和平交渉のはずが、参謀が勇者にだけ冷静さを失っています(((論理的思考<勇者が可愛い)))

星乃和花

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後日談b「ミナの差し入れが“参謀専用“になっていくなっていく」

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 和平が成立してから、王城は少しだけ静かになった。

 しかし参謀レオンの執務室だけは、静かにならない。

 ――書類の山が増えるからだ。

 復興計画、難民の帰還、兵站の再編、治安維持。
 戦争が終わっても、国は止まらない。

 参謀は今日も机に向かっていた。

(冷静を取り戻せ)

 その言葉を胸の中で唱えながら、
 ペンを走らせ、印をつけ、地図をめくる。

 ――コンコン。

 扉が鳴った。

 参謀は顔を上げずに言った。

「入れ」

 ふわふわした足音が近づく。

「おじゃましまぁす」

 声だけで分かる。

(ミナだ)

 参謀の耳が、ほんのり赤くなるのを自覚する。

(冷静を取り戻せ)

 遅い。

 ミナは机の端に、そっと何かを置いた。

「差し入れだよぉ」

 湯気が立った。
 香りが甘い。

 参謀は視線だけ動かす。

 小さなカップ。
 琥珀色。
 表面にふわっと浮かぶ、白い泡。

「……それは?」

「蜂蜜ミルクティー」

 ミナがにこっとする。

「参謀さん、あまいの、足りてない顔してた」

 参謀のペン先が止まった。

(顔で分かるのか)

「足りている」

「足りてないよぉ」

 ミナは当然みたいに言った。

「ここ、ぎゅってなってる」

 自分の眉間を指でちょん、とする。

 参謀は低く言った。

「……仕事だ」

「だから、差し入れ」

 ミナはふわっと笑う。

「おいしいよぉ」

 参謀は敗北を認め、カップを手に取った。

 温かい。
 甘い。
 喉がほどける。

 息が、深くなる。

 参謀は悔しそうに言った。

「……効くな」

「えへへ」

 ミナは嬉しそうに頷く。

「効くよねぇ」

⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎

 次の日。

 ――コンコン。

「差し入れだよぉ」

 ミナが持ってきたのは、透明な瓶。

「これは?」

「元気になれるお茶」

「……そんなものが?」

「あるよぉ。元気草、っていうんだって」

 ミナは真面目な顔で言う。

「王城の薬草庫で、軍医さんに聞いた」

 参謀の眉が動く。

(軍医に聞いた?)

 いや、今はそれより――

「……味は?」

「苦いよぉ」

「……」

「でも、参謀さんには必要」

 ミナが断言する。

 参謀は黙って飲んだ。

 苦い。
 だが、頭が冴える。

 参謀は悔しそうに言う。

「……効く」

「でしょぉ」

 ミナは満足げに頷く。

 参謀は気づいてしまった。

(差し入れが……計画的だ)

 ただの優しさではない。
 これは補給線。

 勇者ミナ――兵站担当でもあった。

⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎

 三日目。

 ――コンコン。

「差し入れだよぉ」

 今度は、小さな布包みだった。

 参謀が眉を寄せる。

「……何だ」

「おにぎり」

 ミナは胸を張る。

「レオンさん、食べてない顔してた」

「食べている」

「食べてないよぉ」

 ミナは当然みたいに言う。

「ほっぺが、しゅんってしてた」

 参謀は聞き捨てならない言葉を拾った。

「……頬で分かるのか」

「わかるよぉ」

 ミナはにこにこする。

「レオンさんはね、削れると、角が減る」

「角……?」

「んー……」

 ミナは悩んで、ゆっくり言った。

「元気なときは“かくっ”ってしてるけど、
 疲れると“すとん”ってなる」

 参謀は意味がわからないのに、妙に納得した。

(彼女の言葉は、よく分からないのに正しい)

 参謀はおにぎりを受け取った。

 温かい。
 中身は塩。
 余計なものがない。

「……美味い」

 参謀が呟くと、ミナはふわっと笑った。

「えへへ。レオンさん専用」

 参謀が固まった。

「……専用?」

「うん」

 ミナは当然のように言った。

「参謀さんのために握ったから」

 参謀の耳が赤くなる。

(冷静を取り戻せ)

⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎

 四日目。

 ――コンコン。

「差し入れだよぉ」

 参謀はさすがに言った。

「……やりすぎだ」

「やりすぎじゃないよぉ」

 ミナは真面目に答える。

「レオンさん、今日の目、遠い」

「遠くない」

「遠いよぉ」

 ミナはふわっと笑った。

 湯気。
 色。
 香り。

 ――スープ。

「回復スープ」

 参謀が眉を寄せる。

「……回復?」

「回復だよぉ」

 ミナは頷く。

「参謀さん、回復しないと、また戦争しちゃう」

 参謀の手が止まった。

「……戦争は終わった」

「うん」

 ミナは静かに言う。

「でも参謀さんの中は、まだ終わってない」

 参謀の胸に、痛いほど刺さった。

(……見抜かれている)

 参謀はスープを飲んだ。

 温かい。
 塩加減がちょうどいい。
 胃が落ち着く。

 参謀は、ぽつりと言った。

「……ありがとう」

 ミナは満足そうに笑った。

「どういたしましてぇ」

 そして、ふわっと続ける。

「参謀さんは、すごいねぇ」

 参謀の肩が小さく揺れた。

「……褒めるな」

「褒めるよ」

「……崩れる」

「崩れていいよ」

 ミナは当たり前みたいに言った。

「差し入れ、あるもん」

 参謀は、スープの湯気の向こうで目を閉じた。

(……敗北だ)

 戦場では負けなかった。

 和平交渉でも負けなかった。

 でもこの人の“補給”には、勝てない。

⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎・⭐︎

 五日目。

 ――コンコン。

「差し入れだよぉ」

 参謀が机から目を上げた。

「……今日は何だ」

 ミナはにこっと笑った。

「今日はね、なにもない」

 参謀の眉が寄る。

「……何もない?」

「うん」

 ミナはゆっくり近づいてきて、机の横に立った。

「参謀さん、今日はね」

 参謀が無言で待つ。

「差し入れじゃなくて、“回収”」

「……回収?」

 ミナが頷く。

「レオンさんの、“ぎゅってなってるところ”回収する」

 参謀の脳が止まった。

(何を言っている)

 ミナはふわっと両手を広げる。

「おいでぇ」

 参謀の理性が、絶叫した。

(ここは執務室だ)

(部下が来る)

(廊下も近い)

 しかし――

(必要だ)

 参謀は、静かに立ち上がった。

「……短くだ」

「うん」

 ミナは優しく頷く。

 参謀はミナを抱きしめた。

 温かい。
 柔らかい。
 心が静かになる。

 ミナが、小さく背中をとんとんする。

「よしよし」

 参謀の肩が落ちた。

 その時、扉の向こうから足音がした。

 参謀の心臓が跳ねる。

(終わった)

 しかしミナは微動だにしない。

 代わりに、ふわっと囁いた。

「大丈夫だよぉ」

 参謀の心臓が、落ち着いた。

(……この人)

(戦争を終わらせた魔法より、
 私を落ち着かせるのが上手い)

 扉の外で足音が止まった。

 誰かが咳払いをした気配。

 そして遠ざかった。

 参謀はミナを離して、低く言った。

「……今のは危険だ」

 ミナはふわっと笑った。

「危険って、安心のこと?」

 参謀は答えられなかった。

 答えられないまま、
 ミナの手のひらに何かを握らせた。

「……これは?」

 ミナが見ると、小さな銀の札。

 “参謀室入室許可証”と刻まれている。

「……?」

 ミナがぱちぱちする。

 参謀は目を逸らしながら言った。

「差し入れを持ってくるなら、正式に許可がいる」

「えっ、必要なの?」

「必要だ」

 参謀は真顔で言う。

「誰でも入室できると、危険だからな」

 ミナがふわっと笑った。

「参謀さん、ちゃんとしてる」

 参謀の耳が、また赤くなる。

 ミナは嬉しそうに許可証を胸に抱えた。

「じゃあ、これからずっとレオンさん専用で差し入れするねぇ」

 参謀が言った。

「……最初から専用だろう」

 ミナがぱちぱちする。

「えっ、そうなの?」

 参謀は、静かに息を吐いた。

「……気づいていないのか」

 ミナは首を傾げる。

「気づいてないよぉ」

 参謀はミナを見つめて、
 諦めたように言った。

「……なら、気づかなくていい」

 ミナがにこっと笑う。

「うん。わかんないまま、隣にいるねぇ」

 参謀の胸が、静かに崩れた。

(……それが一番危険だ)

 でも参謀は、もう抵抗しない。

 だって。

 差し入れは、今日も温かい。
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