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第8話 やさしい監禁の完成(鍵は“心”)
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朝の光は、昨夜のことを“夢”みたいにする。
夜の灯りの下で言われた言葉も、
掴まれた手首の感触も、
息が止まるほどの視線も。
朝になると、全部ふわっと薄まってしまう。
——だからこそ、確かめたくなる。
ミレアは書斎のソファで目を覚ました。
毛布はきちんと掛けられていて、灯りは落とされている。
部屋は静かで、冷たくない。
(……私、寝たのね)
メイドとして失格、と言うべきなのかもしれない。
でも昨夜は、そういう夜だった。
レオニスが“決めた”夜。
ミレアはそっと起き上がり、隣を見た。
当主は——机に突っ伏していた。
……また。
けれど違う。
昨夜とは違い、今はぽやぽやの顔で、完全に寝落ちしている。
肩の力が抜けていて、髪が少し乱れている。
(戻ってる)
昨夜の鋭さは消えている。
でも、消えているはずがない。
あれは夢じゃない。
あの目は、確かに存在していた。
ミレアが立ち上がると、床板が小さく鳴った。
その音に反応して、当主がうっすら目を開ける。
「……ん」
眠そう。
世界がまだ柔らかい顔。
ミレアは思った。
(昨夜の人と同一人物とは思えない)
でも、そこで終わらないのが当主さまだ。
レオニスは、眠そうに瞬きをしながら——
ミレアの袖をつまんだ。
小さく。
確実に。
いつもの癖。
でも今朝は“確認”だった。
——ここにいる?
ミレアは笑って答えた。
「おはようございます、当主さま。ここにおります」
当主の指先が、ほんの少し緩む。
「……おはよう。ミレアさん」
ぽやぽやの声。
優しい声。
昨夜の鋭さはどこへ行ったのか。
ミレアは、意地悪く言ってみた。
「当主さま。昨夜は、ずいぶん怖い方でした」
レオニスは一秒だけ固まり、
次の瞬間、ぽやぽやしたまま眉を寄せた。
「……怖い?」
「はい。とても」
「……そんなはずない。僕は、眠いだけだよ」
ミレアは笑った。
(出た。ぽやぽやの言い訳)
でも、指先は離さない。
ミレアは一歩だけ後ろへ下がってみる。
ほんの数センチ。
すると当主の指が、すっと強くなる。
「……だめ」
短い。
淡々としている。
でも撤回しない。
ミレアは目を細めた。
「当主さま。戻りましたね、ぽやぽやに」
「……戻った」
当主は認めた。
そして、ぽつり。
「……でも、決めたことは撤回しない」
ミレアの胸が、きゅっとなる。
朝なのに。
眠そうなのに。
言葉だけが、昨夜のまま鋭い。
ミレアは、少しだけ息を吸った。
「当主さま。では、確認いたします」
「うん」
「私はここにいていいのですね」
レオニスは頷いた。
眠そうな瞳の奥に、少しだけ確信がある。
「……うん。いて」
「それは、命令ですか」
「……うん」
「仕事として?」
「……うん」
ミレアは笑って、最後に聞いた。
「それとも、当主さまの望みとして?」
当主は少しだけ黙った。
その沈黙は、“受け取る練習”の時の沈黙と似ている。
照れと、怖さと、嬉しさが混ざった沈黙。
そして、レオニスはぽやぽやのまま言った。
「……望み」
ミレアは少しだけ目を丸くした。
言えた。
望んだ、と言えた。
当主はそれだけで少し疲れたように瞬きをして、
でも指先は、離さない。
「……ミレアさん」
「はい」
「君がここにいるのは偶然じゃない。僕が望んだからだよ」
——同じ言葉を、朝にも言った。
昨夜より、柔らかい。
でも同じくらい、逃げ道がない。
ミレアは笑った。
「当主さま。昨日の台詞、気に入りましたか」
「……うん。言いやすい」
「言いやすい、ではなく……」
ミレアが続きを言う前に、当主がぽつりと言った。
「……安心する」
