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epilogue. 共に歩む未来
epilogue 1. 自由
しおりを挟む「アリシア、俺――」
「行きなって!」
言い終わるより早く、もう走り出していた。
廊下を駆け抜け、医療ブロックに飛び込む。
勢いよく扉を開けた。
「エル!」
声が裏返るのも構わず、医療室に飛び込む。
ベッドの上に、エルは上体を起こして座っていた。
ゆっくりとこちらに顔を向ける。
「……騒がしい」
言葉とは裏腹に、その目はやわらかかった。
セリオンは、ベッド脇の椅子にどさりと腰を下ろす。
「はぁ~~……」
盛大に安堵の息を吐いたあと、顔を上げて、ほっとしたように笑う。
「……バスティオンは崩れた。終わったぞ」
エルは小さく頷き、セリオンを見て柔らかく微笑んだ。
「……よくやってくれた」
その顔を見るたびに、やっぱりセリオンの心臓は跳ねる。
ストレイがいなくてよかった、と少し思った。
「た、倒れた時さ。マジで心配したんだぞ。心臓止まるかと思った」
思わず、話題をそらすように口をつく。
エルは肩をすくめた。
「抑えたんだ、これでも。……お前が」
セリオンをまっすぐ見据える。
「一緒に帰りたいって、言うから」
「ぇ……」
セリオンが一瞬その場で固まる。
「き、聞こえてたのかよ……」
気まずそうに頭を掻く。
「うるさかったからな」
「“うるさい”は、ひどくない?」
言い合って、互いに小さく笑い合う。
エルが少し視線を落とした。
「セリオン」
名前を呼ぶ声は、ほんの少し震えていた。
「色々……すまなかった」
セリオンは目をわずかに見開き、それから苦笑する。
「お前が謝ることなんか、一個もないだろ」
そう言ってから、「あ」と思い出したように付け足す。
「総司令官だったのは、マジでびっくりしたけどな」
ケロッと言うと、エルも困ったように苦笑した。
セリオンはニカっと笑う。
「でもまぁ、俺にとっては、エルはエルだから」
エルの目が、驚いたようにわずかに見開かれる。
その奥で、感情が揺れた。
「ほら、また泣きそう」
「泣きそうじゃねぇ」
むくれたように横を向く。
「そういえば」
セリオンがポン、と手を打った。
「試したいことがあるんだけどさ。歩けたりする?」
エルは肩をすくめる。
セリオンが立ち上がり、手を差し出した。
「ちょっと散歩しようぜ」
――
イージス・プライムの廊下を、二人並んで歩く。
すれ違う隊員たちは皆、足を止めて敬礼したり、声をかけてきた。
エルはその一人一人に、短いながらも言葉を返していく。
「……どこまで行くんだよ」
少し居心地悪そうに、エルがぼそりと言う。
「まぁまぁ、もうちょっとだよ」
セリオンは濁して歩みを進めた。
やがて、広い武器庫区画に出る。
第六部隊の面々が、武器の整備にいそしんでいた。エルたちに気づき、一斉に顔を上げる。
「総司令官!ご無事で何よりです!」
第六部隊の隊員たちが、一斉に敬礼した。
「あぁ。ご苦労だったな」
エルが柔らかく返す。
その一言で、隊員たちの表情がぱっと明るくなった。
「俺もいるけど?」
セリオンがさりげなく混ざろうとする。
「お前バスティオンにいなかったじゃん」
「ちゃんと仕事しろ」
「セリオンさん、どこ行ってたんです?」
次々と文句が飛んでくる。
「かー……」
セリオンが盛大に不貞腐れた顔になる。
ジトっとした目で、エルを見る。
「いつの間にか、めっちゃ慕われてるな」
エルは小さく笑い、武器をメンテナンスしている隊員たちへ視線を巡らせる。
「地上部隊は、よくやった。……第五部隊も。良い動きだった。エコー兵相手にしても、隊列を乱さなかった」
セリオンの顔が、途端にニッコリする。
「だろ~?」
照れたように頭を掻く。
