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第十一話 「優先順位」
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僕
彼女が「合図、またして」と言ったあと、僕の中で何かが確定した。
“迎える”は、僕の仕事になった。
でもそれは制度じゃない。
僕が毎回、選ぶ。
そしてもう一つ――
彼女を止めるのも、僕が選びたい。
彼女は頑張る。
頑張っている自覚が薄い。
薄いから、限界が来る。
子どもの頃の僕は、誰にも止められなかった。
止められないまま、“いい子”を続けて、最後に息ができなくなる。
だから僕は、止める。
彼女が息を止める前に。
その決意が固まってから、僕は彼女の手元を見るようになった。
顔じゃなく、指先。肩。呼吸。
微細なズレで分かる。
そして今日、彼女は――
いつもより早いテンポで動いていた。
表の忙しさが引いたあとに奥へ来て、休憩を取る間もなく資料を開いた。
カップは半分残っている。飲む速度が遅い。
指先が少し冷たい。
“無理している”の合図。
僕は言うべき言葉を探した。
効率、と言えば通る。
共同作業、と言えば角が立たない。
でも今日は、それで逃げたくなかった。
僕はペンを置いて、淡々と言った。
「……今日は、ここまでにしましょう」
彼女の動きが止まる。
「え?まだ全然できるよ?」
できる。
その言葉が、彼女の癖だ。
僕は息を一つだけ整えて、言った。
「……できる、のは分かっています」
そして、続けた。
「でも――やめてほしいです」
言い切ってしまった。
言い訳がない。
点数の逃げ道がない。
彼女の目が少しだけ大きくなる。
「やめてほしい、って……」
僕は視線を逸らさずに言った。
「……あなたが、息を浅くするのが嫌です」
胸の奥が熱い。
こんな言い方は、僕らしくないかもしれない。
でも、今日は言わないといけない。
彼女は少し黙った。
黙ったまま、自分の呼吸を確かめるみたいに一度息を吐く。
「……ほんとだ」
小さく笑う。
「浅かった」
僕の胸の奥が、少しだけほどけた。
否定されなかった。
彼女が「じゃあ休憩する」と言ってくれれば、今日はそれでいい。
でも僕は欲が出た。
休憩だけじゃ足りない。
彼女の“優先順位”を、少しだけ変えたい。
僕は続けて言った。
「……あなたの休憩を、仕事より先にしてほしいです」
言った瞬間、怖くなる。
命令みたいに聞こえないか。
縛っていないか。
でも彼女は、困った顔をしなかった。
むしろ、少し驚いて、そして――嬉しそうだった。
「それ、命令?」
彼女が冗談めかして聞く。
僕は首を振る。
「……お願いです」
お願い。
最近、言えるようになった言葉。
彼女はカップを両手で包み直して、頷いた。
「うん。お願い、きく」
その返事に、僕の肩が少しだけ下がる。
――通った。
僕の主導が、彼女の中に入った。
僕はすぐに“次の行動”を用意した。
休憩は曖昧だと、彼女はすぐ仕事に戻る。
だから、形にする。
「……五分」
「え」
「五分だけ、何もしないでください」
五分。
短い。
でも枠があると、僕は落ち着く。
彼女も、戻りやすい。
彼女は笑って頷いた。
「はいはい。五分ね」
“はいはい”が可愛くて、胸の奥が少し甘くなる。
でも僕は、笑わない。笑うと照れて逃げるから。
僕はタイマー代わりに、砂時計を机に置いた。
前に買ったやつ。仕事用の、あまり可愛くない砂時計。
彼女が目を丸くする。
「なにそれ、用意してたの?」
僕は淡々と言った。
「……準備です」
準備。
迎えの準備。
止める準備。
彼女が砂時計を見つめて、少しだけ目を細めた。
「……優先順位、変えてくれるんだね」
変える、という言葉が、僕の胸に落ちた。
それは怖い。
変えるのは、責任が増える。
でも今日は、その責任が嬉しい。
「……変えたいです」
言ってしまった。
言い訳なし。
砂時計の砂が落ちていく音は聞こえないのに、
