Lilac

アカアシトカゲ

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Chapter 8. レリック

episode 24. 呪い

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ヴァルガルド
城塞艦《バスティオン》・中枢部

ゼロ・コーラスのコアの中心に、ガボンが横たえられていた。

四肢をぐったりと投げ出し、かすかに胸だけが上下している。
その体から溢れた薄紫の光が、糸のように空中を流れ、コアの中心へと吸い込まれていった。

「エコー・エネルギー、充填完了。呼応・共鳴シークエンス、第一惑星内に限り稼働可能レベルです」
端末を睨みながら、作業員が報告する。
「子犬は……エネルギー残量があります。再利用可能かと」

シグラが、薄く口元を歪めた。
「ここまでにしておきましょう。使い潰すには、少々惜しい個体ですから」

ガルザードが、背中の斧――アーク・レリック《マウル》を引き抜く。

「まずは、呼応を始めよ」
地を這うような低い声が、ゼロ・コーラスの間に響いた。

号令とともに、作業員たちが一斉に端末へ手を伸ばす。

コアの中心から、幾筋もの光が伸びた。
光は床面の紋様を伝い、巨大な円環構造――ゼロ・コーラス全体へと広がっていく。

ズン――と、足元から重い地響きが伝わった。

同時に、その場にいる者たちの体から、薄い紫の光がふっと立ち昇る。

ひときわ強く輝いたのは、ガルザードの手に握られた斧だった。

失われていた輝きが、ゆっくりと戻ってくる。

「……よい」
歓喜に歪んだ笑みが、ガルザードの顔に浮かんだ。

やがて光は収まり、ゼロ・コーラスの脈動が落ち着いていく。

ファルナンドは、自分の手のひらをじっと見つめていた。
肌の奥に、微かな紫の燐光がまだ揺らめいている。

身体の芯から、じわりと力が湧いてくるような感覚――。

「これが……エコーの力……」
 
「薄いですが、確かに宿りましたね」
シグラが満足そうに頷き、モニタを見上げる。

「……しかし、”宿らなかった“ものも多い。やはり大半はそちらへ持っていかれたようですね」

視線の先には、黄金色に輝きを取り戻した《マウル》。

「ゼロ・コーラスの出力のほとんどを、アーク・レリックの復活に食われた、というわけです」

ガルザードは、斧をゆっくりと掲げる。

「構わん」
愉しげに口角を吊り上げると、そのまま中枢部を出て、ドックへと歩いていった。

シグラとファルナンドが後に続く。

ドックには、ヴァルガルド軍のガンシップがずらりと並んでいた。

そのうち三機の前に立つと、ガルザードは《マウル》を肩に担ぎ直す。

刃が、低い高周波音とともに光を纏った。

振り下ろす。

轟音。
斬撃の軌跡に沿って空間が歪み、三機のガンシップがまとめて爆散した。

ファルナンドは、その場で全身を硬直させる。
(な、なんてパワーだ……。こ、こんな奴に――勝てるわけが……)

背筋を冷たい汗が伝う。
(みんな……来るな……!)

心の中で、誰にともなく叫んでいた。

次の瞬間。

ガルザードが、ぐらりと膝をつく。
 
「……ぬぅ……っ」

低くうめき声を漏らしながら、手の中の《マウル》を見下ろした。

やがて、楽しそうに笑う。
「ふふ……これが、アーク・レリックの“呪い”よ」

ふらつきながらも、ガルザードはすっと立ち上がる。

「だが――ワシにとっては、些末な代償に過ぎん」
その目が、爛々と紅く光る。
「エデニア人のエリュシフォンが、これを振るい続けているのは……賞賛に値するがな」

応えるように、《マウル》が鈍く金色の光を灯した。

ドックの入り口近く――
天井の配線の影に張り付いていた小型の監視ドローンが、音もなくその場を離れ、中枢部の闇へと溶けていった。

 
――――

 
アストレイカーは、静かな振動とともに虚空を進んでいた。

コックピットでは、セリオンが操縦桿を握っている。
後ろでアイノが腕を組みながら、艦内をざっと見回した。

「へぇ……思ってたより立派じゃないか」

「だろ?快適だよ。ストレイがちょっとだけうるさいくらいで」
セリオンの声は、久しぶりに少しだけ弾んでいた。

反対側では、センカカがホロを開き、ストレイから送られてきたゼロ・コーラスの解析データを食い入るように眺めている。
指先は、手元の端末の上を、絶え間なく走っていた。

