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第二話 冷徹宰相の完璧な結婚生活は、どう考えても過保護です
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結婚後三日目の朝、フィオナ・ヴァルテスは目を覚ますなり思った。
――おかしいわ。
何がおかしいのかと言えば、寝室の温度である。
暑すぎず、寒すぎず、実にちょうどいい。
寝台の寝心地もそうだ。やわらかすぎず硬すぎず、理想的である。掛布も軽いのにあたたかく、枕の高さも首に負担がない。
おかしい。
フィオナは寝台の上でしばらく考えた。
自分は環境の変化に弱いほうではない。侯爵家にいた頃から、与えられた場所でそれなりに快適に過ごす努力はしてきたし、少々の違和感なら笑って流せる性質だ。
だが、これは違う。
努力の余地がないほど、最初から整いすぎていた。
「……完璧だわ」
ぽつりと呟いてから、フィオナははっとする。
新婚早々、夫の屋敷に対してそんな感想を抱くのもどうなのだろう。いや、褒めているのだから良いのかしら。たぶん良い。
考えながら身支度を整えていると、控えていた侍女がにこやかに口を開いた。
「奥様、お加減はいかがですか」
「ええ、とてもよく眠れました。驚くほど」
「それは何よりでございます」
侍女――ミーナは、年若いながらもよく気のつく娘である。結婚と同時にフィオナ付きとなったが、控えめで話しやすく、今のところ非常にありがたい存在だった。
「こちらのお部屋は、奥様に合わせて細かく調整しておりますので」
フィオナは鏡の前で髪を整えながら、首をかしげた。
「私に合わせて?」
「はい。寝具の硬さ、室温、香り、朝の採光まで、閣下からご指示が」
フィオナはゆっくりと瞬きをした。
「……採光まで?」
「はい。朝の日差しが強すぎると目に負担がかかるため、薄布の重ね方も変更しております」
「まあ」
それはもう、部屋づくりではなく研究である。
フィオナは鏡越しに自分の顔を見つめた。いつも通り微笑んでいる。よかった。驚いて目が丸くなったままではなかった。
「ちなみに、香りというのは」
「奥様がお持ちだったハンカチと、お召し物の香油からお好みを推測なさったそうです」
「推測」
「はい」
なんという観察力だろう。
いや、宰相なのだから観察力が鋭いのは当然なのかもしれない。だが、それを新妻の寝室環境に投入する必要はあるのだろうか。
フィオナは少し考え、にこやかに結論づけた。
「……合理的ですね」
「そう、でございますね……」
ミーナの返事は、ほんの少しだけ曖昧だった。
◇
朝食の席でも、その“合理性”は遺憾なく発揮された。
長い食卓の向こう側に座るレオンハルトは、相変わらず非の打ちどころなく整っている。朝だというのに髪も服も乱れひとつなく、今日も今日とて冷徹宰相の完成形だった。
その前に並ぶ朝食も、控えめながら上質で美しい。
焼きたてのパン、温かなスープ、やわらかい卵料理、果物、紅茶。
フィオナが席につくと、レオンハルトが視線を上げた。
「よく眠れましたか」
「はい、とても」
「それはよかった」
短いが、やはり気遣いは確かだ。
そしてフィオナがスープに手をつけたところで、すぐさま給仕が新しい小皿を差し出した。
「こちらもどうぞ、奥様」
小皿には、小さく切り分けられた果物が美しく並んでいた。
「あら、ありがとう」
「朝は甘みの強いものがお好きと伺いましたので」
フィオナの手が止まる。
「……誰から?」
「閣下より」
フィオナはそっと顔を上げた。
向かいのレオンハルトは、何事もない顔でパンを切っている。
「宰相閣下」
「何でしょう」
「私、朝に甘い果物が好きだとお話ししましたかしら」
「していません」
「ではなぜ」
「婚約期間中のお茶会で、あなたは焼き菓子より果物のタルトを多く召し上がっていた」
当然のように返された。
「それと、柑橘の香りに反応が良かった。朝食に重すぎる菓子は避けるべきだと判断しました」
