愛を知らずに愛を乞う

藤沢ひろみ

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46.予定外の行動

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 夜の勤めが終われば、次の勤めまで一週間ほどは空く。

 だから、祥月がまたもや三日後に来るなどとは思いもせず、那岐はすっかり油断していた。
 しかも、先触れもなく突然訪れたので、今度は安住ですら把握していなかった。


 夜になり、那岐は自分の部屋で本を読んでいた。穂香に勧められた本の続きだ。
 ロマンス物語に集中できず、ベッドに寝転がったり座ったりしながら読んでいると、部屋のドアが叩かれた。

 安住かと思い本から顔を上げると、ドアが勝手に開けられた。安住であれば、勝手に開けることはしない。

「ここにいるのか」
 突然現れた祥月に、那岐は驚いた。
「は!? なんでこんな所に!?」

 こんな所というのは二つの意味でだ。
 周期でいえば、今夜あたりは穂香の順番である。
 そして、那岐の部屋になど来たことがなかったからだ。

 祥月は、部屋に入ることなく那岐の部屋を珍しそうに見回した。広く豪奢な部屋を見慣れている祥月からすれば、那岐にとっては十分な広さのこの部屋も狭く見えるだろう。

「寝室が暗いぞ」

 夜の勤めのための寝室なのだから、勤めのない日は明かりが灯っていなくて当然だ。常に煌々としているはずもない。

「そりゃあ、今日は予定の日じゃないですから。誰も使わないなら、明かりを消すに決まってます」
「そうか」

 寝室に戻る祥月に続き、那岐も部屋を出た。何の用事で来たかは知らないが、帰る祥月を見送りに行くためだ。

 ただ通り過ぎるだけとはいえ、祥月に暗い部屋を歩かせるわけにはいかない。祥月にその場で待つように告げ、那岐は先に寝室の明かりを灯した。

「今夜は穂香の所じゃないんですか?」
「いや。それは明日だ」

 那岐は首を傾げた。
 何も手にしていない様子を見ると、本を持ってきたという理由で訪れたわけではないようだ。

 勤めを終えたばかりの那岐の、次の勤めの番が回ってくるのは、三回先である。

 まさか間違えたなどということもあるまいが、予定外のことをされた前例があるだけに、念のために確認だけ入れておく。

「今夜の予定は聞いていませんよ」

「そうだったか。何となく、したくなったのだが……。ならば、せっかく来たのだから相手をせよ」
 祥月はドアの方へ向かうことなく、ベッドに腰掛けた。

 呆気にとられた那岐は、思わず力いっぱい拒否した。
「は!? ダメに決まってます!」

 何故だと言いたげな顔で、祥月が那岐を見る。

「ご存知ないでしょうけど、後ろの準備とかこっちは色々やることがあるんです。だいたい、立て続けに来られちゃ、俺の尻が緩くなるでしょう」

 準備をしていないという正当な理由があるので、那岐は遠慮なく祥月を拒んだ。

 まだまだ引き締まった尻のつもりだが、祥月の相手は週に一度が適切である。

 一晩での回数が多いのだ。女性よりも体が丈夫だからと、那岐のところでやり溜めしているに違いないとさえ思っている。
 ついでのように言うのは簡単だが、日が空いているとはいえ三回連続など冗談ではない。

 祥月は少し不満の色を顔に浮かべたが、立ち上がるでもなくベッドに仰向けに寝転がった。

「では、今夜は何もしない」

 視線を向けられ、那岐は目を瞠る。
「それ、ここにいる意味ありますか?」

 思わず本音が出てしまった。
 処理のためにいる那岐と、何もしないで一緒にいるという意味が理解できない。

「それにどうせなら、俺だったら女性の所に行きますけど」
 添い寝という意味であれば、絶対に男よりも女性の方がいいに決まっている。

 祥月はベッドの上で体を横向きにすると那岐を見た。
「それもそうだな……」
 まるで、言われて初めて気付いたような反応だ。

「だが、何の準備もしていない女性の所に突然行くのは可哀想だ」

 その意見には、那岐も同意せざるを得ない。
「まあ……、それは確かに」

 穂香のことだから普段から綺麗にはしているだろうが、祥月が来ないのであれば夜は化粧もしていないだろうし、透け透けのネグリジェ以外はじつは地味かもしれない。勤めの日はめかし込む分、普段の姿を見られてしまうのは辛いはずだ。

 そういった女性への気遣いはできるのに、那岐にはしてくれないのが残念だと感じた。

 祥月は小さく息を吐いた。
「城に戻るのも面倒だから、今夜はここでいい」

「館にも、ご自分の部屋があるでしょう」
「それすらも面倒だ」

 我儘王子め、と那岐は苦い顔で祥月を見た。

 祥月はシーツの上で探るように手を動かした。
「おい。掛け布団はないのか」

 どうやら、ここで寝ることは確定したようである。那岐は溜め息をついた。
「ここに掛け布団があったら邪魔でしょう」

 性行為をするためだけの場所に、掛け布団は不要だ。
 那岐も疲れて動けない夜は、バスローブに包まって眠りにつく。

 それもそうか、と祥月は呟いた。
「では、那岐の部屋のものを持ってくればいい」

 平然と言う祥月に、またもや呆れる。
「俺が寝るのに、布団がなくなるじゃないですか」

 文句を言った後で、愛人は祥月の所有物でもあるので、布団すら祥月のものといえばそうかもしれないと気付いた。

 どうしてもここで寝るというのなら、安住に掛け布団を用意してもらう必要がある。

「では、那岐もここで一緒に寝ればいい」
 横たわる祥月が、ベッドを軽く叩いた。

 何を意味の分からないことを言っているのだと、唖然とする。
 つまり、部屋に帰るのが面倒だからここで寝ることにし、布団を使うために那岐も一緒に寝ろということだ。

 那岐は、ベッドに転がる祥月を見下ろした。
「……何をどうツッコめばいいのか。祥月様と一緒に寝るなんて失礼なこと、できるわけがないでしょう」

 正しいことを言ったのに、つまらなさそうな表情が返ってきた。仕方なさそうに溜め息をつくと、祥月はベッドから起き上がった。

「そうだな。やはりあちらに行くとしよう」

 那岐の横を通り過ぎ、祥月は静かに寝室を出て行った。
 あまりにあっさりとした態度に、呆気にとられる。

 その姿が見えなくなっても、しばらくドアを見続けた。
「あ、そう……」
 ぽつりと口から零れた。

「……いや、別に、ちょっと寂しいとか思ってないからな」
 那岐は独り言を言いながら、祥月が寝転がっていたベッドを見た。

 せっかく皺一つなく整えられていたのに、少し乱れてしまっている。安住に申し訳なく、手の平でシーツの皺を伸ばした。ほんの僅か、祥月の温もりが残っている気がした。

「なんかいつもと違っておかしかったな……。いや、我儘ぶりはいつもと同じか。予定日じゃないのに急に発散したくなったってことなんだろうけど、だからって毎回俺んとこに来られてもな」

 溜め息をつきながら、祥月の様子を思い返した。

 あちらとは、どの部屋のことかとほんの少しだけ気になった。
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