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Chapter 5. アステリア
episode 14. 共鳴
しおりを挟むアステリアは、宝石箱をひっくり返したような衛星だった。
黄金のドームが連なり、透明なチューブ状の通路が建物と建物を縫うように走っている。
発着場には見たこともないような豪奢なプライベート艇がずらりと並び、その合間を給仕ドローンが忙しなく飛び回っていた。
アストレイカーは、オルカカに指定された会場ビルのランディングパッドへ静かに着陸した。
係員が正体スキャンを行う。
ホロを確認し、にこやかな笑みと共に一礼した。
「アレクス様、グレイ様ですね。こちらへどうぞ」
案内に従い、二人は建物の内部へと足を踏み入れる。
通路の両側には、高級ブティックやカジノが立ち並んでいた。ショーウィンドウの中で、宝飾品と最新型ノードが同じように光を反射している。
「わぁ。なんか、セレブって感じだな、ここ」
セリオンがきょろきょろと周囲を見回す。
「おい、田舎者が丸出しだ。前向いて歩け」
エルが眉を寄せて小声で釘を刺した。
「はいはい」
セリオンは不貞腐れたように口を尖らせつつも、視線を前に戻す。
周囲には、さまざまな惑星の種族の富豪たちが行き交っている。宝石をこれでもかと身にまとった貴婦人。異星種の従者を引き連れた商人。すれ違う誰もが、桁違いの富をその身にぶら下げている。
「なんか、息苦しいな」
セリオンがぼそりと呟く。
「慣れろ。今日はお前も“こっち側”の人間だ。……そうですよね?アレクス様」
エルが片口元を上げてニヤリと返した。
「ちゃんと俺を守ってくれよ、グレイ君」
セリオンも負けじとニヤリと笑い返す。
やがて扉が開け放たれた大広間に出た。
会場は、巨大な吹き抜け構造のホールだった。
天井には無数のシャンデリアが浮かび、ゆっくりと軌道を描きながら光を撒き散らしている。
壁面は生きた花でびっしりと覆われ、中央の噴水からは液体ではなく、微細な光の粒子が舞い上がってホール全体を淡く照らしていた。
「ここだな」
エルが周囲を見渡しながら低く呟く。
「お披露目はまだみたいだな」
セリオンも頷き、会場の奥を見やる。
「二人とも、よく来てくれた」
背後から聞き慣れた声がした。
振り返ると、そこにはオルカカが立っていた。
少し離れた場所には、丸々と肥えたエデニア人の要人――ヴァレンティスの姿も見える。
その姿を認めた瞬間、エルの眉がわずかに寄った。
「副司令官!」
思わず敬礼しかけたセリオンの脛を、エルが足で小突く。
「おい」
「あっ……」
セリオンは慌てて姿勢を崩し、誤魔化すように頭をかいた。
オルカカはそんな二人を一瞥し、目を細めながらも、周囲に聞こえない程度の声量で話し始める。
「ヴァレンティスから聞くに、“お披露目”は間違いなく行われるそうだ。時間は――あと一時間ほどだろう」
そう言いながら、オルカカはホール全体へと視線を滑らせた。
セリオンもそれにつられて周囲を見回す。
いくつかある出入口の付近、そして会場内の要所要所に、銃を携えたエデニア人の傭兵たちが目立たぬように配置されている。
「見ての通り、警備はかなり厳重だ。子犬を奪還したら、真っ先に裏口から離脱しろ」
オルカカはそう言って、小型の端末をセリオンに手渡した。
「これを認証パネルにかざせば、裏口のロックが一時的に解除される」
「了解しました」
セリオンは端末を受け取り、スーツの内ポケットに滑り込ませる。
ふう、とオルカカがひとつ息を吐いた。
そして視線をチラッとエルに向ける。
「私は見ての通り、要人の側を離れられん。……本来なら、こういう仕事は警備隊のトップが出張るべきなのだがな」
その言葉の端に、わずかな不機嫌さが滲む。
エルは、視線を明後日の方向に流した。
その横顔に、わずかな苦みが滲んでいたが、セリオンは気づかなかった。