「……まあ」
フィオナは感心してしまった。
怖いほどよく見ている。
けれど、その観察が不快ではないのが不思議だった。
むしろ少しだけ、胸がくすぐったい。
「お気に召しませんでしたか」
レオンハルトがそう尋ねたので、フィオナは慌てて首を振った。
「いいえ、とても嬉しいです。そんなふうに見ていてくださったのだなと思って」
言ってから、あら、と思う。
少し素直すぎたかもしれない。
だがレオンハルトは、ナイフを置く手をぴたりと止めたあと、こほんと小さく咳払いをした。
「……配慮は必要です」
「ふふ」
「何か」
「いいえ」
少しだけ耳が赤い。
フィオナは気づかなかったふりをして、果物をひとつ口に運んだ。
甘くてみずみずしくて、たいへん美味しい。
それにしても、と思う。
この方の“配慮”は、どうにも細やかすぎる。
政略結婚の相手に向ける気遣いとしては、丁寧さの密度が少々おかしい気がする。
もちろん、ありがたい。
ありがたいのだが。
――これに慣れてしまったら、いけない気がするのよね。
人は与えられた優しさに慣れる生き物だ。
それが“当然”になってしまうと、きっと後が苦しい。
フィオナは昔から、それをよく知っていた。
だからこそ、自分の足で立たねばならないと思ってきたのだ。
誰かの気まぐれに期待しない。
与えられなくても困らない自分でいる。
それがたぶん、一番傷つきにくい。
「フィオナ」
突然名を呼ばれ、顔を上げる。
結婚してから、彼は人前でも“奥方”ではなく“フィオナ”と呼ぶことが多い。
それが自然すぎて、毎回少しだけ心臓に悪かった。
「はい」
「今日、侍女たちが衣装部屋の確認に入ります。足りないものがあれば遠慮なく言ってください」
「ありがとうございます。でも、十分すぎるほど整えていただいておりますわ」
「不十分です」
きっぱり言われた。
フィオナは瞬く。
「まだ何かありますか」
「部屋着が少ない」
「……部屋着?」
「侯爵家では問題なかったのでしょうが、この屋敷ではあなたがくつろげることが最優先です」
なんだろう。
言っていることは正しいのに、妙に甘い響きがある。
「それと、書架の位置も変えます」
「書架の?」
「あなたは窓際で本を読むとき、左手側に飲み物を置く癖がある。今の配置では動線が悪い」
「ご存じなのですか?」
「見ていればわかります」
さらりと言われ、フィオナは思わず紅茶を吹きそうになった。
危ない。新妻としてたいへんよろしくない。
「……よく見ていらっしゃるのですね」
「妻の暮らしを把握するのは当然でしょう」
当然。
またその言葉だ。
レオンハルトにとっては責務の範囲なのだろう。だがフィオナにとって、その“当然”は今までの人生であまり向けられてこなかった種類のものだった。
誰かが自分の快適さを前提に物を考える。
それがこんなにも、心をゆるませるなんて。
フィオナはカップを持つ手に少しだけ力を込めた。
「……ありがとうございます、旦那様」
意識してそう呼ぶと、レオンハルトの視線が一瞬だけ揺れた。
ほんの少し間を置いてから、彼は低く答える。
「どういたしまして」
耳が赤い。
やはりこの呼び方は効くらしい。
面白いし、少し可愛い。
冷徹宰相に対して“可愛い”という感想を抱くのが正しいのかはわからないが、少なくともフィオナの中では、じわじわとそういう評価が育ちつつあった。
◇
午前中、屋敷の管理を任されている家令と侍女長、それにミーナを交えて、フィオナの生活空間の確認が行われた。
それ自体はよくあることである。
新しい女主人が入れば、好みや采配の確認は必要だ。
ただし、ひとつだけ問題があるとすれば。
「この小卓は、もう少し丸みのある意匠のほうが奥様のお好みに合うかと」
「ええ。あとクッションも、淡い色合いのものを追加いたします」
「飾り棚には、小花模様の陶器が映えそうですね」
全員が当然のように、フィオナの“可愛いもの好き”を前提に話していることだった。
フィオナは目をぱちぱちさせた。
