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Chapter 9. 決戦
episode 27. 会いたい
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エルはひとり、真っ暗な冷却シャフトを登っていた。
はるか上方、丸く切り取られた出口だけが、ぼんやりと淡く光っている。
はぁ、と短く息が漏れた。
たいした距離ではないはずなのに、やけに長く感じる。
さきほどヴェイルを使った反動が、まだ体の内側を蝕んでいた。
肺が、じくじくと痛む。
(レリックを使えるのは……あと、何度だ)
自分の身体が一番よく知っている。
これ以上はやめろ、と、悲鳴のようにきしんでいる。
ガルザードはマウルを持っている。
三聖具同士のぶつかり合いになるのは、ほぼ間違いない。
(止められるのか……奴を)
掴んでいた梯子の桟の上で、指が一瞬だけ止まる。
(――いや。止める)
奥歯を噛みしめる。
(差し違えたっていい。ゼロ・コーラスごと、全部、ここで壊してみせる)
自分に言い聞かせるように、再び一段、また一段と、力を込めて登り始めた。
ガボンは離脱させた。
セリオンの――声も、聞けた。
ふと、脳裏に浮かぶ。
真っ直ぐにこちらを見てくる紫の瞳。
屈託なく笑う顔。
触れた温もり。
(……会いたい)
胸の奥が、きゅっと軋む。
自分で突き放した。わかってる。
でも、一人でいる時くらい、少しくらい本音を願っても、罰は当たらないだろう。
覚悟は、とっくに決めている。
ここで必ず終わらせる。そのために登っている。
それでも――会いたいと、心が叫んでいた。
シャフトの出口が近づく。
最後の桟を掴み、下から蓋に肩で力を込める。
ガコン、と鈍い音を立てて、蓋が外へ押し上げられた。
メンテナンス通路に出る。
すぐ近くにある扉にはロックがかかっていなかった。
音を立てずにそっと開け、中に入る。
中枢部。
だだっ広い空間の真ん中。
幾重ものバリアに守られた、真っ黒な球体が、低く唸るように脈動している。
(ゼロ・コーラス……!)
エルは吸い込まれるように、そこへ向かって歩き出した。
「……やっと来たか」
地鳴りのような声に、思わず身体がびくりと反応する。
声のした方へ顔を上げる。
わずかに高い位置――鈍い光をまとった斧を片手に、巨躯がこちらを見下ろしていた。
「ガルザード……」
低く名を呼ぶ。
エルは背中からヴェイルを引き抜き、その刃を静かに構えた。
――――
第二障壁前の通路は、もはや戦場そのものだった。
通路の奥で、分厚い光の壁が脈打つように揺らいでいる。
その手前に、エコーを纏った兵士たちが半円を描き、さらにその手前――距離を取って散開する形で、銀河警備隊第五部隊が陣を張っていた。
ファルナンドは、そのエコー兵の列の中に立っていた。
「前列、距離を詰めるなよ!奴ら、近づく気がない!」
エコー兵のリーダー格が怒鳴る。
第五部隊は接近戦に持ち込もうとしない。
徹底して距離を取り、遮蔽物の影に散開しながら、狙いすました射撃だけを通してくる。
ファルナンドも、崩れかけた支柱の影に身を隠し、重砲を抱えた。
狙いを定め、トリガーを引く。
放たれた砲撃が、正確に敵陣へ飛ぶ。
見覚えのある隊員が、肩口を押さえて倒れ込んだ。
「……こんなこと……」
思わず漏れた声と同時に、手が震える。
それでもスコープから目を離せない。
もう一度覗く。視界の先に、トートの姿が飛び込んできた。
(トート……!なんで前線にいる)
照準がぶれる。
突如、警告音と共に赤いランプが明滅した。
『共鳴シークエンス、開始』
冷たいアナウンスが艦内に響き、直後、中枢部の方角から低い振動が伝わってくる。
ファルナンドの意識が、ふっと途切れた。
瞳が、紫に染まる。
それは彼だけではない。周囲のエコー兵たちの目も、一斉に紫色の光を帯びていた。
「共鳴シークエンス……開始だと!?」
障壁前、端末にかじりついていたトートが息を呑む。
そのすぐ後ろ、第一障壁で別れた第五部隊の仲間たちと、救援に駆けつけた第六部隊が通路へ雪崩れ込んできた。
「合流した!ここが第二障壁前!」
「敵、エコー反応多数!距離を取れ!」
怒号が飛び交う中、エコー兵たちが有無を言わさず突っ込んでくる。
銀河警備隊側は一斉に下がりながら射撃。
次々とエコー兵が倒れていくが、それでも数が多い。数人が射線をすり抜けて、前衛との距離を詰めてきた。
エコー兵が、殴りつけるように腕を振るう。
拳は届いていない。
だが次の瞬間、第五部隊の前衛数名が胸を押さえて崩れ落ちた。
(セリオン隊長の……技だ!)
