Lilac

アカアシトカゲ

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Chapter 6. 距離

episode 16. さよなら

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『緊急回線。オルカカ副司令官は、内通の疑いにより、現在エデニア政府に身柄を拘束されています』

静まり返った艦内に、無機質な声だけが響いた。

セリオンは、いつ開いたのかも覚えていない受信ホロを、呆然と見つめたまま固まっていた。

「なんだって?」
ようやく絞り出した声は、かすれていた。

「馬鹿な……!」
隣で、エルが低く唸るように言う。
いつも冷静な声が、わずかに震えていた。

「オルカカが内通者なわけがない」
噛みしめた奥歯の音が、やけに大きく耳に響く。
「――あのパーティも、ガボンと俺たちを呼び寄せるための罠だった」
拳を握りしめる。

セリオンが眉を寄せる。
「じゃあ、副司令官以外に、誰かが――」

短い沈黙が落ちる。

「ヴァルガルドの兵器が完成間近なのに」
セリオンが、神妙な顔でぽつりと漏らした。

「副司令官が捕まったら、銀河警備隊は、どうなっちまうんだ……」

その言葉に、エルの肩がわずかに揺れる。

しばらく、誰も何も言わなかった。
機関音だけが、遠くで一定のリズムを刻んでいる。

やがて、エルが静かに口を開いた。
「……ストレイ。イージス・プライムへ」

セリオンが顔を上げる。
「確かに、一旦帰った方がいいな」

エルは何も言い足さなかった。
ただ、じっと前だけを見ている。

『了解しました。目的地をイージス・プライムに再設定します』

ストレイの声が淡々と告げる。

アストレイカーは、重い沈黙を抱えたまま、ゆっくりと進路を変えた。

 
一方その頃。
深海・銀河警備隊秘匿本部《マリナス・ヴォールト》。

その中枢のひとつ、秘匿情報局は、指揮役であるオルカカの拘束の知らせに騒然としていた。

「これからどうするってんだ?」
「副司令官に限って、内通なんてあるわけない!」
「シグラ局長がどこにもいないんだぞ!こんな時に……」
「きっと局長が動いてくれているはずだ。まずは連絡を待とう」

錯綜する声が飛び交う中で――
新人情報員のフィンだけは、黙々と定期バックアップとログ照合のルーティンワークを続けていた。

スクロールしていた指が、ふと止まる。
「……?」

あるログの欄に、違和感が引っかかった。
(あれ?この時間帯、本来ならログが残ってるはずなのに。消えてる?)

送信元は、シグラ。

(局長のログならまあ、何か理由があるのかも)
 
そう自分に言い聞かせて、見なかったふりをしようとスクロールを再開する。
だが、数行進んだところで、指が再び止まった。

胸の奥がざわつく。

「……やっぱり、ちゃんと見なきゃ、だよな」
フィンはため息をつき、ログ一覧を、一つ前のページまで戻した。

 
――――

 
第一惑星〈ヴァルガルド〉
軍事中枢・黒鋼の城塞艦〈バスティオン〉

黒鋼で組み上げられた巨体は、いまは地表のドックに縫い付けられたまま、低い唸りを上げていた。

灯りの少ない廊下を、ガルザードとシグラが並んで歩いていた。
重い足音が、金属質な床に低く響く。

「幼体を取り逃がし、二人組にも逃げられたそうだな」

ガルザードの威圧的な声が、静寂を押し潰すように落ちる。
だが、シグラはそれを意にも介さず、口元だけで笑った。

「しかし、おかげで面白いことが分かりましたよ」

足を止めるシグラ。
数歩先まで進んでいたガルザードが、振り返る。

「なんだ」

「報告によると、セリオン・アスターは、昔ヴェルモラで話題になった波動を使う賞金稼ぎ――ライラックだと。そして、計測によるとその波動の力が“エコー”であると」

「エコー、だと?」

ガルザードの目が細くなる。

「ライラックは、ゼロ・コーラスの共鳴には完全に呑まれなかったようです。持っているエコーが弱いのでしょう。しかしそれでも、現場の報告では“かなりの戦闘力だった”と」

