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Chapter 3. 白い惑星
episode 7. 共鳴
しおりを挟む第二惑星〈エデニア〉
深海・銀河警備隊秘匿本部――マリナス・ヴォールト
ホロ画面に、静かな残響が途切れる。
「――では、そのように。頼んだぞ、センカカ」
『了解。声が疲れているようだよ、オルカカ。あなたも少し休むといい』
落ち着いた、金属のような響きの声。
オルカカは微かに口元を緩めた。
「気遣いに感謝する。また、ゆっくり話そう」
回線を切る。
同時に、別の通知が視界の端に浮かび上がった。
青回線。エデニア政府からの秘匿回線。
オルカカは小さく息を吐いた。
「オルカカです」
『エリュシフォン・アルヴェリウスの近況報告が上がってきていないようだが?』
どこか責め立てるような声音。
オルカカは淡々と応じる。
「彼は現在、秘匿任務の最中です。行動の詳細をお伝えするわけにはいきません」
『アーク・レリックの力は、常に監視されねばならん。あれはエデニアの"財産"だ。あいつに”肩書き”をくれてやった意味が、まだ分からんのか?』
「状況が落ち着き次第、報告いたします」
短い沈黙のあと、通信は一方的に切られた。
オルカカはため息を吐く。
重みが、そのまま肩にのしかかるようだった。
コン、コン。
「副司令官、失礼します」
ノックと共に、シグラが入室する。
一歩踏み込んだところで、眉を寄せた。
「ご報告が……って、大丈夫ですか?顔色が」
オルカカは片手を軽く上げて制した。
「ああ、問題ない。――報告とは?」
シグラは表情を引き締め、端末を掲げる。
「第五惑星イシュターラにて、未知の生命体との交戦が始まったようです」
オルカカはゆっくり頷いた。
「ああ。その件なら、先ほどセンカカから連絡を受けた」
「センカカから、ですか」
シグラがわずかに目を細める。
「おそらく、第五にも“幼体”がいると思われます」
「こちらからも二人組を向かわせている。――第五の騒動だ。われわれが露骨に動いても、イシュターラは門を開けまい」
「……二人組?零部隊の“代わり”を?」
シグラの問いに、オルカカは白濁した瞳を一瞬閉じた。
「そう解釈してもいい」
シグラの顔つきに、固い決意が宿る。
「今回イシュターラに攻め込んだ未知の生命体……クラックから来ている個体です。やはり、他銀河からの侵略に備えて、我々も“武装”を――」
オルカカは首を振った。
「何度も言っているぞ、シグラ。武器を持てば、いずれ戦いを求める者が現れる。我々は、矛ではなく“盾”でなければならん」
「ですが――」
オルカカは静かに手を上げ、その言葉を止めた。
シグラは唇を噛み、苦々しげに視線を落とす。
「……承知しました。引き続き、監視と調査を続けます」
「頼む」
オルカカは背を向け、指揮卓のホロ画面に新たなウィンドウを立ち上げた。
深海の静寂がまた一層、濃く沈んでいった。
――――
第一惑星〈ヴァルガルド〉
軍事中枢・黒鋼の城塞艦〈バスティオン〉
ーー中枢部ゼロ・コーラス格納庫。
黒い円形の巨大装置の前に、ガルザードはただ一人立っていた。
装置の外縁には無数のケーブルが絡みつき、中心部はぽっかりと空洞になっている。
その周囲では研究者たちが忙しなく配線をつなぎ替え、ホロパネルを立ち上げては調整を繰り返していた。
「ガルザード様」
第四惑星グラントへ向かっていた部隊が、重い足音を響かせて戻ってくる。
兵たちは装置から距離をとり、膝を折って胸の前で手を組んだ。
「幼体を一匹、確保しました」
「そうか」
ガルザードはゼロ・コーラスから視線を外さぬまま、低く答えた。
兵たちは顔を上げかけて、どこか言い淀む。
「もう一つ、報告がございます」
「なんだ」
