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Chapter 9. 決戦
episode 28. 今度は…
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銀河警備隊・第一旗艦《プロトス》艦橋。
艦橋の隊員たちは、銃を構えたヴァルガルド兵にぐるりと囲まれていた。
カミルも軍刀を床に置き、両手をゆっくりと上げる。
シグラが楽しげな顔でメインコンソールに歩み寄り、ホロを展開する。
《プロトス》の軌道が書き換えられ、艦隊の隊列からじわじわと外れ始めた。
オルカカは、何も言わずにそのホロを見つめていた。
シグラは、その横顔を目の端で捉え、口元だけで笑う。
「“なぜ”などと思っているんでしょう?」
オルカカはシグラを見やり、静かにため息を吐く。
「あなたが、私の忠告や進言を少しでも聞き入れてくれていれば――違ったかもしれないですね」
シグラは肩をすくめ、わざとらしく天井を仰いだ。
「それでも、やはり『武器に対して武器を持てば、敵はさらなる武器を持つ』ですか。そんな綺麗事で、何が守れたと言うんです」
「それでもだ」
オルカカは目を細める。
「武器を積み上げていけば、いつか自分たちが最大の脅威になる。私は、それが怖かっただけだよ、シグラ」
シグラはふっと笑い、指を滑らせてコンソール操作の速度を上げる。
「これで《プロトス》は、オルビタスの障壁の“外”に出ます。蜂の巣になるまで、そう時間はかからないでしょう。――私たちも、巻き込まれる前に撤退するとしましょうか」
《プロトス》が、ゆっくりと旋回を始める。
オルビタスのシールド傘の外縁を越えようとした、その瞬間だった。
ドン――。
バスティオン側から、凶悪な衝撃波が宙域全体に走った。
近くに展開していた艦隊すべてが大きく揺さぶられ、《プロトス》も例外ではなかった。
艦橋が激しく軋み、床が跳ねる。
シグラもヴァルガルド兵も、思わず体勢を崩す。
「――今だ!!」
カミルが叫び、腰のホルスターから抜いた銃で、目の前の兵士の胸を撃ち抜いた。
第一部隊の隊員たちも、ほとんど反射で動き出す。
近くの兵に飛びかかり、一斉に銃や格闘でねじ伏せていく。
シグラはよろめきながらも持ち直し、即座にオルカカへ銃口を向けた。
引き金に指がかかる。
バシュッ。
バシュッ。
二つの発砲音が、ほぼ同時に艦橋に響いた。
倒れたのは、シグラの方だった。
シグラの放った弾丸は、オルカカの頬をかすめ、背後の壁に焦げ跡を残す。
オルカカのすぐ横で、銃を構えたカミルが肩で息をしていた。
すぐにシグラの元へ駆け寄り、足先でその手から銃を蹴り飛ばす。
オルカカもゆっくりと歩み寄った。
仰向けになったシグラは、かろうじて動く視線だけをオルカカに向ける。
「……私は、銀河を……守りたかった、だけなのに」
かすれた声が漏れる。
そのまま、シグラの意識はぷつりと途切れた。
オルカカは、ほんの一瞬だけ俯く。
すぐに顔を上げた。
「《プロトス》を再配置。艦隊隊列へ復帰させろ。――すぐに第三フェーズに移行する」
「了解!」
艦橋のクルーが一斉に動き出す。
「先ほどの揺れ、とんでもない出力でしたね……」
カミルがバスティオンの方を見つめながら呟く。
オルカカは短く頷いた。
「レリック同士が正面からぶつかった衝撃だろう」
「ガルザードと、総司令官が……」
カミルの表情が険しくなる。
あの巨躯に比べれば、総司令官はあまりにも細く、脆く見えた。
