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Chapter 4. クレセント・ハブ
episode 12. 流星群の夜に
しおりを挟むすっかり日が暮れていた。
オレンジ色の光が街を薄く染め、昼間とは違う色彩を浮かび上がらせる。
ランタンのひとつひとつに灯りがともり始めたころ、ストレイが派遣した小型ドローンが、ガボンの回収にやって来た。腹部には小さなケージがぶら下がっている。
「じゃあ、また明日な、ガボン」
セリオンがそっとガボンをケージに入れる。
遊び疲れて半分眠っているガボンの頭を、名残惜しそうに撫でた。
ドローンは軽い駆動音と共に浮上し、ケージごとガボンを乗せて、空の奥へと消えていく。
それを見送ってから、セリオンは振り返った。
「宿の時間まで、まだ少しあるよな。飯でも食う?」
エルは短く考え、それから口の端をわずかに上げた。
「酒がうまい店なら知ってる」
「お、マジで?いいね、行こうぜ」
夕焼けはもうほとんど残っていない。
群青の闇が、クレセント・ハブの宙港をゆっくりと包み込み始めていた。
――
エルの案内で辿り着いたのは、メインストリートから少し外れた路地裏にある、こぢんまりとした居酒屋だった。
夜になり、人通りはさらに増えている。
すれ違うのは、恋人同士らしき二人連れが多い。
(……なんか、余計に緊張してきたんだけど)
セリオンは理由のわからない居心地の悪さを抱えたまま、エルの後に続いて店に入った。
店内もかなり混んでいたが、運良く奥のカウンター席が二つ分だけ空いていた。
二人並んで腰を下ろす。
肩が触れそうで、触れないくらいの距離。
カウンター越しに、飲み物と軽いつまみを注文する。
セリオンはエール、エルは果実酒を頼んだ。
(果実酒。意外と甘党なんだな)
そんなことを考えているうちに、グラスが二つ、コトリと目の前に置かれる。
セリオンがそのひとつを手に取り、隣へ突き出した。
「……おつかれ?」
問いというより、合図に近い言葉。
エルはふっと笑い、グラスを軽くぶつけた。
セリオンはエールをひと口――いや、勢いよく喉へ流し込む。
程よい苦味とアルコールが喉を焼き、思わず声が漏れた。
「っくぅ……うめーー」
ちょうどそのタイミングで、つまみの皿もいくつか並べられる。
「星渡り市祭か。すごかったな。なんか、こういうの、久しぶりに満喫した気がする」
セリオンが穏やかに笑う。
「祭り自体、初めてだったがな。賑やかだった」
「え、初めてなのか?」
「ああ。こういうのには縁のない人生でな」
エルは肩をすくめ、果実酒をゆっくり口に運ぶ。
「そういやさ」
セリオンがふと思い出したように口を開く。
「エルって、本名?」
エルはグラスを傾けたまま、一拍置いて答えた。
「……本名は長いから、エルでいい」
「ふーん。まあ、エルの方が呼びやすいしな」
セリオンはそれ以上追及せず、つまみに手を伸ばした。
「エルってさ、いつからアウトライダーやってんだ?」
「……二十三の頃からだ。だから、五年くらいか」
「ほぇ~。その前は?なんでそんなに、あれこれ詳しいんだよ」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に、エルがわずかに怪訝そうな顔をする。
そして、少しだけ諦めたように息を吐いた。
「銀河警備隊”零部隊”って、知ってるか?」
「っ――」
セリオンの目が見開かれる。
エルはその反応を確かめるように、静かに頷いた。
「そこ出身だ」
「マジかよ……。そりゃ、色々知ってるわけだ。わけわかんねぇくらい強ぇし」
セリオンは腕を組み、ひとりで納得したように何度も頷く。
(……嘘は言ってねぇ)
エルは内心で苦く笑った。
「お前は?」
すぐに話題を切り返す。
「第五部隊だったんだろう」
問われたセリオンは、一瞬だけ遠くを見るような目をした。
「第五部隊は、楽しかったよ。みんな賑やかで」
そう言って、照れくさそうに笑う。
「まぁ、俺は“隊長”って名札のついた、いじられ役だったけどな」
「だろうな」
「だろうなってなんだよ、だろうなって!」
「それだけ慕われてるってことだろ」
エルはそう言って、視線を伏せた。
その横顔が、一瞬だけ寂しそうに見えた。
「……いい隊長だった、ってことだ」
顔を上げ、柔らかく笑う。
その笑みに、セリオンの心臓が跳ねる。
エルは続けた。
「第五部隊に、戻りたいか?」
少しだけ低い声だった。
セリオンは、グラスの縁を指先でなぞりながら、ふっと息を吐く。
「んー……正直、最初に任務言い渡された時は、キツかったけどな」
エールをもう一口あおる。
「“ああ、騒がしい日常が無くなんのか~”ってさ」
そのままグラスをテーブルに置き、エルの方へ向き直る。
「でも――エルに会えたからな」
柔らかく微笑む。
「……っ」
エルの手が、一瞬止まった。
グラスを持ち上げようとして、やめる
何か言おうとして、口を開きかけて、閉じる。
視線が泳ぐ。
「……そうか」
短く、それだけ返して。
エルは酒を煽る。
気持ちごと一気に、喉に流し込むように。
セリオンは照れくさそうに頬を掻いて、視線を落とした。
「だから、“寂しい”とか“戻りてぇ!”って気持ちは……今は、あんまりないかな」
エルは軽く俯き、短く返した。
「……なら、いい」
それきり二人は黙り込み、しばし言葉のいらない時間が流れた。グラスが触れ合う小さな音と、周囲の喧騒だけが耳に心地よく届く。
そのとき、近くのテーブル席から会話が聞こえてきた。
「そろそろ、始まる時間じゃない?」
「展望デッキ行こうよ」
「数年に一度だもんな~」
セリオンがエルを見る。
エルも、同じ声に反応したように視線を上げた。
「せっかくだしさ。俺たちも、流星群、見に行くか?」
「そうだな。……見とくか」
二人はほぼ同時に席を立つ。
勘定を済ませ、人の流れに紛れるように、展望デッキへ向かって歩き出した。
――
展望デッキは、人で溢れていた。
三日月型の内側の弧。
そこから、宇宙を見渡せる特等席。
普段は閑散としているはずの場所も、今夜ばかりは違う。
誰もが空を見上げて、じっと何かを待っていた。
最初の光が夜を裂いた瞬間、どよめきが広がった。
白い筋が、次々と闇を走っていく。
あちこちで歓声が上がる。
誰かが指を差す。
子供がはしゃぐ声がする。
セリオンは、ただぼうっと空を見上げていた。
無数の星が流れる空は、綺麗だと思った。
空の上はいつもいる場所なのに、こうして見るととても遠くのように感じる。
ふと、隣に立つエルの方へと視線を向け、息を呑む。
流星の光を受けて、白い髪が淡く輝いていた。
いつもの鋭さが少しだけ影をひそめて、どこか柔らかい横顔になっている。
――空よりも、綺麗だと思った。
目が、離せなかった。
視線に気づいたのか、エルがゆっくりとこちらを向く。
目が合う。
流星は降り続いている。
周りの歓声が、遠くに霞んでいく。
何も言わない。
言えなかった。
その瞳が、まっすぐにセリオンを捉えている。
そこには、いつもの余裕がなかった。
空気が、変わる。
どちらからともなく、距離が縮まる。
吐息が触れる距離。
唇が、重なった。
流星が、二人の影を照らしては、すぐに消えていく。
周りには、大勢の人がいる。
それでも、誰も気づかない。
誰もが、空だけを見上げていたから。
唇がゆっくり離れた。
流星はまだ降っている。
周りの歓声が、少しずつ戻ってくる。
エルが一歩、身を引いた。
視線が彷徨う。
「……そろそろ、行くか」
少しうわずった声。
セリオンは頷いた。それしかできなかった。
人混みを抜けて、宿泊エリアへ向かう。
並んで歩く。肩が触れそうな距離。
会話はなかった。
でも、沈黙が重いわけじゃない。
ただ、何を言えばいいか、分からなかった。
指定された宿に向かうと、受付の男がにこやかに頷いた。
「ストレイ様から、一部屋ご予約頂いております」
「は……?ひ、一部屋!?」
セリオンの顔が引き攣る。
「『お二人は特別な関係なので、一番良い部屋を』とご指定いただいておりまして」
「言ってねぇよそんなこと!!」
思わず声が裏返った。
隣ではエルが、額に手を当てて天を仰いでいた。
「お部屋はこちらです」
案内されるまま廊下を進み、ドアを開けた瞬間――
二人とも固まる。
部屋の真ん中に、大きな円形のダブルベッドがひとつ。
「あいつ、何やってくれてんだ」
セリオンが呻くように呟く。
エルは無言で部屋に入り、窓際に立った。
窓の外では、まだ流星が名残のように瞬いている。
背を向けたまま、動かない。
セリオンも、動けなかった。
さっきのキスの感触が、まだ唇に残っている。
忘れたくない。そう思った。
「エル」
呼んで、窓際に近づく。
振り返った顔が、近かった。
真紅と翠の瞳が、じっとこちらを見ている。
喉が鳴る。言葉より先に、手が伸びた。
エルの頬に触れる。
エルは、避けなかった。
セリオンは、息を吸った。
「……嫌なら、やめる」
低い声。
確認するような、最後の一線。
その瞬間、エルの手が首の後ろに回った。
引き寄せられて、唇が重なる。
さっきより深く、熱く。
息継ぎの隙間に、エルの吐息が触れる。
その音で、頭の奥に火がついた。
「……エル」
腰を引き寄せ、そのままベッドに押し倒す。
見下ろすと、エルの目が揺れていた。
白い髪が枕に散らばって、窓からの光を受けて淡く光っている。
「……っ」
服の下に手を滑らせると、エルの息が詰まった。
「……セリオン」
名前を呼ぶ声が、いつもより掠れている。
唇を重ねながら、服を剥いでいく。
エルの手がセリオンの背中に回り、爪が食い込んだ。
「……っは」
漏れた声は甘くて、もっと聞きたいと思った。
耳元に唇を寄せる。
「……いいのか」
最後に、もう一度だけ聞く。
返事の代わりに、エルの脚がセリオンの腰に絡んだ。
触れるたびに、エルの表情が変わる。
眉が寄り、唇が開く。
瞳が潤む。
いつも人を見透かすような目が、今はどこにも焦点が合っていない。
「……っ、ぁ……」
声を殺そうとして、殺しきれていない。
その必死さが、たまらなく愛おしかった。
(こんな顔するのか、お前)
腕の中で強張っていた体が、少しずつ力を抜いていく。
委ねられている。
それが嬉しくて、もっと深く抱きしめた。
耳元で名前を呼ぶたびに、エルの指が背中で震える。
ふいに、エルの目がまっすぐこちらを見た。
反対色の色彩がいつもより濃い色に見える。
切なげに揺れる瞳は、言葉よりも雄弁で。
普段見えない心の中が、見えた気がした。
その瞬間、胸の奥が軋む。
(ああ、もう、だめだ)
エルが、好きだ。
空が白み始めた頃、ようやく眠りが落ちてきた。
隣の温もりを確かめながら、目を閉じた。
――
目を開けると、見慣れない天井があった。
隣に、温もり。
セリオンの寝顔。
無防備に開いた唇。散らばった薄紫の癖っ毛。
一瞬、息が止まる。
昨夜のことが、断片的に蘇る。
熱。声。名前を呼ばれた時の、胸の奥の震え。
昨夜の選択を、後悔はしていない。
分かっていて、踏み越えた。
それが一番、たちが悪い。
温もりを、知ってしまった。
それが間違いだと分かっていても。
(……何をやっている、俺は)
ため息が漏れる。
セリオンのまぶたが、ぴくりと震える。
咄嗟に目を逸らした。
「……おはよ」
柔らかい声が降ってくる。
「……ああ」
それだけ返すので精一杯だった。
「……シャワー、先に使う」
ベッドから出て、背を向ける。
耳が、熱い。
セリオンの視線を感じる。
振り返らなくても分かる。
――あいつ、今絶対ニヤけてる。
――――
アストレイカーのハッチが開いた瞬間、ストレイの声が響いた。
『おかえりなさい。お二人とも』
「ただいま」
『昨夜はよく眠れましたか?』
セリオンの肩が跳ねる。
「あ、ああ。まあ、普通に……」
『そうですか。しかし生体ログによりますと、深夜帯にお二人の心拍数と体温が同期的に上昇しておりました』
「……」
『何か激しい運動でもされましたか?』
「「ストレイ」」
声が重なった。
『何でもありません。出発します。ガボン、シートベルトの代わりに操縦者の膝の上へどうぞ』
「ガボン!」
嬉しそうに飛び乗ってくるガボン。
セリオンは苦笑いしながら、その頭を撫でた。
窓の外、クレセント・ハブが遠ざかっていく。
三日月型の小惑星。星渡りの市。流星群。
そして——昨夜のこと。
隣の席でエルが黙っている。
その横顔を、ちらりと見た。
耳の赤みは、まだ消えていなかった。
セリオンは前を向いて、ニヤけるのを我慢した。
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