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第5話「鎮静魔法の代償が判明する」
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和平交渉は、想像以上に早く進んだ。
敵軍が譲歩し、捕虜の返還が決まり、戦線は下がり、
双方の補給路の安全も整えられていく。
王城には「終わるかもしれない」という希望が満ち、
兵士たちはようやく眠れる夜を取り戻し始めていた。
――けれど。
交渉が進むほど、ミナの出番は増えた。
「勇者さま、こちらに」
「敵の使者が会いたいと」
「一言だけでも、声を――」
望まれる声。
求められる優しさ。
ミナは断れない。
断らない。
そして今日も、ゆっくり廊下を歩く。
その背中は小さく、柔らかいのに――
(細い)
レオンは、胸の奥がざらつくのを感じた。
彼女の歩幅が、昨日より少し遅い。
いつも“ゆっくり”なのに、それよりさらに。
(疲れている)
気づくのは簡単だった。
参謀だからではない。
“彼女ばかりを見ている”からだ。
そんな自分が嫌で、レオンは視線を切る。
だが、切れない。
「ミナ」
呼ぶと、ミナはふわっと振り向く。
「レオンさん」
いつもなら、すぐに笑うのに。
今日は笑うのが、少し遅い。
「……どうした」
「うん?」
ミナは首を傾げる。
その仕草はいつもと同じ。
だけど目の奥に薄い靄がかかっている。
「元気?」
レオンが問うと、ミナはにこっとした。
「元気だよぉ」
それが“元気じゃない人の元気”だと、レオンは知っている。
(――嘘をつくな)
でも言えない。
彼女を責めたくない。
「……今日は誰に会う」
「敵の使者さん」
ミナは小さな紙を取り出して見せる。
「眠れない人がいるんだって。
怒りが戻っちゃって……怖いんだって」
レオンの喉が冷える。
(またか)
鎮静は、薬ではない。
“効いた”というより、“空気が変わる”だけ。
それを人が求め始めたら――。
依存が生まれる。
レオンは低い声で言った。
「行くな」
ミナがぱちぱちする。
「え?」
「会う必要はない」
「でも……怖いって」
「怖いのは全員だ」
レオンの声が固くなる。
「君がそれを全部受け取るな」
ミナは少しだけ唇を尖らせた。
「受け取ってないよぉ」
レオンの胸が痛んだ。
受け取っている。
彼女は受け取ってしまう人だ。
だからこそ、この魔法を持っている。
「……ミナ」
レオンは言葉を選ぼうとした。
優しく言えば、彼女は頷く。
でも、その頷きで彼女はまた無理をする。
厳しく言えば、彼女は傷つく。
でも、それでも止めたい。
レオンは、結局。
厳しい方を選んだ。
「――命令だ。行くな」
空気が止まった。
ミナの目が、少しだけ揺れる。
「……命令?」
「そうだ」
レオンは視線を逸らさず言った。
「君は私の管理下にいる。
許可なく動くな」
その言葉が、ミナを傷つけたのが分かった。
ミナは笑わなかった。
ゆっくり瞬きをしてから、ぽつりと言った。
「……わたし、物じゃないよ」
レオンの胸がぎゅっと締まる。
(しまった)
言いすぎた。
だが撤回できない。
撤回したら彼女は行く。
行って、削れる。
ミナは小さな声で言った。
「……行かなかったら、その人、もっと怖くなる」
「だからといって」
レオンが言いかけた時。
ミナは、少しだけ笑った。
「大丈夫だよ。わたし、わりと強いから」
そして、ゆっくり歩き出した。
レオンは一瞬、呼吸を忘れた。
(……止まれ)
だが身体が動くより先に、兵士が慌てて駆け寄る。
「参謀! 交渉の議事録が――」
「……後だ!」
レオンは兵士を振り払い、追いかけた。
⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎
客間。
敵の使者が座っていた。
若い男で、目の下に濃い影。
手が震えている。
「……勇者さま」
使者は立ち上がり、頭を下げた。
「あなたに会えば、落ち着けると聞いて……」
ミナはゆっくり近づき、椅子の向かいに座る。
「こんにちはぁ」
その声が、部屋の空気をふわりと柔らかくする。
使者の肩が落ちる。
「……ああ」
彼は吐息をこぼした。
「……やっと息ができる」
