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番外編「ギルド長の胃と、鈴の音」
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ギルド長という仕事には、二種類の地獄がある。
ひとつは、魔獣。
もうひとつは、ギルド員。
いや、魔獣の方がまだ話が通じる。
私は掲示板の前で、深く息を吸った。
貼られているのは、私が書いた張り紙だ。
【お知らせ】
本日より寮の部屋割りを一部変更します。
回復役リィナ:安全面を考慮し、上階へ移動。
軍師カイ:同フロアへ移動。
(※夜間の緊急対応に備えるため)
――ギルド長
……我ながら、完璧な文章だ。
「安全面」という、誰も反論できない言葉。
「緊急対応」という、責任者にしか分からない焦り。
そして、余計なことは一切書かない。
そう、これはただの合理。
ただの合理のはずだった。
「おめでと」
ミラが言った。
「おめでとう」
ガラムまで言った。
私は心の中で叫ぶ。
違う、これは合理だ。
さらに追い打ち。
「ほぼ同棲」
ミラが笑う。
私は眉間を押さえた。
……なぜだ。
なぜ、ただの部屋移動が祝い事になっている。
いや、答えは分かっている。
原因は――軍師カイである。
・
軍師カイは、優秀だ。
指示は的確。
戦況把握は早い。
先読みは神がかっている。
ギルドの戦力を一段上げた男だと、私は素直に認めている。
だが一つだけ、例外がある。
回復術師リィナに関してだけ、軍師の脳が壊れる。
最初の異変は、業務報告だった。
「回復役の位置が危ない」
「回復役に話しかける男が多い」
「回復役が笑った」
「回復役の鈴が鳴っていない」
……知らん。
いや、知っているが、そのレベルで逐一報告されると私は困る。
私はギルド長だ。
回復役の笑顔を管理する役職ではない。
だが、次の日から依頼の成績が変わった。
回復の回数が減っている。
つまり、無駄な負傷が減っている。
回復役が前に出なくなった。
軍師が守りを厚くしたからだ。
そして何より――
回復役の顔色が、明らかに良くなった。
……厄介だ。
厄介だが、これが「成果」だ。
私は責任者として、結果を評価する。
結果として彼女は折れなくなり、
パーティは安定し、
生存率が上がった。
だから私は、合理を選んだ。
寮の部屋を近くした。
(※夜間の緊急対応に備えるため)
便利な言葉だ。
誰も止められない。
現実問題、回復役が魔力切れを起こした夜、
軍師が廊下でずっと立っていたのを私は知っている。
……私は目撃してしまった。
扉の前で、呼吸が浅い軍師を。
「入っていいのか分からない」
「でも離れたくない」
その顔は、軍師の顔ではなかった。
ただの、恋をした男の顔だった。
私はその場で方向転換した。
見なかったことにした。
ギルド長の権限を持っていても、
あれは直視できない。
胃が耐えない。
・
そして、決定打。
結婚の報告が上がった日だ。
二人は私の執務室に来た。
軍師カイはいつも通りの顔。
回復術師リィナは顔が赤い。
「ギルド長」
カイが言う。
「報告があります」
私はため息をついた。
「……婚約か?」
二人が揃って頷いた。
私は机に突っ伏しそうになった。
「……分かった。承認する。おめでとう」
リィナが小さく言った。
「ありがとうございます……!」
その声が震えていて、
私は思ったより胸を撃たれた。
彼女は強い。
回復役としてだけじゃない。
怖くても、遅くても、
ちゃんとここまで来た。
私は責任者として、彼女の成長を見ていた。
――だからこそ。
私は、一つだけ釘を刺した。
「軍師」
「はい」
「回復役を壊すな」
カイは即答した。
「壊しません」
私は目を細める。
「……お前が壊れるな」
カイは一拍置いてから、静かに答えた。
「……努力します」
努力でどうにかなるなら、最初から壊れていない。
私は胃を押さえながら、挙式の準備に取り掛かった。
・
結婚式当日。
会場は神殿ではない。
ギルド大広間だ。
なぜなら全員が来るからだ。
私は張り紙を書いた。
【最重要】
軍師カイ、回復術師リィナ
結婚式のお知らせ
・参列者は必ず正装
・酒場での“前祝い”は禁止
・余興は一人一つまで
(※禁止されてもやる人が多いので諦めます)
――ギルド長
最後の一文がなければ、私は耐えられない。
現実を受け止めるために必要なのだ。
案の定、余興は九本増えた。
私は叫んだ。
「お前たちは魔獣より厄介だ!!」
誰も反省しない。
むしろ笑っている。
