Lilac

アカアシトカゲ

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Chapter 9. 決戦

episode 26. 救出

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バスティオンのドックは、すでに修羅場だった。
 
押し寄せるヴァルガルド軍を、第四部隊のガンシップが外からの銃撃で必死に押し返している。

エルはその隙を逃さず、通信を叩いた。

「中に入った。――第七、ドローンを展開しろ」

号令から数秒遅れて、外から無数のドローンが蜂の群れのように艦内へと流れ込む。
片目につけたセンサーホロに、あっという間に簡易マップが重なり始めた。

「よし。第五部隊、前進。隊列を組め。――接近は避けろ。
第六はドックを制圧して、退路を確保しろ」

エルが走り出し、その背中を追うように第五部隊が続く。

艦内の廊下。至るところからヴァルガルド兵が湧いて出た。
シールド兵が前に出て、後列が銃撃で応戦する。

その中に、一人だけ――残像を引く速度で飛び込んでくる影がいた。
エコー兵だ。

エルは反射的に銃剣から刃を展開し、前へ出る。

「総司令官!」

隊員の叫びが飛ぶより早く、エコー兵の斧が振り下ろされた。空間そのものがぶれたように歪み、刃が届くより手前に衝撃波が弾ける。

エルは身を捻ってそれを紙一重で避けた。
白いロングコートの裾が裂ける。
回転の勢いをそのまま乗せ、銃剣の刃でエコー兵の胸部を斜めに切り裂いた。

短い悲鳴。エコー兵が崩れ落ちる。

「……すげぇ」
思わず漏れたトートの声を、エルは振り返りもしない。

「進むぞ!」

誰ともなく上がった号令に押されるように、部隊は再び駆け出した。

細い廊下には、まだ次々とヴァルガルド兵が集まってくる。
第五部隊は完璧な隊列を維持したまま、その波を捌き続けた。銃火で削りきれず前へ躍り出てくるエコー兵だけを、エルが刃で叩き斬る。

