【完結】地獄の釜は閉めたまま

染西 乱

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「断ったわ。私が直接断ると角が立つから、ちゃんとおとうちゃんに断ってもらった。けど粘られててうざいねん。こっち来る前にどんなやつやろってちらっと見てきたけど、あっついお茶頼んで冷ましながら優雅に豆大福つまんどったで」

美知子はあたまから蒸気をださんばかりに怒っている。美知子の縁談の話をしに来ていても、きちんと客として金を落としていくそのそつのなさに腹を立てている様子だ。
何も買わずに帰っていくのもどうなんだと思うが、縁談のを断られた店に長居していくのは居心地が悪くないんだろうか。
どうやら相当のたぬきか、心の臓に毛の生えた図太い男のようだ。

「やからその客がどっか行くまでここで時間潰しにきてん」

確かにここであれば、人目に付きにくい。
門扉は大人の身長よりも二メートルほど高い。正門と裏門、出入りがは2箇所あるため、逃げ道も確保されている。

美知子は「ちゃんとお母ちゃんにあの客帰るまでここにおるって言って出てきてるから大丈夫やで」と言う。

(そうか、断ったのか)

幸之助は美知子のぐちを聞きながら、ほっとした自分に気づき、足元にあった小石を足の甲でぐりぐりと押しつぶす。
美知子とて後一年二年すれば婚姻適齢期なのだしいつ嫁に行ってしまったもおかしくない。
平野郷以外の土地に住んでいる男と婚姻すれば、当たり前に遠くへ嫁いでいってしまい下手すればもう二度と会えない可能性すらある。

孝之介は、同じ年の自分もまだ婚姻のことなどまったくといって考えていなかったことから当然だと美知子もそうだろうと思っていたが、もしかして違ったんだろうか。

美知子も誰か好いた男がいて、そいつのところに嫁ぎたいとか考えたりしているのかも知れないと思うと胃の腑に得体の知れないもやもや感を感じた。

「その人、そんなに長いこと粘ってんの?」

「そう、めちゃめちゃねばねばしてる。そいつ嫌な感じやねん。偉ぶってる」

ぶすっとした美知子の顔は平野郷で愛されているぶさねこの「愛ちゃん」にそっくりだ。
誰の飼い猫でもないが、皆の飼い猫のようなものだ。
ぶすくれてなにもかも気に入らないとでもいいたげな半顔と、顎をわずかに引いたその顔の角度がぴったりと重なる。

「この郷の偉い人はあんまり偉ぶらんもんな」

「そうやろ? いうて飢饉の時のために備蓄してくれてるんも、寄付して含翠堂(がんすいどう)やってくれてるんも知ってるからちょっとぐらい偉そうにしてても全然怒らんけどな」

「なぁ、そいついつ帰るん」

「知らんわ、客として注文してくれてるからだれも怒らんねん。……はあーーーいつ帰るんかわからんし、もう夕方までおろかな」

美知子はまたため息をついて億劫そうに本堂へつづく階段の一番下の段に腰掛けた。
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