Lilac

アカアシトカゲ

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Chapter 5. アステリア

episode 15. ライラック

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会場が凍り付いた。

女は、静寂を楽しむように口元を吊り上げる。

「これが〈ゼロ・コーラス〉の力。我らがヴァルガルドは、この力をもって銀河を支配することができる。セレブの皆様――あなた方のヴァルガルドへの“扉”は、いつでも開いておりますわ」
にこりと微笑む。その笑顔は氷より冷たかった。

そこへ、怒声が割って入る。

「デタラメだ!!こんなもの、インチキに決まっておる!!」

ヴァレンティスだった。

「ヴァルガルドなどに下ってはならん!!破滅の道だぞ!!」

「ヴァレンティス殿、どうか――!」
オルカカが慌てて止めようとするが、それより早く女の視線がヴァレンティスを射抜いた。

「……ゴミが」
吐き捨てるように言い、子犬に目線を送る。

「あいつを消せ」

紫の閃光が走った。
犬の身体から放たれた光線が、真っ直ぐにヴァレンティスへと突き刺さる。

「――!」

オルカカが前に出るより早く、光がヴァレンティスを包み込んだ。

一拍。
光が消える。

その場には、何も残っていなかった。
生々しい焼け焦げの痕すら、ない。

「……っ」
オルカカの顔から血の気が引く。
身体がそこで固まってしまった。

悲鳴。怒号。
会場が一気にパニックへと傾く。
セレブたちが我先にと出口へ殺到し、足音と叫び声が渦を巻いた。

「クソッ!なんてことを」
エルが、珍しく感情を露わにして吐き捨てる。

セリオンは呆然とその光景を見ていたが――ふ、と自分の身体を包んでいた紫の光が霧のように散っていくのを感じた。

はっとして、再び犬を見る。
子犬はその場に崩れ落ち、ぐったりと動かなくなっていた。

「エル!今しかない!」
考え込んでいたエルの腕を、セリオンが強く引いた。

エルが我に返り、顔を上げる。

二人は同時に人混みを飛び出し、犬のもとへ向かって駆け出した。犬と白衣の二人の前に躍り出た瞬間、強化ガラスのケースが再び閉じる。

エルが銃剣を引き抜き、構えた。

「その子犬を放せ!」
セリオンの怒声がホールに響く。

女は、二人を見るなり嬉しそうに目を細めた。
「あら。出てきたわね、“二人組”」

彼女が素早く通信回線を開く。
「きました、“例の二人組”です」

その声を合図にしたかのように――
窓ガラスを破って、扉を蹴り開けて、ヴァルガルド兵たちが一斉になだれ込んでくる。

あっという間に、数十人の兵士が二人を取り囲んだ。

「観念しろ!子犬はどこだ!」
ひとりが怒鳴る。

「チッ……罠か」
エルが顔をしかめる。

その隙に、白衣の二人はケースごと子犬を移動させ、裏口の方へと逃げ出していた。

エルが銃剣の刀身を伸ばす。光を帯びた刃が走る。

「やめろ」
セリオンがその腕をつかんだ。

「言ってる場合じゃねぇだろ」
「俺がやる」

セリオンが前に出る。
 
エルがわずかに眉を寄せた。

セリオンの足元から、薄紫の光がふわりと立ち上がる。
渦を巻くように身体を包み込み、その輪郭をぼんやりと滲ませていく。

エルは、その光景をただ唖然と見つめていた。

「なんだ、その光は」
「どうせノードの一種だろ。ビビらせんな」
ヴァルガルド兵が笑い、斧を構えて飛びかかる。

振り下ろされる刃。

その瞬間――セリオンの身体がふっとブレた。

大きな回し蹴り。
だが、蹴りは空を切ったように見えた。

「おいおい、当たってねぇ――」
兵士が嘲るように口を開いた途端。
セリオンの正面にいた兵たちが、一斉に血を吐いて崩れ落ちた。

胸や腹部に、紫色の焼け痕が浮かんでいる。

「て、てめぇ、何しやがった!」

残ったヴァルガルド兵が一斉に襲いかかる。

セリオンは軽く跳躍し、頭上を飛び越えながら横薙ぎに裏拳を放った。

その拳が空を切ったと同時に、着地。
遅れて数人の兵士が、肺をかきむしるような咳と共に血を吐き、まとめて倒れ込む。

セリオンの瞳が、淡く紫に光っていた。

「あの光は……ライラック……、ヴェルモラの<ライラック>だ!」
ヴァルガルド兵が青い顔をして叫ぶ。
数人が逃げ出した。
 
「その名前で呼ぶなって」
セリオンが顔を思い切り顰める。

エルは紫の光を纏うセリオンの姿を見て立ち尽くしていた。ヴァルガルド兵が隙を狙って、数人がかりで斧を振り上げてくる。
 
「!!」
一撃をなんとか銃剣の刀身で受け止め、そのまま撃ち抜いて一人を倒すが、次の一撃が重すぎて――刃ごと弾き飛ばされた。
「くっ……」
エルの身体が床に転がる。