ビビ、と受信音。
新しいデータが届く。

センカカが即座に開き、その表情が強張った。

「……呼応シークエンスが始まったね。――ガルザードのアーク・レリックが、完全に“目を覚ました”みたいだ」

「やべぇな」
アイノが低く唸る。

セリオンはちらりとアイノを見て、首を傾げた。
「そういやさ。アイノの槍も、アーク・レリックなんだろ?ガルザードのやつに、勝ち目はあるのか?」

アイノは視線だけでセリオンを見やり、ふぅと息を吐く。
 
「勝てるさ。ただまぁ、キツい戦いになるな」
「アーク・レリックって、そもそも何なんだよ。エルの銃剣も、そうなんだろ?」

前からずっと気になっていた疑問が、まとめて口をついて出る。

アイノはしばらく天井を見上げ、それからセリオンへ視線を戻した。

「そうだな。到着まで、まだ少し時間がある」

ランスに手を伸ばしながら、アイノが言う。

「アーク・レリックのことと――ついでに、エルの昔話でもしてやろうか」

セリオンの表情が、はっきりと変わった。

「まずは、アーク・レリックだ」
アイノは、自分のランスを軽く持ち上げる。

「アーク・レリックは、別名“三聖具”。名前の通り、この世に三つしかない」

指先で一本一本、指を折っていく。
「これが、私の〈クレスト〉。
 エルが持ってる銃剣が〈ヴェイル〉。
 ガルザードの斧が〈マウル〉」

「三つだけ、か……」
セリオンが小さく呟く。
アイノは頷き、口元だけで笑った。

「“聖具”なんて綺麗な呼び方をされてるがな。実際は――意思を持ったアークの、“呪いの武器”だ」

空気が、すっと張り詰める。

「アーク・レリックにはな、“継承の儀”ってものがある。私は十歳のときに、前のクレストの持ち主に見出されて……そっから五年間、そいつのもとで修行漬けさ」

アイノの顔に、露骨な嫌悪の色が浮かぶ。

「精神も身体も、徹底的に鍛えられる。師匠が『十分だ』と認めるまで、延々とな。で、ようやく“認められた”ら――継承の儀式に入る。前の持ち主から、新しい持ち主へ、正式に“移す”儀式だ」

「……アイノが“正式な継承者”って、エルが言ってたの、それか」

セリオンが前を見たまま呟く。
アイノは肯定するように軽く顎を引いた。

「きちんと儀式を経た持ち主には、レリックは従順だ。力を貸し、守り、共に戦ってくれる」

アイノの掌の中で、クレストが一瞬だけ淡く光る。

「だが――儀式もなしに使ったやつは違う」

声が低くなる。

「代償として、“生命力”を差し出さなきゃならない。一度でも使ったら、死ぬまで手放せない。……ただの“呪いの道具”だ」

セリオンは息を呑んだ。
「生命力……」
出てきた声は、自分でも驚くほど震えていた。

「出力がでかければでかいほど、代償も重い。ガルザードも正式な継承者じゃないが、あいつは最大のヴァルガルド種。生命力が並外れている。しかも今日レリックを手にしたばかりときてる。それに比べて、エルはな――総司令官になった頃……五年前くらいから、ずっとヴェイルを使い続けてる」

センカカの指が止まる。
「あの子の身体は、もうボロボロだよ」
小さく俯きながら、ぽつりと漏らす。
「このまま使い続けたら――」
言葉を、そこで飲み込んだ。

セリオンは顔を上げる。
「途中で、使用者を変えることはできないのか!?」
拳を握りしめる。爪が掌に食い込んだ。

アイノは目を伏せ、ゆるく首を振る。
「分からん。ただ――エルも、エデニア政府も、それを“許さない”だろうよ」

「政府……?」
セリオンが眉をひそめる。

アイノは、少し寂しげな目で彼を見た。
「なんであいつが、あの若さで総司令官やってるか。……考えたことあるか?」

深く息を吐き、続ける。

「エルはもともと、“零部隊”にいた。指揮官直下の秘匿部隊。主な仕事は、α銀河“外”から紛れ込んだ生命体の調査と対処」

「銀河外……ヌル、みたいなやつか」
センカカが静かに呟く。

「少数精鋭でな。その中でも、エルと零部隊隊長のレクトは飛び抜けてた。元のヴェイルの正式な持ち主は、そのレクトだ」

一度、目を閉じる。

「五年前。オルドスのクラックから未知の生命体が発生した。リリカル・ハウンドでも、ヌルでもない。でかくて、狂暴で……始末に負えない、得体の知れない奴だった」

アイノの眉間に深い皺が刻まれる。

「エデニア政府は未知の生命体の露見を恐れるあまり、零部隊だけでそいつの対処に行かせた。……私がオルカカに頼まれて援軍として駆けつけたときには――生き残っていたのは、エル一人だけだった」

