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Chapter 4. クレセント・ハブ
episode 11. 星渡り市祭
しおりを挟むエデニアの婦人に星渡り市場の場所を聞き、二人とガボンはゆっくりとクレセント・ハブの街へ足を踏み入れた。
小惑星の地表に沿って伸びる通りには、色とりどりのランタンがふわりと浮かび、柔らかな光を落としている。
建物の形も様々だ。
優雅なアーチを描くもの、幾何学的な面で構成されたもの――バラバラなはずの意匠が、不思議とひとつの景色としてまとまっていた。
「すげぇ、綺麗なところだな」
セリオンは、子どものように周囲を見回しながら歩いていく。
足元のガボンも、同じように落ち着きなく首を振って、鼻先をひくひくさせていた。
「宇宙の交差点だの、中継地点だの呼ばれるだけあって、色んな惑星の種族がここに住んでいる。好き勝手に建てたようでいて、一つの街として、ちゃんと美しい」
エルが横目で街並みを眺めながら言う。
その声音は、どこか機嫌が良さそうだった。
セリオンがニヤリと笑う。
「お、流浪のアウトライダーさんも、ここはお気に入りってわけだ」
「……まぁな」
短く認めてから、エルはわずかに眉をひそめる。
視線を前へと上げた。
「ただ――今日は人が、やけに多い」
視線の先には、星渡り市場。
湾曲した通りに沿ってカラフルな露店がずらりと並び、その合間を縫うように、さまざまな種族がひしめき合っていた。
「ガボン!」
漂ってくる香ばしい匂いに釣られたのか、ガボンが勢いよく市場の方へ駆け出す。
「あ、待て!ガボン!」
セリオンが慌てて追いかける。
エルはふっと笑みを漏らし、その後ろ姿を追って歩き出した。
――――
星渡り市場の中には、各惑星の名産や食べ物が、色とりどりの屋台となって並んでいた。
セリオンはガボンを小脇に抱えながら、行き交う人波と屋台の看板にきょろきょろと視線をさまよわせる。
「は~……なんか、色んな食いもんがあるな」
脇のガボンを見下ろす。
「ガボン、何食いたい?」
「ガボ!」
短く吠えたガボンの視線の先には、第八惑星ドラヴァの屋台があった。
トカゲのようなモリューター族の男が、真っ赤な炭火の上でエンバーニュートの串焼きを忙しなく返している。
「いい趣味してるな、ガボン」
セリオンがニヤリと笑い、屋台へと近づく。
「いらっしゃい!」
汗だくのモリューター族が、分厚い尻尾を揺らしながら声を張り上げた。
セリオンは少し迷ってから、小ぶりのエンバーニュートの肉が三つ刺さった串を指さす。
「あー、その、三つ付いてるやつ下さい」
「まいど!」
ジュウ、と脂が弾ける音。
熱々の串を手渡されるなり――
「ガボ!!ガボ!!」
腕の中で、ガボンが暴れ出した。
「わ、わかったから、落ち着けって!」
セリオンはガボンを落とさないよう押さえ込みながら、リュミチップを払って串を受け取る。
少し離れたところで待っているエルの元へ戻ると、ガボンはセリオンの手元に釘付けになったまま、よだれをぽたぽた垂らし始めた。
「うわっ、マジかよガボン!」
あわてて身体をひねって、よだれが服につくのをギリギリで回避する。
その様子を見て、エルがくつくつと笑った。
「早く一つやれよ。待ちきれねぇって顔してる」
「はいはい」
セリオンはガボンを地面に降ろし、串から一つ肉を抜き取る。
「あちっ……おい、熱いからな」
掌の上で少し冷ましてから差し出すと、ガボンは肉をくわえて、露店の隅へとちょこちょこ駆けていった。
影の中で、こそこそと夢中でかじりついている。
「誰も取らねぇっての」
呆れたように言いながら、セリオンは串の真ん中の肉に齧りついた。
表面は香ばしく、中は弾けるような歯ごたえ。
舌にピリリとスパイスが残る。
「んま!!」
思わず声が漏れる。
顔を上げ、隣のエルに串を差し出した。
「食う?」
エルはちらりとセリオンを見た。
差し出された串を、そのままセリオンの手から受け取ることもせず――三つ目の肉へ、直接歯を立てる。
「……ぉ」
さっきまで自分が齧っていた場所のすぐ隣。
セリオンの喉が、ごくりと鳴った。
「うまいな」
あっさりと肉を平らげたエルは、視線を外さないまま、舌先でぺろりと口元を拭う。
セリオンの心臓が、どくんと跳ねた。
「ぉ、おまえほんと……」
「……?なんだ」