「エル!」

セリオンが駆け込み、エルに迫っていた兵をまとめて殴り飛ばした。

兵の一人が斧から銃に持ち替える。
セリオンの背中に照準を合わせる。

「セリオン!」
エルの叫びと同時に、短い銃声が響く。
背後から狙っていたヴァルガルド兵が、セリオンの足元に倒れ込んだ。

振り向くと、そこにはオルカカがいた。
まだ煙の上がる銃口を構えたまま、すぐさま別方向の兵へ照準を向ける。

けたたましいサイレンが、ホール中に鳴り響いた。

『ここは包囲した。直ちに投降せよ』
 
声と共に、窓の外には銀河警備隊のガンシップが次々と浮かび上がってきた。

「まずい!警備隊だ!」
「撤退準備だ、急げ!!」
ヴァルガルド兵の間に、動揺と混乱が広がる。

オルカカが、セリオンとエルを振り返った。

「あとは私がなんとかする。裏口から、奴らを追え!」

セリオンが眉をひそめる。
「しかし――」
「早く行け!」

オルカカが語気を強め、柱の陰に身を隠しながら、次々と兵たちを撃ち抜いていく。

二人は短く目を合わせると、裏口へ向かって駆け出した。

長いサービス用の廊下を走り抜ける。
 
視界が開けた先――そこに、白衣の二人と子犬を入れたケースが見えた。

こちらを振り返り、男が端末を取り出そうとする。

「させるか!」
セリオンが飛び込み、拳で端末を叩き割った。

「きゃっ!」
 
端末を失った女が怯えた顔で後ずさり、そのまま踵を返して逃げ出す。エル・ヒューマニアの男も、顔を引きつらせながらそれに続いた。

セリオンはまだ波動を纏ったまま、ケースの強化ガラスを殴りつける。割れない。
 
「っ……くそ、岩より硬ぇな!」
 
「セリオン、どけ」

エルが一歩前に出て、銃剣を構えた。

「お、おい!?」
「“抑える”。大丈夫だ」

銃口が淡く光り、強化ガラスの一部がじゅうっと音を立てて溶け落ちる。

セリオンがその隙間から手を差し込み、横たわる子犬をそっと抱き上げた。

その背後から、重い足音が複数響いてくる。

「追手か。急ぐぞ」

エルが一歩踏み出した瞬間――視界がぐらりと揺れ、膝をついた。
「クソ、こんな出力ごときで……」
 
「エル!」
セリオンが慌てて腕を取って引き起こす。
ふらつく身体を肩で支えながら、通信ホロを叩いた。

『ストレイ!裏口に!』
『すでに待機しています』

裏口の扉を押し開けると、目の前いっぱいに、見慣れた船体のシルエットが広がった。

アストレイカー。

二人は子犬を抱えたままタラップを駆け上がり、船内へと飛び込んだ。

――

アストレイカーの内部は、ひどい有様だった。

壁や床のあちこちに、黒く焦げた跡。
棚からは物が落ち、焼け焦げた残骸が転がっている。

ケージの中では、ガボンが小さく丸くなって眠っていた。

「な、何があったんだ」
中に入ったセリオンは、その光景に愕然とする。

『四十八分ほど前に、ガボンが紫色に発光し、アストレイカー内部を攻撃し始めました。このままでは飛行に支障が出ると判断。私の独断で投薬し、強制昏倒させています』

エルが息を呑んだ。
「――共鳴か」

セリオンの腕の中で、子犬がかすかに身じろぎする。
セリオンがはっと顔を下ろす。

今にも消えそうな、弱々しい呼吸だった。
「ストレイ!医療ユニットを!」

『ユニットの修復ノードを用いた場合でも、その子犬が助かる確率は、零・五パーセントです』

「いいから!早く!」
セリオンが叫ぶ。

メドベッドが起動する。
セリオンは慌てて子犬をそこに寝かせた。
淡い医療光が、か細い体を包み込む。

「ごめんな……俺が、あの時炭鉱で助けられなかったから……」

セリオンは悲痛な顔で子犬の頭を撫でる。
エルは近くの椅子に腰を下ろし、項垂れた。

やがて、子犬がわずかに首を動かし、セリオンの方を見上げる。
「大丈夫。助かる……助かるさ」

セリオンは撫でる手を止めない。

「……クン」
小さく鳴いたあと、子犬の身体がふたたび紫に光り始めた。
光が、撫でているセリオンの手へと移っていく。

セリオンは眉を寄せる。
「やめろ……やめろって」

震える声で呟いた。

エルがゆっくり顔を上げる。
瞳が大きく揺れた。
(やはり……)

胸の奥が、きしむように痛んだ。

セリオンの手の中で、子犬はいっそう眩く紫に輝く。

次の瞬間――
光だけを残して、その姿は消えていた。

セリオンの手には、まだ紫の残光だけがじんわりと残っている。

セリオンは俯き、歯を強く食いしばった。

「セリオン……」
エルが名前を呼ぶ。

「……昔にも、あったんだ。同じこと」

セリオンが、静かな声で話し始めた。

「十年ちょっと前かな。瀕死だった獅子みたいなやつに会ってさ。そいつのことも、こうやって撫でてたんだ。そしたらそいつが急に光って、その光が俺に移って――そのまま消えちまった」

顔を上げたセリオンは、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「また助けらんなかった。こんな力、貰ってんのに、さ」

エルは反射的にセリオンのもとへ歩み寄り、その身体を抱きしめた。
「お前のせいじゃない。俺も、助けられなかった」
耳元で、低く落ち着いた声がする。
 
「……まだガボンがいる」
 
(そして――“お前”も)
 
言葉にならない続きが、エルの胸の中で渦を巻く。

セリオンはエルの肩に顔を埋めたまま、小さく頷いた。
一度だけ、ぎゅっとエルを抱きしめ、それからゆっくりと腕をほどく。

「ガボンは守る。――何があっても」

エルはその言葉に口元だけで笑う。
胸の奥に、大きな不安を抱えたまま。

(お前も、エコーの力を持っているのなら――)

散らかった船内と、ケージの中のガボンに視線を送る。

ビビ、と通信音が鳴った。
オルカカの通信回線が、静まり返った艦内の空気を切り裂いた。
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