先行する第七部隊のドローンが、曲がり角ごとに先に潜り込み、待機していた敵兵をピンポイントで撃ち抜いていく。

やがて、廊下が開けた。

彼らの前に立ちはだかったのは、分厚い光の壁――第一障壁だった。

「調査部隊、前へ。頼む」

エルが言うと、トートが「は、はい」と小さく返事をして前に出る。
第七部隊のドローンが障壁に接近し、構造と波形をスキャンし始めた。

トートはホロに流れるデータを睨みつけ、端末を叩きながら唸る。
「……根本的なロック解除は、無理なタイプだ、これ」

アリシアがトートの横に膝をつき、同じホロを覗き込む。
 
「どうにかしてよ!」
「今考えてる!!」

そのやり取りに被さるように、背後の廊下から多数の足音。
ヴァルガルド兵が雪崩れ込んでくる。

銃撃戦が始まる。

「抑えろ!邪魔させるな!」

エルの怒号が飛ぶ。
第五部隊が即座に陣形を変え、障壁の前に防御線を張った。

トートの額に汗が滲む。
「ど、どうすりゃ――」

アリシアがホロを睨んでいた目を見開いた。
 
「この構造なら……“開ける”んじゃなくて、“誤認させる”のは!?一瞬だけでも!」
「誤認……? ……いけるかも!」

二人は並んで端末を広げ、同時に指を走らせる。
 
「総司令官!!扉、一瞬だけ開けます!!」

トートの叫びと同時に、障壁がビリ、と大きく揺らいだ。
光の中に、細い通路が浮かび上がる。

「一気に抜けろ!止まるな!」

エルが先頭で飛び込み、第五部隊が続いた。

半数が通り抜けたあたりで、障壁が再び収束し始める。

エルは振り向きざまに通信を叩く。

「第六部隊、聞こえるか。第一障壁前に十数名取り残された。至急向かい、敵を挟み込んで援護しろ」

『第六了解。これより障壁前へ向かう』

短い返答に、エルは息を吐き、前を向き直る。
 
「よし。――あと一枚だ。第七、先行スキャンを続けろ」

中枢区画へと続くメイン通路に入る。
先行するドローンが、奥へ奥へと滑り込んでいく。

少しして、ホロ上に赤い点がびっしりと浮かび上がった。

「第二障壁前に、かなり集まってるな。……エコー兵の反応も混じってる」

エルが銃剣のグリップを握り直した、その時だった。

別方向から、一機のドローンがこちらへ向かってくる。

エルは反射的に銃剣を構え、撃ち落とそうとして――

『アウトライダー』

耳に届いた無機質な声と、その呼び方に、指が止まった。

エルは銃剣を下ろし、顔を上げる。

「……ストレイ?」

『はい。ストレイです。アウトライダー、この先の障壁は囮です。こちら側からは開かない構造に変更されています』

ストレイの声と同時に、ホロマップ上に新たなルートが黄色で描画される。

『ケンネル区画から、中枢部へのメンテナンス連絡路へ出られます。ガボンも、そのケンネルに収容されています』

「……ガボンが」

『この情報が敵に知られれば、ケンネルにも即座にエコー兵が回されます』

エルは短く眉根を寄せ、すぐに頷く。

「部隊を分ける」
即決だった。

振り返り、第五部隊を見回す。

「俺と数名でケンネル区画に回り込む。本隊は予定通り、第二障壁へ正面から向かえ。“突破しに来ている”と見せ続けろ」

間を置かず、全員が頷く。

「何度も言うが、不用意に近づくな。距離を保って撃ち続けろ。――時間を稼げ」

「アリシア。俺と来い」
「了解っ!」
「ストレイも同行しろ。案内を頼む」

エルはアリシアと、前衛の精鋭四名、そしてストレイのドローンを従え、メイン通路から分岐する側路へと駆け出した。

――

その頃、第一旗艦《プロトス》・艦橋――

バスティオン周辺宙域では、双方のガンシップが入り乱れていた。
黒鋼の城塞艦から伸びる砲火と、ヴァルガルド側のガンシップからの一斉射撃を、《オルビタス》の防御障壁が必死に受け止めている。

『メイン障壁、耐久値四十九パーセント!』
オルビタスの艦橋から、切羽詰まった声が飛んだ。

「オルビタス、サブ障壁の準備もしておけ。耐久戦になるぞ」

プロトス艦橋で、オルカカが短く通信を返す。

隣に立つ第一部隊隊長カミルが、前方スクリーンを睨みながら低く呟いた。

「……バスティオンの装甲、底が見えませんね」

「何、削れてはきておる。中では第一障壁も突破した」
オルカカはタブレットを軽く打ち、バスティオン外殻の戦況ホロを拡大する。

「後は我々がここで、やつらの意識を上に釘付けにしてやればよい。――少し“ちょっかい”をかけるとしようか」

ゆっくりと立ち上がり、全艦通信を開く。

「――全艦、第三フェーズに移行する」
オルカカの声が、艦内スピーカーに響いた。

「プロトス、アルケテス。ターゲットを変更。バスティオン外殻のドック側“脚”だけを狙え。アンカー、ドックアーム、支柱――支えておる部分を、まとめてへし折れ」

そう命じかけた、その瞬間だった。
ドカン、と轟音。
艦体がぐらりと揺れ、艦橋の照明が一瞬、明滅する。

「……何だ!?」
カミルが振り返る。

ブリッジ後方の扉が、音を立てて開いた。
黒灰色の装甲服に身を包んだ数人のヴァルガルド兵が、銃を構えたままなだれ込んでくる。

「ヴァルガルド兵だと!?」
カミルが即座に軍刀を抜き、身構えた。

その前に、ねっとりとした声が艦橋に満ちる。

「カミル隊長。ここで派手に暴れられては、メインコンソールに支障が出てしまいますよ?」

ヴァルガルド兵たちの後ろから、緑の髪の男が姿を現した。

オルカカの目が、かすかに見開かれる。
「――シグラか」

名を呼ばれた男は、口元だけで柔らかく笑った。

「副司令官。ご無沙汰しております」
 
ゆっくりと、手にした銃口をオルカカへと向ける。

「さて」
薄く目を細める。

「《プロトス》は、こちらで頂きます」

艦橋は一瞬にして、嫌な静寂に包まれた。

 
―――

 
ケンネル区画へ向かう細い廊下を走る。
 
「そのドローン、なんです?」
アリシアが息を切らしながら尋ねた。

「……セリオンのガンシップのAIだ」
「へー!すごーい」

アリシアが、並走するドローンをまじまじと見る。

『ストレイと言います』
無機質な声が返る。

「ストレイちゃんか~。ねぇストレイちゃん、総司令官とセリオン隊長って仲良し?」

エルが思わずアリシアの方を見る。

『クレセント・ハブ滞在時の生体ログによりますと――』

「ストレイ!」
 
エルが慌てて遮る。

『機密事項です』
 
「え~!なになに今の~!」
アリシアの目がさらに輝く。

「黙って走れ」
エルは疲れたように言い捨てた。

やがて、白い無機質な扉が見えてくる。
横には〈ケンネル区画〉の表示。
扉の横にはセキュリティ端末が埋め込まれていた。

「ここだ。ロックを――」
 
「まっかせて~」
アリシアがすぐに自分の端末を取り出し、扉横の端末に接続する。

「簡単なセキュリティ認証だね」
軽く呟きながら指を走らせると、ガチャン、と音を立ててロックが外れた。

エルが眉を上げる。
「……やるな」

アリシアは、これでもかというドヤ顔を返した。

中に足を踏み入れる。

強化ガラスで仕切られた無機質な部屋が、ずらりと並んでいた。
どこも空で、床や壁には焼け焦げた痕が残っている。

それを見て、エルはわずかに顔を歪めた。

奥へ進むと、一室だけホロの灯りがともっていた。

エルが駆け寄る。

ガラスの向こう、簡易ベッドの上に、ガボンが小さく横たわっていた。

「……ガボン!」

エルがガラスを叩く。

ガボンがゆっくりと目を開ける。
エルの姿を認めると、かすかに尻尾を振った。

エルは立ち上がり、持っていた銃を構える。
強化ガラスに向けて数発撃ち込むが、ひび一つ入らない。

『強化ガラス、および多重ロックです』

ストレイが告げる。

「多重……。これ、正攻法だとかなり時間かかるやつ」

アリシアが眉を寄せて呟いた、その時――

背後、入ってきた扉の方から足音。

「まずい」

エルが小さくこぼす。

「我々が!」
 
同行してきた第五部隊の前衛四人がすぐに動き、廊下側へ飛び出した。


「時間がねぇ」
エルは銃剣ヴェイルを強化ガラスにかざす。

銃口に、高周波の光がじわじわと集まっていく。

「銃は効かないんじゃ――」

アリシアが言い終わる前に、エルが引き金を引いた。

ジュッ――。

ガボンを避けるように、一直線の光がガラスを貫く。
高温の蒸気が白く立ちのぼり、丸く穴が穿たれた。

ガボンがヨタヨタと立ち上がる。

エルはその場に膝をついた。

「総司令官!?」
アリシアが駆け寄る。

喉の奥を、熱いものがせり上がってくる。
それを、ぐ、と力づくで飲み下した。

穴からにじり出るようにして、ガボンがエルの膝に飛び乗ってくる。

「ガボ……」
小さく鳴き、尻尾を振る。

エルはガボンを見つめ、安堵の色を浮かべて微笑んだ。
その小さな体を、落とさないようにそっと抱きしめる。

「わんちゃん、良かったね」

アリシアがふっと笑みを零した、その時――
遠くで、バン、と乾いた破裂音が響いた。続いて複数の足音が重なる。

『この奥に冷却シャフトがあります。そこから中枢部へつながっています』

ストレイの声が響く。

「急ぐぞ」
エルはガボンを抱えたまま駆け出した。

ビビ、とストレイから受信音が鳴る。

『ストレイ、データが途切れてるけど、大丈夫なのか?ガボンは無事か?』

セリオンの声だった。

エルの目が大きく揺れる。
一瞬、頭の中が真っ白になる。足が、わずかに遅くなった。

「え、隊長?」
アリシアがドローンを見た次の瞬間――

バチッ、と弾ける音。
監視ドローンが火花を散らしながら床に落ちる。

「総司令官!追われてる!」

アリシアが叫び、振り向きざまに銃を撃つ。
一人が崩れ落ちる。

エルもガボンを庇うように身をひねり、連射した。
追ってきていた四人の兵士が、次々と崩れ落ちる。

エルは、はぁ、と短く息を吐いた。
銃を握る手が震えている。

(……元気そう、だったな)
 
胸の奥が軋む。

(良かった。最後に、少しでも声が聞けて)

視線を落とす。

アリシアは、眉を下げてその横顔を見つめた。
(やっぱり、好きなんだ。でも――会えないんだ。隊長がエコーの力を持ってるなら、操られちゃうから)

何か言おうと、そっと口を開きかける。
だが、その前にエルが顔を上げ、まっすぐアリシアを見る。

エルはガボンをアリシアに手渡した。

「撤退命令だ。こいつを連れて戻れ。第五部隊、第六部隊に合流しろ」

アリシアの表情が、不安に揺れる。

「総司令官は、どうするの?」
「中から障壁を開く」

アリシアが眉根を寄せて、一歩踏み出す。
「中にはガルザードがいるよ!無茶だよ!」

エルは少しだけ困ったように目を細めた。
「……第五部隊は、お節介ばっかだな。問題ねぇ」

淡々と告げる。

「敵にエネルギーを取られる方がまずい。ガボンを頼んだぞ」

そう言って、踵を返し、一人で走り出した。

アリシアは、今にも泣きそうな顔になる。
胸元にガボンを抱きしめる。

「隊長~……助けてよ……」
かすれた呟きは、冷たいケンネルの空気に溶けて消えた。
 
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