「勝てるのでしょうか」
オルカカは答えられなかった。
(勝ってくれ――)
もう、祈ることしかできない。
ふと、その視界の端を、一機のガンシップがかすめる。
見覚えのある機影だった。
「……まさか」
思わず、オルカカは目を見開く。
《プロトス》と《アルケテス》は旋回を続け、バスティオンのドック側へと照準を向けていく。
外では、なおも膠着状態の砲火が交錯していた。
――その上を、一筋の“乱入者”が駆け抜けようとしていた。
——
バスティオン中枢部。
ガルザードが、高周波の刃を飛ばす。
エルは口元の血を乱暴に拭い、よろめきながらもヴェイルを持ち上げた。銃口に光が集まる。
出力を落とした低い一射。飛来する光刃を、下から撫で上げるように弾く。
軌道が逸れ、天井が抉れた。
バラバラと破片が降り注ぎ、高い天井には大きな穴が空く。そこから、かすかな星の光が覗いていた。
エルの手から、ヴェイルが滑り落ちる。
視界の端が欠けていく。音が遠のく。
「ぬぅ……」
ガルザードも一瞬、ふらついた。
レリックの呪いは、平等に二人の身体を蝕んでいる。
ガルザードは、それでも愉快そうに笑った。
「フフフ……もう一度だ」
マウルの刃先に、再び高周波の光を集め始める。
エルは片膝をつきながら、床に落ちたヴェイルのグリップを引き寄せる。
(ガルザードは力比べを楽しんでいる。引く気がないなら――)
肺の中の空気を、いったん全部吐き出す。
焼けるような痛みに顔を歪めながら、新しい酸素を思い切り吸い込んだ。
(だったら、こっちも全力で潰す。ゼロ・コーラスごと全部破壊してやる)
ヴェイルが、鈍い脈動を伴って光を帯びる。
(五年前。オルドスであの化け物を焼いた時より――もっと、強く)
光が一層強くなる。
ガルザードが斧を振り上げるのが見えた。
エルはそっと目を閉じる。
(これで、最後だ)
引き金に指をかけた、その刹那――
ガルザードとエルの間の空間が、ぐにゃりと歪んだ。
一拍置いて、ガルザードの腹部に紫の焼け跡。
身を包んでいた装甲が斜めにバキと割れる。
「ぐ、はっ……!」
マウルが手から滑り落ちる音と同時に、ヴェイルの銃口に集まっていた光の中へ影が降ってきた。
ヴェイルの光を収束させる。
少しウェーブした薄紫の髪。
白いフード付きのロングコート。
セリオンが、エルの前に立っていた。
エルの思考が、ふっと止まる。
「……っ」
喉まで名前が込み上げてきて、そこで引っかかった。
声にならない。
視界が、じんわりと滲む。
「今度は間に合った」
セリオンが振り返り、困ったように、けれどどこか安心したように笑った。
「なんて顔してんだよ、エル」
ふざけているような口調なのに、その目だけは真剣だった。
差し出された手。エルは反射的に、その手を見つめる。
「……なんで」
ようやく零れた言葉は、意図したものとはまるで違う響きになっていた。
「なんで――来た」
怒鳴るつもりだった。
なのに、耳に届いた自分の声は、ひどくかすれて震えていた。
セリオンは一瞬だけ目を瞬かせ、それから肩をすくめる。
「なんかさ。俺――」
言いかけた時、背筋を撫でるような殺気。
ガルザードの光刃が飛んでくる。
「……っぶね!」
セリオンはエルの肩を抱き寄せ、そのまま横に跳んだ。
さっきまで二人がいた場所を、白い光が薙ぎ払う。
「セリオン・アスター……<ライラック>か……」
ガルザードが、斜めに割れた腹を押さえながら低く唸る。
「その呼び方、やめろって。ダサいから」
セリオンは体勢を整え立ち上がる。
「我が兵器になりに来たか」