セリオンは息を呑む。
肺に空気が入るのが痛い。

「そのとき、エルはもうヴェイルを握っていた。最後の一撃は、エルが放ったヴェイルの光だった」

アイノは苦々しげに笑う。

「そのあとだ。ヴェイルの“権利”を巡って、エデニア政府が口を出してきたのは」

センカカが、唇を固く結ぶ。

「だが、一度使ってしまったヴェイルは、もうエルから離れない。“正式な持ち主”が死んだ状態で発動すれば、その場で持ち主は移る。そのルールは誰にも変えられない」

アイノは肩を竦めた。

「そこで、エデニア政府は考えた。ヴェイルを奪えないなら――ヴェイルの持ち主ごと、自分たちの“監視下”に置けばいい、と。それが当時総司令官だったオルカカを副司令官にしてまで、エルを総司令官に据えた理由だ。」

冷たい声だった。

――五年前、確かに銀河警備隊は揺れた。
知らない名前の人間が、総司令官に突如就任したこと。
だが、総司令官の指示は落ち着いてて、的確で。
時間が経つにつれて、誰もそのことに触れなくなった。

「銀河警備隊は、そのほとんどがエデニアの融資で成り立っている。そして、銀河警備隊がなければ、このα銀河の治安は維持できない」

セリオンの表情が強張る。

「つまり」

アイノが言葉を区切る。

「エルは――“α銀河”を人質に取られてるってわけだ」

セリオンは言葉を失った。

「私が銀河警備隊に肩入れしてるのはな。あいつにヴェイルを持たせてしまった、私自身の贖罪だよ。……オルカカもそうさ。だからエルをなるべく公に出さず、自由にやらせてるんだ」
 
アイノの声には、はっきりとした自責が滲んでいた。

「ヴェイル……そんなもの、壊せないのかい?」
センカカが吐き捨てるように呟く。
 
「……試したさ。何度もな」
 
苦い顔で首を振る。
 
「レリックは外からじゃ壊せない。レリック同士でぶつけても、傷一つつかなかった。内側から、レリックの意思ごと破壊するしかないが……」

セリオンは窓の外を見つめ、思考を巡らせた。
“波動は内側から本質を破壊する。極めて危険な力である”
図書館で見た文献の説明文を思い出す。
(内側から本質を破壊……意思も壊せる?)
 
操縦桿を握る手が、チラリと紫に光る。
“波動”の力なら、もしかして――

アイノが小さく笑い、ふっと息を吐く。
「どうにか、自由にしてやりたいんだがな」

そして、セリオンを見る。
「だから――お前がエルと出会ってくれて、私は良かったと思ってる」

セリオンが、目だけでアイノを見返す。
「お前みたいなやつだから、エルは心を開いたんだろうよ」
 
その言葉に、操縦桿を握る手がかすかに震えた。
 
重い沈黙が、しばらく艦内を満たす。

やがて、センカカが再び端末に視線を落としたそのとき――
ビビ、と短い受信音。
 
「……ん?」
センカカが新たなデータを開き、息を呑む。

「どうした?」
セリオンが振り返る。
 
「ストレイからだよ。ゼロ・コーラスのエコー波形と……セリオン、君のエコー波形だ」

ホロに、二本の波形グラフが並んで表示される。
上下、まるで鏡写しのように、全く同じ形で揺れていた。

「……同じ波形?」
セリオンが目を丸くする。

センカカは早口で呟いた。
「この波形……ゼロ・コーラスは――ヴァルガルドに捕えられたとされる、“原初のリリカル・ハウンド”を模倣して作られたとしたら……。君の中のエコーと、同じ“源”を持っているということになる」

指先が、猛烈なスピードで端末を叩き始める。
「だったら……うん、やはり」
ピタ、と端末を操作する指が止まる。
 
「セリオン、君の共鳴で、ゼロ・コーラスを止められるかもしれない」
 
セリオンは真っ直ぐにセンカカを見つめる。
だがその瞳に映るのはセンカカではなかった。

ゼロ・コーラスも、レリックも、全部ぶち壊してやる。
エルを縛る因果ごと。
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