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Chapter 8. レリック
episode 23. アムレイナ
しおりを挟む第七惑星〈ルクセリア〉
王立資料図書館。
さっきまで静謐だった館内は、見る影もなかった。
砕けた天窓、抉れた床、本棚から崩れ落ちた書物の山。
首都から派遣された係員たちが、必死に後片付けをしている。
セリオンは、椅子に腰を下ろしたまま、その光景をぼんやりと眺めていた。
守るべきものをすべて失い、中身だけ抜き取られた殻のように。
少し離れたところで、その横顔を見ていたアイノとセンカカが、同時に眉を下げる。
そこへ、本を抱えたイリスがそっと近づいてきた。
「あの……この本」
センカカがタイトルを一瞥し、思わず身を乗り出す。
「これは、リリカル・ハウンドの資料じゃないか!アーカイブにも残っていない、貴重なやつだよ」
イリスは少し寂しそうに笑って、ページを撫でた。
「セリオンさんが、これを探していらして。まだ読み途中だったと思うので……お渡ししたほうがいいのかな、と思って」
そう言って、視線をセリオンに向ける。
彼は腕を組んだまま、ガボンを連れ去ったホバーレイダーが消えていった天窓を見上げていた。
アイノが、イリスに向かって小さく笑う。
「すぐ立ち直るさ、あいつは。そういうやつだ。本、ありがとな」
イリスはぺこりと頭を下げると、また片付けへと戻っていった。
センカカが資料を開き、手早くページを繰っていく。
「やっぱりだ。第五惑星に現れてクラックを起こしたのも、セリオンたちと一緒にいたのも、リリカル・ハウンドで間違いないね」
アイノが腕を組み、頷く。
「問題は、攫われたガボンが、どれだけのエコーを持ってるか、だな」
そう言いながら、ふとセリオンのほうに目をやる。
よく見ると、以前よりもセリオンの髪色が濃くなっている。
「あいつの力も、リリカル・ハウンド由来のエコーだと見ていいだろうな」
視線を落とすと、ちょうど成犬のページが開かれていた。
――だが、そこに載っている姿は、セリオンが言っていた「個体」とは、少し違う気がする。
「ゼロ・コーラスの弱点になりそうな情報、何か載ってないかな」
センカカの指が、ホロページの上を素早く滑る。
最後のページで、ぴたりと止まった。
「こいつは」
アイノが小さく息を漏らす。
「――原初の個体?」
センカカが、ホロに表示された名を読み上げた。
そこに映っているのは、豊かな鬣を持つ大きな獣。
犬というより、獅子に近いシルエット。
アイノ自身には見覚えはない。
けれど――この姿に続く「獅子」という単語に、聞き覚えがあった。
ヴェルモラで、セリオンに力を渡したあの個体。
一方、セリオンは握りしめた拳を解けないまま、時間だけをやり過ごしていた。
砕け散った天窓の枠を見る。
波動を外してしまった箇所。
(肝心な時に、外すんだよな、俺は)
勇敢にも戻ってきて、自分に力を渡してくれたガボン。
なのに守りきれなかった悔しさが、胸の奥を焼く。
エルのときも、そうだ。
(あいつが辿り着いている答えに、俺が辿り着くのは、いつもずっと後だ)
隣に並んでいたいのに。
エル、ガボン、ストレイ――
アストレイカーで一緒に旅した日々が、脳裏に次々と蘇る。
(気づけば、全員、いなくなってんじゃねぇか。俺が、不甲斐ねぇせいで)
視線を落とし、ぎゅっと目を閉じる。
「セリオン!!ちょっとこっちにこい!」
鋭い声が飛んだ。
反射的に、体がびくりと跳ねる。
アイノが険しい顔でこちらを見ていた。
セリオンはゆっくりと立ち上がり、二人のもとへ歩み寄る。
視線は、開かれた本に引き寄せられた。
「それは――」
センカカが頷き、最後の1ページをセリオンのほうへ向ける。
「この個体に、見覚えは?」
鬣をたっぷりと湛えた巨体。
写真の中のそれは威厳に満ちているが、セリオンが知っている姿はもっとボロボロで、今にも消えそうだった。
それでも、見間違いようがなかった。
「……似てる。俺に力をくれたやつに」
「時期は?」
センカカが、珍しく食い気味に訊ねる。
