愛を知らずに愛を乞う

藤沢ひろみ

文字の大きさ
36 / 73

36.居場所

しおりを挟む
 館に戻った翌日、那岐はテラスに顔を出した。

「あら。お帰りなさい」
「お久しぶりね、那岐」
 穂香と弥生は、相変わらずお茶とケーキを楽しみながらのんびりとくつろいでいた。

「お土産は?」
「視察はどうだったの?」

 少し的外れな質問をする二人に、呆れた顔になる。
「仕事で行ってるのに、土産なんかあるわけないだろ。視察するのも俺じゃない」

 穂香は差し出した手を残念そうに引っ込めた。
「でも、色んな地方を回って楽しそうだわ。私も行きたかった」

 遊びで旅行に行っていたと思われている。

「仕事なのに、皆ぞろぞろくっついてくわけにもいかないだろ」
「そうなんだけどぉ」

「きっと、行ったら行ったで大変だったと思うわ。綺麗好きの穂香が、毎日お風呂に入れなかったかもしれないもの。それに、那岐は私たちの分まで働いてくれたのよ」

 弥生は淡々と穂香を宥めた。
 風呂くらいは入れると、補足しておく。

 二人を見ていると、帰ってきたのだとますます実感させられた。

 やはり那岐は、この館で愛人として過ごすことにすっかり心身ともに馴染んでいる。
 そう気付くと、過去の自分について吹っ切れたように思えた。前向きなところが那岐のウリだ。

「長時間、馬車に乗るのは疲れたな。大人しくしていないとならなくて、外に出て歩きたいくらいだった」
 苦笑すると、那岐らしいと穂香が笑った。

 ちらりと弥生が視線を向ける。
「那岐は少し黙ってる方がかっこよく見えるから、静かなくらいがいいんじゃないかしら」

 弥生の言葉に、穂香が吹き出した。
「あはっ、言えてる!」

「おい。二人とも酷くないか?」
 だって、と穂香が笑いを堪えるように口元を押さえる。

「最初は大人しかったけど慣れてきたらよく喋るし、顔と中身ギャップあるんですもの」
「特にゲームをしている時にテンション高くなると、私より六歳も年上には見えないと思ってるわ」

「……」
 言い返すことができず、那岐は黙り込んだ。
 一緒に過ごす時間が多いだけに、メイドたち以上に色々と曝け出してしまっていたようだ。

 顔はいいのに残念だと言われているようで、少ししょぼくれる。
 やはり那岐の外見は、演技して作っていた“遊華楼の那岐”として振る舞う方が似合っているようだ。

「でも、中身までかっこよかったら困るところだったわ。顔が好みだから、恋しちゃうもの」
 思いもしない言葉が穂香から飛び出し、那岐はぷっと笑う。
「恋?」

「いけないわ! 私には、祥月様というお方がいるのに。この想いは秘めなくてはならないんだわ!」

 突然演技がかった穂香に驚くと、弥生が説明してくれた。
「どうせ今読んでるロマンス物語でしょ、それ」

「アレンジ加えてみたわ。どう?」
 退屈だと口にするわりには、いつも穂香は楽しそうである。

 ひょんなことからどう思われているかを知ったところで、那岐は溜め息をついた。

「それで、二人は留守の間どうしてたんだ? まあ、ここじゃ特に変わったこともないか」
 那岐はお茶と一緒に出されたケーキを口に頬張った。

「ここが退屈なのは変わらないわ。ね、この洋服素敵でしょ。買い物に出掛けたのよ」
 椅子から立ち上がり、穂香がくるりと体を一周させた。穂香の着る服は豊かな胸元を強調するものが多く、目のやり場に少し困る。

「でも、こんなに長く祥月様の顔を見なかったのは初めてね」
「そうね」
 弥生の言葉に穂香は頷いた。こういった視察は滅多にないということだ。

「そうだわ!」
 穂香が思い出したように両手を叩いた。

「昨日、第二王子様がご結婚されるという話を聞いたわ!」

「へぇ」
「おめでたいわね」

 反応の薄い那岐と弥生に、穂香はつまらなそうな顔をした。
「何よ。退屈な日常に飛び込んできたビッグニュースに、もう少し盛り上がりなさいよね!」

 第二王子といえば、祥月の三歳年上の兄だ。

 各王子に与えられた立派な館は本来、王族が結婚した後にその家族と住まうことを前提にされている。

 少し離れて隣に建つ第二王子の館が、きっと子供たちの笑い声などで賑やかになるのだと思った。それぞれの敷地は広いけれど、そんな様子がこの館にまで聞こえてくることもありそうだ。

 結婚することはないと祥月は言った。

 兄の結婚は喜ばしいだろうが、隣に住まう幸せな家族の姿を見てどう感じるのだろうかと考えると、少しばかり複雑な気持ちになった。

 それからの数日は、第二王子のめでたい話題のせいか、どことなく館内の空気が浮足立っているように感じた。女性はこういった話題が好きらしい。

 視察から戻って以降、多忙を極めている祥月とはしばらく会うことがなかった。不在の間に溜まった仕事や視察の後処理に追われ、勤めの間隔が空いているのだと想像していた。




 次に祥月と顔を合わせたのは、十日ぶりのことだ。

 久しぶりに夜に訪れた祥月に、那岐は恭しく祝いの言葉を述べた。
「お兄様のご結婚が決まられたそうで、おめでとうございます」

 少し驚いた顔で、祥月はガウンを脱ぐ手を止めた。
「知っていたのか」
「はい」

「婚約者殿とのご結婚の日取りがようやく決まったのだ。半年後にご結婚なさる」
 柔らかな表情は、祥月が喜んでいるのだと分かる。那岐の心配など杞憂に過ぎなかった。

 だが、上の王子が二人とも結婚となれば、周りの目も自然と次は第三王子の祥月に集まる。

 ごく限られた者しか、祥月の病気のことを知らない。娘との縁談を薦めてくる貴族もいるのではないかと、那岐にも想像がつく。

 祥月が嫌な思いをしなければいいのだけれど、と心配した。

 以前、祥月は結婚する意志はないのだということを話していた。
 けれど、王族という地位にあれば、結婚しないというわけにもいかないだろう。

「祥月様も……そのうち結婚されるんですよね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

わがまま放題の悪役令息はイケメンの王に溺愛される

水ノ瀬 あおい
BL
 若くして王となった幼馴染のリューラと公爵令息として生まれた頃からチヤホヤされ、神童とも言われて調子に乗っていたサライド。  昔は泣き虫で気弱だったリューラだが、いつの間にか顔も性格も身体つきも政治手腕も剣の腕も……何もかも完璧で、手の届かない眩しい存在になっていた。  年下でもあるリューラに何一つ敵わず、不貞腐れていたサライド。  リューラが国民から愛され、称賛される度にサライドは少し憎らしく思っていた。  

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

処理中です...