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第6話「参謀、褒められて逃げる(即帰還帰還)」
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ミナが“少し休憩する”と言ってから、三日。
王城は不思議な静けさに包まれていた。
和平交渉は順調に進み、敵側の過激派も動きが鈍い。
理由は分かっている。
“怒りの燃料”が切れかけているからだ。
レオンは交渉の場でも、軍の再編でも、冷静だった。
いつも通り完璧に数字を整理し、物資の流れを整え、危険を潰す。
――ただし。
(眠い)
致命的に眠い。
ミナが作っていた“眠くなりにくいお茶”が止まってから、
レオンの身体は驚くほど正直に疲労を訴え始めていた。
しかも。
(部屋が静かすぎる)
あのふわっとした声がないと、
城が冷たく見えることに気づいてしまった。
参謀として、これは最悪の依存だった。
(……落ち着け)
ミナに頼るな。
ミナに甘えるな。
守る側の人間が、守られる気になるな。
そう言い聞かせて執務室で書類を捲っていると、
ノックが鳴った。
「参謀レオン。勇者さまが――」
「断れ」
反射で言った。
兵士が戸惑う。
「いえ、あの……断りにくい雰囲気でして……」
レオンは眉を寄せる。
「雰囲気とは何だ」
「……湯気が、出ております」
「……入れろ」
言ってから、自分の敗北を理解した。
湯気に弱すぎる参謀。
扉が開く。
「こんにちはぁ」
ミナが立っていた。
両手にトレイ。湯気。甘い香り。
その瞬間、執務室の空気がふわっと柔らかくなる。
レオンの肩が、わずかに落ちた。
(……駄目だ。安心してしまう)
ミナはゆっくり歩いてきて、机の端にトレイを置いた。
「お茶と、お菓子」
「……休んでいろと言っただろう」
「うん」
ミナは素直に頷いた。
「休んでたよ。ちゃんと」
そう言って、ちょっと得意げに笑う。
「でも、今日ね、元気になったから」
レオンはその笑顔に、胸がきゅっとなる。
(元気になった)
それだけで、安心が広がる。
参謀として最悪だ。
「……それで、何の用だ」
できるだけ淡々と聞く。
淡々と。冷静に。論理的に。
ミナはにこっと言った。
「レオンさん、顔が疲れてる」
即死級の指摘だった。
「疲れていない」
「疲れてるよぉ」
ミナは首を傾げる。
「眉がね、こう……きゅってなってる」
レオンは無言で眉を戻した。
「ほら、今、戻した」
「……見ているな」
「見てるよ」
ミナは悪気なく、当然みたいに言う。
「だって、レオンさんのこと、守りたいもん」
レオンの脳が、一瞬止まった。
(守りたい?)
自分が? 守られる?
参謀の自尊心が、「ありえない」と叫ぶ。
だがミナは続ける。
「守るのって、すごいことだから。
守る人は、守られたほうがいいと思う」
その理屈は、あまりにもミナらしくて、
レオンは反論できなかった。
ミナはトレイからカップを取り、レオンの手元に置く。
「飲んで。あったかいよ」
レオンは飲んだ。
口に含んだ瞬間、目を閉じそうになる。
(……身体が喜んでいる)
参謀は、こんなことで喜んではいけない。
だが喜ぶ。
「……うまい」
ミナがぱっと笑う。
「よかったぁ」
その笑顔が眩しい。
レオンは危険を感じて視線を逸らす。
ミナは椅子の前に立ったまま、少しだけ背伸びして、
レオンの顔を覗き込んだ。
「レオンさん」
「……何だ」
「今日、褒めるねぇ」
レオンの心臓が、嫌な予感で跳ねた。
「褒めるな」
「褒めるよ?」
「褒めなくていい」
「よくないよぉ」
ミナは真剣な顔をする。
その真剣さが、余計に怖い。
「レオンさんってね、すごいの」
レオンは固まった。
「……」
ミナは続ける。
ゆっくり、丁寧に、言葉を置くみたいに。
「戦争のこと、怖いって言わないで、
みんなのために動いてる」
レオンは、呼吸が浅くなる。
「……」
「誰かが泣かないように、
いっぱい考えて、いっぱい守って」
レオンの指先が、机の端を握りしめる。
(やめろ)
褒め言葉は毒だ。
褒められ慣れていない人間は、
褒められると壊れる。
「レオンさん、えらい」
決定打だった。
レオンの視界が、静かに白くなった。
