今日の分を、あなたに

星乃和花

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第九話 「待てる」

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メモを受け取った瞬間、胸の奥がひゅっと冷えた。

「遅くなります」

その文字は、ただの情報なのに、身体が先に反応する。
子どもの頃の“あとで”が、勝手に蘇る。

あとでね。
忙しいから。
今は無理。

あの言葉の次には、だいたい何も来なかった。

僕の中の古いルールが、騒ぎ出す。

――減点。
――やっぱり、僕は要らない。
――期待した僕が悪い。

息が浅くなる。
指先が冷たくなる。

……でも。

メモの最後の一行が、僕を止めた。

(迎え、できたらお願いします)

お願い。
できたら。
逃げ道のある言い方。

そして何より、先に言ってくれた。
約束を守ってくれた。

僕はメモを指で押さえて、息を吐いた。

減点じゃない。
忙しいだけ。
僕の価値と関係ない。

頭では分かる。
身体が追いつかない。

だから僕は、今日は“待つ練習”にすることにした。
制度にしない。点数にしない。
待つことを、罰にしない。

机に向かって、いつものように紙を揃えかけて――やめた。

“やること”に変換すると、また帳尻に逃げる。
今日は逃げない。

僕はカップを二つ出して、粉だけを入れた。
湯はまだ注がない。
温度は、彼女が来てからじゃないと、ちょうどよくならない。

それは効率じゃない。
“迎え”の準備だ。

そして、もう一枚だけ小さなメモを書いた。
押しつけにならないように、短く。

了解です。
来られたら、いつでも。
(迎え、します)

書いた瞬間、胸が少しだけ落ち着いた。

僕はメモを引き出しにしまって、椅子に座る。
待つ。
ただ待つ。

怖い。
でも、今日は“来ない”ではなく、“遅い”だ。

そして、もし来なかったとしても――
先に言ってくれたその事実は、残る。

僕は自分に言い聞かせる。

待てる。
待っても、崩れない。
崩れそうなら、呼吸をする。

机の角を揃える代わりに、僕は自分の呼吸を揃えた。
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