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Chapter 10. 終結
episode 30. エコー
しおりを挟む斧がアイノの頬を掠めた。
髪が数本、宙に舞う。
背中の傷が、反応を一瞬遅らせている。
そのすぐ後――ガルザードが膝をついた。
レリックの反動が、巨体をじわじわと蝕んでいた。
マウルが、その手から零れ落ちる。
「自分の体、過信しすぎなんだよ」
アイノが肩で息をしながら吐き捨てる。
ガルザードは荒い呼吸をしつつ、ゆっくりと顔を上げた。
「……過信、か」
低く笑う。
血混じりの唾が床に落ちる。
「それは――お前もだろう、“シルバースター”」
次の瞬間、ガルザードの巨体が爆発するように動いた。
落ちていたマウルを拾い上げ、そのまま横薙ぎに振り抜く。
「っ――!」
アイノは咄嗟にランスで受けた。
だが、衝撃をいなしきれず、体勢が大きく崩れる。
ガルザードは止まらない。
崩れた隙を逃さず、斧を振りかぶる。
「まだ……終わらぬ……!!」
執念だけで振り下ろされる一撃は、さっきまでとは比べものにならない重さだった。
アイノはランスを盾のように立てて受け止める。
金属同士がぶつかり合い、甲高い音が響く。
鍔迫り合い。
互いの腕が震える。
「……往生際が悪ぃな」
アイノが低く吐き捨てる。
「貴様こそ……!」
ガルザードがさらに力を込める。
アイノの膝が、わずかに沈む。
――けれど。
「悪いけど」
アイノの瞳が、ぎらりと光った。
「まだやることが残ってるんでね」
ランスをひねり上げるようにして横へ弾き、斧の軌道を逸らす。
同時に、空いた左手でガルザードの胸を突き飛ばした。
巨体がぐらりとよろめく。
その一瞬の隙に、アイノはランスを構え直す。
ガルザードは歯を食いしばり、マウルを再び掲げた。
斧の刃先に、強烈な光を溜め込み始める。
「ぐぬぅ……負けはせぬ、負けはせぬぞ……!!」
マウルが、凶暴な輝きを放つ。
アイノもランスを構え直し、その一撃を真正面から迎え撃つ。背中に走る痛みに顔を歪めながらも、その視線は決して逸れない。
ガルザードが斧を振り下ろした。
アイノは地を蹴る。
光刃が肩を浅くかすめ、背後の床を深く抉る。
同時に、アイノはガルザードの懐へ潜り込むように踏み込んだ。
高周波の刃が、巨体の腹部を貫く。
「――ッ!!」
ガルザードの目が、大きく見開かれた。
巨体が、そのまま後ろへ倒れ込む。
アイノもその場に膝をついた。
「シルバースター!!」
アリシアが血相を変えて駆け寄ってくる。
「が、ガルザードは……」
恐る恐る視線を向ける。
まだ、かすかに呼吸はあった。
だが、腹には致命的な穴が開いている。
アイノはゆっくりと立ち上がり、長く息を吐いた。
静かにガルザードの元へ歩み寄り、その姿を見下ろす。
ガルザードが、濁った視線をアイノに向ける。
「……見事だ……さすがは……真の継承者……」
アイノは、肩をひとつ上下させるだけだった。
「……だが、覚えておけ……」
途切れ途切れの声が続く。
「未知の脅威は……必ず来る……。お前たちに……守れるかな……」
その言葉に、アイノはわずかに眉を寄せた。
「それでも――」
ガルザードの呼吸は、二度と戻らない。
アイノは無表情のままランスを引き抜く。
「頑張るしかないさ。……それが、私に勝手に与えられた運命なんだ」
小さくこぼした独り言は、砕けた装甲と血の匂いの中に、静かに溶けていった。
――――
セリオンがバリアを潜り抜けたのとほぼ同時に、ジジ、と不穏な音を立てて光の壁が再生し始めた。
数秒も経たないうちに、外界との境界は完全に閉ざされる。
バリアの外の様子は、もう一切見えない。
砲撃の振動も、叫び声も届かない。
聞こえるのは――ゼロ・コーラスの、低く不気味な駆動音だけ。
真っ黒な球体全体に、光の筋が何本も走り、脈動する心臓のように明滅している。
セリオンは一度、目を閉じた。
大きく息を吸い、吐く。
覚悟を決めるように目を開ける。
「……よし、やるぞ。ガボン」
「ガボ」
ガボンが、ちいさく鳴いて肩の上で身じろぎする。
セリオンはゼロ・コーラスのコアに手をかざす。
そっと触れ、そこへ波動を“流し込む”ように意識を集中させた。
瞬間、紫の光が弾ける。
ゼロ・コーラスとセリオンの身体、両方を包み込むように、強烈なエコーが迸った。
バチバチ、とコアがセリオンを拒むように火花を散らす。
互いの波が正面からぶつかり合い、押し合う感覚。
セリオンはさらに強く、自分のエコーを押し込んでいく。
瞳も髪も鮮やかな紫に染まり、癖毛がふわりと浮かび上がる。
ゼロ・コーラスに走る光が、不規則に明滅し始めた。
ジジジ、と嫌な音を立てながら、コア表面に火花が走る。
「……くっ、もっとだ……っ」
喉から絞り出すような声。
血管がはち切れそうなほど、全身に力を込める。
それでも、ゼロ・コーラスは完全には崩れない。
『浮上シーケンスまで、残り三十秒』
無機質な声が、閉ざされた空間にも冷たく響いた。
(……俺のエコーだけじゃ、足りないのかよ!?)
