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chapter.1 セリオン
episode2. マン・ミーツ・マン
しおりを挟むオルカカに渡されたのは、秘匿用通信端末。
そして、エデニア市街のとある座標。
示された場所へ向かうと、巨大な倉庫のような建造物が口を開けていた。
中に入ると、青い作業着姿の中年グランタニアンが顔を上げる。
「セリオン・アスターか?」
頷くと、顎で奥を指した。
「ついて来な」
ぐいぐいと進みながら、ぼそりと文句。
「まさかこんな若造に、こいつを渡す日が来るとはねぇ」
セリオンは苦笑いで返すしかない。
広大なハンガー内。
銀河警備隊のガンシップが並び、その一角――
黒い機体が眠っていた。
稲妻のような紫のライン。
艶やかで、どこか猛獣めいた佇まい。
「かっけぇ」
口をついた感想に、相手は満足げに胸を張った。
「だろ!最新鋭の調査AI搭載ッ! 光学迷彩に可変ブレード!短距離ならジャンプ航行までイケる!夢の塊だ!」
「ほぇ~」
セリオンはただ圧倒され、見上げるしかない。
「名前は《アストレイカー》だ。大事に乗れよ!」
親指を立てて去っていく背中を見送りながら、ふいにトートを思い出した。
「……これからは一人かぁ」ぼそりと呟く。
(さっきまであんなに騒がしかったのにな)
胸がちくりと痛んだ。
頬を軽く指先で叩き、彼は視線を機体へと持ち上げる。
「よし!乗ってみるか」
後方ハッチを開き、内部へ。
思った以上に広い。
簡易ベッド、物資庫、医療ユニット――どれも最新型だ。
前方、操縦席へ腰を下ろした瞬間。
光が立ち上り、体を走査する。
ホロに自分の姿が映った。
『生体認証完了。操縦者:セリオン・アスター
ようこそ――《アストレイカー》へ』
「喋った!?」
『私は《ストレイ》。当艦搭載AI。
基本的にあなたよりは優秀です。』
「……?今、何か余計な事言った?」
『気のせいです。
副司令官オルカカより、調査任務が入力済み。
出発の準備は?』
ホロに表示された複数の異常地点。
セリオンは深く息を吸う。
「準備オッケー。まずは、第三惑星だ」
『ナビゲート開始。
バカでも目的地に到達します』
「やっぱり!お前ッ!口悪いAIだな!!」
『出発します』
エンジンが唸りを上げた。
孤独だと思っていた旅は、
存外にぎやかに幕を開けた――。
――――
第三惑星セレノア。
濃緑の巨樹が空を覆い、薄い靄が地表を流れる。
森の中は深く潜るような静寂に包まれている。
セリオンはアストレイカーを空き地に停めた。
「留守番頼むな、ストレイ」
『承知しました。艦外からでも通信は可能です』
セリオンは単身、森へと踏み込む。
川の流れが光を揺らす。
深い緑の香りが肺を満たした。
セレノアならではの神秘的な光景だった。
「すげぇ綺麗だなぁ~」
『遠足ではありません』
「はいはい」
セリオンは頬を膨らませながら歩を進める。
光に濡れた苔、古びた石柱。
その先にぽっかり開いた暗がり――石造りのアーチが、遺跡の入り口を飲み込んでいた。
『異常が確認されているのは、この内部です。』
「ここだな。さて、どんな異常が――」
一歩踏み込んだ、その瞬間。
ズズズ、と地鳴りの音。
遠く、下で何か巨大なものが地を擦り上げる音。
「な、なんだ!?」
『生体スキャンを推奨します』
セリオンが地面の下をスキャンする。
小さな反応がひとつ。
それを追う、とてつもなく長い影。
「第三に、あんなデカい生物いないはずだぞ!」
セリオンは迷わず駆け出した。
『無闇な行動は――』
「誰かが追われてる!ルフナ族かもしれないだろ!」
一拍の静寂。
『了解。追跡予測を算出します』
『――右方250メートル。
下層へ落ちる裂け目を利用してください。
標的は30秒後に通過』
「30秒!?んにゃろ!」
全力疾走。
わずか十数秒で裂け目へ到達し、躊躇なく飛び込む。
石壁を滑り落ちた先は、高さも幅も五メートルほどの空洞。
地鳴りがどんどん大きくなってくる。
そこへ――白い影が転がり込む。
子犬のような、柔らかな毛並み。