ガルザードが低く笑う。
玉座横のホロを立ち上げ、一つのコマンドに指を滑らせる。
『――共鳴シーケエンス、再開』
冷たい機械音声が響き、中枢部全体がうなりを上げた。
途端に、セリオンの身体から紫の光が噴き上がる。
瞳が、鮮やかな紫に輝く。
「セリオン!!」
エルの叫びが、中枢部に響いた。
ゆっくりと、セリオンがエルの方を振り向く。
一瞬の静止。
そして、ニカっと、いつもの無鉄砲な笑み。
「ほら、効かないだろ?」
拳を握り、肩を回す。
「だったら、行くしかないだろ」
そう言うなり、ガルザードへ飛び込んだ。
まだ距離がある段階で、踏み込んだ足を振り上げる。
二人の間の空間が歪む。
鈍い衝撃音。
顎に紫の衝撃派が走り、ガルザードの巨体が仰け反る。
セリオンは空中で体勢を入れ替え、横薙ぎに拳を振る。
脇腹の装甲が、バキッと嫌な音を立てて割れた。
着地。
「やっぱ硬ぇな」
苦笑いを零す。
ガルザードは、怒りに歪んだ顔でゆっくりと立ち上がる。
「虫ケラが……」
マウルが再び光を纏う。縦に振りかぶり一閃。
「うぉっ!」
セリオンはまともに食らい、後ろへ吹き飛んだ。
背中から壁に叩きつけられ、壁にヒビが走る。
「……ってて……」
呻き声を上げるセリオンに、ガルザードが追撃のため斧を振りかぶる。
乾いた銃声が二つ弾ける。
エルの放った弾丸が、マウルの柄の付け根に当たり、バチバチと装甲に火花が散る。
「油断してんな!」
エルが叫びながら、セリオンの前に飛び出して立つ。
「んだよ」
セリオンが、壁にもたれたまま口を尖らせる。
「さっきまで、泣きそうな顔してたくせに」
「してない」
即答。むすっとした横顔。
「してたね、完全に」
「してない」
睨み合いになりかけた、そのほんの一瞬のあいだに――
ガルザードの光刃が唸りを上げて迫る。
二人は左右に跳んで避けた。
エルが銃撃でガルザードの注意を引きつける。
そのわずかな隙に、セリオンが一気に間合いを詰め、拳を腹に直接叩き込んだ。
外側からの衝撃と、内側からエコーの衝撃。
二重の負荷に、ガルザードの膝ががくりと落ちる。
「うぐぅ……!」
それでもガルザードはマウルを手放さない。
セリオンの目の前で、刃先に高周波の光が集中していく。
「うわ、近っ――」
「セリオン、下がれ!」
エルが叫ぶ、その時。
ドン、と鈍い衝撃音が中枢部に響いた。
地面が揺れる。
ガルザードが、思わず手を止めた。
わずかに顔を上げる。
ドン、と二度目。
中枢部を囲んでいた絶対防御の障壁に、網目状のヒビが走る。
バリッ――。
光の壁が炸裂し、外からは絶対に開かないはずの障壁がこじ開けられた。
割れた障壁の向こうから、影がゆらりと歩み出てくる。
ガルザードの表情が、初めてはっきりと歪んだ。
「……シルバースター」
セリオンは口の端を上げた。
「ラスボス登場だ」
障壁の残滓を踏みしめながら、アイノが中枢部へ入ってくる。
担いだランスを、ゆっくりとガルザードへ向けた。
「さて」
顎をしゃくり、ニヤリと笑う。
「ゴミ掃除の時間だ」
——
バスティオン周辺では、なおもガンシップ同士の撃ち合いが続いていた。
そんな中、《プロトス》のドックには、《アストレイカー》が静かに降り立っている。
――艦橋区画。
『オルビタスのメイン障壁、もう持ちません。サブ障壁を展開します!』
『第四部隊より通達。ヴァルガルドのガンシップ、落としても落としても湧いて出やがる。このままだと、こっちが先に消耗する』
「ザックレイ!一旦オルビタスの後ろまで引け!無理するな!」
カミルが通信に向かって怒鳴る。