ミナはにこっと笑う。
「レオンさん、やさしい」
レオンの脳が、完全に停止した。
そのまま椅子から立ち上がり、
何も言わずに扉へ向かった。
「……レオンさん?」
ミナが呼ぶ。
レオンは振り向かず、ただ言った。
「……風に当たる」
「え? 今?」
「今」
レオンは逃げた。
執務室から、廊下へ。
そして中庭へ。
冷たい風が頬を撫でる。
(……危険だ)
ミナは危険だ。
あんな言葉を、あんな目で言われたら。
(胸が……痛い)
痛いのに、嬉しい。
嬉しいのに、怖い。
(……参謀がこんなことで)
自分を責めようとした瞬間、
胸の奥でまた別の感情が燃えた。
(……置いてきた)
ミナを置いてきた。
(まずい)
ミナは一人でいても平気そうに見える。
でも彼女は、平気なふりが上手い。
あの優しさは、放っておくと削れる。
レオンは踵を返し、走った。
自分でも驚く速さで。
⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎
執務室の扉を開けると、ミナがまだ立っていた。
「……レオンさん?」
少し不安そうな顔。
それを見た瞬間、胸が掴まれた。
「逃げた?」
ミナがゆっくり言った。
レオンは息を整えながら、低く答える。
「……逃げた」
「どうして?」
「君の言葉が、危険だからだ」
ミナが目を丸くする。
「危険……?」
「……可愛い」
レオンは言ってしまった。
言ってしまったことに、自分で固まった。
ミナは一拍止まり、
それから、ぽわっと頬を赤くする。
「えへへ……」
その“えへへ”が、また危険だった。
レオンはもう、言い訳を捨てた。
彼はミナの腕を引き、抱きしめた。
強くではない。
でも離れない程度に、しっかり。
「……っ、レオンさん?」
「動くな」
「う、うん……」
ミナはぎゅっとレオンの服を握った。
レオンは低く言う。
「……褒めるな」
「えぇ……」
「褒めると、こうなる」
「こうなるの、いや?」
ミナが小さく尋ねる。
レオンは答えを間違えたくなくて、
ほんの少しだけ抱きしめる力を強くした。
「……嫌ではない」
ミナの胸がふわっと温かくなる。
「じゃあ、いいねぇ」
「よくない」
「よいよ」
ミナは小さく笑って、言った。
「レオンさん、安心してる」
レオンは息を止めた。
当てられた。
見抜かれた。
ミナは続ける。
「守る人も、安心したほうが強いよ」
レオンの喉が熱くなる。
(……彼女は、本当に強い)
剣よりも。
魔法よりも。
心の扱いが強い。
レオンは、低く言った。
「……君は、反則だ」
「反則って、なぁに?」
「勝ち方が優しすぎる」
ミナはきょとんとした後、
ふわっと笑った。
「えへへ……勝ったの、レオンさん?」
レオンは返事をしない。
代わりに、ミナの頭に顎を乗せた。
そして、小さく言う。
「……参謀は、負けた」
ミナの肩が揺れる。
「かわいい……」
「言うな」
「言っちゃった」
レオンは目を閉じた。
(……終わった)
参謀として終わったが、
人としては、たぶん始まった。
⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎
その日の夜。
ミナはレオンの執務室のソファに座っていた。
レオンは書類を読むふりをして、たまに彼女を見る。
「レオンさん」
「何だ」
「褒めるねぇ」
「やめろ」
「えらい」
「やめろ」
「やさしい」
「やめろ」
「……可愛い」
レオンはペンを落とした。
「……それは違う」
「違わないよ」
ミナはふわっと笑う。
「レオンさんね、怖い顔してるけど、
ほんとはやさしくて……ちょっと可愛い」
レオンは顔を伏せた。
(もう駄目だ)
ミナはゆっくり言った。
「褒められるの、慣れていこうねぇ」
レオンは小さく息を吐いた。
「……慣れたくない」
「慣れるよ」
「……君がいる限り、無理だ」
ミナは、嬉しそうに笑った。
「うん。いるよ」
その一言が、胸に落ちる。
レオンは初めて、
“戦争が終わった後”の未来を考えた。
そして、その未来に。
ミナがいるのが当たり前になってしまったことに気づいて、
少しだけ怖くなった。
=======
第7話「森の赤い核」