エルは片眉を上げる。
「お前を褒めてるんじゃねぇ。第五部隊を褒めてんだ」
「喜んだっていいじゃん!俺が育てたようなもんだし!」
むくれるセリオン。
「総司令官、ご無事でしたか」
生真面目な声が背後から飛んできた。
振り向くと、カミルとザックレイが立っていた。
「あれー、セリオンじゃん」
ザックレイが、ほんの少しだけ目を丸くする。
「カミル、ザックレイ」
セリオンが「よっ」と手を上げる。
カミルはエルの方へ向き直った。
「意識不明と聞いて心配しましたが……お元気そうで何よりです」
エルは静かに頷く。
「……プロトスの動きはさすがだった。よくやってくれた。あと――第四部隊」
ザックレイが、はっとしたように振り向く。
「お前たちのガンシップが、今回の戦いの立役者だった。礼を言う」
ザックレイが瞬きをしてから、照れ隠しのように頭を掻いた。
「やるじゃーん、だいよーん」
セリオンが脇腹をつつく。
「お前は黙ってろよ」
ザックレイが苦笑する。
「てかセリオン、お前どこいたんだよ」
「誰も信じてくんないけどさ、中枢部にいたんだよ!俺だって!」
セリオンがわめく。
「ゼロ・コーラスを止めたのはセリオンだ」
エルがぽつりと言った。
「……うっそだぁ」
ザックレイが眉をひそめる。
カミルは、疑いの目でじっとセリオンを見つめる。
「やめろ!その目!!」
笑いが、武器庫一帯に広がった。
「じゃー、またな!」
エルに敬礼してから、ザックレイたちが踵を返そうとする。
「ザックレイ、カミル」
セリオンが、その背中に声をかけた。
「……第五部隊、頼むな」
ザックレイが振り返り、少し寂しそうな顔をする。
「離れんのか。やっぱり」
セリオンは、ほんの少し首を傾げるだけで答える。
「……お前、傭兵になれよ。こき使うから」
ザックレイがニヤリと笑う。
「えーやだぁ。こき使われるならカミルの方がいい」
「お前は旗艦向きじゃないから、雇わないと思う」
真面目に返されて、セリオンは肩を落とした。
手を振り合い、別れる。
再び、廊下を歩き出した。
エルが、どこか柔らかく笑う。
「銀河警備隊は、みんな仲が良いな」
セリオンが肩をすくめる。
「年近いのもあるけどな。……って、エルも同じくらいか」
エルは小さく息を吐いた。
「俺は“総司令官”だからな」
少しだけ、目を伏せる。どこか寂しそうに見えた。
廊下の突き当たり。展望デッキへ続くドア。
その前で、セリオンが立ち止まった。
「なぁ、エル」
エルが顔を上げる。
「総司令官、辞めようぜ」
――――
イージス・プライムの広い展望デッキ。
透明なドームで覆われた空間の向こうに、星々が静かに瞬いている。
眼下には、青く縁どられたエデニアの輪郭が見えた。
エルは、ゆっくりと周囲を見渡す。
「……こんなとこ、あったのか」
「結構みんな来るけどな。今日はさすがにバタバタで誰もいないか」
二人は並んで、デッキの奥まで歩いていく。
柵の前で、エルが足を止めた。
「で」
エルが横目でセリオンを見る。
「“試したいこと”ってなんだ」
セリオンはエルの隣に立ち、真下に浮かぶエデニアを見下ろした。
「アイノにさ、聞いたんだ。お前の過去の話と、レリックの話」
エルは柵に肘をつき、空へ視線を投げる。
「あいつめ。余計なことを」
小さく呟く。
セリオンがふと、エルの方へ手を差し出した。
「?」
エルは片眉を上げ、その手を見つめる。
「ヴェイル、貸してみて」
「……持ち主は、移動しねぇぞ」
そう言いながらも、エルは背中からヴェイルを抜き、逆さにしてセリオンへと差し出した。
ズシリ、と確かな重みが手に落ちる。
「おお……結構重いんだな、これ」
ひんやりとした感触が掌を伝う。
エルのように構えてみても、ヴェイルは沈黙したままだ。
刃も銃口も、光はひとつも灯らない。
