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ケモノはシーツの上で啼く Ⅰ
12.告白
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洞窟へ狩りに来ていた柴尾たちは、五人で一体の大きな魔族と相対していた。
「志狼! そっち行ったぞ!」
炎の魔法をくらった魔族が、雄叫びを上げた。魔族は燃え上がる体から逃れるように振り乱すと、二本の足でやみくもに走り出した。
「もう一撃、くれてやる!」
志狼は剣を構え直すと、自分の二倍は体の大きな魔族に向き合った。
志狼が止めを刺すだろう。
そう皆が思っていたら、魔族は急に体の方向を変えた。
「えっ、嘘っ」
油断していた魔法士の甲斐が、慌てた声を出す。
魔族の腕が振り上げられ、鋭い鉤爪が甲斐に向かって振り払われた。
「甲斐!!」
傍にいた柴尾は、咄嗟に甲斐の体を突き飛ばした。
鋭い痛みが走り、完全に避けきれなかったことが分かった。しかし、切られたのは右腕だけだった。
「こんのぉ!」
背中から志狼の剣が突き刺さり、ずしんと音を立て魔族の巨体が地に倒れた。
「大丈夫か、二人とも!」
仲間たちが駆け付ける。甲斐は無事だったが、柴尾が大怪我をした。
「悪い、柴尾。ごめんな。助かった」
甲斐が謝る。
「出血が酷いな」
応急処置を施すと、血はいったん止まった。しかし、剣を振るうのは難しい状況だった。
「これじゃあ、この後は厳しいな。大物仕留めたし、今日はここで切り上げよう」
「すまない」
怪我は誰にでも起こりうるし、皆も怪我をしたことがある。持ちつ持たれつなので、迷惑をかけたと気に病むほど深刻なことではない。一言詫びて、皆それで終わりだ。
「とっとと解体して帰ろうぜ」
柴尾以外は魔族の体に集まると、売れる部分を持ち帰るため魔族の解体に取り掛かった。
本日の狩りの報告は、治療のついでに柴尾がすることになった。
屋敷に戻ると、報告と治療のため、柴尾は斎賀の仕事部屋を訪れた。
「仲間思いなのは良いことだが、当たり所が悪かったらどうする」
斎賀からは、苦言が出た。
三人掛けのソファに並んで座り、切られた腕を斎賀が治癒魔法で治してくれる。
ふわりと穏やかな空気が、腕を包んだ。大きく切り裂かれた皮膚が、ゆっくりと塞がっていく。
腕の傷が治癒されていく様子を見ていた柴尾は、そっと視線を上げ斎賀を見つめた。
治癒魔法をかけている斎賀は、柴尾の視線には気付かない。
長い睫毛が、時々瞬きで揺れる。真剣な表情で、柴尾の傷を見ていた。
治癒に時間がかかるのは、大きな怪我のせいだ。少しでも長く斎賀と二人きりでいられるのは、怪我の功名だ。
そんなことを考えていると分かったら、怒られるに違いない。
涼やかな瞳に、形の良い鼻と唇。いくら綺麗でも、斎賀は男だ。
それでも好きだと思う。
斎賀に対する感情が恋だと気付いたからには、もう今までのようにただ敬愛するだけでいることはできない。
感情が、時々溢れそうになる。
男が男に告白なんて、できるわけがない。それでも、想いを告げたくなる時がある。
けれど、分かっている。斎賀の隣には美しい女性が相応しい―――。
「終わったぞ」
柔らかな空気が消え、治癒魔法が解かれる。斎賀が顔を上げた。
見つめていたせいで、青みがかったグレーの瞳と目が合った。
「ありがとうございます」
完全に治った腕を、曲げ伸ばしした。痛みすらも残っていない。
ふと机の上の、真っ赤に染まった包帯が目に入った。
今日はただの怪我で済んだ。だが、ハンターたる者、いつ命を失うとも分からない。
もしも、柴尾が狩りに出たまま帰ってこないことになれば、想いを秘めたまま斎賀と別れることになる。
柴尾が恋焦がれていたことを知ることもなく、いつか斎賀は誰かと結婚してしまうのだ。
胸がつきりと痛んだ。
そう考えると、気持ちが変わった。
やはり隠しているのではなく、伝えておきたい。
せめて、斎賀のことを愛した風変わりな男がいたと、覚えていてほしい。
「斎賀様」
柴尾は隣に座る斎賀の手を、そっと掴んだ。その場に留まっていて欲しいと伝わるように。
涼やかな瞳が、柴尾を見つめ返した。
今までしてきた告白の中で、一番緊張した。口の中が乾いて、水を飲みたいくらいだった。
「僕は……。斎賀様のことが……好きです。ボスとしてではなく、一人の人として……。その、れ……恋愛的な意味で……好きです」
柴尾は、真摯に想いを告げた。
斎賀から、目を逸らさない。
斎賀は少しだけ目を瞠ったが、表情は変わらない。ただ、その瞳はじっと柴尾を見つめ返していた。
斎賀の長い睫毛がゆっくりと動く。少しだけ、目を伏せた。
「気持ちはありがたく受け取ろう。……しかし、応えることはできない」
すぐに返事が返ってきた。
結果は予想していた。
男同士なのだから、当然だ。
それでも、尾がしゅんと下がる。
男に告白されれば、普通はもっと驚くはずだ。斎賀があまり驚いていない様子から、恐らく柴尾の気持ちは気付かれていたようだ。
それに、男に告白されたことも初めてではないように思えた。斎賀なのだから、そういうことがあったとしても不思議ではない。
「やっぱり、僕が男だから……恋愛対象にはならないですか?」