ミナは少しだけ眉を下げる。
「苦しかったんだねぇ」
その瞬間、レオンが扉の外で拳を握った。
(やめろ)
優しくしすぎるな。
受け止めすぎるな。
使者は目を潤ませた。
「……あなたの声を聞くと、怒りが消える。
怖くなくなる。
だから……お願いします。もっと……」
ミナは一拍、止まった。
そしてゆっくり、微笑んだ。
「うん。大丈夫」
ふわっと鎮静が広がる。
使者の呼吸が整い、涙がこぼれ、膝が折れる。
「……ありがとう……」
ミナは小さく頷く。
「だいじょうぶだよ」
その後、使者は眠るように椅子にもたれた。
張りつめていた糸が切れたように。
ミナはそっと立ち上がる。
足元が少しふらつく。
(――っ)
それを見た瞬間、レオンは扉を押し開けていた。
「ミナ」
「レオンさん……?」
ミナは驚いた顔をした。
そして、ゆっくり笑おうとする。
「ごめんねぇ、勝手に……」
レオンはその言葉を遮った。
「……立てるか」
「立てるよぉ」
ミナは頑張って立ち上がる。
でも膝が、ほんの少しだけ震えた。
レオンの中で、何かが切れた。
「……ここを出る」
「うん」
ミナは素直に頷いて、歩き出す。
――ゆっくり。
いつもより、もっと。
廊下に出た瞬間。
ミナの足が止まり、身体が傾いた。
レオンは迷いなく腕を伸ばし、彼女を抱き止めた。
「……っ」
ミナは息を漏らす。
「だいじょうぶ……」
「大丈夫じゃない」
レオンの声が、初めて“怒り”を含んだ。
ミナがぱちぱちする。
「怒ってる……?」
「怒っている」
レオンは言い切った。
「……君は、自分が削れていることに気づいているか」
「削れて……?」
ミナはきょとんとする。
レオンの胸が痛んだ。
(気づいていない)
自分の痛みに鈍い。
誰かの痛みにだけ敏感。
レオンは、低い声で続けた。
「君の魔法は、相手の怒りを鎮める。
だが代わりに――君が疲れる」
「疲れるのは……普通だよ」
「普通ではない」
レオンは声を強くした。
「君は、戦争を一人で終わらせようとしている」
ミナの瞳が揺れた。
「わたし……終わらせたい」
小さな声だった。
「怖いの、嫌だもん。
誰かが泣くの、見たくない」
レオンは目を閉じた。
その優しさが、彼女を壊す。
「……ミナ」
彼は震える息で言った。
「君が壊れたら、誰が終わらせる」
ミナはふわっと笑おうとした。
だが笑顔が崩れる。
「……わたし、壊れないよ」
「壊れる」
レオンは言い切った。
「君は強い。
だが強いからこそ、無理をする」
ミナの睫毛が震えた。
「……レオンさん」
「何だ」
ミナは、小さな声で問う。
「わたしが役に立たなかったら……困る?」
その問いは、刺さった。
彼女の優しさの根っこ。
“役に立てないと存在できない”みたいな顔。
レオンは、答えを間違えたくなかった。
だから、ゆっくりと言った。
「困らない」
ミナが目を丸くする。
レオンは続ける。
「君が役に立つかどうかで、私は君を守っていない」
ミナの唇が、わずかに震えた。
「じゃあ……なんで……?」
レオンの声が、少しだけ掠れた。
「……生きていてほしいからだ」
ミナが息を止める。
廊下の空気が静かになる。
鎮静の魔法とは違う静けさ。
ミナは、ゆっくり目を伏せて言った。
「……生きてるだけで、いいの?」
「いい」
レオンは迷わず答えた。
「それが一番、いい」
ミナの頬に涙が溜まった。
「……えへへ」
泣き笑いだった。
「レオンさん、やさしいねぇ」
レオンは堪えきれず、ミナを抱き寄せた。
抱きしめるというより、
逃がさないために囲うみたいに。
「……やさしくない」
「やさしいよ」
ミナは小さく笑って、胸元に額を寄せる。
「怒ってくれるの、うれしい」
レオンの胸が痛んだ。
「……怒りたくない」
「でも、怒った」
「君が倒れたからだ」
レオンは低く言った。
「君が倒れる未来が、一番嫌だ」
ミナはゆっくり頷く。
「……じゃあね」
そして、小さな声で言った。
「わたし、少しだけ休憩する」
レオンの喉が熱くなる。
「……そうしろ」
ミナはふわっと笑った。
「レオンさんも、休憩してねぇ」
「私はいい」
「よくない」
ミナは、いつもの調子で言った。
「参謀さんは、えらいけど……
えらい人ほど、休憩しないから」
レオンは苦笑いに近い息を吐いた。
