ひめごと

藤沢ひろみ

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十九.ケンジ①

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 大和は久しぶりに歓楽街へと足を運んだ。
 いくつかの行きつけの店の中から、一番人と出会えそうなショットバーへと向かう。

 その店の利用客はだいたい三十代までの若い客層で、店もわりと広めだ。ゲイやバイも多く集まる。
 誰かと話をしたい時、セックスしたい相手を見つけたい時に便利だ。同じ考えの客が集まるから、自然とそういった誘いも多い。

 照明を少し落とした店内に入り、大和は周りを見回した。金曜の夜の九時を過ぎれば、客も多い。
 カウンターの一番奥に見知った顔を見つけ、大和は近づいた。今は一人で飲んでいるようだ。


「こんばんは」
 店に大和が入ってきていたのを見ていたのだろう、大和が声を掛ける前に挨拶をされる。

 時々この店で会う、ケンジだ。
 短髪でメタルフレームの眼鏡をかけた、落ち着きのある大人の男である。
 ケンジは、仕事帰りに来るせいでいつもスーツ姿だ。二十八歳と年は離れているが、優しそうな顔立ちに穏やかな雰囲気がとても話しやすい。女性にも好まれそうだ。
 しかし、ケンジも大和と同じくゲイで、また同じように時々男を連れ帰るのを見ている。

「お久しぶりです、ケンジさん」
 ケンジの前にはジントニックが置かれていて、グラスは半分ほどになっていた。
 大和はケンジと一つ席を空けて座る。隣に座ると連れと思われ、ケンジが誰かの誘いを受ける邪魔になってはならないからだ。

 今日はあまり長居するつもりがない。大和はダイキリを注文する。
「さっきまで充くんいたよ。誰かと行っちゃったけど」
「そうなんだ」
 ケンジに返事しながら、大和は内心、充がいなくてほっとした。
 今日は目的があってここへ来たので、むしろ充がいない方がいい。

「インターンシップの申込で忙しい? 色々大変だろう」
「ぼちぼちやってます」
 大和は笑う。
 前に会ったのは五月だったろうか。その時に就職活動の話題になり、ケンジの昔の話を聞かせてもらった。

 注文したダイキリが目の前に置かれ、大和は一口口にする。
 今日は心を決めてここへ来たつもりだが、いざとなると臆してしまう。だが、ケンジに声を掛けたのは理由があるからだ。

「ところでケンジさんって、眼鏡をとるとじつは人格変わっちゃうとか、変な癖あったりします?」
「え? 何それ突然。何かの面白いマンガの話?」
 ぷっとケンジが笑う。
「ケンジさんて、落ち着きのある大人の男って感じだから。酒飲んでテンション高いとかも見たことないし、いつもそんな感じなのかなって」
「確かに、昔から穏やかなタイプではあるかな。ケンカとかも好きじゃないし」
「一人っ子ですか?」
「そう。兄弟がいたら、ケンカとかしてたのかな。大和くんは弟がいるんだっけ」
「三歳下の」
「中学や高校は入れ替わりだね。ご両親、入学や卒業の時、行事が重なって大変そうだなあ」
 他愛ない雑談をしばらく交わす。

「じゃあ、セックスの時なんかも、普段と変わらないんですか」
 いきなりの突っ込んだ質問に、ケンジが笑いながらも戸惑う。
「え? これ、何のリサーチ?」

 訊き出すために、大和はまず自分のことを話した。
「俺は普通、なんですけど。たまにSっぽい人とかいるでしょ。……縛るのが好きとか。セックスになると性格が変わる、みたいな」
「はは。俺も普通かな。暴力とか嫌いだしね」

 ケンジの返答に、大和は心を決めた。
 そのつもりでケンジに声を掛けた。念のための確認もした。

「……あ、あの。じつは相談っていうか」
「うん、何?」
「……えっと」
 大和はカクテルグラスに添えた指を、所在なく動かす。

「お、俺、じつはアッチ側に興味があって……。ケンジさんに…お願いしたいなって……」
 大和はちらりとケンジに視線を向け、ケンジにだけ聞こえるくらいの声で告げた。ケンジが驚きの表情で大和を見返す。

 今日、大和がここへ来たのは、男に抱かれることが目的だった。

 大和はこれまで、男を抱いたことしかない。男を抱きたいと思うことはあっても、抱かれたいと思うことはなかった。それは悠仁に恋愛感情を持っていた時もそうだ。

 しかし、悠仁に抱かれ、初めてだったのに信じられないほど感じてしまった。大和が気付かないだけで、じつはそちら側の方が合うのかもしれない。
 他の男に抱かれてもそうなのか、それとも相手が悠仁だからだったのか―――。
 それを確認したくて、今日は自分を抱いてくれる相手を探しに来たのだ。

 だが、適当な男を誘ったのでは、もし止めたくなってしまった時にトラブルになってしまう。だから、顔見知りでなおかつ、安心して協力してもらえそうなケンジに誘いをかけた。

「でも、大和くんて、タチだよね?」
 ケンジは、大和が充とそういう関係であることを知っている。大和はカクテルグラスに視線を戻す。
「そうなんですけど……」

 自分がタチだと知られている相手に抱いてほしいと言うのは、恥ずかしいものだった。
 大和は改めて自分の誘い方が恥ずかしくなり、顔を赤らめる。
「こういうの初めてで、どう誘ったらいいか分からなくて……。変な奴は相手にしたくないので、ケンジさんならって思ったんです。変な質問してすみません」

 大和をじっと見るケンジの喉がごくりと鳴る。
「……本当に、いいの?」
 ケンジの手がカウンターの上を這い、グラスに添えた大和の手に触れる。
「貴重な初めての相手に俺を選んでくれて、嬉しいよ。君みたいなカッコいい男の子が好みだから、前からいいなって思ってたけど、大和くんはタチだから諦めてたんだ」

 大和が、抱かれるために男を誘うのが初めてと言ったのを、ケンジは抱かれることが初めてという意味に受け取ったようだった。
 だが、それも当然だろう。そもそも大和はタチなのだから。

 今までただの飲み仲間のような関係だったのに、触れられた手が性的な意味合いを感じさせ、大和を緊張させる。

「た、ただ、お願いが……。興味はあるけど、もしビビって無理だってなったら、そこで勘弁してほしいっていうか……」
 確認はしたいが、不安もある。大和の勝手な都合だ。
「こんな勝手なこと、頼めるのケンジさんしかいないと思って……」

 大和の言葉に、ケンジはしばし考え込み、頷いた。
「いいよ。役得だ。その時は、ちゃんと途中で止めてあげる。でも、上手くいかないことをイメージしていると、上手くいくものも失敗してしまうよ」
 抱かれることが上手くいくことなのかは分からないが、人生の先輩らしい言葉だなと思い大和は素直に頷いた。

「じゃあ、君の気が変わらないうちに、早速ホテルに行こう」
 まだグラスの酒はほとんど残っていたが、ケンジが席を立つ。
 ケンジは大和の分の支払いも済ませ、まるで逃がさないように、大和の手を引いて店の外に出た。
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