「………」
これについては、斎賀の返事はなかった。視線は少し下げたままだ。
改めて訊ねるまでもないことだった。
「志狼! そっち行ったぞ!」
炎の魔法をくらった魔族が、雄叫びを上げた。魔族は燃え上がる体から逃れるように振り乱すと、二本の足でやみくもに走り出した。
「もう一撃、くれてやる!」
志狼は剣を構え直すと、自分の二倍は体の大きな魔族に向き合った。
志狼が止めを刺すだろう。
そう皆が思っていたら、魔族は急に体の方向を変えた。
「えっ、嘘っ」
油断していた魔法士の甲斐が、慌てた声を出す。
魔族の腕が振り上げられ、鋭い鉤爪が甲斐に向かって振り払われた。
「甲斐!!」
傍にいた柴尾は、咄嗟に甲斐の体を突き飛ばした。
鋭い痛みが走り、完全に避けきれなかったことが分かった。しかし、切られたのは右腕だけだった。
「こんのぉ!」
背中から志狼の剣が突き刺さり、ずしんと音を立て魔族の巨体が地に倒れた。
「大丈夫か、二人とも!」
仲間たちが駆け付ける。甲斐は無事だったが、柴尾が大怪我をした。
「悪い、柴尾。ごめんな。助かった」
甲斐が謝る。
「出血が酷いな」
応急処置を施すと、血はいったん止まった。しかし、剣を振るうのは難しい状況だった。
「これじゃあ、この後は厳しいな。大物仕留めたし、今日はここで切り上げよう」
「すまない」
怪我は誰にでも起こりうるし、皆も怪我をしたことがある。持ちつ持たれつなので、迷惑をかけたと気に病むほど深刻なことではない。一言詫びて、皆それで終わりだ。
「とっとと解体して帰ろうぜ」
柴尾以外は魔族の体に集まると、売れる部分を持ち帰るため魔族の解体に取り掛かった。
本日の狩りの報告は、治療のついでに柴尾がすることになった。
屋敷に戻ると、報告と治療のため、柴尾は斎賀の仕事部屋を訪れた。
「仲間思いなのは良いことだが、当たり所が悪かったらどうする」
斎賀からは、苦言が出た。
三人掛けのソファに並んで座り、切られた腕を斎賀が治癒魔法で治してくれる。
ふわりと穏やかな空気が、腕を包んだ。大きく切り裂かれた皮膚が、ゆっくりと塞がっていく。
腕の傷が治癒されていく様子を見ていた柴尾は、そっと視線を上げ斎賀を見つめた。
治癒魔法をかけている斎賀は、柴尾の視線には気付かない。
長い睫毛が、時々瞬きで揺れる。真剣な表情で、柴尾の傷を見ていた。
治癒に時間がかかるのは、大きな怪我のせいだ。少しでも長く斎賀と二人きりでいられるのは、怪我の功名だ。
そんなことを考えていると分かったら、怒られるに違いない。
涼やかな瞳に、形の良い鼻と唇。いくら綺麗でも、斎賀は男だ。
それでも好きだと思う。
斎賀に対する感情が恋だと気付いたからには、もう今までのようにただ敬愛するだけでいることはできない。
感情が、時々溢れそうになる。
男が男に告白なんて、できるわけがない。それでも、想いを告げたくなる時がある。
けれど、分かっている。斎賀の隣には美しい女性が相応しい―――。
「終わったぞ」
柔らかな空気が消え、治癒魔法が解かれる。斎賀が顔を上げた。
見つめていたせいで、青みがかったグレーの瞳と目が合った。
「ありがとうございます」
完全に治った腕を、曲げ伸ばしした。痛みすらも残っていない。
ふと机の上の、真っ赤に染まった包帯が目に入った。
今日はただの怪我で済んだ。だが、ハンターたる者、いつ命を失うとも分からない。
もしも、柴尾が狩りに出たまま帰ってこないことになれば、想いを秘めたまま斎賀と別れることになる。
柴尾が恋焦がれていたことを知ることもなく、いつか斎賀は誰かと結婚してしまうのだ。
胸がつきりと痛んだ。
そう考えると、気持ちが変わった。
やはり隠しているのではなく、伝えておきたい。
せめて、斎賀のことを愛した風変わりな男がいたと、覚えていてほしい。
「斎賀様」
柴尾は隣に座る斎賀の手を、そっと掴んだ。その場に留まっていて欲しいと伝わるように。
涼やかな瞳が、柴尾を見つめ返した。
今までしてきた告白の中で、一番緊張した。口の中が乾いて、水を飲みたいくらいだった。
「僕は……。斎賀様のことが……好きです。ボスとしてではなく、一人の人として……。その、れ……恋愛的な意味で……好きです」
柴尾は、真摯に想いを告げた。
斎賀から、目を逸らさない。
斎賀は少しだけ目を瞠ったが、表情は変わらない。ただ、その瞳はじっと柴尾を見つめ返していた。
斎賀の長い睫毛がゆっくりと動く。少しだけ、目を伏せた。
「気持ちはありがたく受け取ろう。……しかし、応えることはできない」
すぐに返事が返ってきた。
結果は予想していた。
男同士なのだから、当然だ。
それでも、尾がしゅんと下がる。
男に告白されれば、普通はもっと驚くはずだ。斎賀があまり驚いていない様子から、恐らく柴尾の気持ちは気付かれていたようだ。
それに、男に告白されたことも初めてではないように思えた。斎賀なのだから、そういうことがあったとしても不思議ではない。
「やっぱり、僕が男だから……恋愛対象にはならないですか?」
「………」
これについては、斎賀の返事はなかった。視線は少し下げたままだ。
改めて訊ねるまでもないことだった。
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