Lilac

アカアシトカゲ

文字の大きさ
31 / 33
Chapter 10. 終結

episode 31. 帰る場所

しおりを挟む

キャノピー越しの視界の中、バスティオンの影がどんどん小さくなっていく。


『アウトライダーのバイタル低下を確認。操縦者、アウトライダーを至急医療ユニットへ』


ストレイの無機質な声と同時に、壁面からメドベッドがせり出してきた。

セリオンは短く頷き、慎重にエルの身体をそこへ寝かせる。

すぐに上部カバーがスライドし、淡い光がエルの全身を包み込んだ。

セリオンは眉を寄せたまま、その様子をじっと見守る。

アイノが、メドベッドの横に立つ。
「……大丈夫だ。こいつは強い」

セリオンがちらりと顔を上げる。

「お前も、よくやったよ」
アイノはそれだけ言って、壁にもたれて目を閉じた。

セリオンはメドベッドの透明なカバーにそっと指先を当てる。手が震えていた。
(……終わった。だから――絶対に、帰ってこいよ)

言葉には出さず、胸の奥でだけそう呟いた。

視界の外では、傷だらけのガンシップや輸送艇が、次々と旗艦へ帰還していく。
やがて、プロトスを先頭に、全艦隊が本拠点《イージス・プライム》への帰投コースへと向きを変えた。
 


――――


 
イージス・プライム
医療室前。

セリオンは腕を組んだまま、無機質な壁にもたれかかっていた。
足元では、ガボンがぐったりと丸くなって眠っている。

医療室のドアが静かに開く。

弾かれたように顔を上げると、白衣のセンカカが出てきたところだった。

「センカカ、エルは!?」

セリオンが一歩踏み出す。
センカカは少しだけ視線を落とし、それからゆっくりと口を開いた。

「……バイタルは安定したよ。ただ、いつ意識が戻るかはわからない。今日か、明日か……もっと先かもしれない」

セリオンの眉間に皺が寄る。
「……そうか」
短く呟き、口元だけで笑ってみせた。
「いつまででも、待つさ」

センカカも、その笑みに応えるように小さく頷く。

その時、セリオンの通信ノードがビビ、と震えた。

「……副司令官からだ」

「行っておいで。もし目覚めたら、すぐに連絡するから」

センカカに背中を押されるようにして、セリオンは医療ブロックを後にし、艦橋区画へと向かって歩き出した。


途中、詰所区画の前を通りかかると――

「隊長!!」
廊下の脇にたむろしていた第五部隊の面々が、一斉に顔を上げた。
トートとアリシアが前に出てくる。

セリオンは足を止め、少し眉を下げて笑う。
 
「みんな、本当にお疲れ。……第五部隊、よく頑張ったな」

一人ひとりの顔を見回しながら、静かに言った。

「セリオン隊長が肝心なときにいないからですよ!」
「マジで大変だったんすからね!」

あちこちから、いつもの調子で文句が飛ぶ。
セリオンは苦笑し、肩をすくめた。

トートも、くすりと笑う。
「総司令官が第五部隊を率いてくれたんですよ!……すごく強くて、かっこよかったです」

その言葉に、セリオンはぱちりと瞬きをした。
「え?なんで、エルが?……ファルナンドはどうした?」

その名前が出た瞬間、第五部隊の顔から一斉に笑みが消える。
トートが、ぎゅっと拳を握りしめたまま口を開いた。
「実は……ファルナンド、敵軍に唆されて……」
そこで言葉を詰まらせる。

