Lilac

アカアシトカゲ

文字の大きさ
12 / 33
Chapter 4. クレセント・ハブ

episode 12. 流星群の夜に

しおりを挟む

すっかり日が暮れていた。

オレンジ色の光が街を薄く染め、昼間とは違う色彩を浮かび上がらせる。
 
ランタンのひとつひとつに灯りがともり始めたころ、ストレイが派遣した小型ドローンが、ガボンの回収にやって来た。腹部には小さなケージがぶら下がっている。

「じゃあ、また明日な、ガボン」

セリオンがそっとガボンをケージに入れる。
遊び疲れて半分眠っているガボンの頭を、名残惜しそうに撫でた。

ドローンは軽い駆動音と共に浮上し、ケージごとガボンを乗せて、空の奥へと消えていく。

それを見送ってから、セリオンは振り返った。
「宿の時間まで、まだ少しあるよな。飯でも食う?」

エルは短く考え、それから口の端をわずかに上げた。
「酒がうまい店なら知ってる」
「お、マジで?いいね、行こうぜ」

夕焼けはもうほとんど残っていない。
群青の闇が、クレセント・ハブの宙港をゆっくりと包み込み始めていた。

 ――

エルの案内で辿り着いたのは、メインストリートから少し外れた路地裏にある、こぢんまりとした居酒屋だった。

夜になり、人通りはさらに増えている。
すれ違うのは、恋人同士らしき二人連れが多い。
 
(……なんか、余計に緊張してきたんだけど)

セリオンは理由のわからない居心地の悪さを抱えたまま、エルの後に続いて店に入った。

店内もかなり混んでいたが、運良く奥のカウンター席が二つ分だけ空いていた。

二人並んで腰を下ろす。
肩が触れそうで、触れないくらいの距離。

カウンター越しに、飲み物と軽いつまみを注文する。
セリオンはエール、エルは果実酒を頼んだ。
(果実酒。意外と甘党なんだな)

そんなことを考えているうちに、グラスが二つ、コトリと目の前に置かれる。

セリオンがそのひとつを手に取り、隣へ突き出した。
「……おつかれ?」

問いというより、合図に近い言葉。
エルはふっと笑い、グラスを軽くぶつけた。

セリオンはエールをひと口――いや、勢いよく喉へ流し込む。
程よい苦味とアルコールが喉を焼き、思わず声が漏れた。
「っくぅ……うめーー」

ちょうどそのタイミングで、つまみの皿もいくつか並べられる。

「星渡り市祭か。すごかったな。なんか、こういうの、久しぶりに満喫した気がする」
セリオンが穏やかに笑う。

「祭り自体、初めてだったがな。賑やかだった」
「え、初めてなのか?」
「ああ。こういうのには縁のない人生でな」
エルは肩をすくめ、果実酒をゆっくり口に運ぶ。

「そういやさ」
セリオンがふと思い出したように口を開く。
「エルって、本名?」

エルはグラスを傾けたまま、一拍置いて答えた。
「……本名は長いから、エルでいい」
「ふーん。まあ、エルの方が呼びやすいしな」
セリオンはそれ以上追及せず、つまみに手を伸ばした。
 