「……皆さま、私の好みをご存じなのですね」
すると家令が実に穏やかな顔で答えた。
「閣下より共有されておりますので」
「共有」
「はい」
嫌な予感がした。
「どの程度まで」
「花なら白や淡い桃色を好まれること。丸みのある意匠に心惹かれやすいこと。過度に華美な宝飾品より、繊細な細工の品をお選びになること。小動物を模した置物を“可愛い”と三拍ほど長くご覧になること」
フィオナは黙った。
ミーナが視線をそらした。
侍女長は完璧な無表情だった。
家令だけがにこやかである。
――三拍。
三拍とは何だろう。
いや、意味はわかる。見つめていた時間のことだろう。だがなぜそんな具体的なのか。
まるで研究報告書である。
「……閣下は、とてもお忙しい方ではありませんでしたかしら」
「大変お忙しく存じます」
「そうですよね」
「その合間にまとめられたご様子です」
フィオナは天井を見上げたくなった。
忙しい合間に何をなさっているのだろう、あの方は。
国政か。
それとも新妻の嗜好分析か。
できれば前者を多めにしていただきたい。いや、実際はどちらも全力なのだろうけれど。
「奥様?」
「……いいえ、なんでもありません」
にこやかに返しつつ、フィオナは理解する。
この屋敷において、自分はかなり丁寧に迎え入れられている。
それも、表面的な“新しい奥様ですから”という扱いではない。
きちんと、自分という個人に合うように整えられている。
それはつまり。
――この方、本当に“私の妻”として扱っているのだわ。
胸の奥が、じんわりとあたたかくなった。
嬉しい。
素直に、嬉しい。
でも同時に、少しだけ怖い。
こういう優しさは、うっかり心に沁みすぎるから。
◇
その日の午後、レオンハルトは執務室に籠もっていた。
宰相という立場上、結婚したからといって仕事量が減るはずもない。むしろ数日抜けたぶんが積み上がっているらしく、昼食も簡素に済ませると聞いたフィオナは、少しだけ眉を寄せた。
「簡素に、とは」
「パンとスープ程度かと」
ミーナの言葉に、フィオナは考える。
それはいけない。
仕事中毒の気配が濃厚な夫に、そんな食生活を許してはならない気がする。
別に、妻として過度に張り切るつもりはない。
だが一緒に暮らす以上、見てしまったものは見過ごせない。
それに――少しだけ。
ほんの少しだけ、自分も何か返したかった。
整えられて、気遣われて、守られてばかりでは落ち着かない。
与えられるだけの存在になりたくないのだ。
だからフィオナは厨房へ向かい、料理人に相談して、仕事の合間でも食べやすい小さな軽食をいくつか用意してもらった。
ひと口サイズのサンドイッチ、甘さ控えめの焼き菓子、ナッツ入りの小さな菓子。
最後のひとつは、なんとなく入れた。
甘いものは疲れに効くし、可愛らしい形だったから。
「奥様、それを直接お持ちになるのですか?」
「ご迷惑かしら」
「いえ、ただ……閣下が驚かれるかと」
「そうかもしれませんね」
フィオナは微笑んだ。
少しだけ楽しみでもある。
◇
執務室の扉を叩くと、中からすぐに「入れ」と声がした。
失礼いたします、と入ったフィオナは、机に向かうレオンハルトの姿を見て、やはりと思う。
書類の山。
ペンの走る速さ。
机の脇に積まれた資料。
そして、ほとんど減っていない昼食の皿。
「旦那様」
呼びかけると、レオンハルトが顔を上げた。
その一瞬だけ、冷徹宰相の顔が消える。
「……フィオナ」
「少しだけ、お邪魔してもよろしいですか」
「もちろんです」
もちろん。
即答だった。
フィオナはその返答に少しだけ胸をあたためながら、用意した盆を卓上に置いた。
「お仕事の合間につまめるものをお持ちしました」
レオンハルトの視線が、皿の上をゆっくりと移動する。
サンドイッチ、焼き菓子、小さな甘い菓子。
そしてもう一度、フィオナを見る。
「……あなたが?」
「厨房の皆さまにご協力いただいて」
「そうですか」
それだけ言って、彼は沈黙した。
フィオナは首をかしげる。
「あまりお好みではありませんでしたか?」