セリオンは少し宙を見上げ、記憶を辿った。
「十三年とか……十二年とか、それくらい前だったと思う」
センカカがハッと顔を上げ、アイノと視線を交わす。
アイノがニヤリと笑い、セリオンを見据えた。
「“似てるやつ”なんかいない。この姿は、この一匹だけだ。
リリカル・ハウンドの原初個体――群れの王だ」
そう言って、資料の説明文を指し示す。
セリオンは首を傾げながら、ホロに浮かぶ文字を追った。
「『リリカル・ハウンドの原初個体。十三年前、オルドスのクラックから数匹の群れを率いて出没。未知の力”エコー”を使い、各地で異変を起こす。
ヴァルガルドに捕獲され軍研究施設に送致されたのち、所在不明……原初個体はリリカル・ハウンドのα個体。群れのリーダーであり、“共鳴を発する側”である』……共鳴を、発する側?」
「どんな生体でもそうだが――“α側”は、命令することはあっても、されることはない」
アイノが低く言う。
センカカが続ける。
「α個体のエコーを受け継いでいる君なら、共鳴は通らない。操られないはずだよ」
セリオンが、はっと目を見開く。
アステリアで行われた共鳴実験。
あのとき、自分は“光っただけ”で、意識を乗っ取られることはなかった。
(共鳴が効かない?――だったら、)
アイノが、セリオンの肩をどんと叩く。
「行くだろ?……お前なら」
セリオンは奥歯を強く噛みしめ、頷いた。
「ああ、行くさ。――全部、奪い返す」
三人は互いに視線を交わし、うなずき合う。
「あ、でも」
セリオンが困ったように眉を下げる。
「アストレイカーが、第七から外に出してくれないんだよな」
『シルバースターなら、プライマリ権限を使用できます』
突然、通信越しにストレイの声が割り込んできた。
「うわ、びっくりした」
セリオンは耳から端末を離し、机の上に置いてオープンモードに切り替える。
『銀河の英雄〈シルバースター〉には、有事に備え、銀河警備隊のプライマリ権限が付与されています』
アイノが肩をすくめる。
「初耳だな」
セリオンが口の端を上げた。
「さすがとしか言えねぇな。……じゃあ、アストレイカーで行こう」
『アストレイカーのAI機能は現在低下中です。自動渡航モードは使用できません。私の機能の一部を、外部ドローンに割いています』
セリオンが眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
『図書館が封鎖され、通信もジャミングされていたので、援護が不可能でした。しかし、待機中にガボンを捕獲したホバーレイダーを確認。機体裏面に、監視ドローンを貼りつかせました。そのまま〈バスティオン〉に潜入し、現在ゼロ・コーラスのスキャンを行っています』
三人とも、ぽかんと口を開けた。
「え、バ、バスティオンにいるのか?す、ストレイが?」
セリオンの声が、裏返る。
『厳密には、“監視ドローンの一基が”です。現在、ゼロ・コーラス解析のために、私の演算容量の大部分をそちらに割いています』
「ガボンは……ガボンは無事なのか!?」
食い気味の問いに、ストレイは少しだけ間を置いてから答える。
『現在、ガボンのエコー・エネルギーを利用した〈呼応〉および〈共鳴〉シークエンスが開始されようとしています。しかし、出力範囲は第一惑星内に限定されています。このエネルギーレベルであれば、ガボンのエネルギーが零になる可能性は低いと推測されます』
セリオンは、胸の奥に溜まっていた息を、ゆっくりと吐き出した。
『ゼロ・コーラス解析の結果ですが、アストレイカーへリアルタイムで送信しています』
「よし。すぐ確認する!ストレイ、お前も気をつけろよ」
『監視ドローンが破壊されても、私の中枢機能には影響ありません』
さらりと返され、セリオンは少しだけむすっとする。
『操縦者』
ストレイが呼ぶ。
「なんだよ」
『あなたは、一人ではありません』
セリオンの目が、大きく見開かれた。
さっきまで“全部失った”と思っていた。
けれど――
「……そうだな。まだ、お前がいたな。……相棒」
通信が切れる。
アイノが呆れたように、しかしどこか感心したように眉を上げる。