トートは目を見開く。
「触れなくても、エコーで内側からエグられるぞ!!距離を取って!!」
必死に叫ぶ。
頭上を、第七部隊のドローンが数機滑り抜けた。
空中から正確にショックボルトを撃ち込み、エコー兵の動きが一瞬鈍る。
ドローンの加勢で前衛が持ち直し、通路は混戦を極めていく。
ファルナンドもまた、自我を失った顔で前へと突っ込んでいた。
狙いは、ただ一人。
障壁前で端末を叩く、その背中――トートだった。
トートは迫ってくる気配に気づき、顔を上げる。
紫に光る瞳と視線がぶつかった。
「……ファルナンド……?」
息が詰まる。
次の瞬間には、もうファルナンドの拳が振り上げられていた。
トートは思わず目をぎゅっと閉じ、身を丸める。
「やめてーー!!ファルナンド!!」
甲高い叫び声が通路に響いた。
ガボンを抱えたアリシアが、第二障壁前に飛び込んでくる。
その声に、ファルナンドの身体がピタリと硬直する。
何かが、心の奥で引っかかった。
トートが恐る恐る目を開けると、そこには苦渋に満ちたファルナンドの顔があった。
紫だったはずの瞳から、少しずつ光が抜けていく。
「ファルナンド……」
思わず名前を呼ぶ。
ファルナンドは、微かに唇を噛んだ。
次の瞬間、振り下ろした拳は――トートではなく、横から飛び込んできた別のエコー兵の胸元を叩き抜いていた。
衝撃波のようなエコーが走り、その兵士を含む数名が一斉に吹き飛ぶ。
「っ……!」
ファルナンドは無我夢中で、襲いかかってくるエコー兵に拳を振るい続けた。
自分と同じ紫の目をした仲間たちを、その手で次々と叩き伏せていく。
(止まれ……!これ以上、あいつらに手を出すな……!!)
どこまでが自分の意思で、どこまでがエコーの暴走なのか分からない。
ただ、トートとアリシアにだけは――決して手を伸ばさせまいと、必死だった。
やがて、向かってくるエコー兵の姿が途切れる。
「……終わった……?」
誰かの呟きが聞こえた、その矢先。
通路の奥――まだ崩れていない支柱の陰から、ヴァルガルド兵が銃を構えるのが見えた。
狙いは、障壁前で呆然と立ち尽くしているトート。
ドン、と乾いた銃声。
トートの身体がビクリと揺れる――より先に、視界を横切る影。
目の前に飛び込んだファルナンドの背中が、弾丸を受け止め、そのままトートの目の前へ崩れ落ちた。
「ファルナンド!!」
アリシアとトートが同時に駆け寄る。
ファルナンドの胸元から、じわりと赤い血が滲み出していた。
「……っ……!」
アリシアが悲痛に顔を歪める。
ファルナンドの瞳からは、もう紫の光は完全に消えていた。
「トート……アリシア……」
掠れた声で、二人の名を呼ぶ。
「……すまん」
「謝ることなんか――!」
言いかけたトートの声を、ファルナンドが微かに振った指で制した。
「……俺が……間違ってた……」
絞り出すような一言。
「今、第九部隊を――」
トートが叫ぶように言う。
ファルナンドはゆっくりと首を横に振った。
「もう……遅いよ」
それでも、口元に小さな笑みを浮かべる。
「第五部隊……楽しかった、な」
それを最後に、ファルナンドは二度と何も言わなかった。
トートは、ファルナンドの腹に顔を埋めて泣いた。
アリシアはきつく目を閉じ、眉を寄せた。
エコー兵のほとんどを失った第二障壁前のヴァルガルド兵の数は、見る間に減っていった。
戦いには勝った。
だが、アリシアとトートの胸には、ぽっかりと穴が空いたままだった。
――
ガルザードとエルは、互いに一歩も動かず睨み合っていた。
「それは――ヴェイル。……貴様が、エリュシフォン・アルヴェリウスか」
ガルザードが、唸るような声を漏らす。
エルは銃口を向けたまま、何も答えなかった。
ガルザードは低く笑う。
「貴様のようなエデニア人が、継承もなくそれを使い続けている。……その愚かさは、賞賛に値する」