「いえ」
「では」
「その」
珍しく言葉に詰まっている。
フィオナは瞬きをした。
そして、ふと気づいた。
視線が、小さな甘い菓子の上で止まっている。
――あら。
「もしかして、甘いものがお好きですか?」
ぴたり、と空気が止まった。
レオンハルトの耳が、見る見るうちに赤くなる。
驚いた。こんなにわかりやすく赤くなる方だったのか。
フィオナは思わず口元を押さえた。
笑ってはいけない。たぶん今笑ったら、たいへん気の毒だ。
「……好き、というほどでは」
「まあ」
「疲労時の糖分補給は合理的です」
「ふふ。ええ、そうですわね」
やさしく答えると、レオンハルトは少しだけ視線をそらした。
その仕草が妙に初々しくて、フィオナの胸がきゅうと鳴る。
冷徹宰相の、誰にも見せない部分。
それを自分だけが見ているのだと思うと、くすぐったくて、嬉しい。
「召し上がってくださいませ」
「……いただきます」
彼が甘い菓子をひとつ手に取り、静かに口に運ぶ。
その表情は普段と変わらぬはずなのに、ほんの少しだけ柔らかい。
美味しいのだわ、とフィオナはすぐにわかった。
「お口に合いました?」
「ええ」
「よかった」
「……あなたが選んだのですか」
「可愛い形でしたので」
「そうですか」
そこでもまた、少しだけ彼の目元がやわらぐ。
それを見たフィオナは、自分の中にあった警戒心が、ひとかけらほどけるのを感じた。
この人は、冷たい人ではない。
厳しいのも、完璧主義なのも本当なのだろう。
でもその内側には、思っていたよりずっと、やさしくて繊細な部分がある。
そしてたぶん、自分はそれを見つけるのが少し好きだ。
「フィオナ」
「はい」
「あなたも座ってください。五分だけ」
「命令でしょうか」
「お願いです」
真顔で言われて、フィオナは目を丸くしたあと、ふわりと笑った。
「では、お受けいたします」
そうして執務室の片隅に腰を下ろす。
たった五分。
けれど同じ部屋で、彼が書類に目を通し、自分はお茶を飲む。
それだけの時間が、不思議なほど穏やかだった。
言葉はなくてもいい。
何か特別なことをしなくてもいい。
ただ一緒にいるだけで、少し気持ちがゆるむ。
フィオナはカップを両手で包みながら思った。
――これは、いけないかもしれない。
理にかなった結婚。
安心できる取引。
それでよかったはずなのに。
こんなふうに“ほっとする”ことまで覚えてしまったら、
きっと、少しずつ欲しくなってしまう。
もっと一緒にいたいとか。
もっと見ていたいとか。
もっと、自分だけが知りたいとか。
そんなのは、あまり合理的ではない。
「どうかしましたか」
視線を上げると、レオンハルトがこちらを見ていた。
「いいえ」
フィオナはいつものように、天使のような微笑みを浮かべた。
「旦那様のお屋敷は、とても居心地がいいのだなと思って」
「それは結構」
「ええ。少し悔しいくらいに」
「悔しい?」
「慣れてしまいそうで」
その言葉に、レオンハルトは一瞬だけ目を細めた。
それはたぶん、彼なりの笑みだった。
「慣れてください」
「……まあ」
「そのために整えました」
あまりにも真っ直ぐで、フィオナは返す言葉を失った。
胸の奥が、またじんわりと熱くなる。
この人はずるい。
全然甘いことを言っているつもりがないのに、こういうところで心を揺らしてくるのだから。
フィオナは困ったように、でもどこか嬉しく笑った。
「本当に、容赦がありませんのね」
「あなたに不便を強いるつもりはありません」
「そういう意味ではなくて」
言いかけて、やめる。
たぶん今は、まだこれでいい。
政略結婚の夫婦として。
理にかなった距離感のまま。
少しずつ、このぬくもりに慣れていく。
――でもきっと、そのうち。
この“居心地のよさ”の正体を、考えずにはいられなくなるのだろう。
その予感だけを胸にしまって、フィオナは静かな執務室で、未来の夫ではなく、もう自分の夫となった人の横顔をそっと見つめた。
冷徹宰相レオンハルト・ヴァルテス。
仕事中毒で、完璧主義で、観察眼が鋭くて、甘いものが好き。