焦りが脳裏をかすめた、その瞬間。
肩に乗るガボンが――ふいに上を向いた。
「オオオォォ――ン!」
遠吠えが、静寂を破って響き渡る。
ただの鳴き声ではなかった。
ゼロ・コーラスの波形と同じ“系統”の、しかしまったく別のベクトルを持った声が、空間全体に広がっていく。
セリオンの肩口から、熱のようなものが流れ込んでくる。
「ガボン……!力、貸してくれるのか……?……後でちゃんと返すからな!!」
セリオンは腰をぐっと落とし、さらに踏ん張る。
セリオンとガボンのエコーが共鳴し、一つの波となってゼロ・コーラスへ叩きつけられる。
コアの中心から、紫の光が逆流するように溢れ出した。
バキッ――。
コア表面に、大きな亀裂が走る。
ひび割れはパキパキと音を立てながら、瞬く間に全体へ広がっていき――
とうとう、バリン、と甲高い破砕音を響かせて、黒い球体は崩壊した。
ゼロ・コーラスから、光が一気に失われていく。
同時に、周囲を覆っていたバリアの気配がふっと消えた。
艦内の照明も、すべて一度に落ちる。
真っ暗な静寂。
「……やった、のか……」
セリオンがかすかに呟く。
直後、ゴン、と床が跳ねるような揺れ。
「なんだ!?」
鋭い警告音と共に、天井スピーカーから別の機械音声が再生された。
『ゼロ・コーラス停止を確認。エネルギー供給を遮断。重力アンカーフィールドを解除。全員、ただちに退避してください』
「……まずいな。崩れる」
セリオンは、息を整えながらあたりを見回す。
暗闇の中で、薄く落ちた非常灯の光が、床に横たわる影を照らし出した。
「――エル!」
セリオンは駆け寄る。
エルの胸は、かすかに上下していた。
まだ、息はある。
「エル、しっかりしろ!!」
身体を抱き起こし、その顔を覗き込む。
エルの睫毛が、わずかに震えるだけで、目は開かない。
バスティオンが大きく揺れた。
どこか遠くで、金属が軋む音が響く。
セリオンはエルの身体を両腕で抱き上げる。
胸の前に、しっかりと抱き寄せる。
「……絶対、連れて帰るからな」
誰に聞かせるでもなく、低くそう言い切った。
揺れ続ける艦内を、足場を確かめる暇もないまま、セリオンは出口へ向かって駆け出した。
――
オルカカの目の前のホロマップで、バスティオンの中心部を示す光がふっと消えた。
「……止まった?」
センカカがホロに顔を寄せたまま、息を呑むように呟く。
「――間に合ったか!」
オルカカが思わず身を乗り出して声を上げる。握りしめた手が、かすかに震えていた。
俯き、そっと目を閉じる。
(よくぞやってくれた……エリュシフォン……!)