エルは片眉を上げたまま、その様子を見守っていた。
「っし」
セリオンが構えを解く。
両手でヴェイルを包み込むように持ち替え、そっと目を細めた。
波動を溜める。
紫の光が、セリオンの体の内側から淡く湧き上がってくる。
まとったエコーを、掌の一点へと集約させていく。
ヴェイルの表面に、レリックの光とは異質な、紫の輝きがじわりと染み込んでいく。
エルは眉をひそめる。
「おい、何して――」
言い終わる前に、
ビキッ、と、銃身に亀裂が走った。
エルは目を見開く。
セリオンはさらに力を込める。
ゼロ・コーラスを壊したときと同じように、髪がふわりと浮き、瞳が強い紫に光る。
「……っぉおお……」
低く唸る。
ヴェイル全体に、バキバキと音を立てて無数のヒビが広がっていく。
中から、溢れ出すように紫の光が漏れ出した。
最後に、バキッ、とひときわ大きな音。
ヴェイルが一瞬だけ強く輝き――
光が収束したとき。
セリオンの手のひらに残っていたのは、「ヴェイルだったもの」の、小さな欠片だけだった。
大部分は砕け散り、光に焼かれて消えていた。
エルは、唖然とその光景を見つめる。
セリオンの身体から光が引いていく。
ゆっくりとエルの方へ向き直った。
「壊しちゃった」
欠片の乗った手のひらを、ひょいと見せる。
エルは口を開きかけて――声を失う。
何も言葉が出てこない。
セリオンは、ふっと笑った。
「お前を縛りつけるものは、もう何もないよ」
静かな声が、誰もいない展望デッキに響く。
エルの瞳が、さらに大きく見開かれた。
潤んだ瞳が、かすかに震える。
「……」
喉が詰まって、言葉にならなかった。
「自由になれよ、エル」
「っ……!」
エルは咄嗟に視線を落とした。
セリオンが一歩近づき、その身体を抱きしめる。
エルの手が、一瞬宙を彷徨う。
やがて、セリオンのコートの裾を、ぎゅっと掴んだ。
掴んだ手は、小さく震えていた。
セリオンがそれに気づき、抱きしめる腕を少し強める。
しばらくのあいだ、そのまま静かに抱き合っていた。
やがて、エルの身体がそっと離れる。
セリオンが、覗き込むように顔をのぞく。
「……泣いた?」
「泣いてねぇ」
ふいと顔をそらす。
目の縁だけが、すこし赤い。
「なぁ、エル」
「なんだよ」
セリオンが少し息を吸う。
「銀河警備隊やめて、俺と生きよう」
エルがセリオンの方を向き、瞬く。
「……それって」
口の端を上げる。
「プロポーズか?」
セリオンが固まった。
「え、あ、いや、まぁ――」
どもりながら視線を泳がせ、
「そう、かも」
困ったように、エルを見る。
「へぇ。なら」
エルは口の端を吊り上げる。
「答えは――」
エルは、セリオンの襟を掴んで引き寄せた。
星空の下で、静かに影と影が重なった。
――
オルカカは展望デッキの扉をそっと開けかけて――目に飛び込んできた光景に、思わず身を引いた。
慌てて扉の陰に身を隠す。
少しだけ顔を出し、様子をうかがう。
(……うまくいったようだな)
胸の内でだけ、そっと微笑んだ。
――少し前。総司令官室。
「ただ――エルを自由にするためには、“一緒にいる”だけじゃ、ダメなんです」
真剣な表情でそう告げたセリオンの顔が、オルカカの脳裏に浮かぶ。
「……どういう意味かな」
問い返すと、セリオンは少し考え、今度はいたずらを企む少年のような顔になった。
「副司令官……もし、エルがヴェイルを“壊しちゃったら”――どうなります?」
オルカカは思わず瞬きをする。
すぐに、表情を引き締めた。
「壊せる算段があるのか」
「やってみないと分かりません。でも、アイノの話を聞く限り……俺のエコーなら、内側から破壊できるかもしれない」
オルカカは思わず天を仰いだ。
(……願ってもない話だ)
セリオンに向き直り、小声で囁くように告げる。
「……そうだな。もし、そんなことが本当に起これば――責任問題になるな?」