マウルを、ゆっくりと持ち上げる。
「だが――これには勝てまい」
エルはうんざりしたように息を吐いた。
「よっぽど、新しいおもちゃがお気に入りのようだな」
ピクリ、とガルザードの眉が動く。すぐに鼻で笑い飛ばした。
「力を手に入れることの何が悪い。お前も第五惑星で見たであろう。あの“未知の脅威”を」
エルが片眉を上げる。ガルザードは続けた。
「宇宙は果てなく広がっている。我らのこの銀河に、いつ何時どんな脅威が来てもおかしくはない。ゼロ・コーラスでα銀河を一つに束ね、わしがこのマウルで指揮を取る。この二つがあれば、未知の脅威に怯える必要もなくなる」
エルは首を横に振った。
「ゼロ・コーラスで強制的に軍を作ったって、機能しやしない。兵士は駒じゃねぇ。一人一人の意思で、ちゃんと動いてる」
ガルザードは笑い捨てる。
「随分と理想論を口にするな。銀河警備隊の総司令官というのは、見た目と同じく随分甘いものなのだな。アーク・レリックを持ち、力を握る偉大さが、なぜ分からん」
今度は、エルが薄く笑う番だった。
「知ってるからだよ。この力は――破滅を呼ぶだけだってな」
「ふん。破滅すら超えてみせるわ」
ガルザードが、マウルに高周波の光を溜め始める。
(来る)
エルは即座に引き金を二度引いた。まだ、レリックの出力は使わない。
ガルザードは飛んできた弾丸を斧で弾き、横薙ぎに振り払う。
纏っていた高周波の光が、大きな光刃となって飛んだ。
エルは高く跳躍し、ぎりぎりでそれをかわす。
背後で爆発が起こり、隣接区画の壁ごと大穴が穿たれた。
エルは、ガルザードが再び力を溜め切る前に距離を詰める。
喉元を狙い、ヴェイルの刃を下から突き上げた。
マウルの柄で受け流される。だが、身を翻した勢いそのままに至近距離から銃撃。
ガルザードは身を捻って避けたが、頬に一筋、血の線が走る。
「……ほう。さすが、と言ったところか。実に素早い」
ガルザードは口元を歪めた。
「だが――軽いな」
振り上げられたマウルが振り下ろされる。
エルは間合いを取り切れず、銃身で受けた。
鈍重な一撃が腕を痺れさせ、足元がよろめく。
続けざまに、マウルの柄が脇腹をえぐるように叩き込まれた。
「……っ!」
エルの身体が床に転がる。
ガルザードが、その隙に再び斧へと高周波を溜める。
エルは肺の奥まで空気を搾り取られるような痛みに耐えながら、瞬時に身を起こし、距離を取った。
「クソッ」
ヴェイルを構える。
銃口に、高周波の光が収束していく。
ガルザードが斧を振るうのと同時に、エルも引き金を引いた。
ぶつかり合う二つの光。
中枢区画が、一瞬にして真白に塗りつぶされる。
轟音。
バスティオン全体が大きく揺れる。
床が跳ね上がり、壁の装甲が剥がれ、天井から金属片が雨のように降ってきた。
ガルザードは“レリックの反動”に膝を折りかけたが、マウルを杖のように突き立てて踏みとどまる。
エルは両膝をついていた。
片手で口元を押さえる。
「……ぐ、ゴホッ……ガハッ、……は、ぁ」
指の隙間から、鮮やかな赤がこぼれ落ちる。
その様子を見て、ガルザードが楽しげに笑った。
「辛そうだな、エリュシフォン・アルヴェリウス。その有様――もう限界が近いのであろう」
マウルをゆっくりと構え直す。
「もう一度――耐えられるか?」
斧の刃に、再び鈍い光が集まり始めた。
はるか上方、丸く切り取られた出口だけが、ぼんやりと淡く光っている。
はぁ、と短く息が漏れた。
たいした距離ではないはずなのに、やけに長く感じる。
さきほどヴェイルを使った反動が、まだ体の内側を蝕んでいた。
肺が、じくじくと痛む。
(レリックを使えるのは……あと、何度だ)
自分の身体が一番よく知っている。
これ以上はやめろ、と、悲鳴のようにきしんでいる。
ガルザードはマウルを持っている。