「――いけない!」
突如、センカカの鋭い声。
オルカカが弾かれたようにセンカカを見る。
「ゼロ・コーラス停止の影響で、バスティオンの重力フィールドが消失してしまった!」
オルカカの目が見開かれる。
「……自重を支えきれん。あの質量じゃ、崩落する」
短く呟き、すぐに通信端末を叩く。
『こちら第一旗艦《プロトス》。バスティオンが崩落する! 内部の全隊員は、直ちに退避せよ!!』
艦橋に緊張が走る。
通信が飛び交う。
騒然とする中、センカカは食い入るようにホロのバスティオンを見つめた。
「みんなは、まだ中枢部のはず……」
――
バスティオン全体が、さっきからずっと軋み続けていた。
「アイノ!バスティオンが崩れるって!!」
アリシアが真っ青な顔で叫ぶ。
「――出口まで急ぐぞ!」
アイノが短く言い、走り出す。
アリシアも慌ててその背中を追った。
第二障壁前のメイン通路に飛び込む。
さっきまで死闘が繰り広げられていたそこは、もうもぬけの殻だった。
転がるのは、焼け焦げた装甲片と空薬莢だけだ。
ビビ、とアリシアの通信端末が震える。
『第五、第六部隊、全隊退避した。ドックへ向かって離脱中』
「ちょっとちょっとちょっと!!置いてかないでよ~~!!」
アリシアが半泣きで叫ぶ。
別の回線が割り込んできた。
『第二障壁近くのサブドックに、俺たちのガンシップが一機残ってる!それで退避しろ!』
「助かるよ、ザックレイ!」
アイノが短く礼を言ったあと、ふと、後ろを振り返る。
(二人とも、何してる……!)
第二障壁の奥。気配はまだない。
アイノの足が止まる。
「……アリシア。お前は先に行け」
「えっ?シルバースターは!?」
「エルとセリオンが、まだ戻ってきてねぇ」
アリシアが目を大きく見開く。
「えっ、隊長、来てたの!?なんで教えてくれないの!!」
文句を言い終えるより早く――
ガラガラガラ――ッ。
メイン通路の天井が、嫌な音を立てて崩れ落ちた。
「わっ!?ちょ、ちょっと、やば――!!」
粉塵と共に、巨大な梁や装甲片が次々と落ちてくる。
さっきまで出口へ続いていた通路が、あっという間に瓦礫で塞がった。
「……こりゃ、まいったな」
アイノが頭をがしがしと掻く。
その時、後方から足音が聞こえた。
エルを抱えたセリオンが、ガボンと一緒に扉から飛び出してくる。
「あ!アイノ!……って、アリシア?なんでまだ残ってんだよ!」
アリシアは、セリオンの腕の中のエルを見て顔を曇らせる。
「総司令官……!大丈夫なの!?」
「……あぁ、息はある」
セリオンは短くそう答えると、塞がれた通路へ視線を向ける。
「けど、このままだと全員まとめてスクラップだな」
その時――
『操縦者』
セリオンの耳元で、ストレイの声がした。
『すぐに中枢部へ戻ってください。接近ルートを確保しました』
「ストレイ……!了解!」
セリオンが即座に頷く。
「みんな、中枢部まで引き返すぞ!」
四人と一匹は、来た道を逆走するように走り出した。
中枢部へ飛び込む。
すると、上方から乾いた破裂音。
「うわっ!?何!?」
アリシアが思わず身をすくめる。
頭上で、金属が裂ける鈍い音。
高い天井に走っていたヒビが一気に広がり、大きな穴を穿つ。
パラパラと破片が降り注ぎ――
その裂け目から、黒い機体が機首を覗かせた。
「……アストレイカー……!」
セリオンが、思わず笑う。
中枢部の広い空間へ、アストレイカーが慎重に降下してくる。
吹き荒れる排気が、床の埃と破片を巻き上げた。
『操縦者及びアウトライダー、ピックアップに来ました』
ストレイの落ち着いた声が、コックピットから響く。
四人と一匹は、ほとんど転がり込むようにアストレイカーへ飛び乗った。
ハッチが閉まりきるより早く、機体がぐんと浮き上がる。
直後、バスティオンの天井が崩れ落ち、巨大な破片が雨のように降ってきた。
何枚かが機体をかすめ、装甲に鈍い衝撃が伝わる。
アストレイカーが天井を突き抜け、外の空間へ飛び出した瞬間――
ゴゴゴ、と地鳴りのような低音が全体を震わせた。
セリオンは荒い息を整えながら、キャノピー越しに外を見下ろす。
地表が沈みはじめていた。
地盤が陥没し、その中心で、バスティオンが黒い煙を上げながらゆっくりと崩れていく。
「……間一髪ってやつ~~……」
同じように窓の外を見ていたアリシアが、盛大に息を吐き出した。
セリオンは腕の中のエルを、そっと抱きしめ直す。
「……終わったぞ、エル」
返事はない。
静寂の中で、規則正しい呼吸だけが聞こえる。
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