「……君に言われたくない」
「えへへ」
ミナは小さく笑った。
その笑顔が少し弱々しくて、レオンはまた胸が締めつけられる。
(守る)
国のためじゃない。
もう、そんな綺麗な理由だけじゃ足りない。
この子が生きて笑う未来を、
自分の手で守りたい。
⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎
その夜。
レオンは執務室で一人、書類に向かっていた。
だが視線は文字を追っていない。
ミナの倒れた身体の軽さが、まだ腕に残っている。
(……命令の言い方を間違えた)
あれでは、彼女を“物”みたいに扱った。
言い直したい。
謝りたい。
でも謝ったら、彼女はまた笑って許す。
それが怖い。
――だから。
レオンは立ち上がり、ミナの部屋へ向かった。
⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎
ミナの部屋の前。
ノックをしようとして、止まる。
(参謀が夜に女性の部屋を訪ねるなど――)
論理が口を開く。
だが感情がそれを押しのける。
レオンは、ノックした。
小さな声が返る。
「……はぁい」
扉が開いて、ミナが顔を出す。
髪が少し乱れていて、眠そうだ。
「レオンさん……?」
レオンは言った。
「……謝りに来た」
ミナがぱちぱちする。
「謝ること、ある?」
「ある」
レオンは目を逸らさず言った。
「君を、“管理”と言った。
……君は物じゃない」
ミナは一拍止まり、
それから、ふわっと笑った。
「うん。わたし、物じゃないよ」
「……」
レオンの胸が痛んだ。
ミナは、やさしく言った。
「でもね、守ってくれるの、嬉しい」
レオンは息を吐いた。
「……守る」
ミナが小さく頷く。
「守ってねぇ」
その言葉が、約束みたいに胸に落ちる。
レオンはもう逃げられない気がした。
=======
第6話「参謀、褒められて逃げる(即帰還)」
(ミナの“ぽわ褒め”が直撃して、参謀が逃げて戻って自滅します。糖度高め)
敵軍が譲歩し、捕虜の返還が決まり、戦線は下がり、
双方の補給路の安全も整えられていく。
王城には「終わるかもしれない」という希望が満ち、
兵士たちはようやく眠れる夜を取り戻し始めていた。
――けれど。
交渉が進むほど、ミナの出番は増えた。
「勇者さま、こちらに」
「敵の使者が会いたいと」
「一言だけでも、声を――」
望まれる声。
求められる優しさ。
ミナは断れない。
断らない。
そして今日も、ゆっくり廊下を歩く。
その背中は小さく、柔らかいのに――
(細い)
レオンは、胸の奥がざらつくのを感じた。
彼女の歩幅が、昨日より少し遅い。
いつも“ゆっくり”なのに、それよりさらに。
(疲れている)
気づくのは簡単だった。
参謀だからではない。
“彼女ばかりを見ている”からだ。
そんな自分が嫌で、レオンは視線を切る。
だが、切れない。
「ミナ」
呼ぶと、ミナはふわっと振り向く。
「レオンさん」
いつもなら、すぐに笑うのに。
今日は笑うのが、少し遅い。
「……どうした」
「うん?」
ミナは首を傾げる。
その仕草はいつもと同じ。
だけど目の奥に薄い靄がかかっている。
「元気?」
レオンが問うと、ミナはにこっとした。
「元気だよぉ」
それが“元気じゃない人の元気”だと、レオンは知っている。
(――嘘をつくな)
でも言えない。
彼女を責めたくない。
「……今日は誰に会う」
「敵の使者さん」
ミナは小さな紙を取り出して見せる。
「眠れない人がいるんだって。
怒りが戻っちゃって……怖いんだって」
レオンの喉が冷える。
(またか)
鎮静は、薬ではない。
“効いた”というより、“空気が変わる”だけ。
それを人が求め始めたら――。
依存が生まれる。
レオンは低い声で言った。
「行くな」
ミナがぱちぱちする。
「え?」
「会う必要はない」
「でも……怖いって」
「怖いのは全員だ」
レオンの声が固くなる。
「君がそれを全部受け取るな」
ミナは少しだけ唇を尖らせた。
「受け取ってないよぉ」
レオンの胸が痛んだ。
受け取っている。
彼女は受け取ってしまう人だ。
だからこそ、この魔法を持っている。
「……ミナ」
レオンは言葉を選ぼうとした。
優しく言えば、彼女は頷く。
