伴走だ。
「到着、一輪前」
新居は、中庭つきの小さな平屋。
白い壁、低い屋根、門柱の影。
合図表を貼る予定の壁が、内側で待っている気配がする。
わたしたちは、二本の鍵を取り出した。
扉の前に立ち、目で“間”。
息を合わせる。
吸う三、吐く五——
「せーの」
かちり/かちり
鍵穴の音が、ふたつ。
でも、扉が開いた瞬間に広がった空気は、ひとつ。
“コトン”
最初の飴が、玄関の敷居に落ちた。
へんな嬉しさの音。
わたしとセイランは顔を見合わせ、
「いただきます」と半分こ。
冷たさが、家の空気に名前をつける。
——ここは、うち。
*
玄関の壁に、まず合図表を貼る。
『いる→ここ→見る→おかえり(玄関版=肩寄せOK)』
隣に、短縮三拍と三五呼吸のメモ。
セイランは廊下の突き当たりに言い直しカードを挿せる小さな札立てを置き、
わたしはキッチンの柱にHELP札の定位置を作る。
「寝室にも合図表を。一枚は抱擁版の図解つき」
「庭の木の下にも、**“二人呼吸ベンチ”**の札」
ふたりで“未来の習慣”を、壁に丁寧に置く。
置いた瞬間に、胸の奥で薄桃が一枚。
半分だけ喜ぶで、一枚だけ。
荷ほどきの合間に、古い友だちみたいな猫が中庭に顔を出した。
どこかで泳いだ経験のある顔(花畳参照)。
猫は星見ブランケットの布端に座って、家の匂いを受け取る係を始める。
*
午後。
二人の余白棚を組み立てる。
角丸金具をトンと留めるセイランの指先を見ながら、
わたしは封筒に入った薄桃の花びら(昨日の抱擁の一枚)を用意する。
新居の白い壁に、棚がすっと立つ。
上段に空の瓶、真ん中に言い直しカードと封筒、下段に半分こ飴の箱と小さな紙飛行機ポスト。
「上書きじゃなくて、並べて置く」
「保存、うち基準」
ふたりで頷いたところで、わたしの胸のレモンがぴょん。
照れ。
釘をもう一本、まっすぐ打とうとして、トンと指を打ちそうになる。
「いる→見る→小声“おかえり”」
短縮三拍。
胸の鼓動が落ち着いて、釘もまっすぐ。
風はゼロ。
花は一枚で止まり、飴は……“コト”。一粒だけ。
へんな嬉しさは、家の中でもちゃんと鳴る。
*
夕方。
中庭の真ん中に、**星花スタンド(試作A)**を置く。
小瓶の水は、半分。
一日一回の魔法を、ここに使う。
「一輪の約束:更新。
朝=ふたり、昼=街の鍵、夜=言い直し。
今日は——家の鍵にも」
セイランが手のひらをそっと掲げる。
“キリ”
白い茎が水の中に生まれ、薄青の花がゆっくりひらいた。
風が一枚、庭をなでていく。
落ちかけていた取り残しの気配が、散歩の速さで地面に降りる。
「……ただいま」
わたしの口が、自然に言っていた。
セイランは四拍の最後だけ、抱擁をくれる。
抱擁版の“ギュ”が、玄関の木の匂いと混ざって、胸に入る。
「おかえり」
“はらり”
薄桃が一枚。檸檬水が一滴。
空色は、今日は空に溶けて見えない。
猫があくびをして、星花のそばに丸くなる。
鍵の隣に眠る猫——家の儀式っぽい光景に、ふたりで笑う。
*
夜。
最初の夕食は、パンとスープと、ドゥースの花畳クッキー。
食後、わたしは紙飛行機を一枚折って、
二人の余白棚のポストへ滑らせた。
『“迷惑=一人に背負わせること”。
今日から“家事の迷惑”もふたりで。
洗い物“いる→見る→おかえり”』**
紙はこつんと箱に当たり、届きましたの合図。
セイランはその紙を読み、星屑をやわらかい白で光らせる。
「嫉妬観測ログ、今日は砂糖霧で開始から終了まで」
「うち基準で安定」