セリオンの表情が険しくなる。

アリシアが、代わるように続けた。
「……エコーの力が欲しくて、向こうについちゃったの。共鳴で操られてたけど、最後は私たちを庇って――」

セリオンは目を見開いた。
「そんな……ファルナンド……」

拳がぎゅっと握り込まれる。

トートが、不安げにセリオンを見上げた。
「隊長……戻ってきますよね?抜けたの、エコーのこと調べるためでしょ?もう終わったなら――」

言い終わる前に、アリシアがトートの足を思い切り蹴る。
 
「いだっ!?な、何すんだよアリシア!」

アリシアはトートを睨みつけ、「それ以上言うな」と目だけで圧をかけた。

セリオンは視線を落とし、しばらく黙り込む。

「てか、何か急ぎの用事があるんじゃないんですか?」
アリシアが、わざと何でもない風を装って声をかける。

「……あ」
セリオンはハッと顔を上げた。

「そうだ、副司令官に呼ばれてたんだった」

「早く行かないと、怒られますよ!ほらほら!」
アリシアが、しっしっと手で追い払うジェスチャーをする。

「……また、後でな」
セリオンは苦笑しながら第五部隊に背を向けた。

艦橋区画までの道のり。
握りしめた拳は、ずっと開かなかった。

(ファルナンドが……。俺のせいだ。……ちゃんと、あいつに向き合うべきだった)