オルカカは眉間に皺を寄せ、前面スクリーンに映る宙域をじっと見つめていた。
「敵本陣の真上だ。長引けば長引くほど、こちらが不利になる」
低く呟いた、その時――
艦橋区画のドアが、プシュ、と音を立てて開く。
センカカが入ってきた。
「オルカカ」
「……センカカか。やはり来たか」
センカカは短く頷く。
「アイノが行ったから、ガルザードは大丈夫なはずだよ。エルも――きっと無事だ」
オルカカは静かに息を吐いた。
「あとは、ゼロ・コーラスか」
センカカが、彼の隣に並んで前方を見上げる。
「それも、多分大丈夫だよ」
オルカカが視線だけをセンカカに向ける。
「セリオンは、リリカル・ハウンドのα個体のエコーを持っている。ゼロ・コーラスと、まったく同じ系統のエコーだ」
オルカカの目が、わずかに見開かれた。
センカカはホロに指を滑らせながら続ける。
「私の計算だと、エコー濃度は――別の個体から“分けてもらっている”セリオンの方が高い。つまり、ぶつかり合えば、ゼロ・コーラスの“声”を、セリオンが打ち消せるはずだよ」
拳を握りしめる。その指先が、かすかに震えていた。
「……そう、信じるしかない、ってやつなんだけどね。あと問題は――」
「浮上シーケンス前に止める、だな」
オルカカがバスティオンを見据える。
「バスティオンが浮上シークエンスに入ったら、もう止められない。呼応と共鳴が銀河中に響いてしまう」
センカカは俯く。
(アイノ、セリオン、エル……急いで)
祈るしかなかった。
突如、窓の外でオルビタスのサブ障壁が大きく揺れる。
その余波で、プロトスの床もわずかに軋んだ。
『こちらオルビタス!サブ障壁への切り替えがヴァルガルド側に察知された模様!ガンシップとバスティオン本体からの砲撃が集中しています!このままだと、サブ障壁も長くは保ちません!』
リーリアナの悲痛な声が艦橋に響く。
「……我々が、ここで踏ん張らねばならんな」
オルカカが考え込んだ、その瞬間だった。
プロトスの斜め前方――宇宙空間の一角が、大きく歪む。
次の瞬間、真っ白な艦体を持つ巨大な旗艦と、その周囲を取り巻く白いガンシップ群が、宙域に躍り出た。
「……あれは、ラダマス!?」
センカカが叫ぶ。
オルカカの瞳が大きく見開かれた。
「イシュターラの旗艦《ラダマス》か……!」
ラダマスは滑らかにオルビタスの前へと割って入り、光り輝く透明な障壁を展開する。
続いてメイン砲塔が開き、ヴァルガルドのガンシップを次々と撃ち落としていった。
オルカカは呆然と、その光景を見つめる。
「まさか……あのイシュターラが、援軍に……」
通信が入る。
『こちら、イシュターラ軍・旗艦ラダマス艦長、バスカカだ』
「バスカカ!来てくれるとは!」
センカカが思わず声を上げる。
『そちらにはヌル戦での“借り”があるからな』
「……バスカカ、なぜ――」
オルカカが呟く。
『オルカカ。ヴァルガルドはα銀河全体への脅威だ。脅威に立ち向かうには、一点の武に頼るのではなく、一丸となれ。そちらの総司令官にそう言われたのでな』
オルカカは小さく目を伏せ、それから真っ直ぐ前を見据えた。
「……そうか。援軍、心から感謝する」
『イシュターラの障壁は硬い。守りは任せろ、銀河警備隊』
通信が切れる。
オルカカは顔を上げ、艦内通信を開いた。
「三旗艦、展開しろ。主砲で敵のメイン砲台とガンシップを、片っ端から叩け。第四部隊はイシュターラ軍のガンシップを援護、一機たりとも落とさせるな!」
『了解!!』
応答の声が重なり合う。
宇宙の戦いの“潮目”は――
思いがけない援軍の登場によって、ゆっくりとこちら側へ傾き始めていた。
艦橋の隊員たちは、銃を構えたヴァルガルド兵にぐるりと囲まれていた。
カミルも軍刀を床に置き、両手をゆっくりと上げる。
シグラが楽しげな顔でメインコンソールに歩み寄り、ホロを展開する。
《プロトス》の軌道が書き換えられ、艦隊の隊列からじわじわと外れ始めた。
オルカカは、何も言わずにそのホロを見つめていた。
シグラは、その横顔を目の端で捉え、口元だけで笑う。
「“なぜ”などと思っているんでしょう?」
オルカカはシグラを見やり、静かにため息を吐く。
「あなたが、私の忠告や進言を少しでも聞き入れてくれていれば――違ったかもしれないですね」
シグラは肩をすくめ、わざとらしく天井を仰いだ。
「それでも、やはり『武器に対して武器を持てば、敵はさらなる武器を持つ』ですか。そんな綺麗事で、何が守れたと言うんです」
「それでもだ」
オルカカは目を細める。
「武器を積み上げていけば、いつか自分たちが最大の脅威になる。私は、それが怖かっただけだよ、シグラ」
シグラはふっと笑い、指を滑らせてコンソール操作の速度を上げる。
「これで《プロトス》は、オルビタスの障壁の“外”に出ます。蜂の巣になるまで、そう時間はかからないでしょう。――私たちも、巻き込まれる前に撤退するとしましょうか」
《プロトス》が、ゆっくりと旋回を始める。
オルビタスのシールド傘の外縁を越えようとした、その瞬間だった。
ドン――。
バスティオン側から、凶悪な衝撃波が宙域全体に走った。
近くに展開していた艦隊すべてが大きく揺さぶられ、《プロトス》も例外ではなかった。
艦橋が激しく軋み、床が跳ねる。
シグラもヴァルガルド兵も、思わず体勢を崩す。
「――今だ!!」
カミルが叫び、腰のホルスターから抜いた銃で、目の前の兵士の胸を撃ち抜いた。
第一部隊の隊員たちも、ほとんど反射で動き出す。
近くの兵に飛びかかり、一斉に銃や格闘でねじ伏せていく。
シグラはよろめきながらも持ち直し、即座にオルカカへ銃口を向けた。
引き金に指がかかる。
バシュッ。
バシュッ。
二つの発砲音が、ほぼ同時に艦橋に響いた。
倒れたのは、シグラの方だった。
シグラの放った弾丸は、オルカカの頬をかすめ、背後の壁に焦げ跡を残す。
オルカカのすぐ横で、銃を構えたカミルが肩で息をしていた。
すぐにシグラの元へ駆け寄り、足先でその手から銃を蹴り飛ばす。
オルカカもゆっくりと歩み寄った。
仰向けになったシグラは、かろうじて動く視線だけをオルカカに向ける。
「……私は、銀河を……守りたかった、だけなのに」
かすれた声が漏れる。
そのまま、シグラの意識はぷつりと途切れた。
オルカカは、ほんの一瞬だけ俯く。
すぐに顔を上げた。
「《プロトス》を再配置。艦隊隊列へ復帰させろ。――すぐに第三フェーズに移行する」
「了解!」
艦橋のクルーが一斉に動き出す。
「先ほどの揺れ、とんでもない出力でしたね……」
カミルがバスティオンの方を見つめながら呟く。
オルカカは短く頷いた。
「レリック同士が正面からぶつかった衝撃だろう」
「ガルザードと、総司令官が……」
カミルの表情が険しくなる。
あの巨躯に比べれば、総司令官はあまりにも細く、脆く見えた。
「勝てるのでしょうか」
オルカカは答えられなかった。
(勝ってくれ――)
もう、祈ることしかできない。
ふと、その視界の端を、一機のガンシップがかすめる。
見覚えのある機影だった。
「……まさか」
思わず、オルカカは目を見開く。