本人は心底きょとんとしている。
セリオンはガクリと肩を落とした。
(無自覚は、ずりぃって)
そんなことを心の中でだけ毒づきながら、満足そうに尻尾を振って戻ってきたガボンを抱え直し、三人はさらに市場の奥へと歩を進めた。
エデニアの海産物を山盛りにした屋台、第四惑星グラントから運ばれてきたスクラップ部品の露店――さまざまな星の文化が一列に並び、眺めているだけでも飽きない。
その中で、ひときわ静かで、どこか神秘的な雰囲気を纏った露店が目に留まる。
「お、ルクセリアも屋台出してんのか。珍しいな」
透き通るような布と金属装飾に彩られたその屋台を見て、セリオンが目を細める。
第七惑星ルクセリア。イシュターラと同じく、あまり外交的ではない、美しい惑星だ。
「装飾品か」
エルも少し興味を惹かれたのか、二人で足を向ける。
屋台の奥には、耳の長いルクセリアンの女性が座っていた。
二人に気づくと、ふわりと柔らかく微笑み、手元の小さなベルを取る。
カラン、カラン――澄んだ音が市場の喧噪に溶けた。
「おめでとうございます。お二人で、七百人目のお客さまです」
彼女はそう言うと、小さなチャームをふたつ手に取る。
「記念にこれをどうぞ。縁結びのチャーム、二つ――プレゼントしますね」
「え、いや、俺たち別に、そういうんじゃ――」
セリオンが慌てて否定しかけると、ルクセリアンの店員は顔の横で指先を合わせ、いたずらっぽく首を傾げた。
「あら?お二人、とっても良い“縁”が見えますよ?」
そう言って、違うデザインのチャームをそれぞれの手に乗せる。
一瞬、視線がぶつかる。
セリオンが肩をすくめた。
「ま、ただっていうなら……ありがたく、もらっとくか。ありがとう」
気恥ずかしそうに礼を言い、チャームを握りしめたまま、先へ進もうと背を向ける。
エルもその後に続こうとしたところで――
「お兄さん」
店員の声が、エルを引き止めた。
振り返ると、先ほどまでの柔らかな笑みが消え、どこか沈んだ表情になっている。
「気をつけて。――死相が、出てます」
エルは一瞬だけ目を見開いた。
けれど、すぐに口の端をわずかに吊り上げる。
「いつものことだ」
それだけ言い残し、エルはセリオンの背中を追って、人混みの中へ消えていった。
――――
市場の奥の方に着くと、丸いテーブルと椅子がいくつか並んだ休憩スペースがあった。
「ちょっと休むか。歩き疲れただろ」
セリオンが振り返る。
「人に酔うな」
エルは苦笑しながら椅子に腰を下ろした。
足元では、ガボンが遊び疲れて丸くなっている。
セリオンがふと顔を上げる。
「あ、ちょっと待ってて」
そう言い残し、星渡り市祭の喧騒の方へ駆けていく。
その背中を、エルはぼんやりと目で追った。
(……悪くない)
ふと、自分の口元が緩んでいることに気づく。
エルは小さく息を吐いた。
(らしくねぇな)
セリオンは、イシュターラの果実ジュースの屋台の前に立っていた。
透明なカップに、淡い色の液体が注がれていく。
さっき、エルが何気なく視線を留めていたのを、横目で見ていたのだ。
(こういうの、好きそうだったしな)
二つ分のジュースを受け取り、テーブルに戻ろうとしたその時――
「えっ!!隊長!?」
聞き慣れた声が、ざわめきの中から飛び出してきた。
「……え?」
セリオンが反射的に振り向く。
目を丸くしたまま、数秒固まった。
「アリシア!?なんでここに!?」
そこに立っていたのは、第五部隊の調査員――アリシアだった。
小麦色の肌に、緩く巻いた髪。ネオンカラーのネイルが光る、いかにも“ギャル”なエデニア人。
アリシアは手を振りながら駆け寄ってくる。
「星渡り市祭ですよ!?私が来ないわけないじゃないですか!」
そのまま足を止めずに、セリオンの胸ぐらいまで迫ると、ジトッとした目で見上げた。
「ていうか隊長こそ、なんでここにいんの?っていうか、なんで第五部隊からいきなりいなくなったんですか!」
最後だけ、ほんの少し怒ったような声音になる。
セリオンは困ったように眉をさげた。
「あ~……それは、その……」
と言い訳を探しているうちに、アリシアの視線が彼の手元へと落ちる。
「……は?」
カップが二つ。
「この“縁結び”祭りで、ジュース二つって」
アリシアが目を細める。
「――デートじゃん」
セリオンの体が、ギクリと揺れた。
(この観察眼の良さ、マジで変わってねぇ……!)