三聖具同士のぶつかり合いになるのは、ほぼ間違いない。
(止められるのか……奴を)
掴んでいた梯子の桟の上で、指が一瞬だけ止まる。
(――いや。止める)
奥歯を噛みしめる。
(差し違えたっていい。ゼロ・コーラスごと、全部、ここで壊してみせる)
自分に言い聞かせるように、再び一段、また一段と、力を込めて登り始めた。
ガボンは離脱させた。
セリオンの――声も、聞けた。
ふと、脳裏に浮かぶ。
真っ直ぐにこちらを見てくる紫の瞳。
屈託なく笑う顔。
触れた温もり。
(……会いたい)
胸の奥が、きゅっと軋む。
自分で突き放した。わかってる。
でも、一人でいる時くらい、少しくらい本音を願っても、罰は当たらないだろう。
覚悟は、とっくに決めている。
ここで必ず終わらせる。そのために登っている。
それでも――会いたいと、心が叫んでいた。
シャフトの出口が近づく。
最後の桟を掴み、下から蓋に肩で力を込める。
ガコン、と鈍い音を立てて、蓋が外へ押し上げられた。
メンテナンス通路に出る。
すぐ近くにある扉にはロックがかかっていなかった。
音を立てずにそっと開け、中に入る。
中枢部。
だだっ広い空間の真ん中。
幾重ものバリアに守られた、真っ黒な球体が、低く唸るように脈動している。
(ゼロ・コーラス……!)
エルは吸い込まれるように、そこへ向かって歩き出した。
「……やっと来たか」
地鳴りのような声に、思わず身体がびくりと反応する。
声のした方へ顔を上げる。
わずかに高い位置――鈍い光をまとった斧を片手に、巨躯がこちらを見下ろしていた。
「ガルザード……」
低く名を呼ぶ。
エルは背中からヴェイルを引き抜き、その刃を静かに構えた。
――――
第二障壁前の通路は、もはや戦場そのものだった。
通路の奥で、分厚い光の壁が脈打つように揺らいでいる。
その手前に、エコーを纏った兵士たちが半円を描き、さらにその手前――距離を取って散開する形で、銀河警備隊第五部隊が陣を張っていた。
ファルナンドは、そのエコー兵の列の中に立っていた。
「前列、距離を詰めるなよ!奴ら、近づく気がない!」
エコー兵のリーダー格が怒鳴る。
第五部隊は接近戦に持ち込もうとしない。
徹底して距離を取り、遮蔽物の影に散開しながら、狙いすました射撃だけを通してくる。
ファルナンドも、崩れかけた支柱の影に身を隠し、重砲を抱えた。
狙いを定め、トリガーを引く。
放たれた砲撃が、正確に敵陣へ飛ぶ。
見覚えのある隊員が、肩口を押さえて倒れ込んだ。
「……こんなこと……」
思わず漏れた声と同時に、手が震える。
それでもスコープから目を離せない。
もう一度覗く。視界の先に、トートの姿が飛び込んできた。
(トート……!なんで前線にいる)
照準がぶれる。
突如、警告音と共に赤いランプが明滅した。
『共鳴シークエンス、開始』
冷たいアナウンスが艦内に響き、直後、中枢部の方角から低い振動が伝わってくる。
ファルナンドの意識が、ふっと途切れた。
瞳が、紫に染まる。
それは彼だけではない。周囲のエコー兵たちの目も、一斉に紫色の光を帯びていた。
「共鳴シークエンス……開始だと!?」
障壁前、端末にかじりついていたトートが息を呑む。
そのすぐ後ろ、第一障壁で別れた第五部隊の仲間たちと、救援に駆けつけた第六部隊が通路へ雪崩れ込んできた。
「合流した!ここが第二障壁前!」
「敵、エコー反応多数!距離を取れ!」
怒号が飛び交う中、エコー兵たちが有無を言わさず突っ込んでくる。
銀河警備隊側は一斉に下がりながら射撃。
次々とエコー兵が倒れていくが、それでも数が多い。数人が射線をすり抜けて、前衛との距離を詰めてきた。
エコー兵が、殴りつけるように腕を振るう。
拳は届いていない。
だが次の瞬間、第五部隊の前衛数名が胸を押さえて崩れ落ちた。
(セリオン隊長の……技だ!)