《プロトス》と《アルケテス》は旋回を続け、バスティオンのドック側へと照準を向けていく。
外では、なおも膠着状態の砲火が交錯していた。
――その上を、一筋の“乱入者”が駆け抜けようとしていた。
——
バスティオン中枢部。
ガルザードが、高周波の刃を飛ばす。
エルは口元の血を乱暴に拭い、よろめきながらもヴェイルを持ち上げた。銃口に光が集まる。
出力を落とした低い一射。飛来する光刃を、下から撫で上げるように弾く。
軌道が逸れ、天井が抉れた。
バラバラと破片が降り注ぎ、高い天井には大きな穴が空く。そこから、かすかな星の光が覗いていた。
エルの手から、ヴェイルが滑り落ちる。
視界の端が欠けていく。音が遠のく。
「ぬぅ……」
ガルザードも一瞬、ふらついた。
レリックの呪いは、平等に二人の身体を蝕んでいる。
ガルザードは、それでも愉快そうに笑った。
「フフフ……もう一度だ」
マウルの刃先に、再び高周波の光を集め始める。
エルは片膝をつきながら、床に落ちたヴェイルのグリップを引き寄せる。
(ガルザードは力比べを楽しんでいる。引く気がないなら――)
肺の中の空気を、いったん全部吐き出す。
焼けるような痛みに顔を歪めながら、新しい酸素を思い切り吸い込んだ。
(だったら、こっちも全力で潰す。ゼロ・コーラスごと全部破壊してやる)
ヴェイルが、鈍い脈動を伴って光を帯びる。
(五年前。オルドスであの化け物を焼いた時より――もっと、強く)
光が一層強くなる。
ガルザードが斧を振り上げるのが見えた。
エルはそっと目を閉じる。
(これで、最後だ)
引き金に指をかけた、その刹那――
ガルザードとエルの間の空間が、ぐにゃりと歪んだ。
一拍置いて、ガルザードの腹部に紫の焼け跡。
身を包んでいた装甲が斜めにバキと割れる。
「ぐ、はっ……!」
マウルが手から滑り落ちる音と同時に、ヴェイルの銃口に集まっていた光の中へ影が降ってきた。
ヴェイルの光を収束させる。
少しウェーブした薄紫の髪。
白いフード付きのロングコート。
セリオンが、エルの前に立っていた。
エルの思考が、ふっと止まる。
「……っ」
喉まで名前が込み上げてきて、そこで引っかかった。
声にならない。
視界が、じんわりと滲む。
「今度は間に合った」
セリオンが振り返り、困ったように、けれどどこか安心したように笑った。
「なんて顔してんだよ、エル」
ふざけているような口調なのに、その目だけは真剣だった。
差し出された手。エルは反射的に、その手を見つめる。
「……なんで」
ようやく零れた言葉は、意図したものとはまるで違う響きになっていた。
「なんで――来た」
怒鳴るつもりだった。
なのに、耳に届いた自分の声は、ひどくかすれて震えていた。
セリオンは一瞬だけ目を瞬かせ、それから肩をすくめる。
「なんかさ。俺――」
言いかけた時、背筋を撫でるような殺気。
ガルザードの光刃が飛んでくる。
「……っぶね!」
セリオンはエルの肩を抱き寄せ、そのまま横に跳んだ。
さっきまで二人がいた場所を、白い光が薙ぎ払う。
「セリオン・アスター……<ライラック>か……」
ガルザードが、斜めに割れた腹を押さえながら低く唸る。
「その呼び方、やめろって。ダサいから」
セリオンは体勢を整え立ち上がる。
「我が兵器になりに来たか」
ガルザードが低く笑う。
玉座横のホロを立ち上げ、一つのコマンドに指を滑らせる。
『――共鳴シーケエンス、再開』
冷たい機械音声が響き、中枢部全体がうなりを上げた。
途端に、セリオンの身体から紫の光が噴き上がる。
瞳が、鮮やかな紫に輝く。
「セリオン!!」