その単語は、彼の中で大きい。
ミレアは柔らかく頷いた。
「では、今日もお茶を淹れますね」
当主の指先が一瞬だけ焦ったみたいに強くなる。
「……ここで」
「え?」
「ここで淹れて」
ミレアは呆れたように笑った。
「当主さま。監禁が進化しております」
「……進化した」
ぽやぽやのくせに、肯定が早い。
ミレアはカップを手に取り、
小さなポットにお湯を注ぐ。
湯気が立ちのぼる。
香りがふわっと広がる。
それだけで部屋が“生活”になる。
当主はその湯気を見つめて、眠そうに言った。
「……ここ、あったかい」
「お茶と灯りと毛布の効果でございます」
「……ミレアさんの効果」
ミレアは手元を動かしながら答える。
「当主さま。そういう直球は控えてくださいませ」
「……控えない」
「撤回しないのですね」
「……うん。撤回しない」
ミレアは紅茶を差し出した。
当主は受け取って、ひと口飲む。
ふっと息を吐いて、
そして、眠そうに笑った。
「……君、すごいね」
「何がでしょう」
「僕の生活、変わった」
ミレアの胸の奥が、静かに温かくなる。
作戦は成功した。
当主は受け取れるようになった。
休めるようになった。
それは本当に良いことだ。
でも。
ミレアは、紅茶の香りの向こうで、少しだけ怖かった。
変わった生活は、戻れない。
戻れないことは、幸せにもなるけれど——
怖さにもなる。
ミレアはそっと笑った。
「当主さま。では、私は今日から“逃げ道付き”ではなくなりますよ」
当主が、眠そうに首を傾げた。
「……どういうこと?」
「囲うなら、責任を持ちます」
ミレアがそう言うと、
当主は一拍置いてから、ぽやぽやのまま微笑んだ。
「……責任、好き」
「当主さま、そういう趣味が?」
「……うん。僕、真面目だから」
ミレアは思わず笑った。
(ぽやぽやなのに、真面目)
当主の手が、ミレアの袖をつまむ。
いつもの癖。
いつもの当たり前。
けれど今はもう、それが“恋”に変わっている。
ミレアは袖をつままれたまま、毛布を整え、灯りを柔らかく調整した。
優しい監禁。
鍵は扉ではなく、心。
逃げ道はないけれど、息苦しくない。
それは、ふたりが望んだ“囲い込み”だった。
当主が眠そうに言う。
「……ミレアさん」
「はい」
「今日もここにいて」
ミレアは微笑んで答えた。
「はい。ここにおります」
当主は満足そうに目を閉じた。
そして、手だけは離さない。
ミレアは、その指先を見つめながら思った。
(私はあなたを囲った)
(でも、あなたは私を選んだ)
だからこれは、監禁ではなく。
ふたりで作った——居場所だ。
夜の灯りの下で言われた言葉も、
掴まれた手首の感触も、
息が止まるほどの視線も。
朝になると、全部ふわっと薄まってしまう。
——だからこそ、確かめたくなる。
ミレアは書斎のソファで目を覚ました。
毛布はきちんと掛けられていて、灯りは落とされている。
部屋は静かで、冷たくない。
(……私、寝たのね)
メイドとして失格、と言うべきなのかもしれない。
でも昨夜は、そういう夜だった。
レオニスが“決めた”夜。
ミレアはそっと起き上がり、隣を見た。
当主は——机に突っ伏していた。
……また。
けれど違う。
昨夜とは違い、今はぽやぽやの顔で、完全に寝落ちしている。
肩の力が抜けていて、髪が少し乱れている。
(戻ってる)
昨夜の鋭さは消えている。
でも、消えているはずがない。
あれは夢じゃない。
あの目は、確かに存在していた。
ミレアが立ち上がると、床板が小さく鳴った。
その音に反応して、当主がうっすら目を開ける。
「……ん」
眠そう。
世界がまだ柔らかい顔。
ミレアは思った。
(昨夜の人と同一人物とは思えない)
でも、そこで終わらないのが当主さまだ。
レオニスは、眠そうに瞬きをしながら——
ミレアの袖をつまんだ。
小さく。
確実に。
いつもの癖。
でも今朝は“確認”だった。
——ここにいる?
