26 / 33
Chapter 9. 決戦
episode 26. 救出
しおりを挟むバスティオンのドックは、すでに修羅場だった。
押し寄せるヴァルガルド軍を、第四部隊のガンシップが外からの銃撃で必死に押し返している。
エルはその隙を逃さず、通信を叩いた。
「中に入った。――第七、ドローンを展開しろ」
号令から数秒遅れて、外から無数のドローンが蜂の群れのように艦内へと流れ込む。
片目につけたセンサーホロに、あっという間に簡易マップが重なり始めた。
「よし。第五部隊、前進。隊列を組め。――接近は避けろ。
第六はドックを制圧して、退路を確保しろ」
エルが走り出し、その背中を追うように第五部隊が続く。
艦内の廊下。至るところからヴァルガルド兵が湧いて出た。
シールド兵が前に出て、後列が銃撃で応戦する。
その中に、一人だけ――残像を引く速度で飛び込んでくる影がいた。
エコー兵だ。
エルは反射的に銃剣から刃を展開し、前へ出る。
「総司令官!」
隊員の叫びが飛ぶより早く、エコー兵の斧が振り下ろされた。空間そのものがぶれたように歪み、刃が届くより手前に衝撃波が弾ける。
エルは身を捻ってそれを紙一重で避けた。
白いロングコートの裾が裂ける。
回転の勢いをそのまま乗せ、銃剣の刃でエコー兵の胸部を斜めに切り裂いた。
短い悲鳴。エコー兵が崩れ落ちる。
「……すげぇ」
思わず漏れたトートの声を、エルは振り返りもしない。
「進むぞ!」
誰ともなく上がった号令に押されるように、部隊は再び駆け出した。
細い廊下には、まだ次々とヴァルガルド兵が集まってくる。
第五部隊は完璧な隊列を維持したまま、その波を捌き続けた。銃火で削りきれず前へ躍り出てくるエコー兵だけを、エルが刃で叩き斬る。
先行する第七部隊のドローンが、曲がり角ごとに先に潜り込み、待機していた敵兵をピンポイントで撃ち抜いていく。
やがて、廊下が開けた。
彼らの前に立ちはだかったのは、分厚い光の壁――第一障壁だった。
「調査部隊、前へ。頼む」
エルが言うと、トートが「は、はい」と小さく返事をして前に出る。
第七部隊のドローンが障壁に接近し、構造と波形をスキャンし始めた。
トートはホロに流れるデータを睨みつけ、端末を叩きながら唸る。
「……根本的なロック解除は、無理なタイプだ、これ」
アリシアがトートの横に膝をつき、同じホロを覗き込む。
「どうにかしてよ!」
「今考えてる!!」
そのやり取りに被さるように、背後の廊下から多数の足音。
ヴァルガルド兵が雪崩れ込んでくる。
銃撃戦が始まる。
「抑えろ!邪魔させるな!」
エルの怒号が飛ぶ。
第五部隊が即座に陣形を変え、障壁の前に防御線を張った。
トートの額に汗が滲む。
「ど、どうすりゃ――」
アリシアがホロを睨んでいた目を見開いた。
「この構造なら……“開ける”んじゃなくて、“誤認させる”のは!?一瞬だけでも!」
「誤認……? ……いけるかも!」
二人は並んで端末を広げ、同時に指を走らせる。
「総司令官!!扉、一瞬だけ開けます!!」
トートの叫びと同時に、障壁がビリ、と大きく揺らいだ。
光の中に、細い通路が浮かび上がる。
「一気に抜けろ!止まるな!」
エルが先頭で飛び込み、第五部隊が続いた。
半数が通り抜けたあたりで、障壁が再び収束し始める。
エルは振り向きざまに通信を叩く。
「第六部隊、聞こえるか。第一障壁前に十数名取り残された。至急向かい、敵を挟み込んで援護しろ」
『第六了解。これより障壁前へ向かう』
短い返答に、エルは息を吐き、前を向き直る。
「よし。――あと一枚だ。第七、先行スキャンを続けろ」
中枢区画へと続くメイン通路に入る。
先行するドローンが、奥へ奥へと滑り込んでいく。
少しして、ホロ上に赤い点がびっしりと浮かび上がった。
「第二障壁前に、かなり集まってるな。……エコー兵の反応も混じってる」
エルが銃剣のグリップを握り直した、その時だった。
別方向から、一機のドローンがこちらへ向かってくる。
エルは反射的に銃剣を構え、撃ち落とそうとして――
『アウトライダー』
耳に届いた無機質な声と、その呼び方に、指が止まった。
エルは銃剣を下ろし、顔を上げる。
「……ストレイ?」
『はい。ストレイです。アウトライダー、この先の障壁は囮です。こちら側からは開かない構造に変更されています』
ストレイの声と同時に、ホロマップ上に新たなルートが黄色で描画される。
『ケンネル区画から、中枢部へのメンテナンス連絡路へ出られます。ガボンも、そのケンネルに収容されています』
「……ガボンが」
『この情報が敵に知られれば、ケンネルにも即座にエコー兵が回されます』
エルは短く眉根を寄せ、すぐに頷く。
「部隊を分ける」
即決だった。
振り返り、第五部隊を見回す。
「俺と数名でケンネル区画に回り込む。本隊は予定通り、第二障壁へ正面から向かえ。“突破しに来ている”と見せ続けろ」
間を置かず、全員が頷く。
「何度も言うが、不用意に近づくな。距離を保って撃ち続けろ。――時間を稼げ」