「エリュシフォン総司令官、俺も見たことねぇですからねぇ」
セリオンが苦笑混じりにぼやく。
「俺たちで、何とかしますよ」
オルカカは短く頷く。
「ああ。頼んだぞ」
「おい!! オルカカ!!」
不満げな声が背後から飛んできた。
「いつまで話をしている!私があっちに行けないだろう! 早く来い!」
ヴァレンティスが、脂ぎった顔を真っ赤にしてオルカカを呼んでいる。
オルカカは露骨にため息をつき、セリオンとエルに目配せを送ると、しぶしぶといった足取りでヴァレンティスの元へ戻っていった。
「大変だな、副司令官も」
セリオンが思わず呟く。
「全くだ」
エルは眉を下げたまま、遠ざかっていくオルカカの背中をしばらく見つめていた
セリオンとエルは、ホールの中を歩きながら、さりげなく逃走ルートを確認していった。
「裏口はあそこだな」
厚いカーテンの陰に、ひっそりと隠れるようにして扉がある。その脇で、セキュリティ端末のライトが静かに点滅していた。
「子犬を奪ったら、とりあえず全力で走れ。追っ手は俺が引き受ける」
エルが低く言う。
セリオンは眉をひそめた。
「お前、もう“あれ”は使うなよな」
エルは肩をすくめる。
「使わねぇよ。ここでぶっ放したら、大惨事だからな」
苦笑まじりの声。
そうして歩いていくと、ふいに視界が開けた。
大きなガラスの向こうに、テラスが見える。
「……息苦しいし、外で待とうぜ。香水に酔っちゃって」
セリオンが襟元を指で引っ張りながら言った。
二人はテラスへ出た。
他に人はいない。
人工の星々が天蓋に瞬き、夜のアステリアの街は下方から溢れる光で満ちている。無数のネオンとホログラム広告が、衛星の一角を昼のように照らしていた。
セリオンは外気を胸いっぱいに吸い込んで、ぐっと伸びをする。
「はーー……やっと息できた」
「慣れろよ、いい加減」
エルが小さく笑う。
「無理。絶対むり」
そうぼやきながら、セリオンはテラスの手すりに背を預け、ガラス越しにホールを振り返った。
視線の先で、オルカカが小さく見える。
どこか不機嫌そうな顔で、ヴァレンティスに何かを説明していた。
セリオンはふと何かを思い出したように、隣のエルへと顔を向ける。
「そういえばさ。エルへの依頼って、副司令官からの指令なんだよな?」
街の灯りを見下ろしていたエルが、ゆっくりと振り返って頷いた。
「ああ」
「やっぱ、そうなんだな」
セリオンはガラスの向こうを見たまま、ぽつりとこぼす。
「子犬の保護ってさ。いつまでなんだろうな」
「……さぁな。“落ち着くまで”ってやつだろ」
「依頼が終わったら、また別の場所に行くのか?」
セリオンが、今度は真正面からエルを見る。
エルは答えなかった。
代わりに、わずかに首を傾けるだけだった。
短い沈黙が、二人のあいだに落ちる。
セリオンは小さく息を吐いた。
「エルさ、アウトライダーじゃねぇだろ」
静かな声だった。
エルは一瞬、動きが止まる。
「……どうしてそう思う」
「うーーん。“なんとなく”って言うと、雑なんだけどさ」
セリオンは困ったように笑った。
「俺が知ってるアウトライダーって、もっとこう、自由気ままな傭兵って感じなんだよ」
一度言葉を切り、言い直すように続ける。
「でも、お前は――なんか、何かに縛られてるみたいでさ」
その一言に、エルがはっと顔を上げた。
「……そんなことは、ない」
即座に否定する。
けれど、その声はほんの少しだけ上ずっていた。
「なんていうかさ。すげぇ重いもん、背負ってるって顔してるんだよ」
セリオンが、そっと一歩近づく。
エルは、そのわずかに高い目線を見上げることしかできなかった。
セリオンは、苦笑とも照れ笑いともつかない表情で続ける。
「それってさ。俺が半分とか、持てないもんなのかな」
静かなテラスに、セリオンの声だけが落ちた。
エルの瞳が、大きく揺れる。
何か取り繕う言葉を探そうとして――結局、何も出てこなかった。
