Lilac

アカアシトカゲ

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Chapter 3. 白い惑星

episode 9. 託されたもの

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エルは銃剣を構え、大型ヌルへ向かって一直線に走っていく。
 
大型が咆哮を上げ、前脚を振り下ろした。
エルは横に跳び、その脚を足場にして一気に背へと飛び乗る。
 
銃剣の刀身が、高周波の光をまとい始めた。
「ッ――」
白い閃光。
“ヴェイル”が、大型の外殻を貫いた。
 
断末魔のような悲鳴が響き渡る。
大型ヌルが崩れ落ち、その巨体が白い大地に沈んだ。
 
途端に周囲のヌルたちの動きが鈍くなる。
統率を失い、ばらばらに散り始めた。
 
「今だ!押し返せ!」
バスカカの号令が響き、イシュターラ軍が反撃に転じる。
白い大地を埋め尽くしていた黒い波が、少しずつ後退していく。
 
「……やった、のか?」
セリオンが呆然と呟いた瞬間。
 
高台の縁で、エルが膝をついた。
 
「エルッ!」
駆け寄ると、エルは口元を手で押さえていた。
その指の隙間から、赤い雫が零れ落ちている。
「だから言っただろ……無茶すんなって……!」
「……お前が、言うな」
掠れた声で、エルが笑う。
その顔は青白く、息も荒い。
それでも、口元だけは皮肉げに吊り上がっていた。
 
セリオンは苦しげに顔をゆがめる。
(……クソ。また“使わせちまった”。こんなんで、もし――)

「まだ、終わってねぇぞ」
頭上から落ちた声に、セリオンは顔を上げた。  
 
エルはいつの間にか、まっすぐ前線を見据えて立っている。

その背中を見たら、もう何も言えなかった。

砲声と怒号が、まだあちこちで響いている。  
ヌルの残党が散発的に襲いかかり、イシュターラ兵がそれを必死に押し返していた。

その時だった。
背後――郊外の方角から、轟音が響いた。

「なんだ!?」
振り返ったセリオンの目に映ったのは、黒鋼の艦影。
ヴァルガルド軍の戦闘艦が、煙を上げる街並みの向こうから姿を現していた。
 
「ヴァルガルド軍!?なぜここに!」
イシュターラ兵たちに動揺が走る。
 
前方にはまだヌルの残党、背後からはヴァルガルド。
 
その混乱の中。
 
白い影が三つ、郊外の方角から駆けてきた。
小さな体。白い毛並み。
――子犬だった。
ガボンと全く同じような見た目。
ヴァルガルド兵に追われ、必死に逃げてきている。
 
フードの中で、ガボンが身じろぎした。
「ガボン……?」
セリオンが振り返った瞬間。
「ガボッ!!」
甲高い鳴き声と共に、ガボンがフードから飛び出した。
「あっ、おい!ガボン!!」
ガボンは振り返りもせず、三匹の方へ一直線に駆けていく。
 
セリオンは一瞬だけ、防衛ラインを振り返った。
まだ戦いは終わっていない。ここを離れれば――
「……くそっ!」
(目の前の命を放っておけるほど器用じゃねぇっ!)
 
迷いを振り切るように、セリオンが走り出す。
白い背中を追って、ただ前だけを見た。
 
「セリオン!」
エルが叫ぶ。
返事はない。
セリオンの背中は、どんどん小さくなっていく。
エルは立ち尽くしたまま、戦場を見渡した。
防衛ラインはまだ崩れていない。
だが、ヴァルガルドが加われば、均衡は一気に崩れる。
ここに残るべきだ。
指揮を執り、戦況を立て直す。
それが、正しい判断だ。
――わかっている。
 
「チッ」
踵を返す。
 
次の瞬間、足が動いていた。
(なぜだ)
セリオンの背中を追って、走り出している自分がいた。
(……なぜ、俺は)

