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43.愛人の役割
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翌朝、清掃に来た安住を見て、那岐は壁を汚したことを思い出した。
たまには部屋の掃除を手伝おうと誤魔化しながら雑巾を借りると、窓を拭くついでにこっそりと拭き取った。
「ったく、後のことは何も考えなしなんだからな」
せっせと手を動かしながらぼやく。
掃除は意外に無心になれるところがいい。だが、那岐は昨夜のことを思い出さずにはいられなかった。
中に出すことといい、ベッド以外ですることといい、祥月は自由奔放だ。
王子である祥月が、ベッド以外で行為に及ぶという品のなさそうなことをするとは思いもしなかった。
綺麗に拭いた窓ガラスに満足し、映る自分の顔を見て那岐は思い出した。
どさくさですっかり忘れていたが、祥月にキスをされたのだった。
「今まで一度もしてないのに、何だよ……」
行為の最中のことで何故そうなったのかはっきりと覚えていないが、貫かれながら口付けられたことだけは覚えている。
祥月は、自分の性を発散するために愛人を囲っている。前儀もなければキスもしたことがない。
那岐は性処理をするためにいるのだから尻は必要だが、あえて男にキスをしたがる男はいない。きっとキスも、相手が女性であればしているのだろう。
キスは雰囲気を盛り上げていくものでもあるので、祥月がそんな気分になっただけとも言える。いちいち気にすることが、おかしいのかもしれない。
「気になるけど、あえて訊かないことにしよう」
那岐は窓に映る自分に言い聞かせるように頷いた。
この話をすれば、必然的に後ろの経験がないと偽っていた話も蒸し返すことになる。
あの後、ベッドで二回目の行為に及び、話はうやむやになった。
愛人失格だと追い出されることも覚悟していたが、このままそっと忘れてもらえるに越したことはない。これまで散々抱いてきたのだから、今更初モノでなかったからといって支障があるわけでもないはずだ。
祥月の愛人を辞めたくないということではない。
ただ、あえて話を蒸し返すことで祥月を怒らせ、ピリピリとした嫌な空気になってしまうのが嫌なだけだ。王族を謀ったと、罰を与えられることを恐れているだけだ。
むしろ、窓で行為に及んだことが罰なのではないかとも思えた。
那岐が愛人に選ばれたのは、遊華楼の橘宮のトップで抱かれた経験がないからだ。
身請けされた日に仙波に正直に話そうとしていたはずなのに、昨晩言われるまですっかり忘れていたのだった。
午後は、テラスでのお茶会に出向いた。
紅茶を飲みながら、すっかりお馴染みとなった愛人三人でのカードゲームを楽しむ。本当はもう一人くらい欲しいところだが、メイドにはやんわりと参加を断られた。彼女たちにも立場があるので仕方がない。
「穂香はいつも爪がぴかぴかだな」
穂香が手に持つカードを抜き取りながら、那岐は美しく手入れされた爪に感心した。
穂香はいつも指先を美しく整えている。荒れることを知らない、十分に手入れされた指先だ。爪は時々、赤やピンクなどで綺麗に塗られていることがある。塗られている日は、穂香の勤めの翌日だ。
「だって、美しくいることも仕事よ。お肌も髪も爪もつやつやにしておいた方が、祥月様も喜ぶでしょ」
確かに長い髪もつやつやとしている。
那岐は肌の手入れしかしていないが、女性はそれ以上に多くの手入れをしているのだと想像がつく。
「夜だって、色っぽいネグリジェで気分を盛り上げてるのよ。ほとんど透け透けの、着る意味が分からなそうなやつ」
「まあ。穂香ったら、やらしいのね」
得意げな穂香を見向きもせずに、弥生は那岐が手に持つカードを引き抜いた。
「弥生も着てるのか? 俺そんなの着てないんだけど」
「男がネグリジェ着てたらおかしいわ」
弥生は手元のカードを混ぜながら、淡々と答えた。正論である。
「だから俺はバスローブなのか」
「ださ!」
穂香が吹き出す。たった二文字なのに、辛辣だ。
那岐は唇を尖らせた。
「男なんだから、別に色気も求められてないんだよ」
「ふふ」
弥生は何かがツボだったようで、静かに笑った。
「那岐もやってみればいいじゃない。盛り上がるかもしれないわよ」
「ネグリジェを?」
「それは盛り下がると思うわ」
弥生から、淡々と的確な答えが返ってくる。
祥月に必要なものは尻だけだ。気分が盛り上がろうと盛り下がろうと、性の発散ができればそれでいい。
しかし以前、那岐の失言により祥月がなかなか勃ってくれないことがあった。
やはり、盛り下がるのは良くない。
「色気か……」
穂香の手に持つカードを睨みながら、那岐は呟いた。
遊華楼で着ていた襦袢しか思いつかない。