エルの叫びが、中枢部に響いた。
ゆっくりと、セリオンがエルの方を振り向く。
一瞬の静止。
そして、ニカっと、いつもの無鉄砲な笑み。
「ほら、効かないだろ?」
拳を握り、肩を回す。
「だったら、行くしかないだろ」
そう言うなり、ガルザードへ飛び込んだ。
まだ距離がある段階で、踏み込んだ足を振り上げる。
二人の間の空間が歪む。
鈍い衝撃音。
顎に紫の衝撃派が走り、ガルザードの巨体が仰け反る。
セリオンは空中で体勢を入れ替え、横薙ぎに拳を振る。
脇腹の装甲が、バキッと嫌な音を立てて割れた。
着地。
「やっぱ硬ぇな」
苦笑いを零す。
ガルザードは、怒りに歪んだ顔でゆっくりと立ち上がる。
「虫ケラが……」
マウルが再び光を纏う。縦に振りかぶり一閃。
「うぉっ!」
セリオンはまともに食らい、後ろへ吹き飛んだ。
背中から壁に叩きつけられ、壁にヒビが走る。
「……ってて……」
呻き声を上げるセリオンに、ガルザードが追撃のため斧を振りかぶる。
乾いた銃声が二つ弾ける。
エルの放った弾丸が、マウルの柄の付け根に当たり、バチバチと装甲に火花が散る。
「油断してんな!」
エルが叫びながら、セリオンの前に飛び出して立つ。
「んだよ」
セリオンが、壁にもたれたまま口を尖らせる。
「さっきまで、泣きそうな顔してたくせに」
「してない」
即答。むすっとした横顔。
「してたね、完全に」
「してない」
睨み合いになりかけた、そのほんの一瞬のあいだに――
ガルザードの光刃が唸りを上げて迫る。
二人は左右に跳んで避けた。
エルが銃撃でガルザードの注意を引きつける。
そのわずかな隙に、セリオンが一気に間合いを詰め、拳を腹に直接叩き込んだ。
外側からの衝撃と、内側からエコーの衝撃。
二重の負荷に、ガルザードの膝ががくりと落ちる。
「うぐぅ……!」
それでもガルザードはマウルを手放さない。
セリオンの目の前で、刃先に高周波の光が集中していく。
「うわ、近っ――」
「セリオン、下がれ!」
エルが叫ぶ、その時。
ドン、と鈍い衝撃音が中枢部に響いた。
地面が揺れる。
ガルザードが、思わず手を止めた。
わずかに顔を上げる。
ドン、と二度目。
中枢部を囲んでいた絶対防御の障壁に、網目状のヒビが走る。
バリッ――。
光の壁が炸裂し、外からは絶対に開かないはずの障壁がこじ開けられた。
割れた障壁の向こうから、影がゆらりと歩み出てくる。
ガルザードの表情が、初めてはっきりと歪んだ。
「……シルバースター」
セリオンは口の端を上げた。
「ラスボス登場だ」
障壁の残滓を踏みしめながら、アイノが中枢部へ入ってくる。
担いだランスを、ゆっくりとガルザードへ向けた。
「さて」
顎をしゃくり、ニヤリと笑う。
「ゴミ掃除の時間だ」
——
バスティオン周辺では、なおもガンシップ同士の撃ち合いが続いていた。
そんな中、《プロトス》のドックには、《アストレイカー》が静かに降り立っている。
――艦橋区画。
『オルビタスのメイン障壁、もう持ちません。サブ障壁を展開します!』
『第四部隊より通達。ヴァルガルドのガンシップ、落としても落としても湧いて出やがる。このままだと、こっちが先に消耗する』
「ザックレイ!一旦オルビタスの後ろまで引け!無理するな!」
カミルが通信に向かって怒鳴る。
オルカカは眉間に皺を寄せ、前面スクリーンに映る宙域をじっと見つめていた。
「敵本陣の真上だ。長引けば長引くほど、こちらが不利になる」
低く呟いた、その時――
艦橋区画のドアが、プシュ、と音を立てて開く。
センカカが入ってきた。
「オルカカ」