「すげぇな、お前んとこのAI」
セリオンは、ニカっと笑った。
「だろ?自慢の相棒だ」
――
三人は図書館の出口へ向かって歩き出した。
途中、散乱した本を拾い集めているイリスの姿が目に入る。
「イリス」
セリオンが声をかけると、イリスは顔を上げ、ふわりと微笑んで駆け寄ってきた。
「もう、行かれるんですね」
どこか名残惜しそうな声音だった。
セリオンは申し訳なさそうに眉を下げる。
「図書館、ぐちゃぐちゃにしちまって……悪い」
イリスは小さく首を振る。
「詳しいことはわからないんですけど、ヴァルガルドが“良くないこと”をしているって噂は、第七にも届いてますから」
セリオンは手に持っていた資料を差し出した。
「これ、読み終わったよ」
イリスは両手で本を受け取り、胸に抱きしめるようにしてから、少し不安げに目を伏せる。
「ガボンちゃんを……取り返しに行くんですか?」
セリオンは、言葉の代わりに黙って頷いた。
「あの、もう一人の綺麗なお兄さんも、一緒に?」
「別経路でな。でも、目指してる場所は同じだ」
イリスは一瞬だけ視線をさまよわせ、それから決意を固めたようにセリオンを見上げた。
「セリオンさん」
「ん?」
「――あの人を、守ってあげてください」
真剣な瞳だった。
「彼は……危ない。悪いことが起こりそうな、そんな“影”をまとっていました」
セリオンの目がわずかに見開かれる。
「あの人を救えるのは、きっとあなたしかいないと思うんです」
イリスの言葉を、セリオンは正面から受け止める。
しばしの沈黙のあと、深く、力強く頷いた。
その様子に、イリスの表情がようやく柔らぐ。
「あなたたちに渡したチャームの鉱石は、“アムレイナ”って言うんです」
「アムレイナ?」
セリオンが首を傾げると、イリスは優しく微笑んだ。
「“共にあり続ける未来”って意味を持つ石なんですよ。それはかたわれ。二つ合わせると、一つになります。」
セリオンは少し驚いた顔をして、ポケットからチャームを取り出した。
隣でアイノが、興味深そうにそれを覗き込む。
「……そんな意味が、あったのか」
掌の中のチャームを、セリオンはそっと握り直した。
イリスは二人と一歩下がったセンカカを順に見てから、明るい声で言う。
「また、ルクセリアに来てくださいね。今度は、あの人も一緒に」
セリオンは、柔らかく笑って手を振った。
「ああ。約束する」
そう言って振り返り、三人は王立資料図書館を後にした。
ランディング・ハブへ向かって歩く。
しばらくのあいだ、誰も口を開かなかった。
イリスから聞いた言葉が、セリオンの胸の中で何度も反芻される。
――「共にあり続ける未来」。
流星の降り注ぐあの日、こっそりと願ったこと。
そうあればいい。本気でそう思った。
「なぁ、セリオン」
不意に、前を歩いていたアイノが口を開く。
「ん?」
「お前らに渡された、っていうあのチャームってさ」
アイノがにやりと笑い、セリオンのポケットを顎でしゃくる。
「……もう片方は、誰が持ってんだ?」
「え」
セリオンの肩が、びくりと跳ねた。
後ろで、センカカがため息をつく。
「エルに決まってるだろう、アイノ。いじわるはやめなさい。」
じわじわとセリオンの顔が赤くなっていく。
アイノが、堪えきれないとばかりに声を上げて笑った。
「あっはっは!マジかよお前!いや、あいつは確かに綺麗な顔してるけどさ!」
セリオンは目を細くし、睨むことでしか反撃できない。
アイノはまるで堪える気もなく、畳みかける。
「銀河警備隊総司令官に手ぇ出すとか、お前やるな!」
バチン、と背中を豪快に叩かれる。
アイノは「傑作だ」と言わんばかりに腹を抱えて笑った。
センカカが苦笑しながら肩をすくめる。
「ほら、アイノ。もうそのへんでやめなさい。……とはいえ、イシュターラに来た時は、君の片想いに見えたけどね」
ちらりとセリオンを見る。
「進展があった、ってことかな?」
「~~~っ」
それ以上耐えきれず、セリオンはくるりと背を向ける。
走ってアストレイカーに逃げ込んだ。
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