「エルってさ、いつからアウトライダーやってんだ?」

「……二十三の頃からだ。だから、五年くらいか」
「ほぇ~。その前は?なんでそんなに、あれこれ詳しいんだよ」

矢継ぎ早に飛んでくる質問に、エルがわずかに怪訝そうな顔をする。
そして、少しだけ諦めたように息を吐いた。
 
「銀河警備隊”零部隊”って、知ってるか?」
「っ――」

セリオンの目が見開かれる。
エルはその反応を確かめるように、静かに頷いた。

「そこ出身だ」
「マジかよ……。そりゃ、色々知ってるわけだ。わけわかんねぇくらい強ぇし」
セリオンは腕を組み、ひとりで納得したように何度も頷く。

(……嘘は言ってねぇ)
エルは内心で苦く笑った。

「お前は?」
すぐに話題を切り返す。
「第五部隊だったんだろう」

問われたセリオンは、一瞬だけ遠くを見るような目をした。
 
「第五部隊は、楽しかったよ。みんな賑やかで」
 
そう言って、照れくさそうに笑う。
「まぁ、俺は“隊長”って名札のついた、いじられ役だったけどな」
「だろうな」
「だろうなってなんだよ、だろうなって!」

「それだけ慕われてるってことだろ」
エルはそう言って、視線を伏せた。
その横顔が、一瞬だけ寂しそうに見えた。

「……いい隊長だった、ってことだ」
顔を上げ、柔らかく笑う。
 
その笑みに、セリオンの心臓が跳ねる。

エルは続けた。
「第五部隊に、戻りたいか?」
少しだけ低い声だった。

セリオンは、グラスの縁を指先でなぞりながら、ふっと息を吐く。
「んー……正直、最初に任務言い渡された時は、キツかったけどな」
エールをもう一口あおる。
 
「“ああ、騒がしい日常が無くなんのか~”ってさ」
そのままグラスをテーブルに置き、エルの方へ向き直る。

「でも――エルに会えたからな」
柔らかく微笑む。
 
「……っ」
エルの手が、一瞬止まった。
グラスを持ち上げようとして、やめる

何か言おうとして、口を開きかけて、閉じる。
視線が泳ぐ。

「……そうか」

短く、それだけ返して。
エルは酒を煽る。
気持ちごと一気に、喉に流し込むように。

セリオンは照れくさそうに頬を掻いて、視線を落とした。
「だから、“寂しい”とか“戻りてぇ!”って気持ちは……今は、あんまりないかな」
 
エルは軽く俯き、短く返した。
「……なら、いい」

それきり二人は黙り込み、しばし言葉のいらない時間が流れた。グラスが触れ合う小さな音と、周囲の喧騒だけが耳に心地よく届く。

そのとき、近くのテーブル席から会話が聞こえてきた。

「そろそろ、始まる時間じゃない?」
「展望デッキ行こうよ」
「数年に一度だもんな~」

セリオンがエルを見る。
エルも、同じ声に反応したように視線を上げた。
「せっかくだしさ。俺たちも、流星群、見に行くか?」
「そうだな。……見とくか」

二人はほぼ同時に席を立つ。
 
勘定を済ませ、人の流れに紛れるように、展望デッキへ向かって歩き出した。

 
 ――
 

展望デッキは、人で溢れていた。
 
三日月型の内側の弧。
そこから、宇宙を見渡せる特等席。
普段は閑散としているはずの場所も、今夜ばかりは違う。

誰もが空を見上げて、じっと何かを待っていた。
 
最初の光が夜を裂いた瞬間、どよめきが広がった。
 
白い筋が、次々と闇を走っていく。
あちこちで歓声が上がる。
誰かが指を差す。
子供がはしゃぐ声がする。

セリオンは、ただぼうっと空を見上げていた。
 
無数の星が流れる空は、綺麗だと思った。
空の上はいつもいる場所なのに、こうして見るととても遠くのように感じる。

ふと、隣に立つエルの方へと視線を向け、息を呑む。

流星の光を受けて、白い髪が淡く輝いていた。
いつもの鋭さが少しだけ影をひそめて、どこか柔らかい横顔になっている。
 
――空よりも、綺麗だと思った。

目が、離せなかった。

視線に気づいたのか、エルがゆっくりとこちらを向く。

目が合う。

流星は降り続いている。
周りの歓声が、遠くに霞んでいく。

何も言わない。
言えなかった。

その瞳が、まっすぐにセリオンを捉えている。
そこには、いつもの余裕がなかった。

空気が、変わる。
 
どちらからともなく、距離が縮まる。

吐息が触れる距離。

唇が、重なった。
 
流星が、二人の影を照らしては、すぐに消えていく。

周りには、大勢の人がいる。
それでも、誰も気づかない。

誰もが、空だけを見上げていたから。
 
 
唇がゆっくり離れた。

流星はまだ降っている。
周りの歓声が、少しずつ戻ってくる。

エルが一歩、身を引いた。
視線が彷徨う。

「……そろそろ、行くか」

少しうわずった声。
セリオンは頷いた。それしかできなかった。

人混みを抜けて、宿泊エリアへ向かう。
 
並んで歩く。肩が触れそうな距離。
会話はなかった。
でも、沈黙が重いわけじゃない。
 
ただ、何を言えばいいか、分からなかった。

指定された宿に向かうと、受付の男がにこやかに頷いた。
「ストレイ様から、一部屋ご予約頂いております」
「は……?ひ、一部屋!?」
セリオンの顔が引き攣る。
 
「『お二人は特別な関係なので、一番良い部屋を』とご指定いただいておりまして」
「言ってねぇよそんなこと!!」
思わず声が裏返った。

隣ではエルが、額に手を当てて天を仰いでいた。
 

「お部屋はこちらです」

案内されるまま廊下を進み、ドアを開けた瞬間――
二人とも固まる。

部屋の真ん中に、大きな円形のダブルベッドがひとつ。

「あいつ、何やってくれてんだ」
セリオンが呻くように呟く。

エルは無言で部屋に入り、窓際に立った。
窓の外では、まだ流星が名残のように瞬いている。
背を向けたまま、動かない。

セリオンも、動けなかった。
 
さっきのキスの感触が、まだ唇に残っている。
 
忘れたくない。そう思った。

「エル」

呼んで、窓際に近づく。
振り返った顔が、近かった。

真紅と翠の瞳が、じっとこちらを見ている。

喉が鳴る。言葉より先に、手が伸びた。
エルの頬に触れる。

エルは、避けなかった。

セリオンは、息を吸った。
 