トートは目を見開く。
「触れなくても、エコーで内側からエグられるぞ!!距離を取って!!」
必死に叫ぶ。
頭上を、第七部隊のドローンが数機滑り抜けた。
空中から正確にショックボルトを撃ち込み、エコー兵の動きが一瞬鈍る。
ドローンの加勢で前衛が持ち直し、通路は混戦を極めていく。
ファルナンドもまた、自我を失った顔で前へと突っ込んでいた。
狙いは、ただ一人。
障壁前で端末を叩く、その背中――トートだった。
トートは迫ってくる気配に気づき、顔を上げる。
紫に光る瞳と視線がぶつかった。
「……ファルナンド……?」
息が詰まる。
次の瞬間には、もうファルナンドの拳が振り上げられていた。
トートは思わず目をぎゅっと閉じ、身を丸める。
「やめてーー!!ファルナンド!!」
甲高い叫び声が通路に響いた。
ガボンを抱えたアリシアが、第二障壁前に飛び込んでくる。
その声に、ファルナンドの身体がピタリと硬直する。
何かが、心の奥で引っかかった。
トートが恐る恐る目を開けると、そこには苦渋に満ちたファルナンドの顔があった。
紫だったはずの瞳から、少しずつ光が抜けていく。
「ファルナンド……」
思わず名前を呼ぶ。
ファルナンドは、微かに唇を噛んだ。
次の瞬間、振り下ろした拳は――トートではなく、横から飛び込んできた別のエコー兵の胸元を叩き抜いていた。
衝撃波のようなエコーが走り、その兵士を含む数名が一斉に吹き飛ぶ。
「っ……!」
ファルナンドは無我夢中で、襲いかかってくるエコー兵に拳を振るい続けた。
自分と同じ紫の目をした仲間たちを、その手で次々と叩き伏せていく。
(止まれ……!これ以上、あいつらに手を出すな……!!)
どこまでが自分の意思で、どこまでがエコーの暴走なのか分からない。
ただ、トートとアリシアにだけは――決して手を伸ばさせまいと、必死だった。
やがて、向かってくるエコー兵の姿が途切れる。
「……終わった……?」
誰かの呟きが聞こえた、その矢先。
通路の奥――まだ崩れていない支柱の陰から、ヴァルガルド兵が銃を構えるのが見えた。
狙いは、障壁前で呆然と立ち尽くしているトート。
ドン、と乾いた銃声。
トートの身体がビクリと揺れる――より先に、視界を横切る影。
目の前に飛び込んだファルナンドの背中が、弾丸を受け止め、そのままトートの目の前へ崩れ落ちた。
「ファルナンド!!」
アリシアとトートが同時に駆け寄る。
ファルナンドの胸元から、じわりと赤い血が滲み出していた。
「……っ……!」
アリシアが悲痛に顔を歪める。
ファルナンドの瞳からは、もう紫の光は完全に消えていた。
「トート……アリシア……」
掠れた声で、二人の名を呼ぶ。
「……すまん」
「謝ることなんか――!」
言いかけたトートの声を、ファルナンドが微かに振った指で制した。
「……俺が……間違ってた……」
絞り出すような一言。
「今、第九部隊を――」
トートが叫ぶように言う。
ファルナンドはゆっくりと首を横に振った。
「もう……遅いよ」
それでも、口元に小さな笑みを浮かべる。
「第五部隊……楽しかった、な」
それを最後に、ファルナンドは二度と何も言わなかった。
トートは、ファルナンドの腹に顔を埋めて泣いた。
アリシアはきつく目を閉じ、眉を寄せた。
エコー兵のほとんどを失った第二障壁前のヴァルガルド兵の数は、見る間に減っていった。
戦いには勝った。
だが、アリシアとトートの胸には、ぽっかりと穴が空いたままだった。
――
ガルザードとエルは、互いに一歩も動かず睨み合っていた。
「それは――ヴェイル。……貴様が、エリュシフォン・アルヴェリウスか」
ガルザードが、唸るような声を漏らす。
エルは銃口を向けたまま、何も答えなかった。
ガルザードは低く笑う。
「貴様のようなエデニア人が、継承もなくそれを使い続けている。……その愚かさは、賞賛に値する」
マウルを、ゆっくりと持ち上げる。
「だが――これには勝てまい」
エルはうんざりしたように息を吐いた。
「よっぽど、新しいおもちゃがお気に入りのようだな」
ピクリ、とガルザードの眉が動く。すぐに鼻で笑い飛ばした。
「力を手に入れることの何が悪い。お前も第五惑星で見たであろう。あの“未知の脅威”を」
エルが片眉を上げる。ガルザードは続けた。
