愛を知らずに愛を乞う

藤沢ひろみ

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17.初めての勤め

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 祥月は、三人の愛人を順番に訪れる。
 二日三日のペースなので、しばらくは来ない。
「お仕事以外はお好きにお過ごし下さいませ」

 仕事をこなした那岐には、有り余る時間が与えられた。

 身の回りのことはすべてメイドたちがしてくれる。事後の片づけすら、遊華楼と違い自分でする必要がなかった。

 昼食を終え、仙波も夕方まで戻らないと聞いたので、那岐は自分の部屋で過ごした。

 男に抱かれた姿を誰かに見られることに、少し抵抗があったからだ。
 祥月の性生活のことを周知されている館の者たちにすれば、気に留めないことかもしれない。
 だが、那岐はここでは異色の男の愛人で、まだその立場に慣れていない。自意識過剰と言われようと、人の目が気になってしまうのだ。

 自分のベッドに転がり、誰に見られているわけでもないのに那岐は隠すように手で顔を覆った。

「やばい。ぶっちゃけ、悦かった……」

 一度も前を触ることもなく、那岐が覚えている限りでも後ろだけで三回は達した。途中からは記憶がない。

「綺麗な顔に反して、えげつなすぎだろ。あんなの、性玩具で犯されてるようなもんだって。悦くないわけないだろ」

 顔立ちとはそぐわない、奇形のものを思い出す。
 一目見た時は恐怖で身が竦んでしまったのに、今は快楽を与えるものにしか思えない。

 仙波に落ち着きがないと言われたので、遊華楼と同じように大人のかっこいい男を演じる予定でいたが、縛られたり驚いたり犯されたりで、演じるどころではなかった。
 仙波にあれほど言葉遣いや礼儀作法を丁寧にするように言われていたのに、頭から吹っ飛んでいた。

 あまり覚えていないが、言葉遣いといい、王子に対し失礼な態度をとっていたはずだ。
「ああ……。怒られる」
 仙波の苦い顔を浮かべ、那岐は溜め息をついた。

 遊華楼では、毎日の営業に差し障るので、簡単に達するわけにはいかなかった。一晩で何度も達するなんて、考えられないことだった。
 相手を気持ちよくすることを考える余裕すらなく、ただ翻弄されただけだ。この数日自分でもしていなかったとはいえ、遊華楼の新人以下である。

 気持ちはついていけずとも、体は抱かれることに順応していけると思っていた。
 だが、ここまで強烈だと、無理矢理にそちら側に引きずり込まれたような気分だ。

「あんなの経験したら、もう普通のじゃ物足んないだろ……」

 突起物に中を掻き回される感覚を思い出し、尻の奥が疼いた。
「やっべ……。俺そっちじゃないのに、何を今後もずっとそのつもりでいんだよ!」
 尻に記憶している感覚を消すように、那岐は飛び起き尻を叩いた。

「まぁ、ここにいる限りはそうだけどな……」

 ベッドから降り、那岐は全身鏡の前に立った。
 二十五歳の背の高い男の姿が映る。

 顔はかっこよく、可愛くも何ともない。年若い者たちと始終一緒にいたせいで、年齢のわりには中身が子供っぽいところがあるのは認める。

 身請けされたからといって、一生囲われるとは限らない。数年我慢していれば、若い方がいいと見限られる。飽きたら、新しい愛人が欲しくなる。
 お役御免になれば、那岐はここを追い出され、本当の自由を手に入れることができる。

 遊華楼で毎日のように働いていたことを考えると、週に一度程度抱かれるだけで後は自由に過ごせるなんて、楽としか言いようがない。

 考え方を改めてみれば、遊華楼を出た時の悲観的な気持ちは何だったのかとすら思えた。
「あれ。俺、超楽じゃないか?」

 元橘宮のトップとしてはまだ抱かれることに納得しきれておらず、行為も快感が強すぎて怖いが、仕事だと割り切った方が賢明だ。

「俺、やっぱ順応力高いな」
 那岐は鏡に向かって呆れた笑みを浮かべた。




 夕方になると、那岐は館に戻ってきた仙波に呼び出された。

「失神したとな?」
「………」
 向き合って座った途端、厳しい顔をした仙波に一言尋ねられた。
 ぐうの音も出ないというのは、こういうことを言うのだ。

 最初の勤めなので、祥月から那岐の様子は仙波に報告されているとは思った。途中から覚えていないのは、意識を手放したせいだった。

「男は頑丈だと思ったが、案外そうでもないようだのう」
 仙波は溜め息をついた。

 女に比べれば、男の体は頑丈だ。
 だが、それと快感への耐性は別物だ。那岐は少しむくれた。

「てか、言っといて下さいよ。あんなんだって分かってたら……」
 予備知識なく祥月と対面させられたことに、不満を漏らす。

「分かったところでどうなる。それに、寝間でのことは漏らしてはならぬと言ったはずだ」

 那岐ははっとして仙波を見た。
 初日に告げられた言葉の意味を理解した。

 単に、勤めの最中に聞いた話を漏らさぬようという意味だと、那岐は考えていた。
 祥月の体のこと自体が、秘密なのだ。

「そう……でした」
 それでも、事前に情報を得ていたら心の準備もできたし、後ろを解すのももっと念入りにした。失礼な態度をとることもなかった。そうも考えてしまう。

 詰め寄るような仙波の視線に気付き、那岐はぎくりとした。
「ひとつ」
 仙波の低い声に、ぴくりと反応する。嫌というほど叩き込まれた言葉だ。

「しょ、祥月様を敬うべし」
 即座に応えると、さらに仙波は続けた。

「ひとつ」
「求められる前に奉仕せよ」
「ひとつ」
「余計なことは、話さず訊かず」
「ひとつ」
「……。お見送りすべし」

 改めて言われると、何一つ出来ていなかった。

 仙波には筒抜けのようだ。
 那岐はがっかりと肩を落とし、頭を下げた。
「申し訳ございません……」

 だが、と仙波は厳しいまなざしを少し緩めた。
「満足しておられた」
 那岐は顔を上げ、仙波を見た。

 本来抱かれる側ではない那岐にとって、これは喜ぶべきなのかと複雑な心境だ。だが、何にせよ褒められるのは良いことだ。
「ありがとうございます」

「次から礼儀に気を付けて、励むように」
「気を付けます」

 次という言葉に、那岐は不安に感じたことを尋ねた。
「あの……。まさか、毎回拘束されるんでしょうか」

 今回のことで、那岐が暴れそうかどうかは掴めたのではないか。
 暴力を奮うタイプではないことに安堵はしたが、できることならば拘束されたくはない。

「動きが制限されてたら、祥月様に奉仕しづらいなぁと。同じ格好でしかできないんじゃ、祥月様も飽きてしまうでしょうし、そういうの大事だと思うんですよね」
 あくまで王子の為だと、理由を言い連ねる。

 仙波は少し考え込むようにした。
「大丈夫そうであれば、外しても良い。祥月様に確認しておこう」

「マジで!? 絶対ですよ!」
 嬉しさのあまり笑顔で机に身を乗り出すと、じろりと仙波に睨まれた。

 また落ち着きのない姿を見せてしまった。
「誠心誠意、ご奉仕させていただきます」
 那岐は取って付けたように申し出た。
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