そして、思っていたよりずっと、優しい。
それはたぶん、知ってしまうと少し危険な事実だった。
――おかしいわ。
何がおかしいのかと言えば、寝室の温度である。
暑すぎず、寒すぎず、実にちょうどいい。
寝台の寝心地もそうだ。やわらかすぎず硬すぎず、理想的である。掛布も軽いのにあたたかく、枕の高さも首に負担がない。
おかしい。
フィオナは寝台の上でしばらく考えた。
自分は環境の変化に弱いほうではない。侯爵家にいた頃から、与えられた場所でそれなりに快適に過ごす努力はしてきたし、少々の違和感なら笑って流せる性質だ。
だが、これは違う。
努力の余地がないほど、最初から整いすぎていた。
「……完璧だわ」
ぽつりと呟いてから、フィオナははっとする。
新婚早々、夫の屋敷に対してそんな感想を抱くのもどうなのだろう。いや、褒めているのだから良いのかしら。たぶん良い。
考えながら身支度を整えていると、控えていた侍女がにこやかに口を開いた。
「奥様、お加減はいかがですか」
「ええ、とてもよく眠れました。驚くほど」
「それは何よりでございます」
侍女――ミーナは、年若いながらもよく気のつく娘である。結婚と同時にフィオナ付きとなったが、控えめで話しやすく、今のところ非常にありがたい存在だった。
「こちらのお部屋は、奥様に合わせて細かく調整しておりますので」
フィオナは鏡の前で髪を整えながら、首をかしげた。
「私に合わせて?」
「はい。寝具の硬さ、室温、香り、朝の採光まで、閣下からご指示が」
フィオナはゆっくりと瞬きをした。
「……採光まで?」
「はい。朝の日差しが強すぎると目に負担がかかるため、薄布の重ね方も変更しております」
「まあ」
それはもう、部屋づくりではなく研究である。
フィオナは鏡越しに自分の顔を見つめた。いつも通り微笑んでいる。よかった。驚いて目が丸くなったままではなかった。
「ちなみに、香りというのは」
「奥様がお持ちだったハンカチと、お召し物の香油からお好みを推測なさったそうです」
「推測」
「はい」
なんという観察力だろう。
いや、宰相なのだから観察力が鋭いのは当然なのかもしれない。だが、それを新妻の寝室環境に投入する必要はあるのだろうか。
フィオナは少し考え、にこやかに結論づけた。
「……合理的ですね」
「そう、でございますね……」
ミーナの返事は、ほんの少しだけ曖昧だった。
◇
朝食の席でも、その“合理性”は遺憾なく発揮された。
長い食卓の向こう側に座るレオンハルトは、相変わらず非の打ちどころなく整っている。朝だというのに髪も服も乱れひとつなく、今日も今日とて冷徹宰相の完成形だった。
その前に並ぶ朝食も、控えめながら上質で美しい。
焼きたてのパン、温かなスープ、やわらかい卵料理、果物、紅茶。
フィオナが席につくと、レオンハルトが視線を上げた。
「よく眠れましたか」
「はい、とても」
「それはよかった」
短いが、やはり気遣いは確かだ。
そしてフィオナがスープに手をつけたところで、すぐさま給仕が新しい小皿を差し出した。
「こちらもどうぞ、奥様」
小皿には、小さく切り分けられた果物が美しく並んでいた。
「あら、ありがとう」
「朝は甘みの強いものがお好きと伺いましたので」
フィオナの手が止まる。
「……誰から?」
「閣下より」
フィオナはそっと顔を上げた。
向かいのレオンハルトは、何事もない顔でパンを切っている。
「宰相閣下」
「何でしょう」
「私、朝に甘い果物が好きだとお話ししましたかしら」
「していません」
「ではなぜ」
「婚約期間中のお茶会で、あなたは焼き菓子より果物のタルトを多く召し上がっていた」
当然のように返された。
「それと、柑橘の香りに反応が良かった。朝食に重すぎる菓子は避けるべきだと判断しました」
「……まあ」
フィオナは感心してしまった。
怖いほどよく見ている。
けれど、その観察が不快ではないのが不思議だった。
むしろ少しだけ、胸がくすぐったい。
「お気に召しませんでしたか」