そのすぐ後ろを、穴いっぱいの巨体が追う。
体節がうねり、巨顔が闇を埋め尽くす。
大型の蛇のような生き物。
生体スキャンを走らせる。
生態カテゴリー:不明。サイズ測定:不可能。
「マジかよ!」
セリオンは即座に子犬を抱え、逆方向へ走る。
数十メートル走った先で、床が――抜けた。
「うおっ!?」
子犬を抱えたまま下の層に落下。
視界が回転し、着地と同時に埃が舞う。
上層を巨体が通り過ぎる震動が響いた。
「……っは、はぁ……」
セリオンの脇から抜け出した子犬が、顔をぺろりと舐める。
「……はは、無事か……よかったな」
「ガボンッ」
妙な鳴き声。
「……今、『ガボン』って言ったか?」
息を整え立ち上がる。
「ストレイ、聞こえるか」
通信ノードを操作するが――ノイズのみ。
「……遮断されてるか」
薄暗い空間。奥にわずかな光。
「あそこまで行こう。広いとこまで出たい」
「ガボン!」
子犬は迷いなくついてくる。
光の方へ歩くと、進行を阻む大岩が現れた。
隙間から光だけが漏れ出す。
試しに蹴ってみるも、びくともしない。
「ふーーっ、」
セリオンは大きく息を吐き、その場で軽く飛ぶ。
右手を前に。腰を深く落とす——
紫の光が、足元から渦のように身体を包む。
「――ハァッ!」
左手を勢いよく突き出す。
触れていない。
だが岩の中心から紫の光が奔り、爆ぜたように砕け散った。
「ガボッ!ガボン!!」
子犬がセリオンの光に喜ぶように飛び跳ねる。
開けた遺跡の空間。
古代の構造物が沈黙の気配を放っている。
「出られたな。行こうぜ」
「ガボン!」
巨大な岩盤をくり抜いたような構造。
セレノアの先住種――ルフナ族特有の遺跡だった。
階層は多層に伸び、
ところどころに空いた裂け目の下には
湖の水面がゆらめいている。
静かに、深く、息を潜めた世界。
「また、すごいとこだな」
セリオンは視界の奥まで確かめるように見渡した。
「ガボッ」
子犬が短く鳴いた方へ振り返る。
長い階段が、暗闇の上まで続いていた。
「あそこから上に行けるか」
踏み出した瞬間――
バシュッ。
足元に焼き付く、弾痕。
「っ……!」
反射的に顔を上げる。
階段脇の岩に腰掛け、
銃口をこちらへ向けている男がいた。
真っ黒なロングコート。
長めの白い髪を後ろに流し、鮮やかな色のゴーグル。
一見して――堅気ではない。
「な、何すんだ急に!」
「その犬を寄こせ」
低く押し出される声は
威圧を隠す気もない。
セリオンは子犬を庇い、身を屈める。
「お前みたいな、なんか、ギャングのボスみたいなやつに渡せるかよ!」
「あぁ……?ギャングのボスだ?」
男は立ち上がり、
ゆらりとコートを揺らした。
「どこの誰とも知らねぇが――
渡さねぇなら力づくでいくぞ」
セリオンは即座に剣を抜き、
子犬を背に隠す。
「受けて立つ!」
男が構えてた銃を振る。
銃身から刃が露出した。
「銃剣?珍しいな」
セリオンが眉を上げた。
男が踏み込む。
一歩――
睨み合う距離が潰れる。
速い。
だがその瞬間。
ズズズ……
下層から地響き。
轟音と共に遺跡の床が砕け、
蛇のような巨体が躍り出てきた。
「……!!やっべ!!」
剣を納め、子犬を抱える。
男も巨体に目を奪われ、舌打ち。
長い体にあっという間に周囲を囲まれた。
ちらと後ろを見る。
壁の裂け目の先に、濃藍の湖。
「……詰んだな」セリオンが呻く。
男は一度だけ視線を後ろへ。
「飛ぶぞ」
「え、ちょっ」
返事を待たずに、セリオンの首根っこを掴み
そのまま後方へ跳んだ。
落下。
途中で腕から子犬が離れる。
「っ、ガボン!!」
子犬が体勢を崩し、水面へ叩きつけられる――
その刹那。
男の手が子犬を掴み、
自身の背で庇いながら湖へ突っ込んだ。
水飛沫が大きく跳ねる。
セリオンはすぐさま浮上し、荒く息を吸う。
「お、おい!ガボン!!ギャングのボス!生きてるか!!」
上層の縁で
巨体がこちらを見下ろしている。
追ってくる気配は――ない。
「だから、誰がギャングのボスだ」
セリオンは声の方に振り向き――
固まった。
後ろに流した髪が濡れて額に降り、
外れたゴーグルの下。
白く長いまつ毛。甘く垂れた瞳。