わからない。
わからないまま、走っていた。

遠い記憶が、一瞬だけ掠めた。
 
大型の異形。放たれる閃光。
自分の前に割って入った、黒い影――
 
胸の奥で、何かが軋む。
 
振り払うように、エルは速度を上げた。

ガボンの白い背中を追って、セリオンは戦場を駆け抜けた。
郊外に近づくにつれ、ヴァルガルド兵の姿が増えていく。
爆音と怒号が、空気を震わせていた。
 
「ガボン!待てって!」
叫んでも、ガボンは止まらない。
一心不乱に、三匹の子犬の元へと走り続けている。
 
ようやく追いついた時、三匹は瓦礫の影に身を寄せ合っていた。
白い毛並みが、煤と泥で汚れている。
怯えた目が、セリオンを見上げた。
「大丈夫、怖くないよ」
セリオンが手を伸ばした、その時。

「動くな」
低い声と共に、影が落ちた。
 
振り返ると、ヴァルガルド兵が五人、銃を構えて立っていた。
「幼体を確保しろ。邪魔する奴は殺せ」
 
囲まれた。
 
(まずいな)
手を前に出し、セリオンが“波動”を溜めようと腰を落とした時――
 
白い影が飛び出す。
 
「ガボン!?」
ガボンが、セリオンの前に立った。
 
小さな体を震わせながら、兵たちを睨みつけている。
そして。
「オォーーン……」
ガボンが、長く、低く、鳴いた。
応えるように、三匹も声を上げる。
「オォーーン……」
「オォーン……」
「オォン……」
四つの声が重なる。
子犬たちの体から、紫の光が溢れ出していた。
 
「なっ……!?」
セリオンが目を見開く。

光は渦を巻き、空へと昇っていく。
 
ビキリ、と空間が裂ける音。
白い閃光が走り、空が割れる。
 
エコー・クラック。
 
裂け目が、目の前で広がってくる。
「やべっ」
逃げようとした足が、動かない。
見下ろすと、自分の体からも――淡い、淡い光が滲んでいた。
(なん、だ……これ……)
エコー・クラックの重力ではない。
光に引き込まれていく感覚。
 
その時。
「セリオン!!」
腕を、強く掴まれた。
光の中から、引きずり出される。
「エ……ル……?」
霞む視界に、白い髪が映った。
真紅と翠の瞳が、必死な色を浮かべている。
「立て!走れ!」
 
その声に、はっと我に返る。
 
エルに腕を引かれ、セリオンは無我夢中で走った。
大きい瓦礫の影に滑り込む。
 
背後では、金属が大きく軋む音。
 
振り返ると、ヴァルガルド兵たちが、戦闘機ごと闇に飲み込まれていく。
散り散りになっていたヌルの残党は、帰り道を見つけたように裂け目に吸い込まれていった。
 
やがて、光が収束していく。
クラックが、ゆっくりと閉じ始めた。
 
「はぁ……」
エルが瓦礫にもたれかかる。
セリオンは荒い息を吐きながら、顔を出してガボンを探した。
 
ガボンはクラックから少し離れた場所に立っていた。
 
三匹の子犬は、その縁に並んでいた。
その体は、淡い光に包まれていた。
 
「おい、お前ら……!」
セリオンが慌てて手を伸ばす。
 
三匹はガボンの方へと歩み寄った。
小さな鼻先が、そっとガボンに触れる。
瞬間、三匹の体から薄紫の光が溢れ、ガボンへと流れ込んでいった。
「ガボ……」
ガボンが小さく鳴く。
 
三匹は一歩、また一歩と後退し、クラックの縁へと戻っていく。
振り返り、小さく尻尾を振った。
まるで「あとは頼んだ」と言うように。
そして――光と共に、裂け目の向こうへと消えていった。
 
「……帰った、のか?」
エルがぽつりと呟いた。
元いた場所へ?――それとも。
 
残されたガボンが、とことこと二人の足元へ歩いてきた。
セリオンは膝をつき、その小さな体を抱き上げる。
「寂しいか?」
ガボンは何も答えず、ただセリオンの胸に顔を埋めた。
その毛並みが、心なしか少しだけ輝いて見えた。
 