笑った拍子に、飴がコトン。
わたしたちは半分こして、
ミントの冷たさに今日の速さをまるく預ける。
「一輪ログ、書こう」
セイランがメモ帳を開き、
わたしは封筒から薄桃を一枚取り出して、棚の真ん中に貼った。
横に短く、言葉を書く。
『鍵をふたつ、朝をひとつ』
一輪ログ(12日目)
題:鍵をふたつ、朝をひとつ(新居・入居)
扉:二本の鍵→同時“かちり”(飴1=へんな嬉しさ)
設置:玄関・寝室・庭に合図表/言い直しカード/HELP札
棚:二人の余白棚(上:星花/中:花びら・カード/下:飴箱・紙ポスト)
儀式:中庭で一輪→家の鍵として機能(落下=散歩)
色:薄桃=1~数枚(喜)/レモン=点/空色=0
結果:花—一枚単位/飴—へんな嬉しさ多/風—0
花言葉:「鍵をふたつ、朝をひとつ」
所感:“上書きしないで保存する家”。“うち基準”は壁にも灯る。
「単位は?」
「ふたり。
朝は、ひとつ」
声が重なったところで、
中庭の星花が、ゆっくり頷く。
屋根の上で、王都の夜がやさしくほどける。
明日の朝、この家で最初の**“おはよう”を言う。
——鍵はふたつ、朝はひとつ。
うち基準で、しあわせは扉ぶん+庭ぶん**。
正確な数字は、毎朝一輪で更新する。
屋根裏の窓辺で、二本の鍵が明るく鳴った。
今日でここを卒業。
丸机には最後の遠足セット——飴カサ、ミント眼鏡、携帯花ほうき、突風ピン、HELP札、言い直しカード、それから丁寧に包んだ二人の余白棚(分解済)。
星花の瓶は水を半分。一日一回の魔法は、新居の扉のために取っておく。
「三五呼吸。吸う三、吐く五」
「うん」
四拍合図の形だけ合わせて、
トン(いる)
トン(ここ)
間(見る)
——“ギュ”は、扉の前まで、とっておく。
*
大家さんが見送ってくれる階段を降り、
王都の石畳を、二人用ちりとりと段ボールと一緒に歩く。
職人市の面々が「おめでとう!」と手を振り、ドゥースのミレーユさんが花畳クッキーを袋ごと押しつけ、布屋のおじさんが意味もなく突風ピンを一本くれた(記念らしい)。
郵便配達の女性は、玄関宛の風船便をにぎって伴走だ。
「到着、一輪前」
新居は、中庭つきの小さな平屋。
白い壁、低い屋根、門柱の影。
合図表を貼る予定の壁が、内側で待っている気配がする。
わたしたちは、二本の鍵を取り出した。
扉の前に立ち、目で“間”。
息を合わせる。
吸う三、吐く五——
「せーの」
かちり/かちり
鍵穴の音が、ふたつ。
でも、扉が開いた瞬間に広がった空気は、ひとつ。
“コトン”
最初の飴が、玄関の敷居に落ちた。
へんな嬉しさの音。
わたしとセイランは顔を見合わせ、
「いただきます」と半分こ。
冷たさが、家の空気に名前をつける。
——ここは、うち。
*
玄関の壁に、まず合図表を貼る。
『いる→ここ→見る→おかえり(玄関版=肩寄せOK)』
隣に、短縮三拍と三五呼吸のメモ。
セイランは廊下の突き当たりに言い直しカードを挿せる小さな札立てを置き、
わたしはキッチンの柱にHELP札の定位置を作る。
「寝室にも合図表を。一枚は抱擁版の図解つき」
「庭の木の下にも、**“二人呼吸ベンチ”**の札」
ふたりで“未来の習慣”を、壁に丁寧に置く。
置いた瞬間に、胸の奥で薄桃が一枚。
半分だけ喜ぶで、一枚だけ。
荷ほどきの合間に、古い友だちみたいな猫が中庭に顔を出した。
どこかで泳いだ経験のある顔(花畳参照)。
猫は星見ブランケットの布端に座って、家の匂いを受け取る係を始める。
*
午後。
