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Chapter 5. アステリア
episode 13. 潜入調査
しおりを挟む第一惑星〈ヴァルガルド〉
軍事中枢・黒鋼の城塞艦〈バスティオン〉
――幼体保管区画。
冷たい照明に照らされた白い廊下を、重い足音が進んでいく。
ガルザードの背後には、その影に紛れるように一人の男がついていた。
濃い緑の髪を束ねたエデニア人――シグラだ。
分厚い隔壁の前で、ガルザードが立ち止まる。
扉脇の端末の前に立っていた係員が、慌てて直立不動の姿勢を取った。
「実験後の子犬のエネルギー状態はどうだ」
低く響く問いかけに、係員は背筋を伸ばしたまま答える。
「はっ!エネルギー値、六十五パーセントまで回復しております!」
「六十五、か」
ガルザードは短く呟き、肩越しにシグラを振り返る。
「完全ではない、が――」
シグラの口元に、ゆっくりと笑みが浮かぶ。
「“お披露目”だけなら、十分でしょう」
そう言って、彼は一歩前に出ると保管区画の扉をくぐった。
中には、強化ガラスのケージがいくつも並んでいる。
シグラはそのうちのひとつ、紫の輝きを内側にうっすらと宿した白い子犬の前で足を止めた。
「さあ、おさんぽの時間だよ」
囁くように言いながら、携帯用のケージへと子犬を移した。
――――
第二惑星〈エデニア〉
深海・銀河警備隊秘匿本部《マリナス・ヴォールト》
副司令官室。
静かな室内に、ホロ画面の光だけが淡く揺れている。
オルカカは指先でホロをスクロールしながら、セリオンからの報告書を読み進めていた。
――“ガボンが三匹と別れる際、全身から強い発光。力の一部、もしくはすべてを継承した可能性あり”
その一文の前で、白濁した瞳がわずかに細められる。
「……継承、か」
小さく呟いたちょうどその時、デスク端末に着信の表示が浮かび上がった。
「オルカカだ」
回線を開くと、落ち着いた声が返ってくる。
『シグラです』
「シグラか。先ほど秘匿情報局に向かったが、留守だと言われた。今どこにいる」
『報告が遅くなりました。とある情報屋と接触しておりまして』
「……情報屋?」
オルカカの表情に、かすかな険が走る。
『はい。後ほど、その情報屋のデータを送信します。――ただ、その前に一つ』
シグラが言葉を区切る。
『本日、副司令官は衛星〈アステリア〉のパーティにご出席されますよね?ヴァレンティス外務長官の警護と伺っていますが』
「ああ。そうだ。それがどうした」
『その情報屋によれば――そのパーティで、“紫に光る子犬のお披露目”が行われる予定だと』
オルカカの瞳が大きく見開かれた。
「なんだと?」
『ヴァルガルドは、自らの新兵器の威力を、各惑星の要人たちに見せつけるつもりなのでしょう。我々にとっては、奪われた幼体を奪還する好機かと』
短い沈黙ののち、オルカカは低く息を吐いた。
「……よし。その件はこちらでなんとかしよう」
『“例の二人組”を、ですか』
「そうだ。ヴァルガルド軍が絡むとなれば、真正面から動かせる駒は、今はあの二人しかおらん」
『承知しました。――副司令官も、どうかお気をつけて』
通信が途切れる。
室内に、再び深海のような静寂が落ちた。
胸の奥に、嫌な予感が重く沈む。
オルカカは一瞬だけためらい、それから新たなホロウィンドウを呼び出した。
セリオンとエルへ送るべきメッセージの入力画面が、静かに展開される。
――――
――アストレイカー艦内・コックピット。
セリオンは操縦桿に片腕を預け、ぼんやりと星々を眺めていた。
膝の上では、ガボンが丸くなって眠っている。
「次の指令、まだこないな」
独り言のように呟く。
「大体の異変は見に行ったしなぁ。第六も見ておく?」
隣のエルへと視線を向ける。
エルは首を横に振った。
「第六は、エコー・クラックが頻発している。迂闊に近づかない方がいい」
少しだけ目を伏せる。
「次起きるとしたら、第二惑星あたりだろう。イージス・プライムの方に――」
言いながら、秘匿通信端末を確かめようとコートの内ポケットに手を入れた、そのとき。
カチャ、と乾いた音が、足元で転がった。
視線を落とす。
クレセント・ハブの星渡り市祭で、ルクセリアンの店員から渡されたチャームが床に転がっていた。
「あ……」
セリオンが小さく呟く。
自分のコートもまさぐり、形の違うチャームを指先でつまみ上げる。
掌の上で、縁結びの小さな飾りがかすかに揺れた。
「効果、あったな」
半分冗談、半分本気でぼそりと漏らす。
横目でちらりと見ると、エルも落ちたチャームを拾い上げて眺めていた。
ばちり、と視線がぶつかる。
セリオンの顔に熱が集まる。
空気が、ふっと変わりかけた――その瞬間。