(黒幕登場。ミナが危険域へ。レオンが初めて“感情で叫ぶ”回。しっとり強めです)
王城は不思議な静けさに包まれていた。
和平交渉は順調に進み、敵側の過激派も動きが鈍い。
理由は分かっている。
“怒りの燃料”が切れかけているからだ。
レオンは交渉の場でも、軍の再編でも、冷静だった。
いつも通り完璧に数字を整理し、物資の流れを整え、危険を潰す。
――ただし。
(眠い)
致命的に眠い。
ミナが作っていた“眠くなりにくいお茶”が止まってから、
レオンの身体は驚くほど正直に疲労を訴え始めていた。
しかも。
(部屋が静かすぎる)
あのふわっとした声がないと、
城が冷たく見えることに気づいてしまった。
参謀として、これは最悪の依存だった。
(……落ち着け)
ミナに頼るな。
ミナに甘えるな。
守る側の人間が、守られる気になるな。
そう言い聞かせて執務室で書類を捲っていると、
ノックが鳴った。
「参謀レオン。勇者さまが――」
「断れ」
反射で言った。
兵士が戸惑う。
「いえ、あの……断りにくい雰囲気でして……」
レオンは眉を寄せる。
「雰囲気とは何だ」
「……湯気が、出ております」
「……入れろ」
言ってから、自分の敗北を理解した。
湯気に弱すぎる参謀。
扉が開く。
「こんにちはぁ」
ミナが立っていた。
両手にトレイ。湯気。甘い香り。
その瞬間、執務室の空気がふわっと柔らかくなる。
レオンの肩が、わずかに落ちた。
(……駄目だ。安心してしまう)
ミナはゆっくり歩いてきて、机の端にトレイを置いた。
「お茶と、お菓子」
「……休んでいろと言っただろう」
「うん」
ミナは素直に頷いた。
「休んでたよ。ちゃんと」
そう言って、ちょっと得意げに笑う。
「でも、今日ね、元気になったから」
レオンはその笑顔に、胸がきゅっとなる。
(元気になった)
それだけで、安心が広がる。
参謀として最悪だ。
「……それで、何の用だ」
できるだけ淡々と聞く。
淡々と。冷静に。論理的に。
ミナはにこっと言った。
「レオンさん、顔が疲れてる」
即死級の指摘だった。
「疲れていない」
「疲れてるよぉ」
ミナは首を傾げる。
「眉がね、こう……きゅってなってる」
レオンは無言で眉を戻した。
「ほら、今、戻した」
「……見ているな」
「見てるよ」
ミナは悪気なく、当然みたいに言う。
「だって、レオンさんのこと、守りたいもん」
レオンの脳が、一瞬止まった。
(守りたい?)
自分が? 守られる?
参謀の自尊心が、「ありえない」と叫ぶ。
だがミナは続ける。
「守るのって、すごいことだから。
守る人は、守られたほうがいいと思う」
その理屈は、あまりにもミナらしくて、
レオンは反論できなかった。
ミナはトレイからカップを取り、レオンの手元に置く。
「飲んで。あったかいよ」
レオンは飲んだ。
口に含んだ瞬間、目を閉じそうになる。
(……身体が喜んでいる)
参謀は、こんなことで喜んではいけない。
だが喜ぶ。
「……うまい」
ミナがぱっと笑う。
「よかったぁ」
その笑顔が眩しい。
レオンは危険を感じて視線を逸らす。
ミナは椅子の前に立ったまま、少しだけ背伸びして、
レオンの顔を覗き込んだ。
「レオンさん」
「……何だ」
「今日、褒めるねぇ」
レオンの心臓が、嫌な予感で跳ねた。
「褒めるな」
「褒めるよ?」
「褒めなくていい」
「よくないよぉ」
ミナは真剣な顔をする。
その真剣さが、余計に怖い。
「レオンさんってね、すごいの」
レオンは固まった。
「……」
ミナは続ける。
ゆっくり、丁寧に、言葉を置くみたいに。
「戦争のこと、怖いって言わないで、
みんなのために動いてる」
レオンは、呼吸が浅くなる。
「……」
「誰かが泣かないように、
いっぱい考えて、いっぱい守って」
レオンの指先が、机の端を握りしめる。
(やめろ)
褒め言葉は毒だ。
褒められ慣れていない人間は、
褒められると壊れる。
「レオンさん、えらい」
決定打だった。
レオンの視界が、静かに白くなった。
ミナはにこっと笑う。
「レオンさん、やさしい」
レオンの脳が、完全に停止した。
そのまま椅子から立ち上がり、
何も言わずに扉へ向かった。
「……レオンさん?」
ミナが呼ぶ。
レオンは振り向かず、ただ言った。
「……風に当たる」