レオンハルトがそう尋ねたので、フィオナは慌てて首を振った。
「いいえ、とても嬉しいです。そんなふうに見ていてくださったのだなと思って」
言ってから、あら、と思う。
少し素直すぎたかもしれない。
だがレオンハルトは、ナイフを置く手をぴたりと止めたあと、こほんと小さく咳払いをした。
「……配慮は必要です」
「ふふ」
「何か」
「いいえ」
少しだけ耳が赤い。
フィオナは気づかなかったふりをして、果物をひとつ口に運んだ。
甘くてみずみずしくて、たいへん美味しい。
それにしても、と思う。
この方の“配慮”は、どうにも細やかすぎる。
政略結婚の相手に向ける気遣いとしては、丁寧さの密度が少々おかしい気がする。
もちろん、ありがたい。
ありがたいのだが。
――これに慣れてしまったら、いけない気がするのよね。
人は与えられた優しさに慣れる生き物だ。
それが“当然”になってしまうと、きっと後が苦しい。
フィオナは昔から、それをよく知っていた。
だからこそ、自分の足で立たねばならないと思ってきたのだ。
誰かの気まぐれに期待しない。
与えられなくても困らない自分でいる。
それがたぶん、一番傷つきにくい。
「フィオナ」
突然名を呼ばれ、顔を上げる。
結婚してから、彼は人前でも“奥方”ではなく“フィオナ”と呼ぶことが多い。
それが自然すぎて、毎回少しだけ心臓に悪かった。
「はい」
「今日、侍女たちが衣装部屋の確認に入ります。足りないものがあれば遠慮なく言ってください」
「ありがとうございます。でも、十分すぎるほど整えていただいておりますわ」
「不十分です」
きっぱり言われた。
フィオナは瞬く。
「まだ何かありますか」
「部屋着が少ない」
「……部屋着?」
「侯爵家では問題なかったのでしょうが、この屋敷ではあなたがくつろげることが最優先です」
なんだろう。
言っていることは正しいのに、妙に甘い響きがある。
「それと、書架の位置も変えます」
「書架の?」
「あなたは窓際で本を読むとき、左手側に飲み物を置く癖がある。今の配置では動線が悪い」
「ご存じなのですか?」
「見ていればわかります」
さらりと言われ、フィオナは思わず紅茶を吹きそうになった。
危ない。新妻としてたいへんよろしくない。
「……よく見ていらっしゃるのですね」
「妻の暮らしを把握するのは当然でしょう」
当然。
またその言葉だ。
レオンハルトにとっては責務の範囲なのだろう。だがフィオナにとって、その“当然”は今までの人生であまり向けられてこなかった種類のものだった。
誰かが自分の快適さを前提に物を考える。
それがこんなにも、心をゆるませるなんて。
フィオナはカップを持つ手に少しだけ力を込めた。
「……ありがとうございます、旦那様」
意識してそう呼ぶと、レオンハルトの視線が一瞬だけ揺れた。
ほんの少し間を置いてから、彼は低く答える。
「どういたしまして」
耳が赤い。
やはりこの呼び方は効くらしい。
面白いし、少し可愛い。
冷徹宰相に対して“可愛い”という感想を抱くのが正しいのかはわからないが、少なくともフィオナの中では、じわじわとそういう評価が育ちつつあった。
◇
午前中、屋敷の管理を任されている家令と侍女長、それにミーナを交えて、フィオナの生活空間の確認が行われた。
それ自体はよくあることである。
新しい女主人が入れば、好みや采配の確認は必要だ。
ただし、ひとつだけ問題があるとすれば。
「この小卓は、もう少し丸みのある意匠のほうが奥様のお好みに合うかと」
「ええ。あとクッションも、淡い色合いのものを追加いたします」
「飾り棚には、小花模様の陶器が映えそうですね」
全員が当然のように、フィオナの“可愛いもの好き”を前提に話していることだった。
フィオナは目をぱちぱちさせた。
「……皆さま、私の好みをご存じなのですね」
すると家令が実に穏やかな顔で答えた。
「閣下より共有されておりますので」
「共有」
「はい」
嫌な予感がした。
「どの程度まで」
