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Chapter 4. クレセント・ハブ
chapter 10. 寄り道
しおりを挟むアストレイカーは第五惑星イシュターラの重力圏を抜け、静かに星々の海へと滑り出していた。
コックピットに響くのは、エンジンの低い唸りと、計器の電子音だけだ。
隣の操縦席では、エルが浅く眠っている。
センカカからもらった薬が効いているのか、呼吸は落ち着いていたが――眠っているはずなのに、眉間にはうっすらと皺が寄っていた。
その顔を見た瞬間、セリオンの胸がずきりと痛む。
――また、使わせちまった。
本当は二度と使わせたくなかった力を。
危険を顧みずにクラックから引きずり出してくれた。
小さく息を吐き、自動操縦モードに切り替える。
操縦桿から手を離し、白いコートを脱いだ。
そっと、エルの肩に掛ける。
胸の痛みの正体なんて、とっくに分かっていた。
気づかないふりをしていただけだ。
しばらく、その寝顔を見つめる。
(なんでこんなに気になるんだろ)
強くて、有能で、頼りになる。
体にこんな負荷がかかる武器や、それ以外にも何か重いもの抱えてそうな顔をする。
なのに、自分のことは後回しにして、他人のために平気で無茶する。
それを指摘しても、飄々と肩を上げるだけで。
――でも、たまに笑うんだよな。
あの顔を見ると、全部持っていかれる。
もっと見たいって、思っちまう。
(……失いたくない、のか)
心の中で呟き、視線を前に戻した。
ホロ端末を呼び出し、報告用の画面を立ち上げる。
――――
第一惑星〈ヴァルガルド〉
軍事中枢・黒鋼の城塞艦〈バスティオン〉――司令官室。
分厚い強化ガラスの向こうで、軍艦の群れが整然とドックに並んでいる。
ガルザードは窓際に立ち、その光景を見下ろしていた。
背後の通信端末から、低い声が響く。
『例の二人組ですが――一人は、元第五部隊隊長セリオン・アスターで間違いありません』
「第五部隊か。ヴェルモラあたりで、よく耳にする名だな」
『第五部隊は少数精鋭。地上任務のエキスパート揃いです。手練れが多い』
ガルザードは鼻で笑った。
「所詮、ノード頼りのひよっこどもよ。それより、〈ヴェイル〉の所有者はどうだ」
問いかけに、通信の向こうで一瞬、息が詰まる気配がした。
『それが、まったく情報が出ません。アウトライダーの登録にも、傭兵ギルドの記録にも該当者なし。……銀河警備隊のデータベースにも、それらしい人物は確認できませんでした』
「ふむ」
ガルザードはゆっくりと大きな腕を組んだ。
「一切の情報が出てこないアーク・レリック持ち、か。――興味深い」
『あくまで推測ですが、ここまで徹底して情報を隠されている人物となると、もしや――』
そこで言葉を切る。
ガルザードの目がわずかに見開かれた。
組んだ腕から、ギシリと鈍い音が鳴る。
「銀河警備隊――総司令官」
『エリュシフォン・アルヴェリウス。警備隊の誰も、その姿を見たことがない。存在しているのかどうかすら定かでない人物です』
ガルザードの口元に、ゆっくりと笑みが刻まれる。
「だとしたら、好都合だな。厄介なものが――まとめて片付く」
別回線の通信が割り込んだ。
今度は、怯えを隠せない声だった。イシュターラに派遣していた部隊からだ。
『ガ、ガルザード様!』
「なんだ」
『イシュターラにて、三匹の幼体と、共にいたもう一匹がエコー・クラックを起こし――我が軍の戦闘艦が、丸ごと飲み込まれました!』
ガルザードの声音は、氷のように冷たい。
「そこにいた子犬は、全て確保したのか」
通信越しに、荒い息が聞こえる。
『あ、あの……そのうち三匹がクラックに飲み込まれ、消失しました。残りの一匹は、紫の髪の男と白髪の男、二人と共にガンシップで――』
「つまり、一匹も捕まえられなかったというわけか」
「ひっ」と、情けない悲鳴が混じる。
『し、しかし! 三匹が消える直前、残った一匹に、何か“力”を渡していたように見えました!あの一匹を追えば、実質四匹分の力を――』
「ならば、さっさと追え」
『しょ、承知いたしました!!』
慌ただしい返答ののち、回線が切れる。
先ほどまでの報告の声が、静かに戻ってきた。
『恐らく、その二人組――セリオンと、もう一人でしょう』
ガルザードは窓の外を見やる。
無機質なヴァルガルドの空に、不穏な光が差していた。
「軍部に通達しろ。セリオンと――」
一拍置いて、口元を歪める。
「エリュシフォン・アルヴェリウスを追え、と」
黒鋼の城塞艦の上空で、鈍色の雲がゆっくりと渦を巻き始めていた。
嵐の予感が、静かにヴァルガルドを覆い始めている。
――――
コックピットに、穏やかな静寂が落ちていた。
その静けさを破るように、エルの瞳がふっと開く。
目を開けると、肩に掛けられた白いコートの重みと、微かな体温に気づく。
(セリオンの、か)
雑に放りかけられたにしては、きちんと肩からずり落ちないように整えられている。
横目でちらりと視線を送ると、セリオンがホロ端末に向かって報告書を書いていた。