「え? 今?」
「今」
レオンは逃げた。
執務室から、廊下へ。
そして中庭へ。
冷たい風が頬を撫でる。
(……危険だ)
ミナは危険だ。
あんな言葉を、あんな目で言われたら。
(胸が……痛い)
痛いのに、嬉しい。
嬉しいのに、怖い。
(……参謀がこんなことで)
自分を責めようとした瞬間、
胸の奥でまた別の感情が燃えた。
(……置いてきた)
ミナを置いてきた。
(まずい)
ミナは一人でいても平気そうに見える。
でも彼女は、平気なふりが上手い。
あの優しさは、放っておくと削れる。
レオンは踵を返し、走った。
自分でも驚く速さで。
⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎
執務室の扉を開けると、ミナがまだ立っていた。
「……レオンさん?」
少し不安そうな顔。
それを見た瞬間、胸が掴まれた。
「逃げた?」
ミナがゆっくり言った。
レオンは息を整えながら、低く答える。
「……逃げた」
「どうして?」
「君の言葉が、危険だからだ」
ミナが目を丸くする。
「危険……?」
「……可愛い」
レオンは言ってしまった。
言ってしまったことに、自分で固まった。
ミナは一拍止まり、
それから、ぽわっと頬を赤くする。
「えへへ……」
その“えへへ”が、また危険だった。
レオンはもう、言い訳を捨てた。
彼はミナの腕を引き、抱きしめた。
強くではない。
でも離れない程度に、しっかり。
「……っ、レオンさん?」
「動くな」
「う、うん……」
ミナはぎゅっとレオンの服を握った。
レオンは低く言う。
「……褒めるな」
「えぇ……」
「褒めると、こうなる」
「こうなるの、いや?」
ミナが小さく尋ねる。
レオンは答えを間違えたくなくて、
ほんの少しだけ抱きしめる力を強くした。
「……嫌ではない」
ミナの胸がふわっと温かくなる。
「じゃあ、いいねぇ」
「よくない」
「よいよ」
ミナは小さく笑って、言った。
「レオンさん、安心してる」
レオンは息を止めた。
当てられた。
見抜かれた。
ミナは続ける。
「守る人も、安心したほうが強いよ」
レオンの喉が熱くなる。
(……彼女は、本当に強い)
剣よりも。
魔法よりも。
心の扱いが強い。
レオンは、低く言った。
「……君は、反則だ」
「反則って、なぁに?」
「勝ち方が優しすぎる」
ミナはきょとんとした後、
ふわっと笑った。
「えへへ……勝ったの、レオンさん?」
レオンは返事をしない。
代わりに、ミナの頭に顎を乗せた。
そして、小さく言う。
「……参謀は、負けた」
ミナの肩が揺れる。
「かわいい……」
「言うな」
「言っちゃった」
レオンは目を閉じた。
(……終わった)
参謀として終わったが、
人としては、たぶん始まった。
⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎
その日の夜。
ミナはレオンの執務室のソファに座っていた。
レオンは書類を読むふりをして、たまに彼女を見る。
「レオンさん」
「何だ」
「褒めるねぇ」
「やめろ」
「えらい」
「やめろ」
「やさしい」
「やめろ」
「……可愛い」
レオンはペンを落とした。
「……それは違う」
「違わないよ」
ミナはふわっと笑う。
「レオンさんね、怖い顔してるけど、
ほんとはやさしくて……ちょっと可愛い」
レオンは顔を伏せた。
(もう駄目だ)
ミナはゆっくり言った。
「褒められるの、慣れていこうねぇ」
レオンは小さく息を吐いた。
「……慣れたくない」
「慣れるよ」
「……君がいる限り、無理だ」
ミナは、嬉しそうに笑った。
「うん。いるよ」
その一言が、胸に落ちる。
レオンは初めて、
“戦争が終わった後”の未来を考えた。
そして、その未来に。
ミナがいるのが当たり前になってしまったことに気づいて、
少しだけ怖くなった。
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第7話「森の赤い核」
(黒幕登場。ミナが危険域へ。レオンが初めて“感情で叫ぶ”回。しっとり強めです)
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