「ほう」

ガルザードの口端が、ゆっくりと吊り上がる。

「ならば、兵器として――利用価値がありそうだ」
シグラは満足げに頷いた。

「加えて、エデニア政府には“オルカカが内通者である”と虚偽の報告を上げておきました。――まんまと信じ込み、オルカカは拘束済みです」

「ふっ」

ガルザードの喉から、愉快そうな笑いが漏れる。

「指揮系統を失った銀河警備隊など、もはや敵のうちに入らぬ。丸裸の獲物よ」

ゆっくりと歩き出しながら、ガルザードは続けた。

「ゼロ・コーラスも完成間近。あとは――」

「エコーの力、ですね」

シグラが言葉を継ぐ。

「最優先目標は、セリオンと幼体の捕獲。やつらの乗っているガンシップも割れている。ゼロ・コーラスの完成まで、あと一歩です」

ガルザードは背中に担いだアーク・レリック〈マウル〉の柄に手をかける。

「もうすぐ、α銀河が一つの強力な軍隊になる。力を戻した”マウル”もあれば、未知の脅威に備えるだけではなく――新しい銀河も我が物にできるかもしれんな」

廊下の先に据えられた分厚い装甲窓から、バスティオンの艦首がわずかに覗いていた。
 
巨大な城塞戦艦はなお地表に繋ぎ止められたままだが、その周囲でドックアームの一部が、すでに切り離し準備に入っている。

「――バスティオンが、星々の海へ昇る日も近い」

ガルザードの呟きと共に、黒鋼の城塞の奥深くで、ゼロ・コーラスの鼓動が不気味に高鳴った。

 
――――

 
アストレイカーでは、変装装備を解いた二人が、いつもの格好に戻っていた。

セリオンは、ケージの中で眠るガボンの頭を、静かに撫でている。
窓の外には、エデニアの青い輪郭が、じわりとにじむように大きくなってきていた。

エルはコックピットの座席に深く身を沈め、腕を組んだまま、黙り込んでいる。

――ゼロ・コーラス。

分かっていたのは〈呼応〉の機能。
エコーの力で、古いものや未知の力を“目覚めさせる”力。
そして、さっき目にした〈共鳴〉。エコーを宿す存在を、“操る”力。

呼応で力を与え、共鳴で支配する。
ヴァルガルドの狙いは単純だ。
エコー持ちだけで編成された軍隊を、作るつもりなのだろう。

それでもなお、奴らは犬をしつこく追っている。
――まだ、ゼロ・コーラスの“燃料”が足りていない。

横目で、セリオンとガボンを見る。

エコーの力を持っているのは、ガボンと、セリオン。
さっきの戦いで、ヴァルガルド側もその事実に気づいたはずだ。
 
セリオンはなぜ、共鳴に操られなかった?
持っているエコーが弱かったのか?
――でもさっき、確実に“足された”。

離すしかない。
遥か遠く、ゼロ・コーラスの共鳴が届かない場所へ。
異変があったのは第六惑星オルドスまで。
つまり兵器の有効範囲は第六から内側。
 
ならば、第七惑星より外へ。
バスティオンはまだ、動けない。その内に。

そして、オルカカ。
嵌められた。内通者として。
実質的な指揮系統を、ほとんど一人に預けてきた“ツケ”が、今になって回ってきた。

指揮系統を失った今、セリオンの言う通り、警備隊は混乱しているだろう。

――俺が、戻るしかない。
この船を降りて。

ふ、と浅く息を吐く。

分かっていた。
この時間が、長く続くはずがないことくらい。
ヴェイルの”呪い”も着実に進んでる。
あれごときの出力で膝をつくくらいには。

時間も自由も自分にないことは、知っていたはずだ。

なのに。

いつもなら、どれだけ内側に踏み込まれようが、いざとなれば閉ざすことなど造作もなかった。

今回は、全部、しくじった。
惹かれてしまった。確実に。

心を許し、身を預けた。

最初は、レクトに似ていると思った。

零部隊時代――自分を庇って命を落とした、ヴェイルの“本来の持ち主”。
セリオンの「まず他人を優先する」癖に、その姿を重ねた。

けれど、レクトとセリオンは違った。

レクトは“前”に立つ。守るために。
 
セリオンは――“隣”に立つ。
未来のない、がんじがらめの自分の行き先まで、一緒に歩くつもりで。

立場も、ヴェイルも、自分には行きすぎた力だ。
行き着く先は、みな同じ。

知っていたのに。
行き着く先が破滅でしかないことを。

だが、自分と違いセリオンはまだ助かる。
操られさえしなければ、助けられる。

共鳴がやむまで、退場させるしかない。
 
――俺は戻る。元凶を破壊するために。
 
もう、共に歩むことは出来ない。

 
――

 
気づけば、エデニアが大きくその輪郭を描き出していた。
 
『間もなく、イージス・プライムに到着します。自動運転を解除します』

「……あ、イージス・プライムは自動操縦禁止だったな」
セリオンが操縦席に移り、操縦桿を握り直す。
 
アストレイカーは誘導光に沿って下降し、イージス・プライムのドックへと吸い込まれていった。

「エル、大丈夫か?」

隣で考え込んでいるエルの横顔を、セリオンが心配そうに覗き込む。
エルは浅く頷き、顔を上げた。

その様子に、セリオンは少しだけ笑みを浮かべる。
「まずは、副司令官の救出だな……」
真面目な声音で言う。
 
「まぁ、俺たち二人なら、なんとかやれるさ」
にっと笑って見せた。

アストレイカーのエンジン音が静かに止む。
エルは一瞬だけ眉を寄せ、目を閉じる。

そして、セリオンへそっと顔を寄せた。
唇が重なる。
短く、けれど、深いキス。

唇が離れる。

「……エル……?」
 
セリオンがわずかに驚いた表情を浮かべた、そのときだった。

「ストレイ。プライマリ権限を使う――操縦者を座席に固定しろ」

静かな声が、コックピットに落ちる。

ガチャン、と金属製のベルトが伸び、セリオンの足と腰を座席に縫い付けた。
次の瞬間、アストレイカー船内の照明が、警告色の赤へと切り替わる。

『プライマリ権限、発動。権限者――エリュシフォン・アルヴェリウス』
無機質な声が、容赦なく宣告した。

「俺が降りたら、第七惑星より外側へ飛べ。内側へ来ることは、許さない」
 
低く、かすれた声。

「エリュシ……フォン……?」
セリオンが呆然としながら、エルを見上げる。
 
エルの表情が、一瞬だけ苦しげに歪んだ。

「ここで、さよならだ」

それだけ言うと、踵を返す。
 
足音が、コックピットから遠ざかっていく。

「……エル!!」

セリオンが叫ぶ。

ハッチが閉まる重い音。
それと同時に、アストレイカーの機体がふわりと浮き上がった。

「おい!ストレイ、離せ!!」

セリオンが暴れても、固定はびくとも動かない。

視界の端、窓の外。
ドックに立ち、こちらを見上げるエルの姿が小さく映る。

「……っ!」

アストレイカーは推進力を上げる。
エルの姿が、イージス・プライムのドックが、見る間に遠ざかっていく。

やがて、青い惑星の輪郭さえも、星々の向こうに溶けていった。
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