アリシア・エルネスタ。エデニア出身。
第五部隊きっての観察眼を持つ調査員にして、昔から勘の鋭さがエグいギャル。
「あ、こ、これはだな――」
「相手、見たい!!」
ぐい、と腕を掴まれる。
セリオンは、長く深いため息をついた。
「……はぁ。わかったよ。その代わり、ここで会ったことは誰にも言うなよな」
観念して、アリシアを連れて休憩スペースへ戻る。
そこでは、エルが椅子に腰掛けたまま、足先でガボンをコロコロ転がして遊んでいた。
セリオンの気配に気づき、顔を上げる。
「え、待って、やば」
エルを見たアリシアが、その場で固まった。
セリオンは眉を下げ、ジュースの一つをエルに差し出す。
エルはそれを受け取りながら、アリシアを一瞥し、片眉を上げた。
「そこで偶然会った。……第五部隊の隊員、アリシアだ」
「ほう」
エルはジュースに口をつけながら、興味深そうにアリシアを眺める。
アリシアは真っ赤になり、セリオンの背中に隠れた。
「隊長の美人好き、マジでエグすぎですって……!」
小声で叫ぶ。
「も~、だからそういうんじゃなくてだな」
セリオンは頭をかく。
「……はは、相変わらずだな。アリシアは」
苦笑しながらも、どこか懐かしそうに目を細めた。
「第五部隊のみんな、元気か?」
アリシアは少しだけ表情を曇らせる。
「隊長いなくなって、みんな戸惑ってますよ。仮隊長やってるファルナンドとか、なんかずっとピリピリしてて」
アリシアが眉を下げる。
「因子消失騒動のあと、射撃の調子悪いみたいで。元々あの人、隊で一番の腕だったじゃないですか。それがさ、最近は訓練場にこもりっきり。話しかけても上の空だし」
「……そうか」
セリオンの表情が少し曇る。
「因子のこと、気にしてたんだなあいつ」
「言わないですけどね。誰にも」
そう言ってアリシアは柔らかく笑う。
「他のみんなは相変わらず、引くほど元気です」
「そっか」
セリオンも同じように微笑んだ。
アリシアの口元に、ニヤッと意地の悪い笑みが浮かぶ。
「辞めた理由、その人と結婚するとかですか?」
セリオンの背中越しに、じっとエルを見る。
その視線を受けて――エルが、わざとらしく甘い微笑みを浮かべた。
「その通りだ」
「……は?」
セリオンの思考が、一瞬でフリーズする。
「きゃーーーーーー!!」
アリシアが、ほとんど悲鳴のような黄色い声を上げた。
「おま……ちょっと……」
セリオンは言葉を失い、両手がふらふらと宙を彷徨う。
最後は耐えきれず、天を仰いだ。
「アリシア~?」
少し離れた場所から、別の声が響いた。
アリシアがはっと顔を上げる。
「あ、やば。友達と来てるんだった」
「そっか。じゃあ、行ってこい」
セリオンが苦笑する。
「俺に会ったこと、誰にも言うなよ」
「はぁ、みんなに言いふらしたいのにぃ」
ぷい、と横を向きかけて――ふいに立ち止まる。
振り返ったアリシアの表情は、さっきまでとは違う、真剣なものだった。
「また第五部隊に戻るって、信じて待ってますから」
それだけ言い切ると、踵を返して友人たちのもとへ走っていく。
セリオンの瞳が、ほんの少し揺れた。
困ったように、それでも優しく笑って、彼女の背中に手を振る。
エルは、その様子をただ静かに見つめていた。
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