でも、その頷きで彼女はまた無理をする。
厳しく言えば、彼女は傷つく。
でも、それでも止めたい。
レオンは、結局。
厳しい方を選んだ。
「――命令だ。行くな」
空気が止まった。
ミナの目が、少しだけ揺れる。
「……命令?」
「そうだ」
レオンは視線を逸らさず言った。
「君は私の管理下にいる。
許可なく動くな」
その言葉が、ミナを傷つけたのが分かった。
ミナは笑わなかった。
ゆっくり瞬きをしてから、ぽつりと言った。
「……わたし、物じゃないよ」
レオンの胸がぎゅっと締まる。
(しまった)
言いすぎた。
だが撤回できない。
撤回したら彼女は行く。
行って、削れる。
ミナは小さな声で言った。
「……行かなかったら、その人、もっと怖くなる」
「だからといって」
レオンが言いかけた時。
ミナは、少しだけ笑った。
「大丈夫だよ。わたし、わりと強いから」
そして、ゆっくり歩き出した。
レオンは一瞬、呼吸を忘れた。
(……止まれ)
だが身体が動くより先に、兵士が慌てて駆け寄る。
「参謀! 交渉の議事録が――」
「……後だ!」
レオンは兵士を振り払い、追いかけた。
⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎
客間。
敵の使者が座っていた。
若い男で、目の下に濃い影。
手が震えている。
「……勇者さま」
使者は立ち上がり、頭を下げた。
「あなたに会えば、落ち着けると聞いて……」
ミナはゆっくり近づき、椅子の向かいに座る。
「こんにちはぁ」
その声が、部屋の空気をふわりと柔らかくする。
使者の肩が落ちる。
「……ああ」
彼は吐息をこぼした。
「……やっと息ができる」
ミナは少しだけ眉を下げる。
「苦しかったんだねぇ」
その瞬間、レオンが扉の外で拳を握った。
(やめろ)
優しくしすぎるな。
受け止めすぎるな。
使者は目を潤ませた。
「……あなたの声を聞くと、怒りが消える。
怖くなくなる。
だから……お願いします。もっと……」
ミナは一拍、止まった。
そしてゆっくり、微笑んだ。
「うん。大丈夫」
ふわっと鎮静が広がる。
使者の呼吸が整い、涙がこぼれ、膝が折れる。
「……ありがとう……」
ミナは小さく頷く。
「だいじょうぶだよ」
その後、使者は眠るように椅子にもたれた。
張りつめていた糸が切れたように。
ミナはそっと立ち上がる。
足元が少しふらつく。
(――っ)
それを見た瞬間、レオンは扉を押し開けていた。
「ミナ」
「レオンさん……?」
ミナは驚いた顔をした。
そして、ゆっくり笑おうとする。
「ごめんねぇ、勝手に……」
レオンはその言葉を遮った。
「……立てるか」
「立てるよぉ」
ミナは頑張って立ち上がる。
でも膝が、ほんの少しだけ震えた。
レオンの中で、何かが切れた。
「……ここを出る」
「うん」
ミナは素直に頷いて、歩き出す。
――ゆっくり。
いつもより、もっと。
廊下に出た瞬間。
ミナの足が止まり、身体が傾いた。
レオンは迷いなく腕を伸ばし、彼女を抱き止めた。
「……っ」
ミナは息を漏らす。
「だいじょうぶ……」
「大丈夫じゃない」
レオンの声が、初めて“怒り”を含んだ。
ミナがぱちぱちする。
「怒ってる……?」
「怒っている」
レオンは言い切った。
「……君は、自分が削れていることに気づいているか」
「削れて……?」
ミナはきょとんとする。
レオンの胸が痛んだ。
(気づいていない)
自分の痛みに鈍い。
誰かの痛みにだけ敏感。
レオンは、低い声で続けた。
「君の魔法は、相手の怒りを鎮める。
だが代わりに――君が疲れる」
「疲れるのは……普通だよ」
「普通ではない」
レオンは声を強くした。
「君は、戦争を一人で終わらせようとしている」
ミナの瞳が揺れた。
「わたし……終わらせたい」
小さな声だった。
「怖いの、嫌だもん。
誰かが泣くの、見たくない」
レオンは目を閉じた。
その優しさが、彼女を壊す。
「……ミナ」
彼は震える息で言った。
「君が壊れたら、誰が終わらせる」
ミナはふわっと笑おうとした。
だが笑顔が崩れる。
「……わたし、壊れないよ」
「壊れる」
レオンは言い切った。
「君は強い。
だが強いからこそ、無理をする」
ミナの睫毛が震えた。
「……レオンさん」
