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十二.帰宅後のひと時
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夕方六時半を過ぎて大和が帰宅すると、君江が夕飯の下ごしらえをしているところだった。
自室にバッグを置き、再びリビングに戻ると、木村がコーヒーを淹れてくれる。リビングで飲むことにし、大和はソファに座った。
「悠仁は?」
「生徒会のお仕事で遅くなられるようです。本日の郵便でございます」
「あー、そういえば、文化祭の企画とか考え始める時期だもんな」
大和も高校三年生の時に生徒会長の職に就いていたから、悠仁の状況が分かる。
これからさらに学校行事で忙しくなり始めると、平日の神呼びの儀は分家の人間を呼んだ方が良いだろう。
それにしても、と木村から渡された二通の郵便物を受け取り、大和はため息をつく。
「俺の個人情報はいったいどこから漏れているんだろうな」
封筒に印刷された、大手有名企業の社名を見る。名前を見れば、悪くはない会社だ。中を見なくても、内容は分かりきっている。
「大きな企業様ほど、“告”をご存じですからね。特に来られたことのある企業様でしたら、お二人を見ればご年齢からリサーチするのも容易いかと」
木村がコーヒーを運んできたところで、帰宅した悠仁がリビングへ顔を出した。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
おかえり、とコーヒーを受け取りながら大和は悠仁に声を掛ける。悠仁はキッチンにいる君江にも声を掛けに行く。
「今日の夕飯何?」
「煮込みハンバーグよ」
「やった」
悠仁と君江のやり取りを聞いて、ぷっと小さく笑う。
昔と全然変わっていない。むしろ今までの冷ややかな態度の時に見ていれば、その笑顔は大和を驚愕させたに違いない。
木村に紅茶を依頼し、悠仁は鞄を置きに自室へと向かう。木村が準備している間に、悠仁はリビングへと戻り、大和の向かいのソファに座った。机の上に置かれた大和宛ての郵便物を見て、悠仁は大和に尋ねる。
「また勧誘?」
「だろうな」
コーヒーカップを口に運びながら、大和は答えた。
春になってから、色んな大手企業から、こういった郵便が届くようになった。
内容は、ぜひとも我が社に入社いただきたい、というものだ。
大学三年になり、周りがインターンシップの申込をし始める前から、大和には企業からのスカウトが来るようになった。それは時には直接訪問に来られることもある。
中には思わず手が伸びてしまいそうな魅力的な企業もあるが、大和はあえて我慢した。周りの学生が聞けば羨ましくて仕方がないことだろう。
“告”はある意味、自営業的なところがある。
だが、大和は次の後継者ではない。いずれ告の家を出ることになるので、仕事は必要だろう。
だが、一応周りに合わせてインターンシップの申込をしてはいるが、いざとなれば食い扶持には困らないので、就職活動について周りほどの熱はないかもしれない。
大和はそれなりに成績が良かったし、教授からの評価も良い。頑張って狙えば、希望の企業に行ける可能性も高い。だからこそ、行きたい企業には、コネなどではなく実力で入社したいと考えていた。
そうでなければ、今まで“告”以外の部分で努力してきた自分に意味がない。
木村が運んできた紅茶を、悠仁は口に運んだ。
「告の人間を、座敷童か何かとでも思ってるんじゃない?」
「せめて護り神とか言えよ」
“告”の人間がいれば、会社が良くなると思っているのか、それとも“告”とのパイプを作りたいと思っているのか。
調べれば大和の成績だって入手できるはずだろうから、企業側には何のデメリットもないところだろう。
悠仁は机に置かれた封筒を手にした。
「あ、この会社、確か去年の冬に客として来たよね。兄さん、この会社の最新掃除機が欲しいってテンション高かった」
「……よく覚えてるな」
確かに悠仁の言う通りで、手土産に掃除機持ってきてくれたらいいのにと、大和は君江と盛り上がっていた。
冷たい態度を取られていた時期なのに、見るところはしっかり見られていたことに気恥ずかしくなる。
魅力的な製品も多く、大和も気になる企業の一つではある。だが、こうして勧誘が来てしまうと、魅力が下がってしまうのは何故だろう。乗り気じゃないのが表情に出る。
「兄さんのことだから、どうせ実力で入社したいとか考えてるんじゃないの?」
「……う、うん。そうなんだよな」
悠仁に言い当てられ、大和は頷く。
昔から変わらず、家族の中で一番大和を理解してくれているのは悠仁なのだと、改めて思う。
嬉しいのが表情に出ないようにして、大和は俯いてコーヒーを飲んだ。
「かといって、“告”を知らないほどの中小企業にランクを落とすのも嫌だしな……」
大和は大きく溜め息をつき、ソファに背中を預けた。
今はまだ実感が湧かないが、会社に勤め家を出れば、次第にこの家とも距離が生まれるのだろう。
もちろん“告”の仕事は続けることになるが、長らく大和を縛り続けていた“告”から気持ち的に解放されることは間違いない。それが当たり前だったから、“告”として生きることを辛いと思ったことはない。
でもどこかで大和は、解放される自分を待っているような気もしていた。
自室にバッグを置き、再びリビングに戻ると、木村がコーヒーを淹れてくれる。リビングで飲むことにし、大和はソファに座った。
「悠仁は?」
「生徒会のお仕事で遅くなられるようです。本日の郵便でございます」
「あー、そういえば、文化祭の企画とか考え始める時期だもんな」
大和も高校三年生の時に生徒会長の職に就いていたから、悠仁の状況が分かる。
これからさらに学校行事で忙しくなり始めると、平日の神呼びの儀は分家の人間を呼んだ方が良いだろう。
それにしても、と木村から渡された二通の郵便物を受け取り、大和はため息をつく。
「俺の個人情報はいったいどこから漏れているんだろうな」
封筒に印刷された、大手有名企業の社名を見る。名前を見れば、悪くはない会社だ。中を見なくても、内容は分かりきっている。
「大きな企業様ほど、“告”をご存じですからね。特に来られたことのある企業様でしたら、お二人を見ればご年齢からリサーチするのも容易いかと」
木村がコーヒーを運んできたところで、帰宅した悠仁がリビングへ顔を出した。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
おかえり、とコーヒーを受け取りながら大和は悠仁に声を掛ける。悠仁はキッチンにいる君江にも声を掛けに行く。
「今日の夕飯何?」
「煮込みハンバーグよ」
「やった」
悠仁と君江のやり取りを聞いて、ぷっと小さく笑う。
昔と全然変わっていない。むしろ今までの冷ややかな態度の時に見ていれば、その笑顔は大和を驚愕させたに違いない。
木村に紅茶を依頼し、悠仁は鞄を置きに自室へと向かう。木村が準備している間に、悠仁はリビングへと戻り、大和の向かいのソファに座った。机の上に置かれた大和宛ての郵便物を見て、悠仁は大和に尋ねる。
「また勧誘?」
「だろうな」
コーヒーカップを口に運びながら、大和は答えた。
春になってから、色んな大手企業から、こういった郵便が届くようになった。
内容は、ぜひとも我が社に入社いただきたい、というものだ。
大学三年になり、周りがインターンシップの申込をし始める前から、大和には企業からのスカウトが来るようになった。それは時には直接訪問に来られることもある。
中には思わず手が伸びてしまいそうな魅力的な企業もあるが、大和はあえて我慢した。周りの学生が聞けば羨ましくて仕方がないことだろう。
“告”はある意味、自営業的なところがある。
だが、大和は次の後継者ではない。いずれ告の家を出ることになるので、仕事は必要だろう。
だが、一応周りに合わせてインターンシップの申込をしてはいるが、いざとなれば食い扶持には困らないので、就職活動について周りほどの熱はないかもしれない。
大和はそれなりに成績が良かったし、教授からの評価も良い。頑張って狙えば、希望の企業に行ける可能性も高い。だからこそ、行きたい企業には、コネなどではなく実力で入社したいと考えていた。
そうでなければ、今まで“告”以外の部分で努力してきた自分に意味がない。
木村が運んできた紅茶を、悠仁は口に運んだ。
「告の人間を、座敷童か何かとでも思ってるんじゃない?」
「せめて護り神とか言えよ」
“告”の人間がいれば、会社が良くなると思っているのか、それとも“告”とのパイプを作りたいと思っているのか。
調べれば大和の成績だって入手できるはずだろうから、企業側には何のデメリットもないところだろう。
悠仁は机に置かれた封筒を手にした。
「あ、この会社、確か去年の冬に客として来たよね。兄さん、この会社の最新掃除機が欲しいってテンション高かった」
「……よく覚えてるな」
確かに悠仁の言う通りで、手土産に掃除機持ってきてくれたらいいのにと、大和は君江と盛り上がっていた。
冷たい態度を取られていた時期なのに、見るところはしっかり見られていたことに気恥ずかしくなる。
魅力的な製品も多く、大和も気になる企業の一つではある。だが、こうして勧誘が来てしまうと、魅力が下がってしまうのは何故だろう。乗り気じゃないのが表情に出る。
「兄さんのことだから、どうせ実力で入社したいとか考えてるんじゃないの?」
「……う、うん。そうなんだよな」
悠仁に言い当てられ、大和は頷く。
昔から変わらず、家族の中で一番大和を理解してくれているのは悠仁なのだと、改めて思う。
嬉しいのが表情に出ないようにして、大和は俯いてコーヒーを飲んだ。
「かといって、“告”を知らないほどの中小企業にランクを落とすのも嫌だしな……」
大和は大きく溜め息をつき、ソファに背中を預けた。
今はまだ実感が湧かないが、会社に勤め家を出れば、次第にこの家とも距離が生まれるのだろう。
もちろん“告”の仕事は続けることになるが、長らく大和を縛り続けていた“告”から気持ち的に解放されることは間違いない。それが当たり前だったから、“告”として生きることを辛いと思ったことはない。
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