深紅と翠――二色の光彩。
神が悪ふざけで配合したような顔面。
「……いや、ゴーグル外したら美人はズルだって……」
愕然と呟いた直後――
湖面に静かに影が落ちる。
黒い機体。紫の稲妻。
――《アストレイカー》。
救援のように、そこへ降り立った。
――――
コックピットの床に、水滴がぱたぱた落ちる。
子犬がぶるぶると体を振り、水飛沫を散らした。
『水遊び、お疲れ様です』
ストレイが淡々と言う。
「くっ、助かったよ。ありがとうな」
『どういたしまして』
セリオンが息を吐いたところで、隣の男が低く笑った。
「最新鋭AI――なるほど。お前、銀河警備隊か」
ギクリと肩が跳ねる。
『生体認証』
ストレイの音声と共に、男の姿を解析する光が走る。
一拍置いて。
『――アウトライダー、エル。搭乗を許可します。お待ちしておりました』
ストレイの声がわずかに丁寧になる。
「許可って、どういうこと?」
セリオンが振り向くと、
「エルだ」
男――エルがゆるりとコックピットへ座り込む。
「アウトライダー。雇われの傭兵だ。仕事は、この犬の保護。……な?ギャングのボスなんかじゃねぇよ」
息が触れそうな距離まで顔を寄せ、甘く笑う。
「お……」
声が喉で詰まり、セリオンは石になった。
フッと笑ってエルは座り直す。
「AI。名前は」
『ストレイです』
「ストレイ。俺の船のところまで頼む」
『承りました』
セリオンが眉を吊り上げる。
「ストレイ、俺にはもっと刺々しくない?」
『セカンダリ権限にはこれで十分です』
「なんだよそれ!」
「ガボ」
小さく鳴いて、子犬がエルの膝に乗る。
エルは撫ではしないが、拒みもしない。
セリオンは横目で盗み見てしまう。
(悪い奴じゃなさそう、なのか?)
ふと視線が絡む。
エルがわざとらしく、甘く微笑んだ。
「っ……!お前、自分の顔が武器って知ってんだろ!」
肩をすくめて笑うエル。
『操縦者、心拍数120。興奮ホルモン増加』
「へぇ」
「やめて……ストレイ……」
セリオンは顔を両手で覆う。
子犬が短く鳴いた。
「お、どうしたガボン」
「ガボン、って、それが名前か?」
「そう。ガボンって鳴くし、ガボンで」
「安直だな」
「ガボンッ」
ガボンは不思議と嬉しそうだ。
アストレイカーが速度を落とし、空中で止まる。
ストレイが告げた。
『目的地点に到着しました』
窓外を見ると、地面に巨大な裂け目が開いている。
漆黒のガンシップ。
その残骸が底に埋まっていた。
「まさか、ここに停めてたのか」
エルは無言で天を仰ぐ。
舌打ち。
「高かったんだぜ、アレ……」
セリオンは眉を下げる。
「送るって。次、どこ行くんだ」
エルは少し考えてから答える。
「依頼はこいつの保護だ。目的地は無い」
視線をセリオンへと移す。
「お前の任務は」
「いや、それは秘匿で……」
『各惑星の異変調査です』
「ストレイィ!!」
エルは腕を組んだまま、しばし沈黙。
そして――
「どうせ目的は同じだ。手伝ってやる。こいつと一緒にしばらく連れて行け」
セリオンは目を見開く。
「いや、無理だって!第三の異変もまだ――」
エルはコートの奥から小さな端末を取り出す。
立ち上がるホロ表示。
「“でかぶつ”はセレノアの古代生物、
――〈ナ・グルム〉」
「ナ・グルム!?神話だぞ、それ」
「地中深くで眠っていたものが、何かに起こされた。そういうことだ」
ストレイが解析する。
『古代データと照合。98%一致』
「他の惑星も同じだ。見てないから確信は持てないが。いるはずの無いものが現れ、死んだはずのものが、蠢いている」
「マジか」
エルが眉を上げる。
その顔は、冗談ではないと告げていた。
「共通項を見つけて原因を暴く。それが早い」
セリオンは大きく息を吐く。
――お前は特に巻き込まれやすいからな。
アイノの言葉が甦る。
「……わかったよ。なら、次は第四の調査だ」
エルの唇がゆっくりと吊り上がる。
新しい同行者。
静かに尻尾を振る相棒。
深海色の宇宙へ向けて――
アストレイカーは第三惑星を離陸した。
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