Lilac

アカアシトカゲ

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Chapter 2 エリュシフォン

episode 6. 密談

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ロンロンを送り届け、アストレイカーへ戻ると、艦内の医療ユニットが低く唸りを上げて起動した。

壁面がスライドし、簡易メドベッドがせり出す。
エルがセリオンの腕を取り、そのまま慎重に寝かせると、頭上からアーチ状のスキャナーが降りてくる。
淡い光がセリオンの体をなぞった。

「悪い」
セリオンは眉を下げ、エルを見上げる。

『――脇腹と足部に熱損傷。出力四・三メガレイ。よく生きてましたね』
ストレイの乾いた声を無視して、エルはセリオンの焦げた上着をナイフで裂いていく。
焼けた布の下から露わになった皮膚に、セリオンの喉が微かに震えた。

「沁みるぞ」
片手でセリオンの肩を押さえ、もう片方の手で再生ジェルのノズルを握る。
透明な薬剤が傷口に広がった瞬間、セリオンが顔を歪めた。

「っ……いってぇ……」
「文句は、治ってから聞いてやる」

エルがユニットのホロ端末を操作すると、ベッド脇のアームが動き出し、傷口へと柔らかな光を落とし始めた。
ジェルの上で、細かな光がじわじわと脈打つ。

エルはようやく、少しだけ息を吐いた。

『アウトライダー。あなた自身の内臓にも微細な損傷が――』
「黙ってろ」
短く切り捨てると、ストレイは素直に沈黙する。

セリオンは治療を受けながら、心配そうにエルを見上げた。

「さっきの、なんかすげぇ技使ったあとの……。お前の方こそ大丈夫なのかよ」
「問題ねぇ」
間髪入れずに返ってくる。
セリオンはなおも食い下がる。

「本当かよ。血、吐いてたじゃん。あれ、なんなんだ?アイノ――シルバースターの技に似てた」

その名に、エルの眉がわずかに上がる。小さく息を吐いた。

「あれは“正式な継承者”……俺はただ、拾っただけだ」

セリオンは首を傾げる。
鎮痛剤が少し効いてきたのか、瞼が重そうだ。
 
「あんなになるならさ……あんま無茶して使うなよ」

エルの目にかすかな動揺が走る。
視線をそらし、そっぽを向いた。
「……たく。人のことばかりだな、お前は」

セリオンは苦笑してから、ふっと笑みを深める。

「でもさ。ロンロンが危ない時、俺が飛び出さなかったら、お前が行ってただろ」
「……」
 
エルは答えない。
その目が、一瞬だけ揺らいだ。
まるで、別の誰かを見ているような——

「――お前みたいなやつは」
言いかけて、止めた。

やがて、額にかかっていた薄紫の癖っ毛を、指先でそっとかき上げる。
不意の仕草に、セリオンの目がわずかに見開かれる。
それでも、眠気がじわじわと意識を曇らせていく。
 
「いいからもう、寝ろ」
エルは少し困ったように眉を寄せたまま、セリオンを見下ろしていた。
 
セリオンは眠気の中で、自分を見つめる深紅と翠の光彩を見返していた。
(……意外と目が、優しいんだな)

ぼんやりと、そんなことを思った。

やがてまぶたが重くなっていく。
セリオンは小さく息を吐き、そのまま光のにじむ視界を閉じた。

――

セリオンが完全に眠り込んだのを確かめてから、エルは立ち上がり、コックピットのシートに身を落ち着けた。

ほどなくして、白い塊が足元からよじ登ってくる。
ガボンだ。
セリオンが傷ついているのを察しているのか、先ほどまで医療ユニットには近づこうともしなかった。

エルは無言で、膝の上に乗ってきた小さな体をそっと撫でる。

「ストレイ。ゴーレムのスキャン結果は」
静かな声で問うと、即座に返答があった。
 
『完了しています。――送信しました』

エルは端末を立ち上げ、届いたデータを開く。
同時に、通信ノードの表示を赤に切り替えた。

「繋げ」

短いコマンドに応じて、回線が開く。

『オルカカだ』
「俺だ」
『アストレイカーから?』
「セリオンは寝ている」

通信の向こうで、ほう、と息を吐く音がした。

『まさか、合流するとはな』
「異変を調べろとは言ったが。こいつが来るとは思ってなかった」

エルは自嘲気味に口元を歪める。
「判断も戦闘も優秀だが……」
言葉をそこで切る。

『優しすぎる?』
オルカカが代わりに言う。
少しだけ、柔らかい響きが混じっているように聞こえた。

『それも、セリオンを選んだ理由だよ。――エリュシフォン。リリカル・ハウンドは、人にあまり懐かない』

膝の上を見る。
ガボンがこちらを見上げ、ヘッヘッと舌を出して尻尾を振った。
「そうか?」

エルは小さく咳払いをし、話を切り替える。
 
「まぁいい。しばらくはセリオンと動く。――それより、第四の異変についてだ」
『送られてきたデータを確認する』

短い沈黙。
やがて、低い声が続いた。
『やはり、古代の力か』
「目覚める瞬間を見た目撃者の話が聞けた。やはり“呼応”で目覚めている」
『やはり、か。――グラント・ゴーレムの動力も“不明”とあるな』
「エコーの力で間違いないだろう。その力を与えた成犬は“消えた”そうだ」

通信の向こうで、息を呑む気配。
『消える、か。死ぬのか』

エルは背もたれに体を預け、目を閉じた。
「リリカル・ハウンドにとっては、消えてまで古の力を復活させるメリットなんかない」
『強制的に呼応させられている――ということか』
「そう考えるのが妥当だな」

短く言い切ると、オルカカの声色がさらに硬くなった。
『シグラから報告があった。第一惑星で、ノード非搭載の大型兵器を建造していると』

エルの目が見開かれ、思わず上体を起こす。
膝から転げ落ちたガボンが「ガボン」と短く鳴いた。

「おい。なんでそれを早く言わねぇ」
『貴殿から連絡がなかったからな。こちらからは連絡するなと、言っただろう』
どこか不機嫌そうな声音だった。

「……強制的に呼応させる装置を作っている……?ガルザードの、“アーク・レリック”復活のために」
エルは独り言のように呟く。
 
「最近バスティオンが大人しかったのは、それが理由か」
『おそらく。兵器製造中は”飛べない”のだろう』
 
エルの声が重くなる。
「兵器の全容が分かり次第、仕掛ける。バスティオン相手だ。総力戦になるぞ」
『うむ。こちらでは各部隊に準備を進めさせる。そちらは犬を引き続き頼む』
 
”犬“という言葉に、エルは眉を寄せる。
「ヴァルガルドは成体が消えたからか、幼体を集めてる。」
『エコーが未発達なはず。数を集める気か』
「……一匹、とられた」
エルは舌打ちし、爪を噛む。
失敗した。個に気を取られ、大局を見れなかった。

「とりあえず、セリオンの調子が戻り次第、第五へ向かう。幼体を先に確保しなきゃならねぇ」
『第五は、我々の干渉を嫌うぞ』
「……なんとかしろ」

少しだけ間を置いて、オルカカが応じる。
『承知した。第五に着く前に連絡する』
「頼んだぞ」
通信が切れる。
エルはふぅ、と長く息を吐き、視線を下に落とした。

膝から落ちたガボンが、その場で丸くなっている。
 
「……悪かったな」
小さく苦笑し、また抱き上げて膝に戻した。

窓の外を見る。
暗がりの向こう、深海色の宇宙に、無数の星々が瞬いていた。
 
深海と宇宙はやはり似てるな、とエルは思った。
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