「……センカカか。やはり来たか」
センカカは短く頷く。
「アイノが行ったから、ガルザードは大丈夫なはずだよ。エルも――きっと無事だ」
オルカカは静かに息を吐いた。
「あとは、ゼロ・コーラスか」
センカカが、彼の隣に並んで前方を見上げる。
「それも、多分大丈夫だよ」
オルカカが視線だけをセンカカに向ける。
「セリオンは、リリカル・ハウンドのα個体のエコーを持っている。ゼロ・コーラスと、まったく同じ系統のエコーだ」
オルカカの目が、わずかに見開かれた。
センカカはホロに指を滑らせながら続ける。
「私の計算だと、エコー濃度は――別の個体から“分けてもらっている”セリオンの方が高い。つまり、ぶつかり合えば、ゼロ・コーラスの“声”を、セリオンが打ち消せるはずだよ」
拳を握りしめる。その指先が、かすかに震えていた。
「……そう、信じるしかない、ってやつなんだけどね。あと問題は――」
「浮上シーケンス前に止める、だな」
オルカカがバスティオンを見据える。
「バスティオンが浮上シークエンスに入ったら、もう止められない。呼応と共鳴が銀河中に響いてしまう」
センカカは俯く。
(アイノ、セリオン、エル……急いで)
祈るしかなかった。
突如、窓の外でオルビタスのサブ障壁が大きく揺れる。
その余波で、プロトスの床もわずかに軋んだ。
『こちらオルビタス!サブ障壁への切り替えがヴァルガルド側に察知された模様!ガンシップとバスティオン本体からの砲撃が集中しています!このままだと、サブ障壁も長くは保ちません!』
リーリアナの悲痛な声が艦橋に響く。
「……我々が、ここで踏ん張らねばならんな」
オルカカが考え込んだ、その瞬間だった。
プロトスの斜め前方――宇宙空間の一角が、大きく歪む。
次の瞬間、真っ白な艦体を持つ巨大な旗艦と、その周囲を取り巻く白いガンシップ群が、宙域に躍り出た。
「……あれは、ラダマス!?」
センカカが叫ぶ。
オルカカの瞳が大きく見開かれた。
「イシュターラの旗艦《ラダマス》か……!」
ラダマスは滑らかにオルビタスの前へと割って入り、光り輝く透明な障壁を展開する。
続いてメイン砲塔が開き、ヴァルガルドのガンシップを次々と撃ち落としていった。
オルカカは呆然と、その光景を見つめる。
「まさか……あのイシュターラが、援軍に……」
通信が入る。
『こちら、イシュターラ軍・旗艦ラダマス艦長、バスカカだ』
「バスカカ!来てくれるとは!」
センカカが思わず声を上げる。
『そちらにはヌル戦での“借り”があるからな』
「……バスカカ、なぜ――」
オルカカが呟く。
『オルカカ。ヴァルガルドはα銀河全体への脅威だ。脅威に立ち向かうには、一点の武に頼るのではなく、一丸となれ。そちらの総司令官にそう言われたのでな』
オルカカは小さく目を伏せ、それから真っ直ぐ前を見据えた。
「……そうか。援軍、心から感謝する」
『イシュターラの障壁は硬い。守りは任せろ、銀河警備隊』
通信が切れる。
オルカカは顔を上げ、艦内通信を開いた。
「三旗艦、展開しろ。主砲で敵のメイン砲台とガンシップを、片っ端から叩け。第四部隊はイシュターラ軍のガンシップを援護、一機たりとも落とさせるな!」
『了解!!』
応答の声が重なり合う。
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思いがけない援軍の登場によって、ゆっくりとこちら側へ傾き始めていた。
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