「……嫌なら、やめる」
低い声。
確認するような、最後の一線。

その瞬間、エルの手が首の後ろに回った。

引き寄せられて、唇が重なる。
さっきより深く、熱く。

息継ぎの隙間に、エルの吐息が触れる。
その音で、頭の奥に火がついた。

「……エル」

腰を引き寄せ、そのままベッドに押し倒す。

見下ろすと、エルの目が揺れていた。
白い髪が枕に散らばって、窓からの光を受けて淡く光っている。

「……っ」
服の下に手を滑らせると、エルの息が詰まった。

「……セリオン」

名前を呼ぶ声が、いつもより掠れている。

唇を重ねながら、服を剥いでいく。
エルの手がセリオンの背中に回り、爪が食い込んだ。

「……っは」

漏れた声は甘くて、もっと聞きたいと思った。

耳元に唇を寄せる。
「……いいのか」

最後に、もう一度だけ聞く。

返事の代わりに、エルの脚がセリオンの腰に絡んだ。

触れるたびに、エルの表情が変わる。
眉が寄り、唇が開く。
瞳が潤む。
いつも人を見透かすような目が、今はどこにも焦点が合っていない。
 
「……っ、ぁ……」
声を殺そうとして、殺しきれていない。
その必死さが、たまらなく愛おしかった。
 
(こんな顔するのか、お前)
 
腕の中で強張っていた体が、少しずつ力を抜いていく。
委ねられている。
それが嬉しくて、もっと深く抱きしめた。
 
耳元で名前を呼ぶたびに、エルの指が背中で震える。
 
ふいに、エルの目がまっすぐこちらを見た。
反対色の色彩がいつもより濃い色に見える。
 
切なげに揺れる瞳は、言葉よりも雄弁で。
普段見えない心の中が、見えた気がした。
 
その瞬間、胸の奥が軋む。
(ああ、もう、だめだ)
 
エルが、好きだ。

空が白み始めた頃、ようやく眠りが落ちてきた。
隣の温もりを確かめながら、目を閉じた。 

 
――
 

目を開けると、見慣れない天井があった。
隣に、温もり。

セリオンの寝顔。
無防備に開いた唇。散らばった薄紫の癖っ毛。

一瞬、息が止まる。

昨夜のことが、断片的に蘇る。
熱。声。名前を呼ばれた時の、胸の奥の震え。

昨夜の選択を、後悔はしていない。
分かっていて、踏み越えた。
それが一番、たちが悪い。
 
温もりを、知ってしまった。

それが間違いだと分かっていても。
 
(……何をやっている、俺は)
ため息が漏れる。

セリオンのまぶたが、ぴくりと震える。

咄嗟に目を逸らした。

「……おはよ」
柔らかい声が降ってくる。
 
「……ああ」
 
それだけ返すので精一杯だった。

「……シャワー、先に使う」

ベッドから出て、背を向ける。
耳が、熱い。

セリオンの視線を感じる。
 
振り返らなくても分かる。
 

――あいつ、今絶対ニヤけてる。


――――
 
 
アストレイカーのハッチが開いた瞬間、ストレイの声が響いた。
『おかえりなさい。お二人とも』
「ただいま」
『昨夜はよく眠れましたか?』

セリオンの肩が跳ねる。
「あ、ああ。まあ、普通に……」

『そうですか。しかし生体ログによりますと、深夜帯にお二人の心拍数と体温が同期的に上昇しておりました』
「……」
『何か激しい運動でもされましたか?』
 
「「ストレイ」」
声が重なった。

『何でもありません。出発します。ガボン、シートベルトの代わりに操縦者の膝の上へどうぞ』

「ガボン!」
嬉しそうに飛び乗ってくるガボン。
セリオンは苦笑いしながら、その頭を撫でた。

窓の外、クレセント・ハブが遠ざかっていく。
三日月型の小惑星。星渡りの市。流星群。

そして——昨夜のこと。

隣の席でエルが黙っている。
その横顔を、ちらりと見た。

耳の赤みは、まだ消えていなかった。

セリオンは前を向いて、ニヤけるのを我慢した。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

聖者の愛はお前だけのもの

いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。 <あらすじ> ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。 ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。 意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。 全年齢対象。

青い炎

瑞原唯子
BL
今日、僕は同時にふたつの失恋をした——。 もともと叶うことのない想いだった。 にもかかわらず、胸の内で静かな激情の炎を燃やし続けてきた。 これからもこの想いを燻らせていくのだろう。 仲睦まじい二人を誰よりも近くで見守りながら。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

昨日の自分にサヨナラ

林 業
BL
毎晩会えるだけで幸せだった。 いつか一緒に過ごせたらと夢を見る。 目が覚めれば現実は残酷だと思い知る。 隣に貴方がいればそれだけでいいのにと願う。

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。 イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。 父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。 イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。 カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。 そう、これは─── 浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。 □『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。 □全17話

処理中です...