二人の余白棚を組み立てる。
角丸金具をトンと留めるセイランの指先を見ながら、
わたしは封筒に入った薄桃の花びら(昨日の抱擁の一枚)を用意する。
新居の白い壁に、棚がすっと立つ。
上段に空の瓶、真ん中に言い直しカードと封筒、下段に半分こ飴の箱と小さな紙飛行機ポスト。
「上書きじゃなくて、並べて置く」
「保存、うち基準」
ふたりで頷いたところで、わたしの胸のレモンがぴょん。
照れ。
釘をもう一本、まっすぐ打とうとして、トンと指を打ちそうになる。
「いる→見る→小声“おかえり”」
短縮三拍。
胸の鼓動が落ち着いて、釘もまっすぐ。
風はゼロ。
花は一枚で止まり、飴は……“コト”。一粒だけ。
へんな嬉しさは、家の中でもちゃんと鳴る。
*
夕方。
中庭の真ん中に、**星花スタンド(試作A)**を置く。
小瓶の水は、半分。
一日一回の魔法を、ここに使う。
「一輪の約束:更新。
朝=ふたり、昼=街の鍵、夜=言い直し。
今日は——家の鍵にも」
セイランが手のひらをそっと掲げる。
“キリ”
白い茎が水の中に生まれ、薄青の花がゆっくりひらいた。
風が一枚、庭をなでていく。
落ちかけていた取り残しの気配が、散歩の速さで地面に降りる。
「……ただいま」
わたしの口が、自然に言っていた。
セイランは四拍の最後だけ、抱擁をくれる。
抱擁版の“ギュ”が、玄関の木の匂いと混ざって、胸に入る。
「おかえり」
“はらり”
薄桃が一枚。檸檬水が一滴。
空色は、今日は空に溶けて見えない。
猫があくびをして、星花のそばに丸くなる。
鍵の隣に眠る猫——家の儀式っぽい光景に、ふたりで笑う。
*
夜。
最初の夕食は、パンとスープと、ドゥースの花畳クッキー。
食後、わたしは紙飛行機を一枚折って、
二人の余白棚のポストへ滑らせた。
『“迷惑=一人に背負わせること”。
今日から“家事の迷惑”もふたりで。
洗い物“いる→見る→おかえり”』**
紙はこつんと箱に当たり、届きましたの合図。
セイランはその紙を読み、星屑をやわらかい白で光らせる。
「嫉妬観測ログ、今日は砂糖霧で開始から終了まで」
「うち基準で安定」
笑った拍子に、飴がコトン。
わたしたちは半分こして、
ミントの冷たさに今日の速さをまるく預ける。
「一輪ログ、書こう」
セイランがメモ帳を開き、
わたしは封筒から薄桃を一枚取り出して、棚の真ん中に貼った。
横に短く、言葉を書く。
『鍵をふたつ、朝をひとつ』
一輪ログ(12日目)
題:鍵をふたつ、朝をひとつ(新居・入居)
扉:二本の鍵→同時“かちり”(飴1=へんな嬉しさ)
設置:玄関・寝室・庭に合図表/言い直しカード/HELP札
棚:二人の余白棚(上:星花/中:花びら・カード/下:飴箱・紙ポスト)
儀式:中庭で一輪→家の鍵として機能(落下=散歩)
色:薄桃=1~数枚(喜)/レモン=点/空色=0
結果:花—一枚単位/飴—へんな嬉しさ多/風—0
花言葉:「鍵をふたつ、朝をひとつ」
所感:“上書きしないで保存する家”。“うち基準”は壁にも灯る。
「単位は?」
「ふたり。
朝は、ひとつ」
声が重なったところで、
中庭の星花が、ゆっくり頷く。
屋根の上で、王都の夜がやさしくほどける。
明日の朝、この家で最初の**“おはよう”を言う。
——鍵はふたつ、朝はひとつ。
うち基準で、しあわせは扉ぶん+庭ぶん**。
正確な数字は、毎朝一輪で更新する。
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