「アリシア。俺と来い」
「了解っ!」
「ストレイも同行しろ。案内を頼む」
エルはアリシアと、前衛の精鋭四名、そしてストレイのドローンを従え、メイン通路から分岐する側路へと駆け出した。
――
その頃、第一旗艦《プロトス》・艦橋――
バスティオン周辺宙域では、双方のガンシップが入り乱れていた。
黒鋼の城塞艦から伸びる砲火と、ヴァルガルド側のガンシップからの一斉射撃を、《オルビタス》の防御障壁が必死に受け止めている。
『メイン障壁、耐久値四十九パーセント!』
オルビタスの艦橋から、切羽詰まった声が飛んだ。
「オルビタス、サブ障壁の準備もしておけ。耐久戦になるぞ」
プロトス艦橋で、オルカカが短く通信を返す。
隣に立つ第一部隊隊長カミルが、前方スクリーンを睨みながら低く呟いた。
「……バスティオンの装甲、底が見えませんね」
「何、削れてはきておる。中では第一障壁も突破した」
オルカカはタブレットを軽く打ち、バスティオン外殻の戦況ホロを拡大する。
「後は我々がここで、やつらの意識を上に釘付けにしてやればよい。――少し“ちょっかい”をかけるとしようか」
ゆっくりと立ち上がり、全艦通信を開く。
「――全艦、第三フェーズに移行する」
オルカカの声が、艦内スピーカーに響いた。
「プロトス、アルケテス。ターゲットを変更。バスティオン外殻のドック側“脚”だけを狙え。アンカー、ドックアーム、支柱――支えておる部分を、まとめてへし折れ」
そう命じかけた、その瞬間だった。
ドカン、と轟音。
艦体がぐらりと揺れ、艦橋の照明が一瞬、明滅する。
「……何だ!?」
カミルが振り返る。
ブリッジ後方の扉が、音を立てて開いた。
黒灰色の装甲服に身を包んだ数人のヴァルガルド兵が、銃を構えたままなだれ込んでくる。
「ヴァルガルド兵だと!?」
カミルが即座に軍刀を抜き、身構えた。
その前に、ねっとりとした声が艦橋に満ちる。
「カミル隊長。ここで派手に暴れられては、メインコンソールに支障が出てしまいますよ?」
ヴァルガルド兵たちの後ろから、緑の髪の男が姿を現した。
オルカカの目が、かすかに見開かれる。
「――シグラか」
名を呼ばれた男は、口元だけで柔らかく笑った。
「副司令官。ご無沙汰しております」
ゆっくりと、手にした銃口をオルカカへと向ける。
「さて」
薄く目を細める。
「《プロトス》は、こちらで頂きます」
艦橋は一瞬にして、嫌な静寂に包まれた。
―――
ケンネル区画へ向かう細い廊下を走る。
「そのドローン、なんです?」
アリシアが息を切らしながら尋ねた。
「……セリオンのガンシップのAIだ」
「へー!すごーい」
アリシアが、並走するドローンをまじまじと見る。
『ストレイと言います』
無機質な声が返る。
「ストレイちゃんか~。ねぇストレイちゃん、総司令官とセリオン隊長って仲良し?」
エルが思わずアリシアの方を見る。
『クレセント・ハブ滞在時の生体ログによりますと――』
「ストレイ!」
エルが慌てて遮る。
『機密事項です』
「え~!なになに今の~!」
アリシアの目がさらに輝く。
「黙って走れ」
エルは疲れたように言い捨てた。
やがて、白い無機質な扉が見えてくる。
横には〈ケンネル区画〉の表示。
扉の横にはセキュリティ端末が埋め込まれていた。
「ここだ。ロックを――」
「まっかせて~」
アリシアがすぐに自分の端末を取り出し、扉横の端末に接続する。
「簡単なセキュリティ認証だね」
軽く呟きながら指を走らせると、ガチャン、と音を立ててロックが外れた。
エルが眉を上げる。
「……やるな」
アリシアは、これでもかというドヤ顔を返した。
中に足を踏み入れる。
強化ガラスで仕切られた無機質な部屋が、ずらりと並んでいた。
どこも空で、床や壁には焼け焦げた痕が残っている。
それを見て、エルはわずかに顔を歪めた。
奥へ進むと、一室だけホロの灯りがともっていた。
エルが駆け寄る。
ガラスの向こう、簡易ベッドの上に、ガボンが小さく横たわっていた。
「……ガボン!」
エルがガラスを叩く。
ガボンがゆっくりと目を開ける。
エルの姿を認めると、かすかに尻尾を振った。
エルは立ち上がり、持っていた銃を構える。
強化ガラスに向けて数発撃ち込むが、ひび一つ入らない。
『強化ガラス、および多重ロックです』
ストレイが告げる。
「多重……。これ、正攻法だとかなり時間かかるやつ」
アリシアが眉を寄せて呟いた、その時――
背後、入ってきた扉の方から足音。
「まずい」
エルが小さくこぼす。
「我々が!」
同行してきた第五部隊の前衛四人がすぐに動き、廊下側へ飛び出した。
「時間がねぇ」
エルは銃剣ヴェイルを強化ガラスにかざす。
銃口に、高周波の光がじわじわと集まっていく。
「銃は効かないんじゃ――」
アリシアが言い終わる前に、エルが引き金を引いた。
ジュッ――。
ガボンを避けるように、一直線の光がガラスを貫く。
高温の蒸気が白く立ちのぼり、丸く穴が穿たれた。