「現地で妨害を受けました。二人の男です。同じターゲットを追っているようでした」
「警備隊か?」
ガルザードがゆるりと問い返す。声だけで、空気が緊く締まる。
「いえ。制服ではありませんでしたので、おそらく違うかと。ですが、二人ともかなりの手練れでした。そのうちの一人――白髪の男が、アーク・レリックらしき武器を使用していました」
その一言で、場の温度が変わった。
ガルザードがゆっくりと振り向く。
兵士たちは反射的に背筋を伸ばし、息を呑んだ。
「……アーク・レリック、だと?」
「は、はい。シルバースターではありませんでした。見たこともない男で……」
短い沈黙が落ちる。
そのとき、頭上のホロスピーカーから、機械とも生体ともつかない声が割り込んだ。
『”二人組”……ならば銀河警備隊でしょう。秘匿任務にあたっている者がいるとのことです』
ガルザードは背に負っていた斧を外した。
かつては星をも断つと恐れられた刃。今は輝きを失い、鈍い闇色だけを湛えている。
「三聖具のひとつ――〈ヴェイル〉。どこに消えたかと思っていたが、やはりやつらが握っているか」
指先で、鈍色の刃をゆっくりとなぞる。
「ならば、なおさら急がねばならんな」
斧を背に戻すと、片腕をまっすぐ掲げた。
「共鳴実験を行う。――幼体を連れてこい」
『共鳴には、現状のゼロ・コーラス出力では不十分です』
ガルザードの口元に、不敵な笑みが刻まれる。
「範囲は厭わぬ。できるか、できないか――この目で確かめたいだけだ」
やがて、白い子犬が兵に抱えられて連れてこられた。
真っ白な毛並み。怯えた様子は見せず、ただ無言で辺りを見回している。
『ゼロ・コーラスのコアへ』
声の指示に従い、研究者たちが素早く動く。
子犬は黒い装置の中央の空洞にそっと降ろされた。
『共鳴モードへ移行』
一斉にホロパネルが点灯し、あちこちで確認の声が飛び交う。
次の瞬間、装置の中心に紫の光があふれ出した。
耳鳴りのような低い振動。
光は渦を巻き、子犬の周囲に収束していく。
ガルザードは一歩も動かず、その様子を見守っていた。
やがて光がふっと収まる。
白かった毛並みは、薄く紫を帯びていた。
子犬の瞳が、内側から光るように輝きを増す。
『共鳴、成功。ただし――出力はゼロ・コーラスの有効範囲内に限定されています』
報告が淡々と響く。
ガルザードは興味深そうに子犬へ歩み寄った。
子犬は、静かにその巨体を見上げる。
ガルザードはひれ伏した兵士の列を見渡し――そのうち一人、報告に来た兵を指差した。
「あいつを――“消せ”」
子犬に囁く。
指された兵が、びくりと顔を上げる。
「ひっ……!」
ゼロ・コーラスが低く唸った。
装置内の闇がわずかにざわめき、青白い光が中心へと集まっていく。
兵士は我を忘れて逃げ出そうとする。だが、足がもつれて数歩も進めない。
次の瞬間、紫の閃光が子犬の全身から放たれた。
狙いは、一人だけ。
悲鳴が、途中でぷつりと途切れる。
兵士のいた場所には、黒く焼け焦げた跡だけが残り、肉体はどこにもなかった。
光が消えると同時に、子犬の毛色は再び白へと戻る。
パタリとその場に横たわったが、かすかに胸は上下している。
『共鳴は成功。ですが、幼体では出力が不安定。“一回”で共鳴が消失しています』
ガルザードは、消えた兵士のあとの床を見やった。
黒い痕にちらりと目を落としたあと、口角をゆっくり吊り上げる。
「十分だ。この共鳴の力があれば――α銀河は”ひとつ”になる」
固まっている他の兵たちに、視線も向けずに命じた。
「急げ。――もっと幼体を確保してこい」
雷鳴のような声に、兵士たちは我先にと格納庫を飛び出していく。
「”お前”は二人組を探れ」
『御意』
短い返答と共に通信の光が切れる。
残されたゼロ・コーラスだけが、なおも淡く脈動を続けていた。
