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Chapter 3. 白い惑星
episode 8. 戦火
しおりを挟む大気圏を抜けた瞬間、空気が変わった。
白銀の尖塔が幾重にも空へと伸びる。
螺旋を描く建築群。塔と塔を結ぶ空中回廊。
「白の惑星」と呼ばれるにふさわしい光景。
だが今、その美しさは戦火に霞んでいた。
首都全域を覆う半透明のシールドが、絶え間なく揺らいでいる。
空には防衛艦が飛び交い、地上からは避難誘導のサイレンが響き上がっていた。
「これが、イシュターラ……?」
セリオンが息を呑む。
「戦争でもしてるのか?」
首都の郊外。戦闘機が集結しているあたりに、夥しい数の黒い点が見えた。
「あれが異変の正体か?」
エルが眉をひそめる。
「とりあえず、施設に急ごう」
セリオンが操縦桿をぐっと倒した。
首都を覆うシールドが、眼前に迫る。
『未登録機体を確認。所属と目的を述べよ』
冷たい通信が割り込んでくる。
セリオンが応答しようとした瞬間、エルが先に口を開いた。
「オルカカの指示で来た。センカカに確認を取れ」
数秒の沈黙。
『――通過を許可する。プリズム・コア司令部へ向かえ』
半透明の障壁が、アストレイカーの機首部分だけを透過させるように揺らいだ。
通り抜けた瞬間、機体がわずかに震える。
「すんなり通してくれたな」
「センカカが話をつけてたんだろ」
アストレイカーは、黒い煙を上げる流線型のタワー群をすり抜け、円形に広がるシールドジェネレーター施設〈プリズム・コア〉の司令部――
その一角に設けられた緊急着陸パッドへと降下していった。
着陸完了のアラートが鳴る。
二人が外に出ると、足元から白い影が飛び出した。
「ガボン!」
いつの間にかついて来ていたガボンが、小さく鳴く。
「あっ、おい!ガボン!ダメだろ!」
セリオンが捕まえようとするが、するりと身をかわされる。
「時間もねぇ。連れていくぞ」
エルが歩みを早める。
ガボンは当然のように、その後をついていった。
セリオンは深々とため息をつき、二人の背中を追う。
緊急着陸パッドから施設内部へ続く導線の先に、エル・ヒューマニアらしい細身の影が一つ。
「あっ、センカカ!」
セリオンが手を上げると、センカカもわずかに手を挙げて応じた。
「やぁ、セリオン。……おや?」
センカカの視線が、エルへと移る。
エルは小さく首を傾げた。
「ふふ。流浪のアウトライダーも一緒とはね。心強いよ。――さ、こっちに来てくれるかな。事態は思ったより深刻だよ」
踵を返し、センカカが案内した先は中央作戦会議室。
ホロパネルやタクティカルマップの間を、多くのエル・ヒューマニアたちが忙しなく行き来している。
センカカはさらに奥の小部屋へ二人を通した。
その部屋に置かれているものを見た瞬間、セリオンとエルは息を呑んだ。
「な、なんだこりゃ!」
ガボンを抱えたまま、セリオンが思わず声を上げる。
視線の先には、真っ黒な未知の生物の死骸。
獣のような頭部に、鱗じみた硬い外殻。
そして、顔の前面に並ぶ八つの眼球――どれも瞳孔が開き切っている。
センカカが振り返る。
「これは、我々が『ヌル』と呼んでいる生物だ。α銀河には存在しない、完全な未知の生命体だよ」
エルの目が見開かれる。
「まさか」
センカカは静かに頷いた。
「数日前、第六惑星オルドスで起きた大規模エコー・クラック。それに連鎖するように、第五でも複数回のエコー・クラックが観測された。
そこから、ヌルが大量に出現したんだ」
センカカが大きな窓の方へ歩み寄り、郊外を指さす。
「ヌルはとても凶暴でね。今、あそこに集結しつつある。
――そして、今まさに、この首都へと向かってきている」
「本当に、戦争状態か」
セリオンが顔をしかめる。
「戦況は?」
エルが短く問う。
センカカは首を横に振った。
「ほどなくして、最終防衛ラインに入る。全く……意地を張らずに外部を頼ればいいものを」
ガチャ、と背後の扉が開いた。
「おまえたちか、センカカの客というのは。全く、この忙しい時に」
壮年のエル・ヒューマニアの男が、棘のある声で言い放ちながら入ってきた。
「バスカカ。言ったはずだよ。彼らは信用できると」
センカカが割って入り、二人の方へ向き直る。
「彼はバスカカ。ここの作戦司令官だ」
「セリオンだ。よろしく」
セリオンが手を差し出すが、バスカカは一瞥しただけで前を向き直る。
空振りした手を、セリオンは苦笑いで引っ込めた。
「センカカ、何か敵の弱点は見つからないのか」
バスカカが焦りを隠さず言う。
「私もさっき来たばかりだよ。全く。」
センカカは小さく息を吐いた。
端末を操作し、ヌルの生体データをホロに展開する。
「目が八つもある割に、視覚器としてはほぼ機能していない。代わりに、体表全体で熱を感知しているようだね」
「ノードの熱で焼いても、あまり効かなかったぞ」
バスカカが付け加える。
エルは黙ってホロのデータに目を走らせた。
「――熱に弱いんじゃねぇ。”集まる”構造だ。」
センカカがハッと顔を上げる。
「なるほど。熱で動きをコントロールできるかも」
バスカカは「それだ」とばかりに走り出そうとしたが――
「待て」
エルの声がそれを制した。
「なんだ」
振り返ったバスカカの声音には、露骨な不機嫌さが混じっている。