「花なら白や淡い桃色を好まれること。丸みのある意匠に心惹かれやすいこと。過度に華美な宝飾品より、繊細な細工の品をお選びになること。小動物を模した置物を“可愛い”と三拍ほど長くご覧になること」
フィオナは黙った。
ミーナが視線をそらした。
侍女長は完璧な無表情だった。
家令だけがにこやかである。
――三拍。
三拍とは何だろう。
いや、意味はわかる。見つめていた時間のことだろう。だがなぜそんな具体的なのか。
まるで研究報告書である。
「……閣下は、とてもお忙しい方ではありませんでしたかしら」
「大変お忙しく存じます」
「そうですよね」
「その合間にまとめられたご様子です」
フィオナは天井を見上げたくなった。
忙しい合間に何をなさっているのだろう、あの方は。
国政か。
それとも新妻の嗜好分析か。
できれば前者を多めにしていただきたい。いや、実際はどちらも全力なのだろうけれど。
「奥様?」
「……いいえ、なんでもありません」
にこやかに返しつつ、フィオナは理解する。
この屋敷において、自分はかなり丁寧に迎え入れられている。
それも、表面的な“新しい奥様ですから”という扱いではない。
きちんと、自分という個人に合うように整えられている。
それはつまり。
――この方、本当に“私の妻”として扱っているのだわ。
胸の奥が、じんわりとあたたかくなった。
嬉しい。
素直に、嬉しい。
でも同時に、少しだけ怖い。
こういう優しさは、うっかり心に沁みすぎるから。
◇
その日の午後、レオンハルトは執務室に籠もっていた。
宰相という立場上、結婚したからといって仕事量が減るはずもない。むしろ数日抜けたぶんが積み上がっているらしく、昼食も簡素に済ませると聞いたフィオナは、少しだけ眉を寄せた。
「簡素に、とは」
「パンとスープ程度かと」
ミーナの言葉に、フィオナは考える。
それはいけない。
仕事中毒の気配が濃厚な夫に、そんな食生活を許してはならない気がする。
別に、妻として過度に張り切るつもりはない。
だが一緒に暮らす以上、見てしまったものは見過ごせない。
それに――少しだけ。
ほんの少しだけ、自分も何か返したかった。
整えられて、気遣われて、守られてばかりでは落ち着かない。
与えられるだけの存在になりたくないのだ。
だからフィオナは厨房へ向かい、料理人に相談して、仕事の合間でも食べやすい小さな軽食をいくつか用意してもらった。
ひと口サイズのサンドイッチ、甘さ控えめの焼き菓子、ナッツ入りの小さな菓子。
最後のひとつは、なんとなく入れた。
甘いものは疲れに効くし、可愛らしい形だったから。
「奥様、それを直接お持ちになるのですか?」
「ご迷惑かしら」
「いえ、ただ……閣下が驚かれるかと」
「そうかもしれませんね」
フィオナは微笑んだ。
少しだけ楽しみでもある。
◇
執務室の扉を叩くと、中からすぐに「入れ」と声がした。
失礼いたします、と入ったフィオナは、机に向かうレオンハルトの姿を見て、やはりと思う。
書類の山。
ペンの走る速さ。
机の脇に積まれた資料。
そして、ほとんど減っていない昼食の皿。
「旦那様」
呼びかけると、レオンハルトが顔を上げた。
その一瞬だけ、冷徹宰相の顔が消える。
「……フィオナ」
「少しだけ、お邪魔してもよろしいですか」
「もちろんです」
もちろん。
即答だった。
フィオナはその返答に少しだけ胸をあたためながら、用意した盆を卓上に置いた。
「お仕事の合間につまめるものをお持ちしました」
レオンハルトの視線が、皿の上をゆっくりと移動する。
サンドイッチ、焼き菓子、小さな甘い菓子。
そしてもう一度、フィオナを見る。
「……あなたが?」
「厨房の皆さまにご協力いただいて」
「そうですか」
それだけ言って、彼は沈黙した。
フィオナは首をかしげる。
「あまりお好みではありませんでしたか?」
「いえ」
「では」
「その」
珍しく言葉に詰まっている。
フィオナは瞬きをした。
そして、ふと気づいた。
視線が、小さな甘い菓子の上で止まっている。
――あら。
「もしかして、甘いものがお好きですか?」
ぴたり、と空気が止まった。