私は司式役までやらされた。
(罰ゲームではない、責任だ)
(責任だと言い聞かせろ)
祭壇の前で、私は咳払いをした。
「では誓いの言葉を――」
その瞬間、会場が一瞬だけ静まった。
新婦が鈴を握ったのだ。
リン。
小さな音。
それは戦闘の合図じゃない。
帰還の合図でもない。
二人の間で交わされていた、あの音だった。
「誓います」
回復役が言った。
軍師の目が揺れている。
……泣くな。
泣くな軍師。
そのまま泣いたら、ギルドが実況を始める。
案の定、背後から小声が漏れた。
「軍師、泣きそう」
「尊い」
「夫婦……」
私は睨んだ。
「静かに!!」
だが、静かにできる者など、ここにはいない。
ただ――
その騒がしさが今日は、やけに優しかった。
私は気づく。
この連中は、祝っている。
からかっているようで、
本当に心から、祝福している。
リィナは“守られるだけの回復役”ではなくなった。
ここにいていい、と笑えるようになった。
軍師カイは“勝つための策士”ではなくなった。
負けることを選べる男になった。
私はギルド長として、
戦力の強化を喜ぶべきなのだろう。
だが今日は、責任者ではなく――
一人の人間として、少しだけ思う。
(……よかったな)
あの二人が、
このギルドという騒がしい場所で、
孤独にならずに済むなら。
私の胃が多少死んでも、
それはまあ、許容範囲だ。
――多少なら。
・
式の後、私は廊下で二人を見かけた。
月明かりの下。
手を繋いでいる。
回復役が小さく鈴を鳴らした。
リン。
軍師が息を吐く。
「よかった」
その声は小さくて、
でも嘘がなくて――
私は、何も言わずにその場を離れた。
見てはいけない。
胃が耐えない。
だが、離れながら思う。
あの音は、家の音だ。
戦闘の合図でもなく、
任務の開始でもなく、
ただ――
「ここにいるよ」
「置いていかないよ」
そう言い合うための音。
……まったく。
ギルドにこんな優しい音が増えるとは、
思ってもみなかった。
私は掲示板の前で、新しい張り紙の下書きを始めた。
【お知らせ】
ギルド寮、同室に関する規定を更新します。
(※安全面を考慮し――)
私はペンを止め、ため息をついた。
いや。
もう安全面は通じない。
あれはただの――
(夫婦だ)
私は胃を押さえながら、最後の一文を書き足した。
(※禁止されてもやる人が多いので諦めます)
――ギルド長
ひとつは、魔獣。
もうひとつは、ギルド員。
いや、魔獣の方がまだ話が通じる。
私は掲示板の前で、深く息を吸った。
貼られているのは、私が書いた張り紙だ。
【お知らせ】
本日より寮の部屋割りを一部変更します。
回復役リィナ:安全面を考慮し、上階へ移動。
軍師カイ:同フロアへ移動。
(※夜間の緊急対応に備えるため)
――ギルド長
……我ながら、完璧な文章だ。
「安全面」という、誰も反論できない言葉。
「緊急対応」という、責任者にしか分からない焦り。
そして、余計なことは一切書かない。
そう、これはただの合理。
ただの合理のはずだった。
「おめでと」
ミラが言った。
「おめでとう」
ガラムまで言った。
私は心の中で叫ぶ。
違う、これは合理だ。
さらに追い打ち。
「ほぼ同棲」
ミラが笑う。
私は眉間を押さえた。
……なぜだ。
なぜ、ただの部屋移動が祝い事になっている。
いや、答えは分かっている。
原因は――軍師カイである。
・
軍師カイは、優秀だ。
指示は的確。
戦況把握は早い。
先読みは神がかっている。
ギルドの戦力を一段上げた男だと、私は素直に認めている。
だが一つだけ、例外がある。
回復術師リィナに関してだけ、軍師の脳が壊れる。
最初の異変は、業務報告だった。
「回復役の位置が危ない」
「回復役に話しかける男が多い」
「回復役が笑った」
「回復役の鈴が鳴っていない」
……知らん。
いや、知っているが、そのレベルで逐一報告されると私は困る。
私はギルド長だ。
回復役の笑顔を管理する役職ではない。
だが、次の日から依頼の成績が変わった。
回復の回数が減っている。
つまり、無駄な負傷が減っている。
回復役が前に出なくなった。
軍師が守りを厚くしたからだ。
そして何より――
回復役の顔色が、明らかに良くなった。
……厄介だ。
厄介だが、これが「成果」だ。
私は責任者として、結果を評価する。
結果として彼女は折れなくなり、
パーティは安定し、
生存率が上がった。
だから私は、合理を選んだ。
寮の部屋を近くした。
(※夜間の緊急対応に備えるため)
便利な言葉だ。
誰も止められない。
現実問題、回復役が魔力切れを起こした夜、