――――
アストレイカー艦内。
医療ユニットのメドベッドの中で、セリオンはゆっくりと目を開けた。
起床と同時に、頭上のホロにバイタルの数値がずらりと浮かび上がる。ベッドの上部装甲がスライドし、空気が流れ込んだ。
上体を起こした途端、脇腹に鈍い痛みが走る。
「……いてて」
顔をしかめて傷のあたりを押さえる。
だが、焼けるような痛みはもうない。傷口はひとまず塞がっているようだった。
ぼんやりした頭で船内を見渡すと、少し離れた簡易ベッドで、エルが眠っているのが見えた。
「ガボン!」
足元から白い影が飛び出してくる。
セリオンの目覚めに気づいたガボンが、尻尾をぶんぶん振りながら駆け寄ってきた。
「ガボン、しーっ!」
慌てて口元に指を当てる。
ガボンを抱き上げると、小さな体が嬉しそうに暴れて、今にも飛び出しそうだった。
そのままガボンを抱え、セリオンは簡易ベッドの横をそっと通り抜け、コックピットへ向かおうとする。
どうしても、視界の端に眠るエルの姿が入ってしまう。
長い真っ白なまつ毛が、わずかな室内灯を受けてきらりと光っていた。
(本当に、綺麗な顔してんな)
思わず、足が止まる。
穏やかな寝顔。
ふと、炭坑で血を吐くエルを思い出す。
わけもわからず、胸が苦しくなる。
(なんで……)
――第四惑星だけでも、色んな顔を見た。
飄々とした物知りで、虫嫌いで、意外と心配性で。
自分たちを守ったあの力に代償があるのならば――
(もう、使わせたく無いな)
そう思った。
途端に、顔が熱くなる。
「あれ……俺これ、まずくね?」
小さく呟き、片手で自分の頬を触ってみる。
じんわりとした熱が、掌にまで伝わってきた。
そのとき、エルのまぶたがぴくりと震えた。
「……ん」
低い息と共に、彼が目を開ける。
「っ」
セリオンの肩がびくっと跳ねる。
二色の光彩が、ゆっくりとこちらを捉えた。
「起きたのか。傷は?」
寝起きの掠れた声が、静かに落ちる。
「お、お、おう」
盛大にどもる。
『傷口は七〇パーセント修復済みです。動ける範囲内と判断されます』
ストレイの冷静な声が艦内に響く。
『ただし――操縦者の顔面温度が急上昇。アウトライダーの寝顔に興奮している可能性が――』
「ストレイぃ!!」
セリオンが思わず叫ぶ。
腕の中のガボンがびくっとなって、「ガボ」と短く鳴いた。
その様子を見て、エルがふっと笑う。
「もう、元気そうだな」
その笑顔にまた心臓が跳ねる。
エルはゆっくりと身を起こし、簡易ベッドから降りると、コックピットへ歩いていく。
セリオンは耳まで赤くしながら頭をかき、後を追った。
『副司令官オルカカよりメッセージが届いています』
二人が座席に腰を下ろすと同時に、ホロメッセージが展開される。
――第五惑星イシュターラ。
――首都部シールドジェネレーター施設〈プリズム・コア〉にて、センカカと接触せよ。
それだけが、簡潔に表示されていた。
「センカカか」
セリオンが小さく呟く。
隣でエルが片眉を上げた。
「知っているのか」
「半年前の因子消失騒動で知り合ったんだよ」
「そうか。センカカは因子学の権威だ。過去には銀河警備隊にも協力している」
「だからさぁ、なんで在籍してた俺より詳しいんだよ」
セリオンが眉を下げると、エルは肩をすくめるだけで何も答えない。
「ちぇ」
セリオンは拗ねたように下唇を突き出し、それから前を向き直った。
「よし。じゃあ――お次は第五惑星、行きますか!」
自動航行モードを解除し、操縦桿を握る。
ゆっくりと浮遊していたアストレイカーのスラスターが、静かに火を噴いた。
深い暗闇の中へ、青白い光の軌跡を描きながら、第五惑星イシュターラへ向けて滑り出していく。
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