レオンハルトの耳が、見る見るうちに赤くなる。
驚いた。こんなにわかりやすく赤くなる方だったのか。
フィオナは思わず口元を押さえた。
笑ってはいけない。たぶん今笑ったら、たいへん気の毒だ。
「……好き、というほどでは」
「まあ」
「疲労時の糖分補給は合理的です」
「ふふ。ええ、そうですわね」
やさしく答えると、レオンハルトは少しだけ視線をそらした。
その仕草が妙に初々しくて、フィオナの胸がきゅうと鳴る。
冷徹宰相の、誰にも見せない部分。
それを自分だけが見ているのだと思うと、くすぐったくて、嬉しい。
「召し上がってくださいませ」
「……いただきます」
彼が甘い菓子をひとつ手に取り、静かに口に運ぶ。
その表情は普段と変わらぬはずなのに、ほんの少しだけ柔らかい。
美味しいのだわ、とフィオナはすぐにわかった。
「お口に合いました?」
「ええ」
「よかった」
「……あなたが選んだのですか」
「可愛い形でしたので」
「そうですか」
そこでもまた、少しだけ彼の目元がやわらぐ。
それを見たフィオナは、自分の中にあった警戒心が、ひとかけらほどけるのを感じた。
この人は、冷たい人ではない。
厳しいのも、完璧主義なのも本当なのだろう。
でもその内側には、思っていたよりずっと、やさしくて繊細な部分がある。
そしてたぶん、自分はそれを見つけるのが少し好きだ。
「フィオナ」
「はい」
「あなたも座ってください。五分だけ」
「命令でしょうか」
「お願いです」
真顔で言われて、フィオナは目を丸くしたあと、ふわりと笑った。
「では、お受けいたします」
そうして執務室の片隅に腰を下ろす。
たった五分。
けれど同じ部屋で、彼が書類に目を通し、自分はお茶を飲む。
それだけの時間が、不思議なほど穏やかだった。
言葉はなくてもいい。
何か特別なことをしなくてもいい。
ただ一緒にいるだけで、少し気持ちがゆるむ。
フィオナはカップを両手で包みながら思った。
――これは、いけないかもしれない。
理にかなった結婚。
安心できる取引。
それでよかったはずなのに。
こんなふうに“ほっとする”ことまで覚えてしまったら、
きっと、少しずつ欲しくなってしまう。
もっと一緒にいたいとか。
もっと見ていたいとか。
もっと、自分だけが知りたいとか。
そんなのは、あまり合理的ではない。
「どうかしましたか」
視線を上げると、レオンハルトがこちらを見ていた。
「いいえ」
フィオナはいつものように、天使のような微笑みを浮かべた。
「旦那様のお屋敷は、とても居心地がいいのだなと思って」
「それは結構」
「ええ。少し悔しいくらいに」
「悔しい?」
「慣れてしまいそうで」
その言葉に、レオンハルトは一瞬だけ目を細めた。
それはたぶん、彼なりの笑みだった。
「慣れてください」
「……まあ」
「そのために整えました」
あまりにも真っ直ぐで、フィオナは返す言葉を失った。
胸の奥が、またじんわりと熱くなる。
この人はずるい。
全然甘いことを言っているつもりがないのに、こういうところで心を揺らしてくるのだから。
フィオナは困ったように、でもどこか嬉しく笑った。
「本当に、容赦がありませんのね」
「あなたに不便を強いるつもりはありません」
「そういう意味ではなくて」
言いかけて、やめる。
たぶん今は、まだこれでいい。
政略結婚の夫婦として。
理にかなった距離感のまま。
少しずつ、このぬくもりに慣れていく。
――でもきっと、そのうち。
この“居心地のよさ”の正体を、考えずにはいられなくなるのだろう。
その予感だけを胸にしまって、フィオナは静かな執務室で、未来の夫ではなく、もう自分の夫となった人の横顔をそっと見つめた。
冷徹宰相レオンハルト・ヴァルテス。
仕事中毒で、完璧主義で、観察眼が鋭くて、甘いものが好き。
そして、思っていたよりずっと、優しい。
それはたぶん、知ってしまうと少し危険な事実だった。
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