その時間が二人の間を静かに整えていくのが分かった。
彼女が「合図、またして」と言ったあと、僕の中で何かが確定した。
“迎える”は、僕の仕事になった。
でもそれは制度じゃない。
僕が毎回、選ぶ。
そしてもう一つ――
彼女を止めるのも、僕が選びたい。
彼女は頑張る。
頑張っている自覚が薄い。
薄いから、限界が来る。
子どもの頃の僕は、誰にも止められなかった。
止められないまま、“いい子”を続けて、最後に息ができなくなる。
だから僕は、止める。
彼女が息を止める前に。
その決意が固まってから、僕は彼女の手元を見るようになった。
顔じゃなく、指先。肩。呼吸。
微細なズレで分かる。
そして今日、彼女は――
いつもより早いテンポで動いていた。
表の忙しさが引いたあとに奥へ来て、休憩を取る間もなく資料を開いた。
カップは半分残っている。飲む速度が遅い。
指先が少し冷たい。
“無理している”の合図。
僕は言うべき言葉を探した。
効率、と言えば通る。
共同作業、と言えば角が立たない。
でも今日は、それで逃げたくなかった。
僕はペンを置いて、淡々と言った。
「……今日は、ここまでにしましょう」
彼女の動きが止まる。
「え?まだ全然できるよ?」
できる。
その言葉が、彼女の癖だ。
僕は息を一つだけ整えて、言った。
「……できる、のは分かっています」
そして、続けた。
「でも――やめてほしいです」
言い切ってしまった。
言い訳がない。
点数の逃げ道がない。
彼女の目が少しだけ大きくなる。
「やめてほしい、って……」
僕は視線を逸らさずに言った。
「……あなたが、息を浅くするのが嫌です」
胸の奥が熱い。
こんな言い方は、僕らしくないかもしれない。
でも、今日は言わないといけない。
彼女は少し黙った。
黙ったまま、自分の呼吸を確かめるみたいに一度息を吐く。
「……ほんとだ」
小さく笑う。
「浅かった」
僕の胸の奥が、少しだけほどけた。
否定されなかった。
彼女が「じゃあ休憩する」と言ってくれれば、今日はそれでいい。
でも僕は欲が出た。
休憩だけじゃ足りない。
彼女の“優先順位”を、少しだけ変えたい。
僕は続けて言った。
「……あなたの休憩を、仕事より先にしてほしいです」
言った瞬間、怖くなる。
命令みたいに聞こえないか。
縛っていないか。
でも彼女は、困った顔をしなかった。
むしろ、少し驚いて、そして――嬉しそうだった。
「それ、命令?」
彼女が冗談めかして聞く。
僕は首を振る。
「……お願いです」
お願い。
最近、言えるようになった言葉。
彼女はカップを両手で包み直して、頷いた。
「うん。お願い、きく」
その返事に、僕の肩が少しだけ下がる。
――通った。
僕の主導が、彼女の中に入った。
僕はすぐに“次の行動”を用意した。
休憩は曖昧だと、彼女はすぐ仕事に戻る。
だから、形にする。
「……五分」
「え」
「五分だけ、何もしないでください」
五分。
短い。
でも枠があると、僕は落ち着く。
彼女も、戻りやすい。
彼女は笑って頷いた。
「はいはい。五分ね」
“はいはい”が可愛くて、胸の奥が少し甘くなる。
でも僕は、笑わない。笑うと照れて逃げるから。
僕はタイマー代わりに、砂時計を机に置いた。
前に買ったやつ。仕事用の、あまり可愛くない砂時計。
彼女が目を丸くする。
「なにそれ、用意してたの?」
僕は淡々と言った。
「……準備です」
準備。
迎えの準備。
止める準備。
彼女が砂時計を見つめて、少しだけ目を細めた。
「……優先順位、変えてくれるんだね」
変える、という言葉が、僕の胸に落ちた。
それは怖い。
変えるのは、責任が増える。
でも今日は、その責任が嬉しい。
「……変えたいです」
言ってしまった。
言い訳なし。
砂時計の砂が落ちていく音は聞こえないのに、
その時間が二人の間を静かに整えていくのが分かった。
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