セリオンは頬をかきながら、視線を逸らさずに言う。
「……俺は、お前とずっと一緒にいたいよ」
エルは視線を落とす。
何も言えない代わりに、そっと一歩近づき――額を、セリオンの肩に預けた。
黒く染まった髪が、ドレスライトを受けてかすかに光る。
セリオンは、その頭を見下ろしながら、小さく息を吐いた。
(一体、お前は何を抱えてるんだ)
(なんで、そんなに不自由そうなんだよ)
そう思いながら、エルの背に腕を回そうとした、その瞬間――
ガラスの向こう、ホールの中から、どよめきが湧き上がった。
エルがはっと顔を上げる。
セリオンもつられて、ホールの中を振り返った。
ホールに駆け込むと、ホール前方、大きな強化ガラス製のケースが、スポットライトを浴びていた。
その中に、一匹の白い子犬。
見た目はガボンに瓜二つ。
グラントで連れ去られた子犬だった。
小さな身体を震わせ、怯えた目で周囲を見回している。
その隣には、白衣を着たエル・ヒューマニアの男と、同じく白衣姿のエデニア人の女。
セリオンとエルは集まり始めた人混みをすり抜け、前方がよく見える柱の影に身を潜めた。
「お集まりのセレブの皆さん!」
女が、芝居がかった声で高らかに叫んだ。
ホール内の視線が、一斉に壇上へと集中する。
「これからお見せするのは、我らが第一惑星ヴァルガルドの新兵器!」
“兵器”という単語に、会場がざわついた。
女が片手を上げると、背後の大型スクリーンにホログラム映像が浮かび上がる。
真っ黒な球体の装置。
禍々しいシルエット。
「〈ゼロ・コーラス〉――その威力の一端を、ご覧いただきましょう」
エルの目が見開かれる。
「あれが……」
「兵器!?いつの間に、こんなもん作ってやがった」
セリオンは眉をひそめた。
白衣の女が、観客を見回しながら続ける。
「因子消失騒動のあと――ノードが以前ほど使えなくなったと感じている方はいませんか?特に、地球人の血をもつ皆様」
あちこちで息を呑む気配が走る。
女は、わざとらしく両手を広げた。
「今、α銀河が求めているのは、ノードでも因子でもない。まったく新しいエネルギー――それが、〈エコー〉の力です!」
会場にどよめきが広がる。エデニア人の高官たちは、頷く者と首を振る者に割れていた。
セリオンは、ふとアイノの言葉を思い出していた。
――それ、エコーの力だろ。
「エコー……」
無意識に、その名を呟く。
女がさらに言葉を重ねる。
「〈ゼロ・コーラス〉は、エコーの力を“操る”ための兵器。その一部――〈共鳴〉の機能を、今から実演いたします」
「共鳴、だと?」
エルが目を細める。
隣のエル・ヒューマニアの男が端末を操作すると、ホロ映像のゼロ・コーラスに紫の光が走った。
「共鳴実験、開始」
女が宣言した瞬間――
ホロ上のゼロ・コーラスのコアが眩い光を放つ。
ケースの中の白い子犬の身体が、じわりと紫色に輝き出した。
同時に――
セリオン自身の身体からも、淡い紫の光が立ち上がる。
「……え?」
セリオンが、自分の手の甲を見つめる。
紫の光が皮膚の下で脈動していた。
エルが、ありえないものを見たような顔で目を見開く。
「お前……その光――」
女の声が、それを遮った。
「ゼロ・コーラスによって共鳴するのは、エコーの力。そして、一度共鳴したエコーは――ゼロ・コーラスの意のままに“操る”ことができるのです!」
その言葉と同時に、子犬の入った強化ガラスが静かに開く。
紫に光る子犬が、ふらりと立ち上がった。
エル・ヒューマニアの男が端末を操作する。
女が顎をしゃくって命じた。
「では――噴水を、お消しなさい」
次の瞬間、子犬の身体から紫の光線が放たれた。
一直線に、人垣の向こう――中央の光の噴水へと奔る。
ゴン、と硬いものが砕ける鈍い響き。
光の粒子を噴き上げていた噴水が、一瞬で跡形もなく消し飛んだ。
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