「宇宙は果てなく広がっている。我らのこの銀河に、いつ何時どんな脅威が来てもおかしくはない。ゼロ・コーラスでα銀河を一つに束ね、わしがこのマウルで指揮を取る。この二つがあれば、未知の脅威に怯える必要もなくなる」
エルは首を横に振った。
「ゼロ・コーラスで強制的に軍を作ったって、機能しやしない。兵士は駒じゃねぇ。一人一人の意思で、ちゃんと動いてる」
ガルザードは笑い捨てる。
「随分と理想論を口にするな。銀河警備隊の総司令官というのは、見た目と同じく随分甘いものなのだな。アーク・レリックを持ち、力を握る偉大さが、なぜ分からん」
今度は、エルが薄く笑う番だった。
「知ってるからだよ。この力は――破滅を呼ぶだけだってな」
「ふん。破滅すら超えてみせるわ」
ガルザードが、マウルに高周波の光を溜め始める。
(来る)
エルは即座に引き金を二度引いた。まだ、レリックの出力は使わない。
ガルザードは飛んできた弾丸を斧で弾き、横薙ぎに振り払う。
纏っていた高周波の光が、大きな光刃となって飛んだ。
エルは高く跳躍し、ぎりぎりでそれをかわす。
背後で爆発が起こり、隣接区画の壁ごと大穴が穿たれた。
エルは、ガルザードが再び力を溜め切る前に距離を詰める。
喉元を狙い、ヴェイルの刃を下から突き上げた。
マウルの柄で受け流される。だが、身を翻した勢いそのままに至近距離から銃撃。
ガルザードは身を捻って避けたが、頬に一筋、血の線が走る。
「……ほう。さすが、と言ったところか。実に素早い」
ガルザードは口元を歪めた。
「だが――軽いな」
振り上げられたマウルが振り下ろされる。
エルは間合いを取り切れず、銃身で受けた。
鈍重な一撃が腕を痺れさせ、足元がよろめく。
続けざまに、マウルの柄が脇腹をえぐるように叩き込まれた。
「……っ!」
エルの身体が床に転がる。
ガルザードが、その隙に再び斧へと高周波を溜める。
エルは肺の奥まで空気を搾り取られるような痛みに耐えながら、瞬時に身を起こし、距離を取った。
「クソッ」
ヴェイルを構える。
銃口に、高周波の光が収束していく。
ガルザードが斧を振るうのと同時に、エルも引き金を引いた。
ぶつかり合う二つの光。
中枢区画が、一瞬にして真白に塗りつぶされる。
轟音。
バスティオン全体が大きく揺れる。
床が跳ね上がり、壁の装甲が剥がれ、天井から金属片が雨のように降ってきた。
ガルザードは“レリックの反動”に膝を折りかけたが、マウルを杖のように突き立てて踏みとどまる。
エルは両膝をついていた。
片手で口元を押さえる。
「……ぐ、ゴホッ……ガハッ、……は、ぁ」
指の隙間から、鮮やかな赤がこぼれ落ちる。
その様子を見て、ガルザードが楽しげに笑った。
「辛そうだな、エリュシフォン・アルヴェリウス。その有様――もう限界が近いのであろう」
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「もう一度――耐えられるか?」
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2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
【完結】浮薄な文官は嘘をつく
七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。
イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。
父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。
イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。
カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。
そう、これは───
浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。
□『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。
□全17話
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