ガボンがヨタヨタと立ち上がる。
エルはその場に膝をついた。
「総司令官!?」
アリシアが駆け寄る。
喉の奥を、熱いものがせり上がってくる。
それを、ぐ、と力づくで飲み下した。
穴からにじり出るようにして、ガボンがエルの膝に飛び乗ってくる。
「ガボ……」
小さく鳴き、尻尾を振る。
エルはガボンを見つめ、安堵の色を浮かべて微笑んだ。
その小さな体を、落とさないようにそっと抱きしめる。
「わんちゃん、良かったね」
アリシアがふっと笑みを零した、その時――
遠くで、バン、と乾いた破裂音が響いた。続いて複数の足音が重なる。
『この奥に冷却シャフトがあります。そこから中枢部へつながっています』
ストレイの声が響く。
「急ぐぞ」
エルはガボンを抱えたまま駆け出した。
ビビ、とストレイから受信音が鳴る。
『ストレイ、データが途切れてるけど、大丈夫なのか?ガボンは無事か?』
セリオンの声だった。
エルの目が大きく揺れる。
一瞬、頭の中が真っ白になる。足が、わずかに遅くなった。
「え、隊長?」
アリシアがドローンを見た次の瞬間――
バチッ、と弾ける音。
監視ドローンが火花を散らしながら床に落ちる。
「総司令官!追われてる!」
アリシアが叫び、振り向きざまに銃を撃つ。
一人が崩れ落ちる。
エルもガボンを庇うように身をひねり、連射した。
追ってきていた四人の兵士が、次々と崩れ落ちる。
エルは、はぁ、と短く息を吐いた。
銃を握る手が震えている。
(……元気そう、だったな)
胸の奥が軋む。
(良かった。最後に、少しでも声が聞けて)
視線を落とす。
アリシアは、眉を下げてその横顔を見つめた。
(やっぱり、好きなんだ。でも――会えないんだ。隊長がエコーの力を持ってるなら、操られちゃうから)
何か言おうと、そっと口を開きかける。
だが、その前にエルが顔を上げ、まっすぐアリシアを見る。
エルはガボンをアリシアに手渡した。
「撤退命令だ。こいつを連れて戻れ。第五部隊、第六部隊に合流しろ」
アリシアの表情が、不安に揺れる。
「総司令官は、どうするの?」
「中から障壁を開く」
アリシアが眉根を寄せて、一歩踏み出す。
「中にはガルザードがいるよ!無茶だよ!」
エルは少しだけ困ったように目を細めた。
「……第五部隊は、お節介ばっかだな。問題ねぇ」
淡々と告げる。
「敵にエネルギーを取られる方がまずい。ガボンを頼んだぞ」
そう言って、踵を返し、一人で走り出した。
アリシアは、今にも泣きそうな顔になる。
胸元にガボンを抱きしめる。
「隊長~……助けてよ……」
かすれた呟きは、冷たいケンネルの空気に溶けて消えた。
4
あなたにおすすめの小説
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
聖者の愛はお前だけのもの
いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。
<あらすじ>
ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。
ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。
意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。
全年齢対象。
青い炎
瑞原唯子
BL
今日、僕は同時にふたつの失恋をした——。
もともと叶うことのない想いだった。
にもかかわらず、胸の内で静かな激情の炎を燃やし続けてきた。
これからもこの想いを燻らせていくのだろう。
仲睦まじい二人を誰よりも近くで見守りながら。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
【完結】浮薄な文官は嘘をつく
七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。
イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。
父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。
イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。
カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。
そう、これは───
浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。
□『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。
□全17話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる