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背けられた美知子の顔の顎の線をなんとはなしに目で追い、たどり着いたのはしっかり閉じられた合わせ目だった。
孝之介は、そこからバレないように自然な動きで目を逸らしてやや不自然とも思える元気な声を上げた。
「今そのおっさん店におるんか?」
美知子に振られたおっさんの顔を拝むのも悪くない。少なくともそのおっさんの顔は美知子の好みと外れたものであることはわかるわけだ。
そのおっさんと孝之介の顔が瓜二つでなければ、美知子の趣味に合っている可能性は残されるという寸法だ。
孝之介はゴツくて厳つい熊男と称される父親にはさほど似ていない。美人だ、優しそうだと道場の生徒に持て囃されている母親似であるので、そこまで顔の造作は悪くないとは思っているのだが、人の趣味は人それぞれである。現にうちの母親は他からすれば熊男の父をかっこいい、好きな顔だと言っているのだからわかりやすかろう。
美知子は三つ並んだお地蔵さんにむけていた目を孝之介に戻して怪訝な顔をしている。
「さぁ……おるんちゃう。さっきもなんか追加で注文しとったしな。今店もそこそこ混んでる時間やし、まだ食べ終わって無いやろ」
確かに、今の時刻でいえば太陽よりも早起きし、朝から働き詰めの人々が昼前のちょっと休憩で小さめのものをつまんでいくことが多い時間帯だ。
しかし早くしなければ振られおじさんが帰ってしまいかねない。
孝之介は、よし、と気合ついでに柏手を一つ打つ。
「ちょっとどんな男か見てくるわ」
ちょっと川屋までというような調子で孝之介が出入り口門まで歩いていくと、後ろから美知子が慌てて立ち上がり走り寄って来た。
強く踏まれたジャリの音が近づいてきて、孝之介の左手を引いた。
「なんでやねん。なにしにいくんや」
思いがけない動きだったのか美知子の息ははぁはぁと乱れている。
ほんの2間ほどしか離れていなかったと思うんだが、よほど慌てたらしい。
「気になるやん。ちょっと顔見るだけやって。ただの興味本位」
美知子は、じっと孝之介の目の奥にまで問いかけるように熱心に眼球を睨み見ると、ふぅ、とため息をついて手を離した。
働き者の温かい手が離れるのは名残惜しいが、今日のところは仕方がない。
「好きにしたら? うちは行かへんで。見つかったら嫌やもん」
どうやら美知子は臍を曲げてしまったらしい。
どこに機嫌をそこねる点があったのかわからず、孝之介はとりあえず笑顔を作った。ここで美知子と同じように機嫌を悪くしても良いことはなにもないのである。
「そうやな、ここで池の魚でも見といたら? 稚魚がおんで」
孝之介は地獄の音を聞くために数日前にもこの寺に来ている。そのときに小さな魚がいるのに気づいていた。
「……まぁ暇やしな」
美知子は妙な提案をされたと言う顔を隠しもせず、池の方角を見やり、孝之介の、笑顔と見比べてふんっと鼻を鳴らした。
「そういや、そのおっさんは美知子と面識あるんか?」
一目惚れ、と言うからにはどこかでなにか縁があったよかと思いきや美知子は思い切り首を横に振った。
「うちは知らん。座ってるところ遠目にみたぐらい。見たこともないおっさんやったわ。うちが店で仕事してるの見たんとちゃう? 断るのもおとん挟んで断ってもらったし直接顔は合わせてへん」
孝之介は、そこからバレないように自然な動きで目を逸らしてやや不自然とも思える元気な声を上げた。
「今そのおっさん店におるんか?」
美知子に振られたおっさんの顔を拝むのも悪くない。少なくともそのおっさんの顔は美知子の好みと外れたものであることはわかるわけだ。
そのおっさんと孝之介の顔が瓜二つでなければ、美知子の趣味に合っている可能性は残されるという寸法だ。
孝之介はゴツくて厳つい熊男と称される父親にはさほど似ていない。美人だ、優しそうだと道場の生徒に持て囃されている母親似であるので、そこまで顔の造作は悪くないとは思っているのだが、人の趣味は人それぞれである。現にうちの母親は他からすれば熊男の父をかっこいい、好きな顔だと言っているのだからわかりやすかろう。
美知子は三つ並んだお地蔵さんにむけていた目を孝之介に戻して怪訝な顔をしている。
「さぁ……おるんちゃう。さっきもなんか追加で注文しとったしな。今店もそこそこ混んでる時間やし、まだ食べ終わって無いやろ」
確かに、今の時刻でいえば太陽よりも早起きし、朝から働き詰めの人々が昼前のちょっと休憩で小さめのものをつまんでいくことが多い時間帯だ。
しかし早くしなければ振られおじさんが帰ってしまいかねない。
孝之介は、よし、と気合ついでに柏手を一つ打つ。
「ちょっとどんな男か見てくるわ」
ちょっと川屋までというような調子で孝之介が出入り口門まで歩いていくと、後ろから美知子が慌てて立ち上がり走り寄って来た。
強く踏まれたジャリの音が近づいてきて、孝之介の左手を引いた。
「なんでやねん。なにしにいくんや」
思いがけない動きだったのか美知子の息ははぁはぁと乱れている。
ほんの2間ほどしか離れていなかったと思うんだが、よほど慌てたらしい。
「気になるやん。ちょっと顔見るだけやって。ただの興味本位」
美知子は、じっと孝之介の目の奥にまで問いかけるように熱心に眼球を睨み見ると、ふぅ、とため息をついて手を離した。
働き者の温かい手が離れるのは名残惜しいが、今日のところは仕方がない。
「好きにしたら? うちは行かへんで。見つかったら嫌やもん」
どうやら美知子は臍を曲げてしまったらしい。
どこに機嫌をそこねる点があったのかわからず、孝之介はとりあえず笑顔を作った。ここで美知子と同じように機嫌を悪くしても良いことはなにもないのである。
「そうやな、ここで池の魚でも見といたら? 稚魚がおんで」
孝之介は地獄の音を聞くために数日前にもこの寺に来ている。そのときに小さな魚がいるのに気づいていた。
「……まぁ暇やしな」
美知子は妙な提案をされたと言う顔を隠しもせず、池の方角を見やり、孝之介の、笑顔と見比べてふんっと鼻を鳴らした。
「そういや、そのおっさんは美知子と面識あるんか?」
一目惚れ、と言うからにはどこかでなにか縁があったよかと思いきや美知子は思い切り首を横に振った。
「うちは知らん。座ってるところ遠目にみたぐらい。見たこともないおっさんやったわ。うちが店で仕事してるの見たんとちゃう? 断るのもおとん挟んで断ってもらったし直接顔は合わせてへん」
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