「これを見ろ」
エルが指した先。
生体データの神経系を示す図面だった。
センカカも身を乗り出す。
「神経系が妙な構造をしている。外部と接続する端子のような形で……単体では不完全に見えるね」
エルの口元が、わずかに吊り上がる。
「『大型』、もしくは『異形』の個体はいないか?」
「なぜ、それを――」
バスカカが怪訝そうに目を細める。
「そいつがおそらく“核”だ。全体を統率している個体がいるはずだ」
「だからか。外部の“核”を前提にした神経構造……」
センカカがすぐに端末のホロを操作し始める。
「本当だ。個体の分析ばかりで、群れとしての視点が抜けていたよ」
「大型を探せ。そいつを叩けば、群れは崩れる」
エルの一言に、バスカカは一瞬だけ黙り込み――踵を返して駆け出していった。
セリオンはぽかんと口を開けたまま、エルを見つめる。
(こいつ……やっぱり、ただのアウトライダーじゃないだろ)
腕の中のガボンが、「ガボン!」と元気よく鳴いた。
三人がバスカカを追って作戦会議室に戻ると、彼は中央のホロマップの前で通信端末を握りしめていた。
『大型を発見!しかし、砲弾が効きません!通常兵器では外殻を貫通できない!』
悲鳴じみた報告が、会議室に響く。
「プリズム・コアの固定砲台を使え!」
バスカカが叫ぶ。
『敵が動き回っていて照準が定まりません!』
「くそっ!」
バスカカが端末を叩きつけるように置いた。
そのとき、エルが一歩前に出る。
「囮で群れを引きつけろ。そうすれば、大型が露出する」
バスカカが振り返る。
「囮だと?どうやって」
「俺がやろう。熱に集まるんだったよな?」
声を上げたのは、セリオンだった。
エルの眉がぴくりと動く。
「……怪我してるのに無茶を言うな」
「七〇パーセント修復済みだろ?それに――」
セリオンは不敵に笑った。
「囮は得意なんだ」
エルは一瞬だけ黙り、それから小さく息を吐いた。
「……好きにしろ」
「それなら、これを持っていくといい」
センカカが、小型の筒状カプセルをいくつか差し出した。
「熱源弾だ。投げれば高温の煙幕が広がる。ヌルの注意を引くには十分なはずだよ」
セリオンがそれを受け取り、腰のポーチに収める。
エルがバスカカに向き直った。
「俺も防衛ラインまで行く。大型の位置を確認し、砲撃のタイミングを指示する」
バスカカは苦虫を噛み潰したような顔で――それでも、頷いた。
「頼んだぞ」
その言葉が終わると同時に、二人は作戦会議室を後にした。
――
作戦会議室を出た二人は、施設内を駆け抜けた。
硬い床を蹴る音が、壁に跳ね返る。
途中、セリオンはフードを広げ、ガボンを押し込む。
「ガボン、お前は危ないからここ入ってろ」
「ガボ……」
「大人しくしてたら、あとでうまいもん食わせてやるから」
ガボンは渋々といった様子で、フードの中で丸くなった。
施設の外に出ると、白銀の街並みは煙に霞んでいた。
センカカが用意した移動用のホバーに飛び乗り、防衛ラインへ向かう。
数分もしないうちに、前線が見えてきた。
「……っ」
セリオンが息を呑む。
そこは、戦場だった。
白い大地が黒く焦げ、倒れた兵士たちが点々と横たわっている。空気には焼けた金属と、何かが燃える嫌な匂いが混じっていた。
響き渡る怒号、悲鳴、銃声。
そして――黒い塊の群れが、波のように押し寄せてきていた。
ヌル。
四足で地を這い、硬い外殻を震わせながら、次々とイシュターラ軍へ襲いかかっている。
「行くぞ」
エルの声に、セリオンは頷いた。
ホバーから飛び降り、戦線へ駆け込む。
セリオンは腰のポーチから熱源弾を取り出し、群れの中へ投げ込んだ。
炸裂。
高温の煙幕が広がった瞬間、ヌルの動きが変わる。
「効いてる!」
ヌルの群れが、熱源に向かって殺到し始めた。
セリオンは次々と熱源弾を投げながら、群れを引きつけて走る。
「エル!大型は見えるか!」
「……まだだ」
エルは高台に上がり、銃剣を構えたまま、群れの動きを見渡している。
セリオンが三つ目の熱源弾を投げた瞬間――
群れの奥が、割れた。
現れたのは、他の個体より二回りも大きな黒い塊。
頭部には角のような突起が並び、八つの眼球が鈍く光っている。
「いた。――大型だ」
エルが通信を飛ばす。
「バスカカ、座標を送る。固定砲台で撃て」
『了解!――砲撃開始!』
空気が震えた。
プリズム・コアの方角から、眩い光の柱が大型ヌルへ向けて放たれる。
轟音。
着弾と同時に、爆煙が上がった。
「やったか!?」
セリオンが目を凝らす。
煙が晴れた先。
大型ヌルは――まだ立っていた。
外殻の表面が赤く焼けているが、致命傷には程遠い。それどころか、怒りに震えるように体を膨らませ、こちらへと向き直った。
『効かない!外殻が砲撃を弾いている!』
バスカカの悲鳴じみた声が通信から響く。
「……チッ」
エルが舌打ちし、高台から飛び降りた。
「セリオン、引きつけ続けろ」
「おい、まさか……」
「あれは俺がやる」
それだけ言い残し、エルが駆け出す。
セリオンがその背に叫ぶ。
「おいっ、”あれ”はやめろ!!」
気づけば、エルはもう手の届かない距離まで走り出していた。
「……クソッ」
それでもセリオンの足は、勝手にその後を追っていた。
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