ビビ、とホロ端末の受信音が艦内に響いた。
「っ」
二人とも、同時にはっとする。
セリオンがホロを展開する。
オルカカからのメッセージが流れた。
――“エデニア衛星〈アステリア〉で行われる、とあるパーティにて、〈紫に光る子犬のお披露目〉が行われるとの情報あり。奪われた個体である可能性が高く、奪還の好機と判断。至急向かわれたし。
座標:エデニア軌道衛星〈アステリア〉 セクター12-A、会場ビル直通ランディングパッド有り。
なお、両名にはパーティに潜入できる仮の身分を用意した。
各惑星の要人が集まる場である。
くれぐれも、銀河警備隊所属であることが露見せぬよう注意されたし。
現場には、私も別任務にて向かう。
詳細は現地にて。
――オルカカ”
「犬の“お披露目”!?……なんてことしやがる」
エルは顎に手をあて、難しい顔でホロを見つめた。
「お披露目……何のために……?兵器としての完成を誇示する気か?」
「兵器?」
セリオンが首を傾げる。
エルは小さく首を振った。
「いや、なんでもない」
セリオンが肩をすくめる。
「しかし、アステリアか。行ったことねぇな」
エルの口元に、微かな笑みが浮かぶ。
「富豪向けの衛星都市だからな。……お前には無縁だろ」
「なんでだよ!」
「ガボッ」
セリオンの叫びに、ガボンが不満げに小さく吠えて応じた。
そこへ、再び受信音が鳴る。
追って届いたメッセージには、二人の身分証と偽名が記されていた。
“アレクス・ノヴァリス:新興財閥の実業家。
グレイ・フロスト:その警護係。”
二人はホロを読み終えると、同時に顔を上げた。
「だってよ。――“アレクス”」
セリオンがニヤリとやると、エルは露骨に眉をひそめる。
「俺は目立ちたくねぇ。お前がアレクスだ」
「は!?どう見たってお前が富豪顔だろ!」
「だからだよ。潜入任務で目立ってどうする。地味顔のお前がやれ」
「地味顔ってなんだよ、地味顔って!」
言い合いに、ストレイの声が割り込んだ。
『衣服の変更を推奨します』
その声と同時に、居住区の壁面にあった「用途不明の棚」が、シュッと音を立てて自動で開く。
『さまざまな状況に対応できる衣服を、あらかじめ用意しています』
天井から伸びたアームが、棚の中から服をつまみ上げ、二人の前へぽん、と落とした。
セリオンはそれを受け取りながら、ぽかんと口を開ける。
「す、すげぇな……」
エルも、さすがに驚いたように目を瞬かせていた。
さらに、棚の脇にある引き出しがガコンと音を立ててせり出す。
『お二人は髪色が特徴的なので、髪色変更ノードの装着を推奨します』
二人はゆっくりと顔を見合わせた。
――
ストレイに選んでもらった衣装に着替えた二人。
セリオンは、濃い紫の立ち襟スーツだった。
肩のラインに沿って細い金のラインが走り、胸元には小さなホログラム紋章が浮かんでいる。
動くたび、生地が鈍く光を返した。
首元をぐいっと引っぱりながら、セリオンが顔をしかめる。
「うぅ、苦しい」
「へぇ」
エルがわずかに眉を上げる。
「案外、似合うな」
「え、そ、そう?」
途端にデレるセリオン。
「てか、」
眉を下げ、エルの方を見る。
黒のロングコート。裏地は銀灰色。
腰にはベルト、足元はブーツ。左胸には護衛を示すバッジ。
コートの下には、きっちり銃剣が隠されている。
セリオンはガクリと肩を落とした。
「何着ても似合うんだな、マジで」
「まぁな」
エルが口の端をわずかに上げる。
引き出しを探りながら、エルがぼそりと言う。
「髪色か。まあ、なんでもいいか」
髪色変更ノードをひとつ取り出し、こめかみに装着する。
次の瞬間、白い髪がすっと黒に染まった。
振り返ったエルが、軽く肩をすくめる。
セリオンはその顔をしばらく見つめて、わずかに眉を寄せた。
「ゴーグルつけろよ」
「なぜ」
「……モテちゃうだろ」
ぶっきらぼうに言うと、エルはふっと苦笑し、素直にゴーグルを装着する。
それを見て、セリオンが片眉を上げた。
「それはそれで、ギャンボス再来って感じだけどな」
苦笑しながら、自分も棚から適当に髪色変更ノードを取り出して装着する。
薄紫が、ゆっくりと銀色に変わっていった。
鏡の中の自分を見て、セリオンが目を丸くする。
「あ。昔に戻った」
「昔?」
エルが小さく首を傾げる。
セリオンが「あぁ」と振り向いた。
「言ってなかったっけ。昔――」
ストレイの声が、会話を断ち切るように割り込んだ。
『間もなく、衛星〈アステリア〉に到着します』
「ガボン!ガボ!」
窓の方へ飛びついたガボンが、外を見ながら嬉しそうに吠える。
窓の外には、人工の灯りをびっしりまとった小惑星が、星々の海の中でまばゆく輝き始めていた
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