ミレアは笑って答えた。
「おはようございます、当主さま。ここにおります」
当主の指先が、ほんの少し緩む。
「……おはよう。ミレアさん」
ぽやぽやの声。
優しい声。
昨夜の鋭さはどこへ行ったのか。
ミレアは、意地悪く言ってみた。
「当主さま。昨夜は、ずいぶん怖い方でした」
レオニスは一秒だけ固まり、
次の瞬間、ぽやぽやしたまま眉を寄せた。
「……怖い?」
「はい。とても」
「……そんなはずない。僕は、眠いだけだよ」
ミレアは笑った。
(出た。ぽやぽやの言い訳)
でも、指先は離さない。
ミレアは一歩だけ後ろへ下がってみる。
ほんの数センチ。
すると当主の指が、すっと強くなる。
「……だめ」
短い。
淡々としている。
でも撤回しない。
ミレアは目を細めた。
「当主さま。戻りましたね、ぽやぽやに」
「……戻った」
当主は認めた。
そして、ぽつり。
「……でも、決めたことは撤回しない」
ミレアの胸が、きゅっとなる。
朝なのに。
眠そうなのに。
言葉だけが、昨夜のまま鋭い。
ミレアは、少しだけ息を吸った。
「当主さま。では、確認いたします」
「うん」
「私はここにいていいのですね」
レオニスは頷いた。
眠そうな瞳の奥に、少しだけ確信がある。
「……うん。いて」
「それは、命令ですか」
「……うん」
「仕事として?」
「……うん」
ミレアは笑って、最後に聞いた。
「それとも、当主さまの望みとして?」
当主は少しだけ黙った。
その沈黙は、“受け取る練習”の時の沈黙と似ている。
照れと、怖さと、嬉しさが混ざった沈黙。
そして、レオニスはぽやぽやのまま言った。
「……望み」
ミレアは少しだけ目を丸くした。
言えた。
望んだ、と言えた。
当主はそれだけで少し疲れたように瞬きをして、
でも指先は、離さない。
「……ミレアさん」
「はい」
「君がここにいるのは偶然じゃない。僕が望んだからだよ」
——同じ言葉を、朝にも言った。
昨夜より、柔らかい。
でも同じくらい、逃げ道がない。
ミレアは笑った。
「当主さま。昨日の台詞、気に入りましたか」
「……うん。言いやすい」
「言いやすい、ではなく……」
ミレアが続きを言う前に、当主がぽつりと言った。
「……安心する」
その単語は、彼の中で大きい。
ミレアは柔らかく頷いた。
「では、今日もお茶を淹れますね」
当主の指先が一瞬だけ焦ったみたいに強くなる。
「……ここで」
「え?」
「ここで淹れて」
ミレアは呆れたように笑った。
「当主さま。監禁が進化しております」
「……進化した」
ぽやぽやのくせに、肯定が早い。
ミレアはカップを手に取り、
小さなポットにお湯を注ぐ。
湯気が立ちのぼる。
香りがふわっと広がる。
それだけで部屋が“生活”になる。
当主はその湯気を見つめて、眠そうに言った。
「……ここ、あったかい」
「お茶と灯りと毛布の効果でございます」
「……ミレアさんの効果」
ミレアは手元を動かしながら答える。
「当主さま。そういう直球は控えてくださいませ」
「……控えない」
「撤回しないのですね」
「……うん。撤回しない」
ミレアは紅茶を差し出した。
当主は受け取って、ひと口飲む。
ふっと息を吐いて、
そして、眠そうに笑った。
「……君、すごいね」
「何がでしょう」
「僕の生活、変わった」
ミレアの胸の奥が、静かに温かくなる。
作戦は成功した。
当主は受け取れるようになった。
休めるようになった。
それは本当に良いことだ。
でも。
ミレアは、紅茶の香りの向こうで、少しだけ怖かった。
変わった生活は、戻れない。
戻れないことは、幸せにもなるけれど——
怖さにもなる。
ミレアはそっと笑った。
「当主さま。では、私は今日から“逃げ道付き”ではなくなりますよ」
当主が、眠そうに首を傾げた。
「……どういうこと?」
「囲うなら、責任を持ちます」
ミレアがそう言うと、
当主は一拍置いてから、ぽやぽやのまま微笑んだ。
「……責任、好き」
「当主さま、そういう趣味が?」
「……うん。僕、真面目だから」
ミレアは思わず笑った。
(ぽやぽやなのに、真面目)
当主の手が、ミレアの袖をつまむ。
いつもの癖。
いつもの当たり前。
けれど今はもう、それが“恋”に変わっている。
ミレアは袖をつままれたまま、毛布を整え、灯りを柔らかく調整した。
優しい監禁。
鍵は扉ではなく、心。
逃げ道はないけれど、息苦しくない。
それは、ふたりが望んだ“囲い込み”だった。
当主が眠そうに言う。
「……ミレアさん」
「はい」
「今日もここにいて」
ミレアは微笑んで答えた。
「はい。ここにおります」
当主は満足そうに目を閉じた。
そして、手だけは離さない。
ミレアは、その指先を見つめながら思った。
(私はあなたを囲った)
(でも、あなたは私を選んだ)
だからこれは、監禁ではなく。
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