後悔の波が、じわじわと胸の奥を締め付ける。

 
やがて艦橋区画にたどり着く。

係員がセリオンに気づき、無言で最奥の重い扉を開いた。
 
「副司令官は、総司令官室にいらっしゃいます」

 
総司令官室。
コンコン、とノックをする。

「入れ」

「失礼します!」

扉を開く。

初めて入る総司令官室は、驚くほど整然としていて、ほとんど私物らしいものがない。

セリオンは視線だけで室内をぐるりと見回した。

「座りなさい」

デスクから立ち上がったオルカカに促され、ソファに腰を下ろす。

視線の先――向かいの椅子の背もたれに、無造作にかけられた黒いコートが見えた。

胸が、ぎゅっと痛む。

「さて……セリオン」

オルカカが向かいのソファに腰を下ろす。

セリオンは自然と背筋を伸ばした。

「ゼロ・コーラスの脅威は去った。お前たちの尽力のおかげだ。……よく、やってくれた」

オルカカが穏やかに笑う。

セリオンは姿勢を正したまま、深く頭を下げた。

「これにて、お前への任務を解く」

セリオンは顔を上げる。
少し、眉を寄せた。
「……では、第五部隊に戻してください。ファルナンドがいなくなって、第五は揺れてる。俺が戻らないと――」

オルカカは、しばし黙ってセリオンを見つめた。
「……そのことだがな」

小さく息を吐く。

「アリシア・エルネスタを隊長に、という声が上がっておる」
 
「は?」
セリオンが、思わず素っ頓狂な声を上げる。
「ア、アリシア~~!?」

オルカカが、吹き出しそうになるのをこらえきれず、思わず苦笑した。

すぐに咳払いをして表情を引き締める。
 
「前衛でなければ、隊長が務まらないとでも?」
「い、いえ、そういうわけじゃ……」

セリオンは気まずそうに頬を掻いた。

「彼女の観察力、および状況判断能力。それが評価されての事だよ」
 
ふと、オルカカの顔つきが真面目なものになる。
 
「それに――もしエリュシフォンが起きたら」

その名が出た瞬間、セリオンも自然と表情を改める。

「お前には、エリュシフォンと共にいてやってほしいんだ」

セリオンの目が、大きく見開かれる。

「……アステリアでな。テラスにいる君らが見えた」

テラス――
あの時、肩に額を寄せてきたエルの感触が、鮮明に蘇る。

セリオンの耳が、じんわり赤くなった。
視線が泳ぐ。

「これは、私の個人的な頼みになるがね」
オルカカが、少しだけ肩をすくめる。

セリオンは照れくさそうに笑い、それでも真っ直ぐにオルカカの目を見る。

「そりゃ、頼まれなくても、いるつもりですけど……」

そこで、ふっと真剣な表情へと変わる。

「ただ――エルを自由にするためには、“一緒にいる”だけじゃ、ダメなんです」

無機質な部屋に落ちたその声は、誰の返事も待たないまま、静かに溶けていった。

――

セリオンが艦橋区画を出ると、廊下の壁にもたれている人影があった。

「あ、きたきた」
 
アリシアだった。

「アリシア? どうした」

アリシアはすぐ横の小さな観覧デッキを親指で指す。
「ちょっと、話しません?」

セリオンは少しだけ眉を上げ、そのまま二人でデッキに出た。

窓の向こうに、傷だらけの艦隊と、遠く輝く星々。
セリオンは柵に肘をつき、もたれかかる。

アリシアはその横顔を一瞬だけ見てから、口を開いた。

「ファルナンドのこと、隊長のせいじゃないですからね」

セリオンは視線だけアリシアに向ける。

「ずっと一緒にいた私たち、見て見ぬふりしてたから。もっとやばいですよ」

アリシアは、下唇をちょっと突き出す。
今にも泣きそうな顔で、ぎゅっと口を結んだ。

「もう、見て見ぬ振りなんてしないから」
誰に言うわけでもなく、呟く。

セリオンはしばらく黙って、その決意を見つめる。
それから、ふっと口元だけで笑った。

「なぁ、アリシア」
「はい?」

アリシアが顔を上げる。

「エルの武器なんだけどな」
「あ~、アーク・レリックってやつですよね?シルバースターに聞きました」

セリオンは頷く。
「俺のエコーで、壊せるかもしれないんだよ」

アリシアの目がまん丸になる。
「マジ!?」
 
「やってみなきゃわかんねぇけどさ。……で」

アリシアの方へ向き直る。
 
「もし壊せたら、さ。お前に、第五部隊の隊長を任せていいか?」

デッキに、ひんやりとした風が吹き込む。
ふわりとセリオンの癖っ毛が浮かぶのを、アリシアはじっと見て――

ニヤリ、と笑った。
 
「やっぱり結婚、するんですか」
 
「えっ、いや、そういうわけじゃ……」
 
セリオンの視線が泳ぐ。

アリシアはふーっと息を吐いた。

「有給使えなくなるなぁ」
「そこかよ!!」

思わず全力で突っ込む。
アリシアがクスクス笑う。

「まぁ、セリオン隊長の時もそうでしたけど、第五部隊は“隊長がボケっとしてる”方が頑張れるからねぇ」

今度は、まっすぐセリオンを見る。

「任せてよ。二人のためなら、有給、我慢する」

セリオンも、苦笑しながら肩をすくめる。
「頼りになるな」

アリシアはウィンクしながら親指を立てた。
 
「みんなのことは、前からじゃなくても、後ろからしっかり見てるから」
「……俺が隊長の時は、“ネイル剥げるからやだ”って、全然何もしなかったくせに」

セリオンがぼそっと文句を言う。

「そうでしたっけ?」
「そうだよ!」

アリシアはぐーっと伸びをした。
 
「あーあ。でも、いなくなっちゃうのかぁ」

セリオンがニヤリと笑う。
「俺がいないと寂しいって?」

アリシアは首を横に振った。
 
「いや、イケメン総司令官のこと」
「そっちかよ!!」

セリオンの肩がガクンと落ちる。

その時、ビビ、と通信ノードが震えた。

センカカからの連絡だった。

『――エルが起きたよ』
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

金の野獣と薔薇の番

むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎ 止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。 彼は事故により7歳より以前の記憶がない。 高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。 オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。 ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。 彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。 その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。 来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。 皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……? 4/20 本編開始。 『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。 (『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。) ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】←今ココ  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

聖者の愛はお前だけのもの

いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。 <あらすじ> ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。 ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。 意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。 全年齢対象。

青い炎

瑞原唯子
BL
今日、僕は同時にふたつの失恋をした——。 もともと叶うことのない想いだった。 にもかかわらず、胸の内で静かな激情の炎を燃やし続けてきた。 これからもこの想いを燻らせていくのだろう。 仲睦まじい二人を誰よりも近くで見守りながら。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

昨日の自分にサヨナラ

林 業
BL
毎晩会えるだけで幸せだった。 いつか一緒に過ごせたらと夢を見る。 目が覚めれば現実は残酷だと思い知る。 隣に貴方がいればそれだけでいいのにと願う。

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。 イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。 父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。 イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。 カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。 そう、これは─── 浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。 □『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。 □全17話

処理中です...