少し離れた瓦礫の影。
一人のヴァルガルド兵が、息を潜めてその光景を見つめていた。

 
――――

 
プリズム・コア
中央作戦会議室。

ホロパネルの明滅と足音が交錯する室内は、相変わらず慌ただしい。
だが、先ほどまでとは違い、人々の表情にはかすかな安堵の色が浮かんでいる。

その中に、セリオンとエルが姿を見せる。
足元には、ガボンがぴったりと寄り添っていた。

「二人とも、無事だったか」
センカカがこちらへ駆け寄ってきた。
声が上ずっている。
 
「二人のいたエリアでクラックが発生したからね。さすがに焦ったよ」

セリオンは苦笑し、眉を下げた。
「俺一人だったら、たぶん飲まれてたけどな」
そう言って、隣に視線を向ける。

エルはどこか虚ろな表情で、遠くを見ていた。
次の瞬間、その身体がぐらりと揺れる。

「お、おい、エル!」

倒れかけた身体を、セリオンが慌てて抱きとめた。
センカカがすぐに近づき、エルの様子を診る。

「また、“使った”んだね?」
センカカはエルをまっすぐ見据えた。

エルはセリオンにもたれかかりながら、小さく肩をすくめる。
「全く。無茶をする。君の身体は――」
「大丈夫だ、センカカ」
短く遮る。

センカカは小さく息を吐く。
「薬を用意しておこう」
そう告げて、奥の部屋へと姿を消した。

しばらくして、エルがゆっくりとセリオンから離れ、自力で立ち上がる。
セリオンは横でそっと支えながら、心配そうに顔を覗き込んだ。
「本当に大丈夫なのかよ」
「ああ。問題ねぇ」
いつもの調子で返しながらも、その声はどこか掠れている。

セリオンは視線を落とした。
「さっきは、ごめん。――お前を巻き込むところだった」
後悔が滲んだ声だった。

エルが片眉をわずかに吊り上げた。
「俺も、お前を追った」

セリオンがはっと顔を上げた。
視線がぶつかりかけたところで、エルはふいと目をそらす。
「……お互い様だ」
どこか照れを含んだ口調。
セリオンは思わず、柔らかく微笑んだ。

そのタイミングで、センカカが小瓶を手に戻ってくる。

「これを。根本的に“治る”ものではないけど。ノードが少しは補ってくれるはずだよ」

小さなカプセルがいくつか入った瓶を、エルが受け取る。
「助かる」

短く礼を言うエルの横で、セリオンはその瓶を真剣な眼差しで見つめていた。
(こんな状態になってても……助けに来てくれたのか)
引っ張り出してくれた時の、必死な目が浮かぶ。

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。

そこへ、重い足音が近づいてくる。

振り向くと、バスカカが立っていた。
彼は二人の前で立ち止まり、深々と頭を下げる。
 
センカカがその様子に目を見開く。
 
「イシュターラは、お前たちの助力のおかげで救われた。――礼を言わせてくれ。本当に、ありがとう」

セリオンは気恥ずかしそうに頬をかく。
エルはわずかに顎を引き、軽く頷いた。

バスカカは顔を上げると、神妙な表情になる。
「だが――今回の敵、『ヌル』。イシュターラの文明が、ほとんど通用しなかった。我々は、もっと未知に対する“武装”を進めるべきなのかもしれん」

苦々しく吐き出すような言葉。

「それは、敵の思う壺だろ」
エルがまっすぐにバスカカを見据えた。
「力を手に入れることより、銀河が一丸となることの方が大事だ。……行き過ぎた力の行き着く先は、いつも同じだからな」

バスカカは、はっと息を呑んだ。
「お前は、まさか……」

何も答えず、エルは踵を返す。

「じゃあな。センカカ、ヌルのデータを送っておいてくれ」

それだけ言い残し、歩き出す。
セリオンは小さく肩を上げ、バスカカに軽く頭を下げた。

「またな、センカカ」
足元のガボンを抱き上げる。
センカカに手を振って、エルの後に続いた。

プリズム・コアの外。
イシュターラの首都では、半透明のシールドがゆっくりと収束し、空から光の膜が消えていった。
白銀の尖塔群は、ところどころに黒い影を刻まれながらも、なお整然と天を指している。

その軌道上を、一隻の小さなガンシップがかすめる。
アストレイカーは傷だらけの白の惑星に背を向け、青白い航跡だけを残して、ふたたび暗い宇宙へと溶け込んでいった。
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