セリオンは、その言葉に小さく笑い、ゆっくりと頷いた。
――現在。
オルカカは、手に持った黒いコートを大事そうに抱え直した。
思えば、アステリアの任務で二人を見た時から、どこか違和感はあった。
五年前に突如着せられた肩書きと、重すぎる武器。
それでもエリュシフォンは、分厚い理性と責任感の皮を被り、動じることなく、感情も見せず、ただ淡々と“総司令官”をやってのけていた。
だがアステリアの任務の時――セリオンと話すエリュシフォンの顔には、ほんの少しだけ、年相応の感情が滲んでいた。
そしてテラスでの二人が見えた時、そういうことか、と腑に落ちた。ひどく、安心したのを覚えている。
だがその後、自分がヴァレンティスを守りきれずに捕まり、結局またエリュシフォンにすべてをやらせてしまった。
完璧なまでに、その責務を。
(……そろそろ、自由になってくれ)
心の中でだけ、静かに願う。
もう一度、そっと展望デッキのほうを覗くと、重なった影が少し離れたのが見えた。
(やれやれ)
オルカカは小さく息を吐き、ようやく扉の陰から一歩踏み出した。
少しだけ離れたところでわざとらしく咳払いをする。
「――オホン」
二人の身体がビクリと大きく跳ね、その瞬間、ぱっと距離が開いた。
エルが振り向く。
オルカカの姿を認めた途端、目を大きく見開き、言葉を失う。
あまりに分かりやすい反応に、オルカカの頬が思わず緩んだ。
セリオンが、バツが悪そうに頬を掻き、それからオルカカの方へ向き直る。
「副司令官!レリック、壊しちゃいました!」
手のひらの小さな欠片をぐいっと突き出す。
オルカカはそれを一瞥し、ふ、と口元を緩めた。
「む、それはいかんな」
わざとらしく眉をひそめる。
「レリックはエデニアの財産。それを粉々にしてしまうとは……総司令官、これは大いに責任問題ですぞ」
少し芝居がかった声色で、エルの方へ向き直る。
エルはぱちぱちと瞬きをした。
オルカカは歩み寄り、腕に黒いコートを押しつける。
「ゆえに――総司令官には、ここで“辞任”していただきましょう」
一拍おいて、柔らかく笑った。
「五年間。この言葉が言える日を、どれほど長く待ち侘びたことか」
「オルカカ……」
オルカカは、まっすぐエルに向き直ると、深く頭を垂れた。
「エリュシフォン総司令官。五年に渡る銀河警備隊の総指揮、実に見事でありました」
顔を上げずに続ける。
「このオルカカ、一士官として、そして一人の人間として――総司令官と共に戦えたこと、生涯忘れません」
エルはぎゅっと眉を寄せ、胸の奥がきしむのを感じた。
ゆっくりと背筋を伸ばすと、オルカカに向かい敬礼する。
「……副司令官として、共に戦い、支えてくれたこと、感謝する。――ありがとう、オルカカ」
オルカカが顔を上げる。
穏やかな笑みだった。
エルも、少し照れくさそうに笑みを返す。
「とはいえ――」
オルカカが軽く咳払いをして、空気を切り替える。
「お前たちほどの戦力がいなくなるのは、警備隊にとっても大きな痛手だ。ゆえに、ヴェルモラの傭兵ギルドに、お前たち二人を推薦しておいた」
セリオンが思わず吹き出す。
「はは。これで、めでたく“本物のアウトライダー”ってわけだ」
「これからは、外から銀河警備隊を支えてくれたら嬉しい」
「もちろんだ」
エルが、迷いのない声で頷く。
オルカカも満足そうに一つ頷くと、二人に背を向けて歩き出した。
展望デッキの出口へ向かうその背中を、
二人は、見えなくなるまで静かに見送っていた。
エルは四つ星のコートを脱ぎ、黒いコートを羽織る。
それを見て、セリオンが目を細める。
「おかえり」
呟く。
「……ギャンボス」
蹴られた。
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