愛を知らずに愛を乞う

藤沢ひろみ

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71.穂香との別れ

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 数日後、穂香は館を出て行くことになった。

 情報流出の対策のため、他の愛人がそのことを知るのは直前という取り決めがあった。祥月から話を聞いてはいたものの日程は知らされておらず、お茶会の翌朝に安住に教えられ那岐は驚いた。その前日、穂香はいつもと変わらぬ様子だったからだ。

 本来であれば、穂香の勤めのある日だった。
 祥月は本気で那岐以外を抱く気がないらしい。それは大変だと思う反面、嬉しくもあった。



 朝食の後、穂香を送る馬車が館に到着した。穂香を見送るため、那岐はエントランスへ向かった。
 洋服を詰め込んであるのか、穂香の手荷物は大きく多い。メイドが荷物を馬車に運んでいる間、那岐と穂香は二人きりになった。

「那岐。今までありがとう」
「お礼を言うのはこっちだ。穂香のおかげで、ここへ来てからとても楽しかった」
 湿っぽい雰囲気は、穂香には似合わない。笑顔の穂香に、那岐も笑い返した。

「私の方が先に出ることになるとはね。こう続くと、もしかして身辺整理でもされていらっしゃるようね。ついにご婚約でもされるのかしら」

 鋭い指摘に、内心ドキリとさせられる。那岐は話題を変えた。
「ここを出た後はどうするんだ?」

「王都に住まいを用意していただいているの。そこで何か仕事を探すつもり」
「実家には戻らないのか?」
「だって、王都の方が賑やかで華やかだもの。ドレスもたくさんあるし、こんなの着てたら実家のある町じゃ浮いちゃうわ」

 穂香らしい選択に、那岐は笑みを零した。

「ありがたいことに支度金もたくさんいただいたし、生活には困らないようにして下さったの」
 話をしていると、準備が整ったとメイドが呼びに来た。

 名残惜しいが、いよいよ別れの時だ。

「じゃあ、元気で」
 握手を交わすと、最後に穂香にふわりと体を包まれた。女性らしい、いい香りが漂った。

「待ってるからね、那岐」

「……!」
 穂香がお茶会で話したことを言っているのだと気付いた。

 那岐を待つなど、それこそ時間の無駄である。
 穂香には、もっと前向きで新しい出会いを探して欲しい。過去に囚われ、那岐を待つなどしないで欲しい。

 那岐は体を離すと、穂香の肩を軽く叩いた。
「今度会った時、俺が悔しがるほどいい男連れてるってくらいの気持ちでいなきゃダメだろ」

 穂香は那岐を見て小さく笑った。
「ふふっ。そうね」

 穂香は馬車に乗り込んだ。館を目に焼き付けるようにして見た後、見送るメイドと那岐たちに手を振る穂香を乗せた馬車は去って行った。

「寂しくなりますね」
 穂香付だったメイドが呟き、そうだなと那岐も答えた。

「でも、穂香ならどこに行ってもやっていける。元気で過ごせるよう、応援しよう」
「そうでございますね」

 そして那岐たちは、馬車が見えなくなるまで見送り続けた。
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