軍師が廊下でずっと立っていたのを私は知っている。
……私は目撃してしまった。
扉の前で、呼吸が浅い軍師を。
「入っていいのか分からない」
「でも離れたくない」
その顔は、軍師の顔ではなかった。
ただの、恋をした男の顔だった。
私はその場で方向転換した。
見なかったことにした。
ギルド長の権限を持っていても、
あれは直視できない。
胃が耐えない。
・
そして、決定打。
結婚の報告が上がった日だ。
二人は私の執務室に来た。
軍師カイはいつも通りの顔。
回復術師リィナは顔が赤い。
「ギルド長」
カイが言う。
「報告があります」
私はため息をついた。
「……婚約か?」
二人が揃って頷いた。
私は机に突っ伏しそうになった。
「……分かった。承認する。おめでとう」
リィナが小さく言った。
「ありがとうございます……!」
その声が震えていて、
私は思ったより胸を撃たれた。
彼女は強い。
回復役としてだけじゃない。
怖くても、遅くても、
ちゃんとここまで来た。
私は責任者として、彼女の成長を見ていた。
――だからこそ。
私は、一つだけ釘を刺した。
「軍師」
「はい」
「回復役を壊すな」
カイは即答した。
「壊しません」
私は目を細める。
「……お前が壊れるな」
カイは一拍置いてから、静かに答えた。
「……努力します」
努力でどうにかなるなら、最初から壊れていない。
私は胃を押さえながら、挙式の準備に取り掛かった。
・
結婚式当日。
会場は神殿ではない。
ギルド大広間だ。
なぜなら全員が来るからだ。
私は張り紙を書いた。
【最重要】
軍師カイ、回復術師リィナ
結婚式のお知らせ
・参列者は必ず正装
・酒場での“前祝い”は禁止
・余興は一人一つまで
(※禁止されてもやる人が多いので諦めます)
――ギルド長
最後の一文がなければ、私は耐えられない。
現実を受け止めるために必要なのだ。
案の定、余興は九本増えた。
私は叫んだ。
「お前たちは魔獣より厄介だ!!」
誰も反省しない。
むしろ笑っている。
私は司式役までやらされた。
(罰ゲームではない、責任だ)
(責任だと言い聞かせろ)
祭壇の前で、私は咳払いをした。
「では誓いの言葉を――」
その瞬間、会場が一瞬だけ静まった。
新婦が鈴を握ったのだ。
リン。
小さな音。
それは戦闘の合図じゃない。
帰還の合図でもない。
二人の間で交わされていた、あの音だった。
「誓います」
回復役が言った。
軍師の目が揺れている。
……泣くな。
泣くな軍師。
そのまま泣いたら、ギルドが実況を始める。
案の定、背後から小声が漏れた。
「軍師、泣きそう」
「尊い」
「夫婦……」
私は睨んだ。
「静かに!!」
だが、静かにできる者など、ここにはいない。
ただ――
その騒がしさが今日は、やけに優しかった。
私は気づく。
この連中は、祝っている。
からかっているようで、
本当に心から、祝福している。
リィナは“守られるだけの回復役”ではなくなった。
ここにいていい、と笑えるようになった。
軍師カイは“勝つための策士”ではなくなった。
負けることを選べる男になった。
私はギルド長として、
戦力の強化を喜ぶべきなのだろう。
だが今日は、責任者ではなく――
一人の人間として、少しだけ思う。
(……よかったな)
あの二人が、
このギルドという騒がしい場所で、
孤独にならずに済むなら。
私の胃が多少死んでも、
それはまあ、許容範囲だ。
――多少なら。
・
式の後、私は廊下で二人を見かけた。
月明かりの下。
手を繋いでいる。
回復役が小さく鈴を鳴らした。
リン。
軍師が息を吐く。
「よかった」
その声は小さくて、
でも嘘がなくて――
私は、何も言わずにその場を離れた。
見てはいけない。
胃が耐えない。
だが、離れながら思う。
あの音は、家の音だ。
戦闘の合図でもなく、
任務の開始でもなく、
ただ――
「ここにいるよ」
「置いていかないよ」
そう言い合うための音。
……まったく。
ギルドにこんな優しい音が増えるとは、
思ってもみなかった。
私は掲示板の前で、新しい張り紙の下書きを始めた。
【お知らせ】
ギルド寮、同室に関する規定を更新します。
(※安全面を考慮し――)
私はペンを止め、ため息をついた。
いや。
もう安全面は通じない。
あれはただの――
(夫婦だ)
私は胃を押さえながら、最後の一文を書き足した。
(※禁止されてもやる人が多いので諦めます)
――ギルド長
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