『月替わり合法スイーツ』 ーー風味条例カフェ ツキノテーー

星乃和花

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第2話:酸味が光る月、レモンがイルミネーション

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月初の朝、ツキノテの黒板には、白崎レイの丁寧な字で“やさしい訳”が増えていた。

今月:酸味=光る(発光)
光は強さに比例。弱酸はほの灯り、強酸は眩しい。
注意:光は「気持ちの輪郭」を強めることがある。

コハルは、その最後の一行を指でなぞって、ふふっと笑った。

「気持ちの輪郭……。レイさん、たまに詩みたいな訳にするね」

「条例が詩なので」

レイは淡々と答えた。淡々としているのに、そこに少しだけ“困っている”が混じるのが、コハルにはだんだんわかってきた。

厨房では、シュガネコが砂糖袋の上で丸くなり、しっぽだけがゆっくり揺れている。粉糖の足跡が床にぽふぽふ、今日も“営業中”の証拠みたいに残っていた。

コハルはエプロンのポケットから、小さなレモンを取り出した。

「ねえ、今月のおすすめ、決まってるんだ」

レイが視線を向ける。

「レモンタルト。上に、星の砂糖を散らして……ほの光。夜みたいな午後の光。きっと可愛い」

「……光の強さ、調整できますか」

「できるよ。酸っぱくしすぎなければ」

コハルはにこっと笑って、レモンの皮を少しだけ削った。

その瞬間だった。

レモンの香りが、光になった。

ふわ、と。

黄色い光が、厨房の空気に滲むように広がり、細い糸みたいに天井へ伸びる。まるで、誰かが小さな灯りを持って通り過ぎたみたいに。

コハルは思わず見惚れた。

「……綺麗」

レイは、綺麗と言わなかった。代わりに、ほんの少し眉を寄せた。

「……強いですね」

「え?」

コハルがレモンを持ち上げた瞬間、光が急に増した。レモンの表面から、ぱっと光が跳ねたのだ。厨房の隅の鍋が反射して、きらん、と眩しい。

シュガネコが「にゃ」と鳴いた。たぶん、「まぶしい」と言っている。

コハルは慌ててレモンを布巾で包んだ。

「や、やばい。酸味って、光るって、そういう……!」

レイは、いつもの淡々とした声で言った。

「今月は、柑橘は照明器具です」

「照明器具……!」

* * *

開店。

一番乗りは、いつもの仕立て屋のおばあちゃんだった。

「おはよう、コハルちゃん。今月は光るの?」

「光ります」

コハルは胸を張った。昨日より堂々としているのは、レイの黒板があるからだ。

「目に優しいように、ほの光でいきます」

「いいねぇ。歳をとると、強い光は疲れちゃうから」

その言葉に、コハルは一瞬だけ真剣な顔になる。

「……そうだよね。よし、ほの光」

コハルは“光の強さ”を意識しながら、レモンタルトを焼いた。酸味は控えめに。香りはしっかり。でも眩しさは出さない。

出来上がったタルトは、まるで月の縁みたいに、ふちだけが淡く光った。可愛い。

おばあちゃんが目を細めて笑う。

「ほら。これくらいが、ちょうどいい」

コハルの胸が、ほっとする。

――今月は、うまくいきそう。

そう思った矢先だった。

カラン、と鈴が鳴って、若い二人連れが入ってきた。恋人同士だろうか。手をつなぎかけて、照れて、つなぎ直すような距離。

コハルは“可愛い予感”に心がふわっとなる。

「いらっしゃいませ!」

二人は席につくなり、店内を見回した。

「すご……店内が、ちょっと光ってる」

「今月の条例で、酸味が光るんです」

コハルが説明すると、彼女の方が目を輝かせた。

「じゃあ、光るのください!一番光るやつ!」

コハルは、にこっと笑って頷いた。

「はい。……ただし、合法の範囲で」

後ろで、レイが小さく咳払いをした気がした。

* * *

問題は、“一番光るやつ”が、予想より一番光ったことだ。

コハルが、試作の“レモン爆発(仮)”――じゃなくて、“ルミナス・レモンパフェ”を運ぶと、パフェの層から淡黄色の光がふわふわ立ち上がっていた。

きれい。きれいだけど――

店内の空気が、少しだけ眩しい。

酸味の層が強いぶん、光が強い。しかも、お客さんの“期待”が乗って、光がさらに増しているような気さえする。