たまには雰囲気が変わって良いかもしれないが、祥月がそんなことを求めていなければ、那岐の空回りだと思った。
たまには部屋の掃除を手伝おうと誤魔化しながら雑巾を借りると、窓を拭くついでにこっそりと拭き取った。
「ったく、後のことは何も考えなしなんだからな」
せっせと手を動かしながらぼやく。
掃除は意外に無心になれるところがいい。だが、那岐は昨夜のことを思い出さずにはいられなかった。
中に出すことといい、ベッド以外ですることといい、祥月は自由奔放だ。
王子である祥月が、ベッド以外で行為に及ぶという品のなさそうなことをするとは思いもしなかった。
綺麗に拭いた窓ガラスに満足し、映る自分の顔を見て那岐は思い出した。
どさくさですっかり忘れていたが、祥月にキスをされたのだった。
「今まで一度もしてないのに、何だよ……」
行為の最中のことで何故そうなったのかはっきりと覚えていないが、貫かれながら口付けられたことだけは覚えている。
祥月は、自分の性を発散するために愛人を囲っている。前儀もなければキスもしたことがない。
那岐は性処理をするためにいるのだから尻は必要だが、あえて男にキスをしたがる男はいない。きっとキスも、相手が女性であればしているのだろう。
キスは雰囲気を盛り上げていくものでもあるので、祥月がそんな気分になっただけとも言える。いちいち気にすることが、おかしいのかもしれない。
「気になるけど、あえて訊かないことにしよう」
那岐は窓に映る自分に言い聞かせるように頷いた。
この話をすれば、必然的に後ろの経験がないと偽っていた話も蒸し返すことになる。
あの後、ベッドで二回目の行為に及び、話はうやむやになった。
愛人失格だと追い出されることも覚悟していたが、このままそっと忘れてもらえるに越したことはない。これまで散々抱いてきたのだから、今更初モノでなかったからといって支障があるわけでもないはずだ。
祥月の愛人を辞めたくないということではない。
ただ、あえて話を蒸し返すことで祥月を怒らせ、ピリピリとした嫌な空気になってしまうのが嫌なだけだ。王族を謀ったと、罰を与えられることを恐れているだけだ。
むしろ、窓で行為に及んだことが罰なのではないかとも思えた。
那岐が愛人に選ばれたのは、遊華楼の橘宮のトップで抱かれた経験がないからだ。
身請けされた日に仙波に正直に話そうとしていたはずなのに、昨晩言われるまですっかり忘れていたのだった。
午後は、テラスでのお茶会に出向いた。
紅茶を飲みながら、すっかりお馴染みとなった愛人三人でのカードゲームを楽しむ。本当はもう一人くらい欲しいところだが、メイドにはやんわりと参加を断られた。彼女たちにも立場があるので仕方がない。
「穂香はいつも爪がぴかぴかだな」
穂香が手に持つカードを抜き取りながら、那岐は美しく手入れされた爪に感心した。
穂香はいつも指先を美しく整えている。荒れることを知らない、十分に手入れされた指先だ。爪は時々、赤やピンクなどで綺麗に塗られていることがある。塗られている日は、穂香の勤めの翌日だ。
「だって、美しくいることも仕事よ。お肌も髪も爪もつやつやにしておいた方が、祥月様も喜ぶでしょ」
確かに長い髪もつやつやとしている。
那岐は肌の手入れしかしていないが、女性はそれ以上に多くの手入れをしているのだと想像がつく。
「夜だって、色っぽいネグリジェで気分を盛り上げてるのよ。ほとんど透け透けの、着る意味が分からなそうなやつ」
「まあ。穂香ったら、やらしいのね」
得意げな穂香を見向きもせずに、弥生は那岐が手に持つカードを引き抜いた。
「弥生も着てるのか? 俺そんなの着てないんだけど」
「男がネグリジェ着てたらおかしいわ」
弥生は手元のカードを混ぜながら、淡々と答えた。正論である。
「だから俺はバスローブなのか」
「ださ!」
穂香が吹き出す。たった二文字なのに、辛辣だ。
那岐は唇を尖らせた。
「男なんだから、別に色気も求められてないんだよ」
「ふふ」
弥生は何かがツボだったようで、静かに笑った。
「那岐もやってみればいいじゃない。盛り上がるかもしれないわよ」
「ネグリジェを?」
「それは盛り下がると思うわ」
弥生から、淡々と的確な答えが返ってくる。
祥月に必要なものは尻だけだ。気分が盛り上がろうと盛り下がろうと、性の発散ができればそれでいい。
しかし以前、那岐の失言により祥月がなかなか勃ってくれないことがあった。
やはり、盛り下がるのは良くない。
「色気か……」
穂香の手に持つカードを睨みながら、那岐は呟いた。
遊華楼で着ていた襦袢しか思いつかない。
たまには雰囲気が変わって良いかもしれないが、祥月がそんなことを求めていなければ、那岐の空回りだと思った。
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