淡い光が真面目な顔を照らしている。
(黙ってりゃ、良い男なんだがな)
ぼーっとそんなことを思う。
ふと、セリオンが顔を上げた。
「起きたか」
柔らかい笑みを浮かべている。
エルは反射的に視線をそらした。
「次の指令は来たか?」
セリオンは端末をホルダーに置き、ぐぅーっと両腕を伸ばす。
「うーーん、どうだろな。今ちょうど報告上げたとこだし」
「そうか」
そのとき、艦内スピーカーからストレイの声が落ちてきた。
『操縦者。船内エネルギー残量、十五パーセント。早急な給電を推奨します』
「はぁ!? 第四で給電したばっかなんだけど!?」
『不十分です』
「あんにゃろ……」
調子の良いグランタニアンの給電係を思い出し、セリオンは思いきり顔をしかめる。
エルは、その横顔を見て小さく笑った。
「第五惑星の近傍に、クレセント・ハブがある。銀河の中継地点だ」
「クレセント・ハブ?」
セリオンがぱっと顔を上げる。
「じゃあ、そこに行くか。ストレイ、航路頼む!」
わずかな間のあと、返答が返ってくる。
『――承知しました。クレセント・ハブまでの航路を、“バカでもわかる”レベルで表示します』
「一言、余計なんだよ!!」
そう悪態をつきながらも、セリオンは楽しそうに操縦桿を握り直した。
銀河一美しいと言われる宇宙の交差点へ向けて、
アストレイカーは、静かに軌道を変え、星々の海を滑り出していった。
――――
“クレセント・ハブ”
三日月型に削られた、小さな小惑星。
外周をぐるりと囲むようにドッキング・ベイと給電施設が並び、内側のくぼみには、緑と調和した色とりどりの建物がびっしりと張り付いている。
小さな月に、まるごと街を貼り付けたような――銀河の中継拠点。
アストレイカーは、その一角のドッキング・ベイに静かに降り立った。
ハッチが開くと同時に、初老のエデニア人女性が小走りで駆け寄ってくる。
セリオンが先に外へ出て、手を挙げた。
「すみません、給電を――」
「あらあら、お客さん。今日は給電やってないのよ!」
「えっ」
セリオンが一瞬固まる。
「あ、そうですか。じゃあ別んとこ行きます」
くるりと踵を返そうとしたところで、女性が慌てて手を振った。
「ちょっとちょっと!そういう意味じゃなくてね。今日はクレセント・ハブ全体がお祭りなの。市場と宿以外、ぜ~んぶお休み!」
「おやすみ?」
「数年に一度の《星渡り市祭》って言ってね。夜には、とっておきの流星群が見られる日なのよ」
「えっ、そんな大事な日なんすか」
頭をがしがしとかいた。
「ってことは、本当にどこも給電やってないんですか?」
「そういうこと。給電は明日の朝から再開。でも、船はここに停めていっていいから。せっかく来たんだし、あなたも星渡り市祭、見てきたら?」
婦人が楽しそうに笑う。
「お急ぎなの?」
「んー、まぁ、超急ぎってわけでも、ないんですけど」
「じゃあ、決まりね。明日までここに泊まっていきなさいな」
「ちょっと、仲間と相談してきます」
セリオンは苦笑いしながら頭を下げ、船内に引き返した。
コックピットでは、エルが椅子に腰をかけたまま外の様子を眺めていた。
「で、給電は?」
「ダメ。今日はクレセント・ハブ全体が祭りで、給電もお休みだってさ。《星渡り市祭》とかいうやつで、明日の朝まで復旧しないらしい」
エルが舌打ちする。
「星渡り市祭……あったな、そんなの。ストレイ、なぜ事前に言わなかった」
『操縦者およびアウトライダー、共にバイタルの低下が見られました。クレセント・ハブでの休暇を推奨します』
「心配してくれたのかよ」
セリオンが苦笑する。
エルは大きく息を吐いた。
「仕方ねぇ。ここに停めておけるんだろ。なら、明日まで待つか」
『祭りの見物を推奨します。市内の宿を一件、すでに予約しました』
「はやっ!」
セリオンとエルが揃ってストレイのホロを振り返る。
視線がぶつかり、エルが肩をすくめる。
「そういうことらしい」
「じゃあ、せっかくだし行こうぜ。な、ガボン」
「ガボン!」
足元から、尻尾を振りながらガボンが顔を出す。
『なお、宿泊施設は犬の同伴が不可のため、夕方にドローンでガボンをお迎えに上がります』
「ガボン!」
嬉しそうなのか不満なのか分からない声を上げるガボンの頭を、セリオンが撫でる。
「だそうだ。うまいもん買って食おうぜ」
エルが立ち上がる。
「じゃあ、行ってみるか」
その何気ない一言に、セリオンの胸が変に跳ねた。
(え、ちょ、待て。これ……普通にデートじゃね?)
一瞬で顔が熱くなる。
(いやいやいや、違う違う。違――)
「……?」
珍しく何も言わず、ストレイは沈黙を守っている。
セリオンは、かえってそれが落ち着かず、首をかしげた。
「ほら、行くぞ」
先にハッチへ向かうエルの背中を、セリオンは妙に意識しながら追いかけた。
アストレイカーの外には、三日月の街のざわめきが、もう微かに届き始めていた。
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