二人が歓声を上げた。

「わぁ……!」

彼女がスプーンを入れた瞬間、光がぱっと跳ねた。

まるで花火みたいに。

「……っ」

彼氏の方が、目を細めた。そして、こめかみを押さえた。

「ごめん、ちょっと……眩しすぎるかも」

その言葉に、彼女は一瞬だけ固まった。好きで頼んだのに、好きな人が困っている。

“気持ちの輪郭が強まる”。

黒板の最後の一行が、コハルの頭の中でぴん、と鳴った。

コハルはすぐに膝を曲げて、二人の目線に合わせた。

「すみません。……眩しかったね。ちょっとだけ、月明かしにしていい?」

彼女が戸惑いながら頷く。

「……うん。ごめんね、わたしが“いちばん”って言ったから」

「謝らなくていいよ」

彼氏が笑おうとして、また目を細める。

コハルは立ち上がって、厨房へ走った。

レイが後を追ってくる。

「……調整、できますか」

「できる。酸味を落として、光を落として……でも、可愛さは落とさない」

コハルは一瞬だけ唇を噛んで、次の瞬間には顔を上げた。

「ねえ、レイさん。今月の“光”って、酸味だけが原因じゃない気がする」

レイが、少しだけ目を細めた。

「……期待、ですか」

「うん。『一番光る』って言葉が、光を引っ張ったみたいに」

レイは、紙片を取り出して素早く条文を確認する。指が迷わないのが、頼もしい。

「……補足条文に、あります。“光は共感により増幅する”」

「ほらぁ……!」

コハルは笑いそうになって、でも今は笑っている場合じゃない。

「じゃあ、共感を……“落ち着く方向”に使う」

レイが短く言った。

「光を、ひとつにまとめましょう」

「まとめる……!」

コハルは、ぱっとひらめいた。

「レモンの光を散らさない。……小瓶に入れる。ゼリーにして、灯りを閉じ込める!」

シュガネコが「にゃ」と鳴いた。たぶん「それだ」と言っている。

* * *

数分後。

コハルが運んだのは、さっきの眩しいパフェではなく、小さなグラスに入った“レモン灯”だった。

透明なゼリーに、淡い黄色が閉じ込められている。揺らすと、光がゆっくり波打つ。眩しくない。むしろ、眠る前の部屋みたいに落ち着く光。

「こちら、追加で。……“月明かし版”です」

彼氏が、ほっと息を吐いた。

「うわ……これ、いい。目が痛くない」

彼女が覗き込む。

「可愛い……。ごめん、さっきのも好きだったけど、こっち、すごく好き」

コハルは胸の奥が、ふわっとほどけるのを感じた。

「よかった。……今月はね、光を“強くする”だけじゃなくて、“やさしくする”のも大事なんだと思う」

二人が頷き合って、スプーンを入れた。

ゼリーの光が、ふわりと揺れた。眩しさじゃなくて、温度みたいな光。

コハルはカウンターの陰で、こっそりレイを見る。

レイは、いつもの顔のまま、でも声だけが少しだけ柔らかかった。

「……良い判断です」

その一言が、コハルの胸を“照らす”みたいに残った。

* * *

夕方。

店内はゆっくりと落ち着いて、窓の外の空が、少しずつ青くなっていく。

コハルは黒板の下に、新しいメニュー札を貼った。

今月のおすすめ:レモン灯(ひかり)ゼリー
— 眩しさじゃなく、やさしさの光 —

レイが横で小さく頷く。

「……条例への適応として、理想的です」

「適応って言うと急に役所っぽい」

「役所なので」

コハルは笑って、でも次の瞬間、真剣な顔で言った。

「ねえ、レイさん。さっきの二人、すごく可愛かったね」

レイは一拍置いてから、淡々と言った。

「……眩しさに、優劣はないです」

「うん」

コハルは、胸に手を当てた。

「でも、やさしい光は、長く見ていられる。……ツキノテは、そっちでいきたいな」

レイは、ほんの少しだけ口角を上げた気がした。

「……合法の範囲で」

「それ、それ好き」

シュガネコが「にゃ」と鳴いて、砂糖袋に顔をうずめた。粉糖の足跡がぽふ、と増える。

コハルは店の灯りを少しだけ落として、窓辺のグラスを見た。

レモン灯ゼリーが、淡く揺れている。

今月の酸味は、光る。

でもツキノテは、その光を眩しくしすぎないように――小さな幸せの形にして、そっと差し出す。

月替わりの甘さは、今月も、ここにある。
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