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 大の大人が三人も入ればぎゅうぎゅうになってしまいそうなコンパクトな転移陣の中に二人で立つ。
 レーシーよりも背の高いロクが近くに立つと、軽く圧迫感を感じる。
 ロクの匂いが鼻をついて、何十年経っても人の体臭というのは変わらないものなんだなと思う。
 ロクの匂いは石けんの匂いににているが、どこか甘さのある匂いが混ざっている。いい匂いだ。自分で調合しているのかな。
 このままロクに抱きついてめいっぱい匂いを吸い込んでみたい気持ちに駆られたが、さすがに今のこの状況でそれをするのはどうなのよ、と思ったので自重した。
 偉いぞ、レーシー。
 レーシーは心中で自分を褒める。
 手持ち無沙汰さにレーシーは自分の髪をくるくると指先に巻き付けては解くのを繰り返した。
 慣れた様子でロクが魔力を行使すると、足元から流れた魔力が魔法陣の文字に染み渡り、床に描かれていた転移陣がうっすらと発光する。
 そうこうしている間にぐにゃりと視界が歪み、脳が揺れる。
 近場で何十年も生きていたレーシーは転移するのも久しぶりだ。転移する時のこの脳への振動が嫌いだった、と思い出した。
 レーシーは目を閉じて胃からせりあがってくるような、嘔吐感をやり過ごす。黙って転移による気持ち悪さに耐えていたが、周りの空気が変わったことに気づいて瞼を上げた。
 ロクの家の一室から王都へ移動したはずの視界は大して変わり映えがない。
 さびれた部屋の中にあるのは転移陣と部屋の隅に丸められた古びたマットだけだ。
 陣があることを知られたくないのだろう。
 人の住んでいる気配はない。陣の周り以外はほこりが積もっている。

「着いたんだよね?」

 失敗したとは思っていないが、思わず確認する言葉が口をついてでてきてしまう。

「着いた。ほら行くぞ」
 
 ロクがごく素気なく言う。
 勝手知ったる他人の家とばかりにロクはずかずかと歩いて行く。

「もぅ、待ってよ!」

 ロクがせっかちなのは相変わらずだ。
 広い背中を追うように家の外に出た。

「う、わ」

 遠くに王城が見える。
 手入れされた大きな木がほとんど見えない高さの塀の中に堅牢な城が聳え立っている。
 古き良き時代に積まれたものに似せて作ったであろう味わい深い色彩のレンガ造りのソレはレーシーか昔見た城の形状とは異なっている。しかし城の奥にかろうじて見える一部の塔はそのままのようだ。
 新旧合わさったチグハグな印象を受ける城だが、レーシー以外の人間は特に違和感を覚えないようだ。
 このチグハグさに慣れてしまったのだろう。

「おねーちゃんって、まだあそこで働いてるよね?」

 小走りで追いつき、ロクの隣に並ぶ。
 ふと気づけば靴も変わっている。
 服を変えたときに一緒に変えてくれていたらしい。歩きやすい。3センチばかりヒールがあるが、太目のもので安定感があった。

「たぶんな。引っ越ししたってのは聞いてない」

 おねーちゃんは王都で魔女の店を持っている。
 裏路地にひっそりとある店だが、おねーちゃんの作る薬を必要としている人間だけが立ち寄れるようになっている。
 王都に店を構えているのは、おねーちゃんの作る薬を求める人間が王都に自由を求めて逃げてくることが多いからだ。 
 魔女によって得意な分野は各々違う。
 かなりのご長寿なおねーちゃんの場合は、得意なものがいくつかあり、その一つが「縁切り」と言うものだ。
 夫からの家庭内暴力や、凄惨な虐待、職場での上司による虐め等その対象は多岐にわたる。
 とはいえそうほいほいと縁切りさせてしまうと、問題も起こりやすいので、おねーちゃん自ら縁切りするにふさわしい問題なのか精査しているのである。
 かなり使い勝手のいいものだが、魔女への報酬は莫大である。普通にいじめられてる人間には手が届かない。
 基本貴族御用達となってしまっている。

 人と関わると疲れるタイプのレーシーからすればいちいち話しを聞いているというのは信じがたいが、おねーちゃんはかなりのおしゃべりだし、人の噂などを集めるのが趣味でもあるので一石二鳥なんだろう。
 
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