「何だ」
ミナは、小さな声で問う。
「わたしが役に立たなかったら……困る?」
その問いは、刺さった。
彼女の優しさの根っこ。
“役に立てないと存在できない”みたいな顔。
レオンは、答えを間違えたくなかった。
だから、ゆっくりと言った。
「困らない」
ミナが目を丸くする。
レオンは続ける。
「君が役に立つかどうかで、私は君を守っていない」
ミナの唇が、わずかに震えた。
「じゃあ……なんで……?」
レオンの声が、少しだけ掠れた。
「……生きていてほしいからだ」
ミナが息を止める。
廊下の空気が静かになる。
鎮静の魔法とは違う静けさ。
ミナは、ゆっくり目を伏せて言った。
「……生きてるだけで、いいの?」
「いい」
レオンは迷わず答えた。
「それが一番、いい」
ミナの頬に涙が溜まった。
「……えへへ」
泣き笑いだった。
「レオンさん、やさしいねぇ」
レオンは堪えきれず、ミナを抱き寄せた。
抱きしめるというより、
逃がさないために囲うみたいに。
「……やさしくない」
「やさしいよ」
ミナは小さく笑って、胸元に額を寄せる。
「怒ってくれるの、うれしい」
レオンの胸が痛んだ。
「……怒りたくない」
「でも、怒った」
「君が倒れたからだ」
レオンは低く言った。
「君が倒れる未来が、一番嫌だ」
ミナはゆっくり頷く。
「……じゃあね」
そして、小さな声で言った。
「わたし、少しだけ休憩する」
レオンの喉が熱くなる。
「……そうしろ」
ミナはふわっと笑った。
「レオンさんも、休憩してねぇ」
「私はいい」
「よくない」
ミナは、いつもの調子で言った。
「参謀さんは、えらいけど……
えらい人ほど、休憩しないから」
レオンは苦笑いに近い息を吐いた。
「……君に言われたくない」
「えへへ」
ミナは小さく笑った。
その笑顔が少し弱々しくて、レオンはまた胸が締めつけられる。
(守る)
国のためじゃない。
もう、そんな綺麗な理由だけじゃ足りない。
この子が生きて笑う未来を、
自分の手で守りたい。
⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎
その夜。
レオンは執務室で一人、書類に向かっていた。
だが視線は文字を追っていない。
ミナの倒れた身体の軽さが、まだ腕に残っている。
(……命令の言い方を間違えた)
あれでは、彼女を“物”みたいに扱った。
言い直したい。
謝りたい。
でも謝ったら、彼女はまた笑って許す。
それが怖い。
――だから。
レオンは立ち上がり、ミナの部屋へ向かった。
⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎
ミナの部屋の前。
ノックをしようとして、止まる。
(参謀が夜に女性の部屋を訪ねるなど――)
論理が口を開く。
だが感情がそれを押しのける。
レオンは、ノックした。
小さな声が返る。
「……はぁい」
扉が開いて、ミナが顔を出す。
髪が少し乱れていて、眠そうだ。
「レオンさん……?」
レオンは言った。
「……謝りに来た」
ミナがぱちぱちする。
「謝ること、ある?」
「ある」
レオンは目を逸らさず言った。
「君を、“管理”と言った。
……君は物じゃない」
ミナは一拍止まり、
それから、ふわっと笑った。
「うん。わたし、物じゃないよ」
「……」
レオンの胸が痛んだ。
ミナは、やさしく言った。
「でもね、守ってくれるの、嬉しい」
レオンは息を吐いた。
「……守る」
ミナが小さく頷く。
「守ってねぇ」
その言葉が、約束みたいに胸に落ちる。
レオンはもう逃げられない気がした。
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第6話「参謀、褒められて逃げる(即帰還)」
(ミナの“ぽわ褒め”が直撃して、参謀が逃げて戻って自滅します。糖度高め)
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25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
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